第8話 NEI
同じ年の“桃奈”とは高校生の頃からネット上で交流があった。
お互いストリーマーとしてSNSで発信し、セルフプロデュースで地下アイドルのイベントに出演していた。
経験を積みながら大手事務所のオーディションを受け、デビューしたいという目標も同じだった。
しかしそううまくはいかない。
共にアイドルとして有名になりたいと強く思いながらも、18歳という年齢は私たちを焦らせていた。
供給過多の市場、毎日毎時間古くなり、新しい蕾がポコポコと出てくる。
高校生、中学生、小学生までたくさんの可能性が私たちを脅かす。
ある日桃奈が
「NEI、水色のスカートていうコンカフェがオープニングの募集してるみたいなんだけど、一緒にいっってみない?」
と携帯で従業員募集の画面を見せながらライブの出番待ち時間に誘ってくれた。
「え、このマナって、あのマナ?まじで?」
「そ。元7JAM RIBBONのマナだよ。もしかしたら、なんかいいとこと繋がれるかもじゃない!?」
『マナ』は現在どのテレビにも、メンバーや卒業生が出ているような“地上アイドル”の、幻の一期生と呼ばれている人だった。
その人がコンセプトカフェをオープンする。
バイト代を貰いながらステージができるうえに、うまくいけばマナが押し上げてくれるかもしれない。
「行くしかないでしょ!オーディションに受かるコツとか教えてくれたりすんのかな、うわーどんな人なんだろ。楽しみー!」
「良かった!一人じゃちょっと心細くってさ!結構他の子もこのこと話してて。競争率高そうだよ」
一気に色めき立つ。
「どんな基準で受かるんだろうね。やっぱり地下でも人気の子なのかな」
「プロデュースしがいある子とか、原石とか見つけたりするかもよ!」
単調になっている自分の活動に、明るいものが見えた気がした。
一ヶ月後、桃奈と面接に向かった水色のスカートの店内には、マナと、きっと私たちと同じような思惑を持つであろう女の子たちが6人いた。
元7JAM RIBBON のマナと知った上で働きたいとくる子がほとんどだろう。
ライブハウスでよく見る子もちらほらいる。
アルバイトができる年齢から、20歳をとうに過ぎていそうな人まで。
この人数を一度に面接するのだろうか。
「こんにちは。水色のスカートオーナーの水原まなです。えっと、今日はこれで全員かな。それじゃあちょっと最初にお話しさせてもらうね」
ふるいにかけられる。何が求められる?
あの子は可愛い、あの人は自信が溢れている。
自分がこの中でどのレベルに位置しているか当たりをつけていく。
「水色のスカートの面接に来てくれてありがとうございます。多分私のこと知っててきてくれてる子も多いと思うんだけど、最初にいっておきたいことがあります。私がここで働く子をアイドルとしてプロデュースしたり、アイドルの活動に繋がるような知り合いに紹介することはありません」
そんな第一声を聞いた瞬間、全員から落胆する気配を感じた。桃奈も、私もそうだ。
「レッスンをつけたり、指導することもないです。ここは普通の飲食店ではありませんが、アイドル養成所でもありません。水色のスカートはあくまであなたたちの歩く道であって、線路ではないです。アイドルを目指す子だけを採用するわけでもありません。ここで出会うたくさんのことから自身で択び抜いて経験を身につけ、大好きになれる自分を作っていって欲しいと思っています。そういう子をここでは求めています。が、生誕祭や各種イベントをしたいなら他のキャストと相談しながら開催してくれればいいし、オーディションを受けたいなら、何かのレッスンを受けたいなら、行先に迷うなら相談に乗ります。ここまでで水色のスカートに来ていただける志望と“違う”と思う方は帰っていただいて構いません」
空気がピンとする。
誰も動いてはないが、店内がざわついているのがみえる。
期待とは違ったが、まあ、ここで働かないことを選ぶ理由もない。
桃奈と視線をあわせて同じ思いだということを確認しあった。
「あの。」
と一人が手を挙げた。
ライブで何度か見たことある子だ。3人グループで活動している確か、サユリちゃん。
「どれだけここに貢献しても、事務所とかプロデューサーさんとかに紹介してもらえることはないんですか?」
マナがサユリちゃんに向く。
「ありません。水色のスカートはあくまで一つのお店で、その中で大活躍できたとしても、小さな世界だからです。力があるならここだけじゃなくて自分の力で他にも認めてもらえるはずだと思っています」
最後まで聞くとサユリちゃんは睨むようにマナをじっと見た。
「……わかりました」
といって扉の方に歩き出す。
「じゃあ、やっすい時給で消費されるだけってことじゃん」
ぼそっと呟いて私の前を通り過ぎ、それに続いて3人ほど店を出て行った。
「完全にそれ目的で来てたんだね」
桃奈にそっと話かけると「まあわからなくもないけどね」とギリギリ私が聞き取れる声で返事した。
