09 帰宅と手紙の山。




 【テレポート】でなんとか時間短縮をして、家の前まで到着。

 ファマス侯爵家の屋敷の門は開いたまま。門番を担っている騎士二人は、敷地内の方を見ていて、私の帰宅に気付いていない。

 その方角を見てみれば、馬車が回って門へと出れるように円形の前庭があるところに、我が家の騎士団の数名と使用人達が集まっていた。

 私の捜索について、相談しているのだろうか。


「ただいま」

「「ッ!!? お嬢様!!?」」


 先ずは、門番の二人に一言声をかけてから、門をくぐらせてもらった。

 飛び上がるほどの驚きで上げられた、その大声に、前庭の中の集団が振り返る。

 ざわっと、驚きが広がった様子が見えた。


「お嬢様!!」


 普段、冷静沈着に仕事をこなす立派な紳士髭の家令が、真っ先に駆け付けてくる。


「ただいま」

「お、おかえりなさいませ。っではなくて」

「捜させてしまったわね。必要ないって、書き置きをしたのに。心配をかけてごめんなさいね」


 ケロリとした態度で、走り回ったであろう一同に、無理もないだろうからと軽い謝罪の言葉を告げた。


「王都中を駆け回っても見付からなかったので、治安部隊にも捜索要請をするかを……。一体、どちらに?」


 家令は汗をハンカチで拭いながら、老け込んだような疲れた顔で、短く現状を伝えては今までの居場所を尋ねてくる。


「治安部隊に声をかけないでくれて助かったわ。流石ね」


 昨日の今日で、行方不明になってしまったと聞けば、私の精神状態について面白おかしく悪い噂が広がっていく。

 ファマス侯爵家の名誉のためにも、治安部隊に知らせなかったのは、賢明な判断。

 そう指示してくれると信じていたので、家令に感謝。

 まぁ、褒められても、嬉しくないと、家令は複雑そうな表情をするだけ。


「リガッティーお嬢様。今日の行動について、説明をしてくださいませ。昨日さくじつは混乱しないようにと、我々にお話ししてくださいましたのに、一人で黙って抜け出してしまうだなんて……心配せずにはいられるわけがございません」


 古株で侍女長が、険しい顔になってまで、苦言を呈する。

 周囲のみんなも、納得が出来る説明を求めて、こちらをじっと見てきた。


「そうね、ごめんなさい。昨日の出来事でショックを受けたから、私は気晴らしで出掛けたの。一人になって、大きすぎる問題で悩み込む頭をすっきりさせるためにも、心身ともに休みたかった。私のワガママで驚かせて、悪いとは思っているわ」


 謝罪の言葉を口にするけれど、悪びれることなく、微笑んで答える。


「リガッティーお嬢様……。それでは、到底納得が出来ません。気晴らしに出掛けたかったのならば、お供いたしました。いえ、お供にさせていただき、お仕えするファマス侯爵家のリガッティーお嬢様を、我々はお守りする使命を果たさないといけないのです」


 そう進言したのは、騎士団の副団長だ。ちなみに、団長は、領地に向かった侯爵の護衛としてついていった。

 残った騎士団の責任者は、彼となる。かなり、厳しいしかめた顔だ。


「一人になりたかったのよ」


 私は、そう言葉を返した。


「その要望に応えて、距離を取って見守ることも出来ました。出掛けるならば、護衛を連れて行く。そういう生活をずっとしてきたというのに、今日は護衛も連れず、誰にも告げずに外出など……」

