07 規格外最強冒険者。




 もっとルクトさんの実力について聞きたいのに、初めての依頼の薬草採取は、ちゃんと出来たのかと確認をさせられた。

 ちゃんと10本の薬草を採取出来ている。


「依頼内容は、10本以上、って記載されてたけど、多い分報酬も増える。どうする?」

「……特に、報酬にはこだわりませんので、最低限で済ませます」

「だよね」


 一応教えてはくれるが、ぶっちゃければ、この依頼の報酬はさして興味がない。

 なんたって、侯爵令嬢なのである。

 お金に困っていない。今日の冒険者になる準備費と比べれば、天と地の差になってしまう額だ。

 わかってた、とルクトさんは、即座に頷く。指導者として、念のために説明してくれただけ。


「んー、よし。ゆっくり歩いて、王都に帰るか。さっきのパーティーに追い付くのは面倒だ」


 空を見上げて、太陽の高さで大体の時間を把握したルクトさんは、余裕で歩いて帰れると判断した。確かに、あのパーティーに追い付いてしまったら、一緒に帰り道を歩く羽目になるだろう。嫌である。

 ゆっくり歩くことに賛成した。


「ルクトさんは、やっぱりパーティーに属していないのですか?」


 パーティーに属していれば、きっととっくに教えてくれたはずだと思う。


「うん。オレは、ソロの冒険者だよ」

「ソロにこだわる理由でもあるのですか?」


 隣を歩きながら、首を傾げて顔を覗き込む。

 あのパーティーへの態度はともかく、人当たりのいい性格のはず。協調性を持ち合わせているだろう。楽しい冒険を好むなら、ノリのよさで、心地いいパーティーを組めるはずだと、勝手に想像した。


「……オレは、とっくにSランクの実力があるって、ギルドマスターのお墨付きをもらってるって話、覚えてる?」


 らしくないと感じるほどに、沈んだ声を出すルクトさんは、なんとも言えない微妙そうな表情を浮かべた。


「はい……待合室ですぐに話してくれましたね」

「うん。覚えてくれててありがとう。まぁ、そういうわけで、実力はかなり買われているんだ。ちなみに、ギルドマスターもSランクの冒険者な。自分以上に強いって太鼓判押されてる」

「高評価なんですね」


 自慢出来る話なのに、彼は嬉しくない様子だから、言葉を選んで相槌を打つ。


「さっき話したように、下級ドラゴン討伐のおかげで、最速でAランクになったんだけど……最年少だってことも手伝って、たちまち有名な冒険者になったわけだ。それで、地方から、下級ドラゴンの討伐に加勢してくれって話が来たんだよ。ギルドマスターに、実力を披露してやれってことで焚き付けられて行ったんだけどさ……」


 首の後ろを掻いてから、ルクトさんは、意を決してぶっちゃけた。



「オレ一人で倒せる下級ドラゴンに、Bランクのパーティーが苦戦してて、足手まといだった!」



 信じられない、と声を荒げる。



「しかも、二つのパーティーで、多勢で一体に挑んでたのに!!」

「ふ、二つものパーティーが、足手まといに!?」

「そうなんだよ!!」



 びっくり仰天した。


 二つものパーティーより、ルクトさんが強かったと!?


「忘れてたんだよ……自分がソロでAランクにアップした理由。長期休みに遠出の冒険活動してたから、同じく学生兼冒険者の同級生とパーティー組んでたけど…………オレにはついて行けねぇって、パーティー解散されたんだ……」


