第18話 ましろ

 誰もがましろの名前が出るものだと思っていた。

 自分たちが選ばれなかった悔しさよりも、死んでしまうのではないかと思うくらいのましろの落胆ぶりへの心配が店内に充満していた。


 それには反応せずまなは続ける。


「選ばれた4人にはまた改めて詳細など連絡します。選ばれなかったキャストたちが彼女たちより劣っているとか、日頃の評価が低かったとかそういうわけではありません。今回私が考える条件に合うキャストを選んだだけ。選ばれた4人もこれを理由に水色のスカートでのパフォーマンスを怠らないこと、他のキャストへの敬意を忘れないことを胸に、安心しないで最高のステージを披露するために更に努力してください。私は貴方たちみんなを尊敬しています。いつもありがとう。終わります。お疲れ様でした」


 まなが努めて淡々と言葉を発していることを、“此処”の子たちはわかっていた。

 まなの言葉をきいて気持ちを引き締める。

 たった1人を除いて。


 そのひとりにかける言葉もないまま気不味そうにキャストたちが店を出て帰路につく。

 ましろも少しずつ足を進めるが、店の扉の外で街に続く階段を上がれずにいた。

 こぐまが立ちすくんだままのましろの背中をそっと撫でて出ていく。

 最後にアリスが小さく「ましろちゃん、お疲れ様」と言って帰ってから10分ほど経ったころ、店内の全ての電気を消してまなが出てきた。



「わ!びっくりした」

「……まな、さん」

 言葉を続けたかったのに今までこぼれなかった涙が一気に溢れ出してしまった。

 困らせたくなかったのに。冷静に、ちゃんと話したかったのに。


「どうして?なんで……なぜなんですか」

「ましろ」

「私はずっと」


 ましろがしゃくり上げながらゆっくりとまなと目をせると、悲しそうに微笑む顔があった。


「そうだね。ましろはずっと、私のために頑張ってきた」

 憐れまないでください、こんなぐしゃぐしゃな自分を見せたくなかったのに。


「私は、私は不正解に全力を注いできたんでしょうか」


まなが深く時間を使う。

「その問題が水色のスカートのオーナーとしての私の答えなら、そうなるね」


 まちがい。

 作りあげた“ましろ“がどろどろと溶かされ、涙と一緒に排出されているようだった。

 全身に力が入らなくて壁に身体を預けた。


「ましろは私になることを目標にしてしまった。何年経っても、それ以外を見つけることが出来なかった。人は他の人間にはなれないし、私にたどり着いたと思ったところで、ましろはどうなるかと思ったら、怖くなった」


「だからって、見放すんですか?!わたしはどうしたらいいの?!」


 信じて走っていた道を奪われたようだった。

 きらきらと心が踊る道をただ走っていたかった。

 分からせてもらわなくたって、良かった。

 ただ盲目にここにいたかった。


「ましろ。私ね、その東京のライブのタイミングで水色のスカートから離れる。それだけじゃなくて、表に出る仕事はもう辞めようと思ってるの。貴方が追いかける水原まなは、いなくなる」


 唐突な告白に涙が止まった。


「え……」


 実在するましろの“アイドル”が、光が、目の前から無くなる。


「私みたいな大人でもさ、みんなと同じようにずっと夢とか、やりたいこととか無限に出てくるの。それに進むために」


 掴みたくてもひらりとかわす。

 指先に触れたと思うのはいつも蜃気楼のような桜の花弁。偶像。

 自分のゴールは目指した時から、無かったのだ。


「私、何がしたくてやってきたんでしょう。全部、無駄だったんですね」


 立って居られない。

 ずるずると壁沿いに腰を下ろす。

 折った膝に額を乗せると、肺が圧迫されて余計に苦しくてたまらなかった。このまま息を吸えずに絶命したって構わない、と思った。

 同じ時代を生きるひとを神様にした時点で、救いはない。


「ましろは私にたくさん教えてくれたよ。田舎から出てきて、すごいスピードでたくさんのことを吸収してって、どんどん綺麗になってく。どんどん自信をつけて強くなっていく。落ち込んでる時、うまくいかなくてどうしようもない時、そのましろの姿に元気と勇気と安心をもらった。この笑顔のために何度も頑張ろうって思えた。ちゃんと、私のアイドルだった」


「……」


「私はましろや、ここのみんなのおかげでやって来れたんだよ。無駄なんかじゃない、私を追うために頑張ってきた力は貴方のもの。奮い立たせてきた力は貴方から湧きあがったもの。大丈夫、自分で立てる。そのちからを貴方は持ってる。」


 自分で見えていなかったましろを、認めて、信じてくれていた。

 水色のスカートで生まれ育った“ましろ”の断片的な記憶が頭を巡る。


 ステージに立ってパフォーマンスをしなければならないと知った時は絶対に無理だと思った。

 人前で話すなんて。ましてや歌うなんて。

 誘われて即決したのに「できません」というのはとても心苦しかった。

 ホールの仕事をするだけでは「ここにいてもらう意味がない」と切られてしまうかもしれないと思ったが、そんな私の言葉はスルーされ、なぜか「名前を決めよう!」と言った。


 聞こえていなかったのか?とはてなを飛ばす私に「ここで新しく、大好きになれるもうひとりの自分を育ててみようよ」と大きな笑顔を向けた。


 その笑顔の放つ閃光が眼の奥、脳を直接貫いた。

 何かのせいにしない、言い訳を探さない、もうひとりのじぶん。

 好きなましろをつくる努力をした。

 難しくてできなくても、うつむいてたらればを思い浮かべそうになっても“ましろ”はそんな奴じゃない。

 自分が正しいと思うことに真っ直ぐ努力して暑苦しいくらい青春のど真ん中。だけど押し付けがましくなくて、誰かを包み込む優しさをもつ。嫌いなものはない、嫌いな人はいない。明るく笑って、元気を届ける。目に入るとその迫力と強さに詠嘆してしまう大輪ひまわりのような、無意識に気持ちを上げてくれる冬の太陽のひかりのような、大好きだった“ましろ”をつくったのは


「わたし自身の、ちから……」


顔を上げて空気を吸う。心配そうに微笑む水原まなとぼんやり目をあわせる。 


「ましろにはちゃんと自分の中に“そうなりたい”って理想があったじゃない。ちゃんと自分で決めて、大好きな自分になれた。そして、たくさんのひとが、貴方を大好きになった」 


 穏やかに息が吸える。流れる涙が体温より熱い。

 “わたし”はずっと、“わたし”だった。

 なら、大丈夫だ。

 “わたし”は“ましろ”でなくても、大丈夫だ。


「私」

喉がまた締まる。眉間が深く皺を作る。


「応援します。ずっと、水原まなのことを」


「ありがとう」


 温かい手がそっと頭に乗る。

 ぎゅっと瞑った目の奥に小さくあるものを思い出した。


 さっき水色のスカートでみたブラックラホールのような田舎の空には、都会の電飾やまなが出す光に到底及ばないほどの、無数の光り輝く星があることを。

 自分の耳を飾る、小さな星にそっと触れる。

 誰が見ていなくたっていい。

 強くはなくても“わたし”のまま、自らの力で発光できるステージをここから何時間もかけた何もない故郷で見つけよう。


 憎らしくて愛おしいその人は、一緒に東京に来て、自分たちの仕事のサポートをして欲しいとましろに打診した。

 まなへの未練に救いを用意してくれていたが、ましろは次にいきる場所を告げ、ひとつのお願いをしてそれを断った。

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