「あのね、副団長」


 豹変したように、誰にも告げることなく、お供もつけずの外出をしたから、心配の大きさは尋常じゃない。

 ご乱心なのかと、疑っているだろうけれど、笑みで遮っておく。



、したかったの。その自由さが、大いに気晴らしになってくれたわ」



 掌を重ねた両手を顔のそばに持ち上げて、満足した、とその仕草で示す。

 暗に、本当に一人だったからこそ、気晴らしになったと告げる。

 それでも私の身の安全について、と言い募ろうとしたかったであろう副団長達が口を開く前に、左の掌を見せて阻止した。


「わかりやすく言うわね」


 にこやかに、告げる。


「例えば、私が出掛けると告げれば、専属侍女がお供すると言って、馬車も用意して、護衛もつく。それが今までの通常だったわね」


 当然の流れ。当たり前だと、一同は軽く頷いて、相槌を打つ。


「でも、私は一人で出掛けたい。もちろん、あなた達は、反対して無理にでもついてくるでしょうね?」


 ふふっ、と小首を傾げて見せる。

 それもまた当然だから、何故それをわざわざ口にするのかと、怪訝な顔になりながらも小さく頷く。


「私が自分の意志を貫きたいのなら、どんな手を使ってでも、追手を振り払うわよ」

「え……お嬢様?」

「私を見失ったならば、それでお供するはずだった人達は、処罰を受ける対象となるわ」

「「「……」」」

「なら、?」


 清々しい笑みの私と違って、彼らは顔色を悪くした。


「い、いや、お嬢様」

「何も知らないふりをすればいいの。私は何食わぬ顔で無事に帰るから、抜け出しても心配しないで、いつも通りに過ごせばいいのよ」

「お、お嬢様っ……」

「あら? この私を、一切見失うことなく、ついて来れる自信があるかしら?」

「……っ!」


 副団長がまた私の身の安全について、食い下がって進言するだろうから、私は不敵な笑みで見下ろすように、ツンと顎を上げたる。


 私が闇属性の魔法を得意とすることは、侯爵家でも知っていることだ。


 闇属性の魔法を身を守るために駆使する方法は、幼い頃から騎士団相手に実践させてもらっていた。副団長だって、私の闇魔法を受けた経験者。

 騎士団相手に、逃げおおせるなら、その辺の犯罪者相手でも、可能なこと。


 闇魔法で対象者を眠らせることも出来るし、一時的に視界を真っ暗にすることも出来るし、逆に私の姿だけを目視出来ないようにすることも出来る。

 光魔法でないと、受けた闇魔法をすぐに解けない。もちろん、希少な光属性持ちは、侯爵家にはいないので、時間経過で解けるまで待つしかないのだ。



「「「――――ッ!!!」」」



 今後も、抜け出して一人で出掛ける。

 それを知り、全員が絶句した。


 もう顔で、やめてくださいっ! と絶叫している。


 考えは、何を言われても変える気はない。

 現在、家令が侯爵家の中を仕切っているけれど、私はその家令の上にいる雇い主。

 つまるところ、今の私は女王のように横暴な振る舞いをしても、簡単には止められないのだ。

 今まで困らせたことはないと思うけれど、昨日の件のせいだと思って、このワガママを許してほしい。


 気苦労かけてごめんね……よろしく!


 私は笑顔で、無音の絶叫を聞き流して、屋敷に入ることにした。


「……リガッティーお嬢様。王妃様から、お手紙が届いております」

「まあ。いつ届いたのかしら?」

「二時間ほど前です」


 夕食の用意をすると使用人が動く中、疲れたように肩を落とした家令から、銀のトレイに載せた手紙を差し出して見せてくれる。

 よかった。あまり時間が経っていないうちに、手紙が届いて……。至急の連絡ではないようだ。


 手紙の封蝋は、間違いなく王家の紋章。

 そして左隅には、薔薇のデザインの判子が捺されている。これは、王妃の手紙である印。

 銀のトレイに乗せられたペーパーナイフで、サッと開封した。

 その玄関ホールに立ったまま、読んだ。


 内容は、愚息の愚行に対しての謝罪から始まった。

 最後の切り札として、無罪だという証言をしてほしいと許可を求めたので、監視でついている王家の影に、ありのままの証言をさせると約束の言葉も綴ってあり、胸を撫で下ろす。

 愚息から直接話を聞いたが、私の無実を信じているという旨が書かれてある。

 愚息ことミカエル殿下は、が、私の方はどう思っているのかという問いがあって、返事を求めてあった。


 ひくり、と口元が痙攣してしまう。


 あのミカエル殿下は、王妃に堂々と嘘をついたらしい。

 私という婚約者が七年前からいたのに、此度の元凶である子爵令嬢と恋人関係にあるのではないか。

 母親であり、王妃である彼女に、それを否定した。

 あくまで、友人として親しい子爵令嬢に、嫉妬して嫌がらせから犯罪まで行った私を、断罪して婚約破棄と主張したのだろう。


 嘘つけ!