 苦い思い出だと、げっそりした雰囲気で、レクトさんは打ち明けた。


「……頭飛び抜けて、最強だったのですね。他が弱すぎると感じるほど」

「うん。……うん」


 そっとルクトさんの背中に手を添えて、慰めるように優しく声をかければ、一度では足りず、強調のために二度も強く頷いた。


「パーティーを組んでも、他が、ゴホン、間違えました。他と実力の差がありすぎて、パーティーメンバーは置いてけぼりにしてしまうのですね」

って……辛辣な単語を言うんだね」

「間違えましたって」


 手厳しい単語を口にしてしまったが、率直に言うとそれ以外の言葉がないだろう。思わず、目を背けてしまった。


「それで、ソロの冒険者なんですね。同レベルの冒険をともに出来る仲間がいないのは、物寂しそうですね……」


 独り言に近いソレを口から零す。


 ソロはソロで、一人で強敵と戦って勝つ達成感は格別かもしれない。

 でも、楽しく分かち合うという楽しみがないことは物寂しさを感じるのではないだろうか。

 ただの想像にすぎないけれど、一人で目的地に向かうだけでも、孤独感を覚えるんじゃないかと。

 本当に、ただただの想像だ。





 何を言っているんだ、ってキョトンとした目をするルクトさんが、首を傾げてくる。


「……え?」


 会話は噛み合っているだろうか?


 今まではソロで冒険していたルクトさんは、新人指導のために私とペアを組んで活動している。楽しい、と何度も言っているけれども、それはあくまで私とのやり取りの話だ。


 私は今、同レベルの冒険は、誰とも出来なくて、きっと寂しいですよねー、と言ったのである。


「まさか……私に、下級ドラゴンの討伐が出来るだなんて、買い被りなことを言ってないですよね?」


 流石に純度100%の冗談でしょ、と苦笑を見せたのだが。


「今は難しいけど……飛行する大きな魔物相手に、それなりの戦闘を重ねれば…………イケるって!」


 真面目に考察した末に、ルクトさんは確信に満ちな眼差しで言い退けた。


 本当に買い被りしてるーっ!!


「飛行する大きな魔物って……ワイバーンとかですか?」


 自分の顔色が悪くなっているだろうな、なんて現実逃避しつつ、該当する魔物の名前を挙げてしまった。


「うん、ワイバーンが手頃だ。南にある『デンバータ領地』の山に、ワイバーンの群れが巣くっている。あと一ヶ月もすれば繁殖期に入るから、それを狙って行こう」



 やっぱりスパルタだなこの人!!?

 笑顔でワイバーン狩りに誘ってきたよ!



「『デンバータ領地』のワイバーンの群れって……前に、王室騎士団と王室魔術師が派遣されるほどに、激しい勢いで繁殖して、付近の街が壊滅しかける被害が出たと聞いたことがありますが」

「うん。三年前だね。冒険者に数を減らしてもらおうと何回か依頼してたけど、討伐が追いつかなかったから、騎士団の派遣を要請したって聞いた」


 額に片手を押さえ付けて俯く。

 最早、その山は、ワイバーン危険地帯じゃないか。街の壊滅を食い止めても、王室からの派遣軍は完全に討伐出来なかった。

 そんなワイバーンの巣窟に、その頃は冒険者歴一ヶ月になった私を連れて行く気満々とは、どういうわけだ。


「ルクト先輩……無茶ぶりしすぎです」

「リガッティー後輩よ……君なら出来る」


 ポン、とルクトさんの肩に手を置いて、深刻な顔付きで抗議したけど、ポン、と私の肩に手を置いたルクトさんは、爽やかな笑みを返す。

 揺るがない……だと!?


「なんなんですか……私に自分の最速記録を塗り替えてほしいのですか?」

「おお。それもいいな」


 余計なこと言っちゃった!!?


 私が気晴らしがてらの冒険者活動をしていることを忘れてるの!?

 私を同レベル冒険者になるのだと評価してくれることに喜ぶべき!?

 それとも、過大評価で思い込みが激しい、と叱るべき!?


