第17話 ましろ
店内で年明けのカウントダウンを終え、正月休みを挟んだ1月4日のオープン前。
この日はまなさんをはじめ、水色のスカートのメンバーで近くの神社へ初詣にいくのがお決まりになっている。
ピンクにカラフルなお花が描かれた着物。
素敵だな、と思いながらまなさんを見ている。
アリスがらしくもなく饒舌に励ましてくれたあの日から、らしくない自分を忘れて“いつものよう”に元気で明るいましろで年末まで走り切った。
ただあの年末のステージ上から離れない、一瞬みたアリスとこぐまの表情。
笑っている、でも何だか悲しそうな、憐れむような。
ざわざわして気持ち悪い。問題もわからないのに答えを導かなければならないもどかしさに発狂しそうだ。
おみくじを引き、りんご飴やベビーカステラを買って店に戻る。
咲良とみこは互いのおみくじの結果について楽しそうに話し、「こんなに美味しくない焼きそばなのに高すぎる」と言うこぐまに「雰囲気含めての値段でしょ」と答えるまなさん。
ほんとこぐまは冷めてるよねー、といつものような喧嘩にも似た掛け合いで周りを笑わせている。私も笑顔をつくる。
「楽しかったね」と水色のスカートの扉を開き、まずはそのままだった大晦日イベントが終わった後の装飾を片すところから始まった。
飾っていたバルーンの空気を抜き、椅子を元の位置に。
入り口に門松を飾り、正月の装いに仕上げオープンする。
お昼からちらほらと新年の挨拶がてら来てくれるお客さんたち。
SNS用に動画撮影をするキャスト。
日本酒を振る舞うキッチン。
いつものような時間が流れていく。
楽しい、楽しいのに何だろう。
わたしがわたしを見ている感覚は。
私からずるりと抜け出した“ましろ”はそのいつものような時間に適応して笑っている。
それを見ている私。
元気に話して、食事を運んで、ステージに立つ。
それを見ている、私。
どうすれば戻れるのだろう。
戻る?
戻るべき本体は、どこ?
22時閉店。いつの間にか最後のお客さんも帰り、片付けも終わるところだった。
「よし、そろそろ始めようかー!」
奥からそう言って出てきたまなさんに集まる。
きょうはキャストのほとんどが出勤していて、普段は居ないまなさんが終礼をする。
なにか“あのこと”について言及するのではないかと思うと吐きそうになった。出来ればもう何も考えたくない。
ゆっくりと声の方に寄る途中、咲良に
「ましろさん、大丈夫ですか?なんか今日ずっと顔色悪いですよ」
と言われたが、今の私の薬はきっとまなさんが持っている。
もちろん「大丈夫」と笑顔を作って答える。
「みんな今日もお疲れ様でした」
キャストへの感謝や、今年もよろしくなど簡単な挨拶を済ませたあと
「それから年末に言った、5月のライブの話なんだけど」
と聞こえると、自分だけでなく全体にピッと緊張が走った。
「楽曲は私が2曲作ってるので、それを振り付きで練習してもらいます。オープニングアクトとして水色のスカートから出演してもらうメンバーは、4人」
ドキッと大きく鼓動を打つ。4人。
たったそれだけ?
店内に同じ動揺が広がる。
大丈夫、間違いなくここを引っ張っていっている自負がある。歴も古い。ダンスも歌もこの中で特別上手いかと訊かれるとそうではないかもしれないが、大丈夫。
まなさんが安心出来るライブが、私には出来る。
絶対にあなたの期待に添えます。
まなさん私を、選んでください。
お腹の辺りで固く両手を組み、まなさんの目に思いを送る。
「咲良と七海みこ」
びっくりした表情のあと、見つめ合って無言の頑張ろうねを伝え合う2人。
「ルウナ、」
驚きも喜びもせず、既に気合いを入れた表情。
「それと、NEI」
思ってもみなかった、というふうに口元に手をやる。
呼んでもらえなかった。
視界が端から段々暗くなる。
まなさんと一度も合わなかった視線が床に落ちた。
足元には真っ暗で、静かで、飲み込まれそうな
故郷の夜の黒が、深く、深く広がっている。
立っているのだろうか。浮いているようだ。
キーンと鳴る向こう側から薄く喜びや激励の声がする。
愛しい声で呼んでほしかった。
一番だと思っていた。
一番でいたかった。
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