 あのゲームシナリオにこだわるヒロインと過ごしたのならば、甘い時間を重ねては、すでにキスを交わした仲だろうに!


 ミカエル殿下の我の強さは、母親譲りなのだ。

 自分の正義を貫く息子を、王妃は気に入っていてかなり高く評価していた。

 それなのに、不貞をした上に、嘘で否定したのだ。

 これはもう、王妃の逆鱗に触れる過ちである。多分、見限られるだろう。


 自業自得だ。


 七年も支えてきた婚約者を裏切り、嫉妬という動機の罪を押し付け、公の場で婚約破棄という愚行に走った。



 ヒロインと恋人関係だということを隠すだなんて、典型的な浮気男か!!



 王妃様からの手紙なので、握り潰さないようにグッと堪える。


「……お嬢様。大丈夫ですか?」

「……どうかしらね……私の返事次第で、王妃様は怒り心頭になるでしょう」

「そ、そうですか……」

「裏切りの報いは、正しく受けてもらわないとね……食事を終えたら、手紙を書かなくては」


 底冷えした笑みになったという自覚があるし、目の前の家令は悪寒を感じようにぶるりと小さく震えた。


 フッ。

 正義だと信じて我を貫いてきたオレ様王子は、誤った道を突き進んだ。


 せめて、堂々とヒロインと親しい関係にあるとか、想っているが故の正義の裁きだと、ほざけばよかったものを……。

 私も王妃様も、情状酌量をしただろうに…………愚王子め。容赦なく、反撃してやる。


 ヒロインがゲームシナリオにこだわったのが、裏目に出たわね。


 こっちだってゲームシナリオを知っているんだから!

 ゲーム知識を利用して、告げ口してやるわ!


 空き教室で壁ドンして、無駄に近距離で、こそこそ話をしたシーンは、甘々な雰囲気で熱く見つめ合っていた。半年ほど前かしらね!

 危害を加えられたあとに、怯えたヒロインが涙を零すから、指で拭うシーン。それでも涙が止まらないから、目元に唇をつける王子。歯止めが利かなくなって、唇を重ねてしまう甘々展開。これは、ついこの間だったでしょうね!