「「!」」


 そこで【探索】範囲に何かがいると知り、二人で前方に注意した。

 四つ……いや、五つ。なんだか、騒がしさを感じる。一つは、やたら大きいようだ。


「戦闘してるな」


 ポツリ、と言うルクトさんを横目で見て、騒がしさは戦闘しているからだと理解した。


「さっきのパーティーが、大きな魔獣と遭遇でもしたんだろ……。先に仕留めるか?」


 興味なさげな表情から一転。悪戯を思い付いた悪い顔で、ニヤリと口角を上げる。


「勝負!」

「あっ! ずるい!!」


 【テレポート】で先に行ってしまうルクトさんを、慌てて追いかける。

 魚獲りの仕返しで、フライングの勝負を仕掛けたのだ。

 負けん気で同じく【テレポート】で向かうが、間に合わなかった。

 あのパーティーが戦っているのは、私が昼前に討伐した猪の魔獣よりも二倍は巨体に膨れ上がっていた魔獣。茶色が混じっていても、黒い毛に覆われていた。

 そんな魔獣の上に【テレポート】で降りたルクトさんが、剣で頭を貫く。一撃で仕留めた。


「なっ……!?」


 スキンヘッドさんが、絶句する。

 それなりにダメージを与えていて、武器は赤黒い血がついていると、同じく魔獣の上に【テレポート】で降り立った私は悠長に観察した。

 でも、まぁ。一撃で仕留める術がなかったのは、その程度の実力である証だろう。


「横取りかよ!!」


 私の登場に驚きつつも、我に返るきっかけとなり、スキンヘッドさんは怒りの声を上げた。


、だったから、仕留めただけだ」


 冷たく嘲笑うルクトさんは、、をこれでもかとわざとらしく強調して言い放つ。

 私に絡んだ時にも、何度も言った。


 つまりは、、という脅しだ。


 水を打ったその場で、スキンヘッドさんのパーティーメンバーは、揃って青ざめた顔になった。


「行こうぜ」

「あ、はい」


 私に顔だけ振り返ったルクトさんは、また【テレポート】を使って、先に飛んで移動するので、私も後を追う。


「あれだけ脅せば、ちょっかいかけてきませんよね。ありがとうございます、ルクトさん」

「いいってことよ」


 一回の【テレポート】のあとは、徒歩。

 おかげで、あのパーティーの絡みを心配しなくて済みそうだと、手を組んで背伸びをする。ちょっと清々しい気分だ。


「……リガッティーは、どこか行きたい場所、ないの?」


 私を横目で眺めながら、そう尋ねてきた。


「行きたい場所、ですか? それは冒険したい場所って意味ですか?」


 唐突だけれど、次の冒険場所のリクエストを欲しているのかも。


「こういう森が好きそうだなって思ったから、緑豊かな場所が好きなら、次もそんな感じの場所にしようかと思ってさ」

「緑豊かな場所……? 王都の中でも、こんな感じののどかな森はありますよ。なんなら家の敷地内にも、ちょこっとあります」

「……実家、すごすぎない?」

「侯爵家なんて、序の口ですよ」


 謙遜を表現して顔の前で手を左右に振って見せる。


「緑豊かな場所を限定しなくてもいいです。私は王都と領地しか知りませんので……見知らぬ場所なら大歓迎です」


 私のリクエストは、見知らぬ地での冒険だ。

 掌を合わせて、そう笑って見せる。


「わかった」


 眩しそうに目を細めて微笑んだルクトさんは、リクエストに応えてくれるようだ。


「それで、ルクトさん。どうやって、最速ランクアップをしたのですか?」

「ん? 知りたい?」

「はい。他にも、どうやって両立生活が出来たのか。あと、王都学園に通っていた理由だとか。ランクアップの条件諸々が聞きたいです」


 物凄く気になる。教えてほしい。もう根掘り葉掘りと、聞き出したいくらいだ。


「今日は十分話したじゃん。次のお楽しみにとっておこうぜ?」


 むぅ。大人な余裕で、次回に回されてしまった。


「オレのことは、一日じゃあ語り尽くせないさ。オレだけじゃ不公平だから、ちゃんとリガッティーの話も聞くから、互いに知り合おう」


 その提案に、少々面食らう。


「私のこと、ですか……? 面白味はないですよ。なんなら、学園での噂だけで十分では?」

