第19話 成瀬綾

“ましろ”は18歳でここでうまれて、6年間たくさんの音や色を吸って人格を創ってきた。


 まなさんになることだけを胸にいきてきた私の中のましろは居なくなった。


 そのスペースを塗り替えるように頭の中でどんどん広がる田舎の光景。


 流されるように生きている自分を何も言わずに支えてるれる父、口うるさく心配性な優しい母、歌わなくても踊らなくてもそばにいてくれる友達。

 4つ下の妹は小さい頃から私のことが大好きで、いつもくっついていた。

 お小遣いをもらって買いに行く駄菓子も私の手元をみて選び取り、好んで使う文房具もそれと同じのがいいとお揃いだった。

 洋服のジャンルも、聴く音楽も真似をした。

 双子みたいだね、と言われるとすごく嬉しそうにしていた。

 故郷を出るまではとにかくうんざりしていたが、離れて暮らすと可愛らしく、愛おしく思えるようになった。

 地元で保育士として働く彼女が、年明け少しだけ帰省した時に言ってくれた。

「お姉ちゃんもこっち帰ってきて一緒に保育園の先生やろうよ」



 “ましろ”が居なくなった私はここでどうパフォーマンスしていいのかわからなくなって、まなさんに「すぐに辞めさせて欲しい」と伝えた。


 私の思いを汲んでくれたまなさんは「わかった」と答えてくれたが、ずっとみてくれていたファンや、水色のスカートのメンバー達にはきちんと伝えてからにして欲しいと言われ、2週間後に辞めることになった。

 ここを去ったほとんどのメンバーが行ってきた『卒業イベント』もやらないことにした。

 出来る力が無かった。ましろはいなくなったのだから。


 SNSをフォローしてくれてるファンの方には直接メッセージを送り、来店してくれる常連さんには顔を合わせて挨拶することができた。

 誰一人として「なんでやめるの?」「次はなにするの?」なんて聞いてこなかった。

 そっか。と優しく受け入れ、選んだ道を応援すると言ってくれたのだ。

 中には泣きながら「寂しいけど自分も頑張るから!」といってくれた人もいた。

『常連の誰々さん』が『一人のひと』としてましろのことを思ってくれていたことに初めてちゃんと気づけた。

「仕事相手でも自分の友達や家族でもないましろという小娘の為に、大切な時間と頑張って稼いだお金を遣って会いにきてくれている」

 まなさんが水色のスカートにきたばかりの私に言っていた言葉の意味が改めて身に染みた。


 メンバーにも時間を作って話した。

 元気をもらっていた、笑顔が大好きでした、ちょっと抜けてるとこがあざとかわいくてずるいと思ってた。笑ったり泣いたり、それぞれのキャストとそれぞれらしい会話をした。

 残り2日。会わなくてはならない人がいる。


“ましろ”のステージを見たことがないけど、“ましろ”を支えてくれた水色のスカートのメンバー。

 みんなに貰ったことばのおかげで貯まったこの力で、その人に最後のステージを観てもらいたい。



 ちょうど“ましろ”の最後の出勤日に合わせてこちらに来てくれたまなさんにお願いして、お昼の時間お店を閉めて貸してもらった。


 約束した時間に来てくれたその人は、「水色のスカートに関わるようになって5年くらいなのに、まなさんと会うのは3回目だから緊張するよ」と笑いながらテーブル席についた。

 まだ私がここから去ることを言っていない。


 店内には3人。


「久しぶりだねー!いつも衣装ほんとありがとうね!元気してた?」

「まなさんお久しぶりです。元気ですよ。ここの衣装もですし、コスプレイヤーさんたちにも私のことたくさん知ってもらえるようになってきてて。すごく楽しく仕事させてもらってます」

「そっかーよかった!東京公演の衣装もよろしくね。ていうか、なんかどんどん綺麗になってない!?」

「充実してるからですかね」

 うふふと笑う。


 大好きな2人の会話を遠目にみているだけで幸せな気持ちになる。


 彗は本当に素敵な人だ。

 きっと私がはかり知れないたくさんのことや感情を知っている。

 私が、ここから離れると知ったら。

 彗をがっかりさせるかもしれない。

 本当は、言わずに逃げたかった。


 失望されるくらいなら不義理なやつだと思われる方がましだ、と思っていた。

 でも、お客さんやここのメンバーたちがくれた“ましろ”という存在の価値を”ましろ“が此処に居たことを、彗の記憶の片隅にでもいいから置いておいてほしい、といつの間にか思ってしまっていた。