 目撃証言は得られないが、揺さぶるには丁度いい情報である。

 あくまで、そんな噂を聞いた……とか。

 私が危害を加えたと主張する時期から、酷く敵意を剥き出しにされては、ヒロインと親しすぎる雰囲気になっていたので、何かあったのではないか……とか。

 予想でしかないと前置きにして、出来る限りの情報を提供しておこう。


「私の部屋の机の上に置いておいて」

「かしこまりました。ご友人の方々からも手紙が届いております。いつもの場所に置いておきました」

「わかったわ。ありがとう」


 友人達は、後回し。

 王妃への手紙の内容を考えながら、私は食堂に行き、用意された一人分の夕食をゆっくりと堪能した。


 ミカエル殿下ルートの甘々シーンを思い出していると、気分が悪くなる。

 前世の乙女ゲームプレイ中は、ヒロインに成りきっていたのだから、心置きなくそのシーンを堪能して悶えていたものだ。


 だがしかし、私はそんな甘々シーンを繰り広げている間も、婚約者だったのである。

 浮気の様子を明確に知っているという事実は、おぞましい嫌悪感で吐きそうになるのも無理ない。ミカエル殿下に恋心が少しでもあったのならば、実際に嘔吐していたかも。

 想い人の具体的な浮気シーンなんて……。

 うん。食事中に考えてはいけない。


 それに比べて、今日のルクトさんとのやり取りは、違う。

 立ち位置が違うからという理由が、大きいだろうけれど……甘々の雰囲気、素敵だったわ。


 冒険しに出掛けたのに、あんな素敵な美形冒険者と楽しく過ごしては、ときめきを味わった。


 オレ様王子とヒロインも、こんな感じに恋を始めたと考えると、げんなりしてしまう。

 だけど、言い訳すると、私は最早、婚約破棄された身である。正確には、まだ保留だけど。浮気ではないと、断言出来る。


 そもそも、芽生えた気持ちはともかく、必要な接触ばかりだったのだから、今日は問題にはならなかった。

 ……うん。今日はね。


 あの最速ランクアップの称号を持つ規格外最強冒険者が、その気になれば、陥落は一瞬。


 互いに、反面教師であるオレ様王子とヒロインを忘れなければ、婚約破棄が成立するまでは、理性を総動員して堪えるはず。


 彼との恋愛云々は、一先ず置いておこう。

 私は冒険を楽しむのである。……彼と。


 家令が近付いてきたので、我に返る。


「リガッティーお嬢様。食事中、申し訳ございません。国王陛下からのお手紙が届きました」

「いいの、ありがとう」


 だいたい食べ終えたので、他の使用人に食器を下げてもらいながら、またトレイに運ばれた手紙を受け取って、開封した。


 今度は、国王陛下からの手紙。

 とても力の入った太い筆跡からして、強い怒りを感じる。大変、ご立腹だろう。

 進級祝いパーティーが始まる前には、もう婚約破棄をするという手紙を国王陛下に送っていたらしい。

 事実確認をするために、会談の場を設けるとのことだ。

 今回、同盟国である隣国に向かった目的である公務は、どうしても終えないといけないため、時間がかかると教えてくれた。

 七日後、大会議室で、招集をかけるそうだ。

 大会議室を利用するのは、事態を甘く見ていないということなのだろう。

 そこを利用するのは、国王夫妻も席に着き、重役を揃えて、重要な議案を話し合う時。


 私もまだ入ったことのない部屋。

 重々しい会議室のテーブルについて、私の冤罪を晴らすのか。

 いきなり裁判とならない辺り、私が有罪の可能性は低いと考えているに違いない。

 私のこの断罪に対する当事者達を、国王を筆頭に重役が見定める場になるはず。

 保護者立ち合いのもと、子ども達の話し合いの様子を観察し、今後の方針を決めるようなもの。

 それでも、婚約破棄イベントで集合した顔触れが揃って、向き合うことになるのだ。

 気が重いが、婚約破棄を成立させるためにも、乗り越えるべき試練だと心を決めよう。


 ルクトさんのルビー色の瞳を細めて、楽しげに笑いかける顔が脳裏に浮かんだ。


 ……まずい。試練を乗り越える理由が、ルクトさんにあると考えてしまっている。

 今日会ったばかりの異性に、期待しすぎだ。顔が赤くなりそう。


「差し支えなければ、内容をお聞かせください」


 家令が、尋ねる。


「後回しに出来ない公務があるから、七日後に会談の場を設けて招集するそうよ」

「……七日後、ですか……」


 それまで、待つしかない。家令が、顔を曇らせているのを横目で見上げながら、少し考える。

 隣国から帰ってくるためには、七日では時間が足りない。公務もこれからのようだから、七日の間に済ませるという意味だろう。

 帰宅する際は、恐らく同盟の転送装置を使うに違いない。

 同盟を組んだ国同士で、城に行き来できる転送装置を作ったのだ。

 それは、同盟国の王二人の許可がない限り、利用出来ないもの。

 隣国の王に、この問題を正直に話して、許可を得るのだろうか……。

 恥だな……。愚息のせいで、国王陛下も大変だ。


「お父様からは、まだ返事がないのね……領地の屋敷宛てだから、到着してないのかしら」

「恐らく、そうだと思います」

「ふむ……。国王陛下からも、招集の手紙は届いているはずだけど……一応、私も送っておこうかしら」


 私とネテイトの進級報告を聞き、すぐに夫婦で領地に出発したけれど、まだ何が起きているか、知らないだろう。

 静養地でも人気な場所なので、今回も、のどかな馬車移動を楽しんでいる最中かも。

 それほど離れていないので、遅くても明日中には到着するから、手紙を読むことになるはず。荷解きする前に、すっ飛んで帰ってくるだろう。


「じゃあ、七日は好きにしよう」

「なっ!? お嬢様っ? 招集日までは、外出を控えるべきではないでしょうかっ?」


 汗をダラダラと垂らしているように見える家令は、想像通りの反応をしてくれた。

 当日まで、また一人で外出するとわかり、私に説得を試みる。


「そんな……その日まで、憂鬱に家にこもるべきなの……?」


 しおらしく俯いて、片手を頬に添えて見せた。

 我ながら、可哀想な少女の演技、上手いと思う。

 現に、家令はかける言葉が見付からない様子。


「私は、塞ぎ込みたくないから…………よろしくね!」


 七日間もこもって塞ぎ込むよりも、一人で出掛ける方が、精神衛生上いいのである。

 そう最後に笑顔で言い切れば、家令は嫌々そうに歪めた顔で、折れた。もう止められないと、悟ったようだ。


 はははっ! 恨むなら、この事態を引き起こした愚王子を恨むのよ!