「噂なんて、真実かどうかなんてわからないじゃん。それを言うなら、冒険者ギルドで回っているオレの噂で十分だって話にもなるぜ」


 噂で聞くのでは、知ったということにならない。確かに。


「面白味ならあるさ、今日聞いたリガッティーの話、楽しかったし」


 それは私の婚約破棄事件についての愚痴が面白かっただけなのでは? とジト目を向けてしまう。



「何より、リガッティーをよく知りたいんだ」



 足を止めて、真っ直ぐにルビー色の瞳で見つめてくるルクトさんの髪が、森に吹き込むそよ風で揺れた。



「オレのことも、知ってほしい」



 ルビー色の瞳には、熱が灯っているように、感じる。

 最早、告白をしていると同然に聞こえてしまう熱量の言葉を受けてしまい、頬にそれが集まっていくのを自覚した。

 ドクン、と高鳴る鼓動は、速くはないけれど、繰り返し、大きい音を出している気がする。

 反応が出来ないまま、見つめ返して立ち尽くしてしまっていれば。



「じっくり、時間をかけて、知り合おうぜ」



 少しだけ顔を寄せて、甘さを含んだ声で囁いて、改めて告げた。

 まるで、誘惑するような言葉に思えてしまうのは、気のせいだろうか。


「は、はい……」


 動揺した声で、なんとか返事をして、頷きに失敗した顔を伏せたまま、歩みを再開したルクトさんのあとをついていく。



 …………今日一日だけで、急接近しすぎでは!!?



 左手を胸に押し付けたまま、私は心の中で絶叫した。

 気晴らしに冒険者になったのに、どうしてこんなイケメンと急接近するというサブイベントにしては、特大に美味しすぎる経験をしているのだろうか。


 これは……! 普通なのだろうか……!? 男女の仲が、恋愛的によくなるのは、この速さでも普通!?


 ………………だめだっ! 前世も参考出来る恋愛経験がなくてわからない!


 乙女ゲームなら、一目惚れ設定だとしても、イベントをいくつか重ねないと急接近する展開にならなかったはず!

 くっ……! 現実の恋愛の進行がわからないっ!!


 ハッ!? 私もルクトさんも、初恋がまだ! よって、恋愛初心者!

 よって、ルクトさんは、恋愛すらも加減がわからなくて、最速で進める気!?


「結局、まともな戦闘が出来なかったな。明日は手応えのある冒険をしよう」


 森を出たルクトさんが、残念そうに肩を竦めた。

 徒歩で森を出たのは、魔獣や魔物の遭遇を期待したようだ。もういいと言われたので【探索】魔法を解除することにした。

 あとは王都の防壁の入り口である門へと、二回の【テレポート】で移動して、通過。

 いつもなら、馬車の家紋で通過してきたけど、今回は冒険者のタグで本人確認をしてから、門をくぐる許可をもらった。


「ルクトさん。さっき聞きそびれましたが、採取用のナイフ以外にも、冒険の必需品はありますか?」

「ああ、それなら、薬草や【核】の採取、また食材の解体の刃物はあった方がいいな。【清潔】の魔法で綺麗にしても、気持ち的に嫌なら、使い分けのために複数用意したらいい」


 必要最低限の道具は何か。

 初日である今回はともかく、今後のために用意すべきものがあるはず。

 無属性の【清潔】魔法は、生活の中で重宝される魔法だ。汚れを落としたあと、消毒して新品同然にするもの。

 消毒しても、食べ物を切り刻む刃物と、魔物の解体をする刃物を、同一にして使用することに抵抗を覚えるのも無理はない。

 大丈夫な気もするけど、一応は用途別に買っておこうかな。

 そのあとは、日持ちする非常食の常備や、料理のための調味料と、ルクトさんがどんどん挙げていく。遠出をする前には、寝袋などの用意もするべきだとも、助言をもらったので頭に入れた。


 夕食の準備のための買い物をする人々が多いのか、大通りの人の行き交いは激しい。

 初めて通る道かしら。

 馬車のために真ん中は空いているから、もしかしたら、馬車で通ったことはあるかも。見覚えのない店ばかり。

 通行人にぶつかる前に、スッと身体をずらしては、避けながら進む。

 ルクトさんと距離が開いたせいなのか。


「手、繋ごう」


 振り返って気付いたルクトさんは、手を差し出した。


 会ったその日に、手を繋ぐ仲に発展……!?