「えっとー、きょう残ってくれたのは4人だね。他にも8人ほどいるので、5月のオープンまでに全員で説明会やオリエンテーションを行います。それぞれ名前と連絡先を教えてくれたら、帰ってもらって結構です。今日はありがとうございました」
それだけ?拍子抜け。
マナがこちらを選ぶということは無く、帰された。
これからの仕事ぶりを見て選別していくのだろうか。
水色のスカートを出て桃奈とカフェに入った。
「もしさ、いい話に繋がらないとしてもあそこで働くことで悪いことなくない?ステージ出来て時給貰えるんでしょ?マナのファンとか、他の子目当てのお客さんにも見てもらえるしさあ」
私は疑問を口にした。
地元のファストフード店でバイトをしながら自分でチケットを売って、グッズを用意して、練習場所を確保し、衣装を準備する。
ワンステージで売り上げが出ないことなんて当たり前だ。
「んー。大事にする部分ってそれぞれじゃない?出てった子はアイドルとして何か教えてもらったり、コネとかが一番欲しかったのかもね。自分で自由にできることわざわざあそこでやんなくていいやーとか。それにサユリんちお金持ちだからねー。ここだけの話、」
顔を近づけてトーンを落とす。
「人脈の為にヤバめのギャラ飲みとかも結構行ってるみたいだよ。時間の無駄だと思ったんじゃない?」
「へぇー……そうなんだ」
頼んだカフェラテを口にする。
桃奈は色んな子と仲がいい。人見知りの私はアイドルの友達、といえるのは彼女くらいだ。
「いいよねー。お金があるのとないのじゃ出来ることも心の余裕も違うもんね。まあ、私たちは泥臭く頑張るしかないかな!!あの店にくる客全員かっさらってやる!それでマナに推さないっていったこと後悔させてやる!!ね!!NEI!!」
「うん!!頑張ろう!!」
桃奈がつくる拳に自分の拳をあわせた。
水色のスカートがオープンすると、それぞれのファンやコンカフェ好きのお客さんがたくさん来てくれたが、中でもやはりマナの昔からのファンが多かった。
業界の人っぽいな、という様な人がくると一段と気合を入れたり、まなさんが呼んだ有名なアイドルや歌手が特別ゲストとして来てくれたときは勉強させてもらった。
アイドル志望じゃないキャストや、キッチンの子と話して違う角度からの学びを得る。
刺激があって楽しかった。
そんな中、“頑張ろう”と言い合っていた桃奈の様子が変わったのは水色のスカートの1周年記念イベントが終わったくらい。
不機嫌そうな顔をしているのをよく見るようになった。
ある閉店後の桃奈との帰り道、彼女は「はあ」と大きなため息をついた。
「どうしたの?桃奈最近なんかイライラしてない?」
桃奈が一呼吸置く。
「水色のスカート辞めようかな。」
「え!?なんで!?」
同じように充実しているはずだと思っていたので、イライラの原因は水色のスカートにあるいうことに驚いた。
「だって。マナ、私たちに本当になんもしてくれないじゃん。ああ言いながらも面倒見てくれると思ってたのさ。それっぽい人と話してる時に寄ってっても名前紹介するだけだし、本当に何も教えてくれないし。ファンも、配信のフォロワー併せてもちょっとしか増えてないし」
不満が一気に溢れ出した。
「私が一番頑張ってるのに、なんの経験も無いましろがやたら人気だし。あんなマナの二番煎じみたいなやつ。私たちなんて、マナのフィールドで踊らされてるだけなんだよ。結局最初からいるメンバーの半分は辞めてったでしょ?それに気づいた人から出ていくんだよ」
自分が仲間だと思っている子がそう言われるのは嫌だった。
「でもましろちゃんも頑張ってるよ。」
今の桃奈には黙っていれば良かっただろうがそれはできなかった。
実際彼女は本当に熱心に、周りに喰らい付こうと努力している姿を私は知っている。
桃奈がキッと睨む。
「私こっちだから、じゃあね。」といつもは曲がらない方向に行ってしまった。
裏切り者。の意味がこもった視線が、私に悲しさと迷いを残して。
あんな風に怒れないのは私の“やる気”が桃奈くらい無いからだろうか。そんなことをいったら私だって頑張っている、と言いたい。
地下ライブも配信も増やした。
路上ライブもするようになった。
アイドル曲だけじゃなくて、昔の曲や男性歌手の曲や洋楽にもチャレンジしている。
身振り、手振り、MC、改めて他の子のステージを観ながら自分なりに解釈して表現してきたつもりだ。
しかしそんな“やってる感”に小さな満足で満たされ、闘争心が欠けてしまっているのかもしれない。
確かに自分を観に実際ライブに足を運んでくれて『NEIが好きだ』と言ってくれる人なんて新しく出逢った人の中で10人にも満たないだろう。
もう10代も最後だ。
私も桃奈みたいにもっと強く、熱い力を沸騰させなくては。
そう思いながらいつものように水色のスカートでのステージをこなしていく。
が、中身のない“やる気”が空回りしているようで、満足いくパフォーマンスが出来ていない日が続いている。
こんなに声が出なかったっけ?このフレーズはどう歌っていた?どんなステップを踏んでいたっけ?