 自分の部屋に戻って、お風呂に入っては、寝間着に着替える。


 そして、王妃様への手紙を書き上げた。


 万が一、間違いが起きて、ミカエル殿下とヒロインことジュリエットが結ばれたところで、嫁いびりを受けることは必須だ。

 なんと言っても、王妃様は聡明な国王陛下を、若干尻に敷いているほどの気の強さを持っている。その気の強さは、不正や過ちを一切許さずに叩き潰してきた。



 オレ様王子も、夢見ヒロインも、無事に済むとは思わないことね!



 友人達の手紙を読もうとした時、左の耳元が熱を灯した。

 ドキリ、と胸が鳴ってしまう。


 ルクトさんからの着信……?

 ど、どうしたのだろうか……明日他の予定が入ってしまったのかな……。


 ちょっと不安になりつつも、指で赤い耳飾りを小突いて、通信を繋げた。


「ルクトさん?」

〔リガッティー。こんばんは。えっと……ちゃんと帰れたのか、知りたくて……〕


 どうやら、予定変更の連絡ではなかったようだ。

 無事帰宅したことの確認か。


 なんだか、デートのあとに、帰っていった相手の様子が気になって、電話してしまうという初々しいカップルの映画を観た覚えがあると、前世の記憶を探ってみた。

 へにゃりと口元が緩んでしまったが、ハッと我に返る。


 違う違う。私達は、デートしたわけじゃない! 冒険者活動をしたのだ!

 新人指導のもとの冒険だった!


「はい。やっぱり、家の者がみんなで捜索してくれたようですが、今後も出掛けると宣言してやりました」

〔あははっ、何それ〕


 彼らからしたら、笑い事ではないけれどね。

 私が明るく言って退けるから、ルクトさんの笑い声が響いてくる。


「ルクトさんも、ちゃんと帰りましたか?」

〔もちろん。んーと……それだけだ。予定は変わらず、明日はギルド会館で集合だな〕

「はい」

〔些細なことで通信して、なんか悪いな〕

「いえいえ、構いませんよ。では、また明日。おやすみなさい」

〔うん。おやすみ、リガッティー〕


 それだけの短い通信。おやすみを言い合って、通信を切った。

 前世なら、短い用件でも気軽に電話が出来たが、この世界ではあまり身近にない道具だ。

 それでも、使用して、会話をした。


 ほんわか、と温かい気持ちになって、ぼうっと呆けてしまったが、またハッと我に返る。


 いけない、いけない。

 恋愛を思う存分楽しむなら、七日後に決着をつけてからだ。


 こっちは、もう備えてある。ネテイトだけで片付けてほしいけれど、力が及ばなければ、私も立ち上がって王妃様の許可を得た王家の影に証言もしてもらって、勝利してみせるのだ。


 うんうん、と自分に言い聞かせて、友人達の手紙を開封した。


 不満と怒り爆発な友人達は、本当に自分は動かない方がいいのかと尋ねている。


 特に、ケーヴィン様とハールク様の婚約者の令嬢だ。

 誠意を込めた謝罪で平謝りの文と、罵倒の言葉からの加勢するという宣言の文。この二人には残念ながら、決着をしたあとに、自分の婚約者と向き合ってほしい。彼女達の勝負は、そこから始まるのだ。それを言い聞かせる返事をしておく。互いに頑張りましょう。


 事態の収拾後にお茶会をしよう、と各々の手紙に書いておいた。


 春休み初日であり、冒険者としての初日であった今日は、これにて終了。


 私はベッドに後ろから倒れ込んでは、キルケットを胸の上まで被り、すやーっと眠りに落ちた。



 

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