 ニコッと笑いかけるルクトさんの手を拒むことなく、掴む私もまた、急接近を許してしまっているのだから、手遅れなのかもしれない。

 綺麗な見た目なのに、剣を握ってきたとわかる、ゴツゴツとした皮の硬さがあって、温かい手だ。


 ……心地がいい。


 そう堪能するように感じていて、思い出す。


 こうやって異性と手を繋いだことは、初めてでは!?


「この店で買おう」

「はいっ」


 手を繋いだだけで動転していることに気付かれないように、頑張って平然を装って返事をした。


 ルクトさんが手を引いて入店するのは、高価な魔導道具を取り扱っているであろう店だ。

 中の入り口の左右には、ガタイのいい男性が二人立っていた。用心棒のようだ。盗難や強盗を警戒するための人員だろう。

 店内は、どうにも陰気な薄暗さが漂っていた。ガラスケースの中に、商品が陳列されている。その後ろの上部の棚にも、商品が並んでいた。

 そこそこ広い店の中を真っ直ぐに歩いていくルクトさんは、左寄りのカウンターに向かう。

 店員、または店長であろうふくよかな体型の男性が奥のドアから出てきた。ガラスケースのカウンターの向こうに立つ彼は、一見やる気のないように見えて、鋭い目で睨みつけているのだと感じる。


「これはこれは……かの有名な最年少のAランク冒険者サマじゃないか。今日は、何用だ?」


 ルクトさんは、本当に有名な冒険者なのか。

 愛想笑いをする気はないようで、不愛想な顔で尋ねる。


「久しぶり、店長。通信の魔導道具を買いたいんだ。オススメを見せてくれ」


 店長の不愛想な接客なんて慣れているようで、気に留めることなく、ルクトさんは答えた。

 その店長が、片方の眉を上げたかと思えば、私に鋭い目付きを移す。


「なるほど。連絡手段がないと、心配なんだな」


 きっと美少女の恋人が出来たから、すぐに連絡を取り合える魔導道具が買いに来たと思ったのだろう。

 ルクトさんは、否定も肯定もすることもしないので、私も小さな微笑みを浮かべるだけで聞き流す。


「なら、オススメとして、最新の通信の魔導道具を見せてやる」


 店長の後ろの壁のガラスケースを、鍵で開く。

 そこは、最新の目玉商品の置き場に思える。


「耳飾りタイプだ。旧式とは違い、会話は耳から鼓膜に伝導して聞ける代物。つまり、やり取りは筒抜けにならないってことだ」

「ああ! 届く相手の声は、他者に盗み聞きされないってことか! ホントに最新式だな!」

「二人きりのやり取りなら、道具から声を響かせる必要はないし、恋人の愛の囁きを聞かれることもないだろ」

「……」


 完全に恋人断定されてしまっているが、なんとか否定の言葉を堪えた。


 目の前に出されたのは、耳飾りだ。一式ずつ、ジュエリーボックスにしまわれているそれを、目の前に並べられた。

 どれも長めの雫型の石を、ぶら下げた耳飾りだ。

 白、赤、青。その三色なのは、見た目は重視しなかったのだろう。

 一般的な通信の魔導道具は、スピーカーのように相手の声を響かせる仕様だったが、この最新品は身につけた耳から伝導によって聞き取るから、周囲に人がいても、相手の声を聞かれることはないという代物。