「さて、じゃあ私はちょっと後ろで仕事があるから。ましろ、あとはよろしくね。」

とまなさんが席を外す。

「またよろしくお願いします。」

と彗がお辞儀をしてまなさんを見送った。


「なんかさ、ましろちゃんが神格化してるから私までまなさんのこと神様に見えちゃうよ」

出逢った頃よりずっと明るくなった気がする。

 なぜ彗をみているとこんな気持ちになるんだろう。

 向けられた笑顔に喉の奥がぎゅっとなる。


「きょうはね、私のステージをみて欲しいの。彗が作った衣装で私がどんなステージをしてるのか。営業時間きてくれたことないでしょ?」


「……そうだね、うん。ていうか私の為にわざわざ貸切にしてくれたの!?」

「そうだよ!だからちゃんっとみてってね!!」


 何か察したような表情には気づかないふりをしてマイクを取り、ステージに立つ。

 目を瞑って、忘れた『ましろ』を思い出す。


 いや。

 やっぱり、いいや。

 今、自分にできるステージを目の前の彗にみてもらえばいい。


「こんにちは!水色のスカート自称エースのましろでーす!」

 大きく片手をあげて重いものを投げ飛ばすようにスイッチをいれる。彗が微笑んで拍手をくれる。

 曲紹介をして自分で機材をいじって音を出す。精一杯振り付きで歌う。

 目の前のたった一人に受け取って欲しい、人生最後のパフォーマンス。


 間になんてことない話をして予定していた3曲を歌い終えた。

 アウトロが鳴り終わり、彗の拍手も止まったところで深く息をし直した。

 優しい彗の眼差しをしっかりと受け取り、気持ちを返す。


「彗、今日は来てくれてありがとう。イベント衣装とか、制服の変更とかたくさん私のわがまま聞いてくれてありがとう。」

ふるふると首を振って彼女が答えてくれる。

「いつも写真とか動画は勝手に送りつけるから見てくれてるだろうけど、ちゃんと揺れて、動いたり踊ったりしてる衣装を生でみて欲しかったんだ。ここに来ないのはきっと彗なりに理由があると思ってたんだけど、最後にそれだけはしたかったの。」


 ステージの上の自分と目の前に座るたった1人の観客。

 ずっと目が合っている二人っきりの店内。マイクを通して語りかける


「私、やっとわかったの。“ましろ”は誰のためでもないものに必死にすがって、本体の自分を見ないように消し去ろうとしてたって。頑張ってきたことは無駄だったとは思いたくないけど、間違いなんじゃないかっておもった」


 彗が少し悲しそうな顔をしたように見えた。


「彗!私ね、綾っていうんだ!成瀬あや!ここから車で4時間はかかる、すごく田舎で生まれて育ったの!なんの取り柄も、なんの特技もない普通の女の子。でもね、今度はね!まなさんでもましろでもなくて、ちゃんと綾として自分のこと大事にして生きていこうと思うの!無駄なんかじゃなかったって信じて、ちゃんと綾を大好きになるためにいきていく!こうして“ましろ”がステージをするのは今日で最後!」


 マイクを置いてステージを降りて、何も言わない彗の目の前まで近づく。


「彗と会ってからずっとかっこいいなって思ってた。最初はなんでそう思うのかわからなかったけど、私が自分から逃げてることに気付いた時にわかった気がした。なんか辛そうなのに、たまに苦しそうな顔するのに、自分のことから逃げないで答えを求め続けてる」


 椅子に座る彗にそっとハグをした。


「最高にかっこよくて美しい彗。教えてくれてありがとう。私もこれからあなたみたいに自分を育てる」


 彗の両手も私を包む。


「ましろちゃんも私を救ってくれたよ。“確かにここに居たましろちゃん“のことも、嫌いにならないでいて。”ましろちゃん“も、綾ちゃんのこれからをつくる人だから」

「ありがとう。彗」


これからの自分も“ましろ”を後悔しないで済む。


「綾ちゃん!まだまだ自分が嫌いになる人生は、長いよ。一緒にがんばろうね!!」


ドンドン!と彗が背中を叩く。

 お返しにありったけのありがとうを込めてぎゅっと抱きしめた。

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