「触って見てもいいでしょうか?」

「いいぞ」


 許可を求めれば、あっさり出た。新商品の高価な物だから、ちょっと意外な回答。

 でも、用心棒もしっかりいるのだから、盗難の心配は少しもしていないのだろう。

 白い耳飾りを一つ、摘まみ上げて観察する。


「わぁ。軽量ですね。このデザインに意味はあるのですか?」


 普通の耳飾りと同じく、軽い。普段使いでも不自由さを感じないだろう。

 きっとこんな小型にするには、苦労したに違いない。

 でも、なんでこの形なのかと、ちょっと気になって尋ねてみた。


「……なんだ? デザインが気に入らないのか?」

「いえ、そういうわけではなく、耳に引っ掛けるデザインの耳飾りのイヤーカフなら、伝導の効率がいいのではないかと思って」


 自分の左耳をなぞって、耳の後ろをつついて示す。


「耳たぶから鼓膜ではなく、耳の後ろから骨に伝導も誤差ですが早いかと。それにぶら下がっているとなると、激しい動きの際、気になりそうでは?」

「んー。オレはわかんないなー……ピアス、つけたことないし」

「あら!」


 戦闘時に、集中の妨げになるなんて、無駄な心配かとルクトさんに意見を求めれば、ピアス穴がないことが発覚した。

 それは早く言うべきことじゃないか! 耳飾りタイプの通信具がつけられない!


「……伝導の効率のいいデザインなんて知るか!」


 間を置いてから、店長が声を上げた。

 あ、確かに……。販売員に言っても、しょうがないものだった。


「フン。まぁ、職人に、その案は伝えてやるよ」

「あ、はい……ぜひ」


 デカい態度ではあるが、職人には私の案として伝えてくれるそうだ。

 販売員が客の意見を聞き、職人に伝えて、よりいい商品を作る。いい流れだと思う。


「お前さんは、つけられないなら最初から言え」

「あはは、ピアス穴を開ければいいんだろ?」

「チッ。待ってろ、ピアッサーがある」


 店長に睨まれても、どこ吹く風のルクトさん。

 舌打ちをしてから、奥の部屋に戻っていっては、耳に穴を開ける道具を持ってきた。

 備えているんだ……。


「えっ? 今開けるのですかっ? これで決定ですか?」

「あ。リガッティーが嫌なら、他のにするけど……」

「最先端なコレにしときな。ピアス穴を開けるなら、最初のピアスを一ヶ月は外せねぇから」


 即決しろと言わんばかりの店長。

 確かに、最先端式の通信の魔導道具の購入は、おススメだろう。

 私としても、他者にルクトさんの声を聞かれない方が都合がいい。耳飾りで、伝導式に声を受け取れる通信具は最適。


「ルクトさんもこれでいいなら」

「じゃあ、決定。穴開けてくれ」

「たっく」


 購入決定。ルクトさんは、店長に向かって顔を寄せる。

 店長は嫌々そうに顔を歪めるけれど、準備を始めた。


「色はどれにする?」

「えぇっと……赤がいいかと。ルクトさんと同じ色」


 白が無難かと思ったが、ルクトさんの色があったので、ルクトさんにも似合うと選択する。


「……オレの瞳の色を身につけたいってこと?」


 カウンターに頬杖をついたルクトさんは、ちょっと驚いた表情をしたが、次にはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 ハッ! 意図せず、そうなってしまった!


「いった!? 意外と痛いな!?」

「これぐらいの痛みなんてことないだろーが、Aランク冒険者」

「冒険者関係ないっしょ……」


 カチリと、ルクトさんの左の耳たぶに穴が開けられたようだ。

 店長は、スッと赤い耳飾りのジュエリーボックスを私の方に押した。


「恋人さんがつけてやんな」

「えっ、あっ、はい」


 素人なルクトさんには、初めてのピアスをつけるのは難しいかもしれない。かといって、そこまでサービスする気がさらさらない店長は、私にその役をやらせる。

 私は他人のピアスをつけた経験がないのだけれどな……。まぁ、出来ないわけではないか。


 って、ハッ! なんか今、ルクトさんの恋人だって認めた返事になってない!?


 ルクトさんが左耳を差し出すために顔を寄せてくるので、待ったなしである。躊躇している暇はない。

 一つの耳飾りを摘まみ上げて、そっと開けられたピアス穴に必要以上の刺激を与えないように慎重につける。


 ……美顔が、近すぎだ。


 ルクトさんが、目を閉じてくれていたので、まだよかった。

 でもやっぱり、横顔が美形だ。どストライクで好みである。この近さ、心臓に悪い。


「つけられました。大丈夫ですか?」

「ん。どう? 似合う?」


 手を離せば、ルクトさんも姿勢を直す。問題ないと頷いては、耳飾りの揺れを楽しむように、首を軽く振る。

 白銀髪でルビー色の瞳と持つルクトさんには、お似合いだ。

「ええ、とっても」と、笑みで褒める。


「お前さんもつけて、試用してみろ」

「そうですね」


 店長が試すことを促すので、ルクトさんが手にする前に、素早く残りの耳飾りを持つ。

 ルクトさんもお返しにつけてくれようとしたのだろうけれど、気付かないふりをする。

 勘弁してほしい。私の方は、耐えられそうにないのだ。

 視界の隅で、ルクトさんが残念がる姿は見なかったことにした。


「指先で魔力を注入と同時に小さな衝撃を与えて揺らすことが、作動させる条件だ。つまり、指で魔力を当てて軽く弾けばいいのさ。片方を作動させれば、片方は魔法の波動を耳飾りから感じることになる。その片方も作動させれば、通信が繋がるってことよ」


 左耳につけながら、私は説明に「なるほど」相槌を打つ。

 ルクトさんから着信を受けると、耳元で魔法の波動を受けるから、それで気付けるのね。逆も然り。

 そして魔力を乗せた指で小突けば、作動出来る。その条件を満たさなければ発動しないということなら、魔法使用時に身体から魔力が放たれた時に、誤作動はしないのか。


「じゃあ、オレから」


 ルクトさんが嬉々として試用をしたいと言うので、合図をすることなく、二人で少し離れて見た。

 ルクトさんがぶら下がった長い雫のような形の石を人差し指で揺らすと、キラリと赤い光りを放つ。

 瞬時に、左耳が熱っぽい空気をまとった。これが着信の知らせである魔法の波動だ。

 私も、人差し指で耳飾りを魔力を当てるように小突く。魔法の波動が消えたから、これで、繋がったはず。


「ルクトさん?」

「わっ、すご。リガッティーの声が頭に響くみたいだ」


 二人して相手の声に、ビクッとしてしまって、笑ってしまう。

 頭の中に、声が直接送られていると錯覚する。これが、耳への伝導なのだろう。


「じゃあ、通信を切りますね」

「おう」


 コン、と小突いて、私から通信を切る。

 通信の魔導道具から、声が届かないことを確認したので、次は私から作動させた。

 ルクトさんも、着信の知らせを試しては、通信の会話をする。


「問題はないようだな。説明書も保証書も、中にあるぞ」

「これはオレが持ってていい?」

「はい」


 店長の前に戻れば、ジュエリーボックスの中には、紙が挟んであることを教えられた。

 信頼しているようで、保証書も確認することなく、ルクトさんは【収納】に入れる。

 最新式の耳飾りタイプの通信の魔導道具の名前は、【伝導ピアス】だ。


 支払いは、ちょっとした口論になった。

 二人で使うのだから、割り勘でいいと私は言うのだけれど、ルクトさんは「オレの提案だから」と自分一人で支払おうとする。それはだめであると、反対した。


「なら、あれだ。オレからの冒険者初日の祝い」

「そんな取ってつけた理由は認めません。半分こです!」


 私が譲らないと悟ったのか、しぶしぶとルクトさんが折れてくれる。


「なんだ。お嬢ちゃんは新人冒険者だったのか」


 私の腰の剣を見て、今更ながら、店長は気が付く。

 恋人関係は誤解だとわかってくれただろうか。


「お前さんとペアと組まされる新人とは……気の毒だな。振り回すなよ?」

「いや、オレだって新人に相応しい冒険の場所は知ってるんだから、疑わないでくれよ」


 憐れみを向けられた。ルクトさんの新人指導の腕のなさを心配しているようだ。

 私としては、いい指導してくれると答えるべきか、意外とスパルタだと答えるべきか。悩む。


「でも、新人レベルの指導じゃあ、その辺の散歩と変わらないくらい、リガッティーは強いから。期待しておいて」


 急にルクトさんが肩に腕を回して抱き寄せたものだから、ピタリと固まってしまう。


「ほーう。これまた……。逸材は逸材を呼び込むってことか? ギルドマスターも、鼻が高くなるだろうよ」

「あ、えっと。ルクトさんが過大評価しているだけですよ」

「謙遜すんな。この最年少のAランク冒険者の肩書きを持ったバケモノに”強い”なんて言われたなら誇っていい」

「バケモノって酷い」


 ちょっとルクトさんから離れるように身体を動かすけれど、肩を抱かれた体勢から抜け出せそうにない。

 見込まれているのは、嬉しくないわけではないのだけれど……。


 バケモノ呼びは、流石に酷いのではないだろうか。

 ルクトさんが唇を尖らせて、拗ねてる。


「まだイマイチ、冒険者の各ランクの強さがわからないのですが……ザックリと教えてくれませんか?」

「ザックリ? ザックリで、どう例えればいいのやら……」


 Aランク冒険者が、下級ドラゴンを討伐出来る強さがないといけないのはわかった。

 他のランクの強さを、大雑把でいいので、教えてほしい。


「おい。ちゃんと指導してやれや。倒せる魔物で例えてやればいいんじゃねーか?」


 呆れた眼差しを突き刺す店長が、そう助言する。


「魔物かぁ。Fランクは、ゴブリンを倒せれば十分だな。Eランクだと、トロールを一人で倒せる強さ」


 ゴブリンは、最底辺の魔物。

 トロールは、巨大で石のように皮膚が硬いくせに、傷付けられても自己再生してしまう魔物のはず。本当にEランクの強さは、トロールを一人で倒せる強さなのだろうか。


 店長を盗み見れば、胡乱気な目で、真剣に考えている様子のルクトさんを見ていた。


 どうやら、ルクトさんの例えは、ずれているようだ。

 もしかして、ルクトさん基準では? ルクトさんは超人だって自覚を持って?


「Dランクは、毒大蛇。Cランクは、ヘルハウンド。Bランクは、下級ドラゴンだな」

「なんかずれてません?」

「それはランクアップに必要な強さじゃねーのか? バカなのか?」

「ひでぇー」


 ドヤッと自信満々に答えたのに、私と店長にツッコミを入れられて、拗ねたルクトさん。

 店長の方はちょっと言い過ぎかもしれないけれど、庇わないわ。


「では、Aランクの冒険者の強さは?」

5

「それはじゃねぇか」


 店長の鋭いツッコミを聞いて、やっぱりランクアップに必要な強さを言っているのだと理解した。下級ドラゴンを5体も倒すって……。

 とにかく、各ランクの冒険者の強さは、だいたいそれが妥当だということにしておこう。


 そこで、ヒュッ、と喉を鳴らしてしまった。


 あることに気付いて、私はギギギッと固まってしまった身体を軋ませるように動かして、ルクトさんを隣から見上げる。


「えっと……ルクト、さん?」

「ん?」

「ルクトさんは、下級ドラゴンを5体……倒したのですか?」


 キョトンとして目をパチクリと瞬かせたルクトさんは、なんだそんなことか、と笑った顔を見せた。


 ルクトさんの基準だとすると、すでに下級ドラゴンを5体を倒したという実績を持っていることになる。


 何より、ルクトさんは、私の新人指導を完了すれば、Sランクにアップするのだ。その条件は、もう満たしていることになる。



「リガッティー」



 やけに楽しげな笑顔でルクトさんが、私の名前を呼ぶので身構えた。

 絶対に、私が驚愕するような爆弾発言をすると悟ったからだ。



「この前の冬休みに、10体目の下級ドラゴンを討伐した」



 悔しいほどに、眩しく感じる美しい満面の笑みで告げたルクトさん。



「っ~~~!! 規格外最強冒険者ッ!!!」

「こんのバケモンがッ!!!」



 私に続いて、初耳だった店長まで絶叫した。


 私達の反応を大いに満足した様子で、ルクトさんは肩を震わせて笑う。

 それに合わせて、左耳の耳飾りが、動きに合わせてキラキラと赤い光を放った。



 

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