何か変えなきゃ、満足しちゃダメだ、ファンが離れる。好きにさせなきゃ、動け、戦え、燃えて、私の闘争心。
そう思いながらいつの間にか終わっている私の時間。
いつものようにお客さんからの拍手でステージを降りる。
眉間に皺が寄っていることに気付き、いい加減にしろ、と両手覆うように自分の頬に刺激を与える。
今までいかに何も考えずにやってきたんだと、浅はかな自分に思いっきりビンタをしたい。
次の子のパフォーマンスが始まっているため、そっとキッチンの方へ移動し、水を貰った。
水の温度で身体を冷やしながら、ぼんやりとステージを眺める。
迷いなんて微塵も見えないパフオーマンスしている。
一体みんな、どうやって闘う気持ちを維持しているのだろう。私が持っていたはずの自信の元は、なんだったっけ。
トンッと置かれた肩の手にビクッとして振り返るとマナがいた。
「大丈夫?どうしたのこんな端っこで」
気が付くと店とバックヤードを仕切るためのカーテンに半身を隠していた。
「マナさん」
心とは裏腹に、この場から逃げようとしている自分の姿にがっかりする。
「あ……」
私が知らない“ここから上”を知っているこの人は、何か答えを持っているだろうか。
話を聞いてもらっていいのかな。
お金を貰って自分の好きなことをやらせてくれているのに、こんな初歩的などうしようもないことを。
マナが感情を読み取ろうと何も言わずに私の目をじっと見つめている。
空いたままの自分の口からは何か出そうで出せない。
「NEI。どうした?」
あまりにも優しい声色に口に出してしまった。
「まなさん。私……ダメかもしれません。」
言葉の最後は自分の耳にも聞こえなかった。
理解しきれていない苦悩が一緒に吹き出してしまいそう。何が出てくるかわからなくて怖い。
だめだ。ここで泣いちゃ、だめ。まだ営業中。
お客さんとキャストのきらきらした夢の場所。
泣くのは自分の部屋の、ベットの上だけ。
ましろちゃんのステージを見ていたはずの目の前がふわっと真っ暗になった。
まなさんの手で仕切りのカーテンがかけられ、店内にいるはずだった私の位置はバックヤードに置かれていた。
「最近なんか変だよ。自分を追い込むのは答えのあることだけにしな」
まなさんが静かに、いつもより少し低い声でいう。
"お店"から離れた途端、涙と思いがぼろぼろとこぼれる。
「私。本当にアイドルになりたいのかわからなくなってきて。何がゴールなんだろう。何を、どう頑張ればよくて、どうしたら認めてもらえるんだろうって。アイドルって……なんなんですか?」
何を目標に、やってきたんだっけ。
ぐすぐすと洟をすする私にティッシュを差し出す。
「そんなのは、NEIにしかわからない。疲れちゃった?」
首を横に振る。
「そっか。迷うこと、よくあるよ。アイドルになりたい子だけじゃなくて生きてるすべての人にある。これまでNEIは順調にやってきてると思ってたけど。そうだよね、しんどくなっちゃうこと、あるよね」
寄り添う言葉に余計に顔が崩れてしまう。
「NEIはどうして配信を始めて、アイドルライブに自分で出て行くようになって、ここにきてくれてるのか。思い出してみて」
私の頭に温かい手を置く。
催眠術にかけられたようにそれにゆっくりと従う。
配信を始めたのは正直なんとなくだ。
流行っていたもあったし、やってみると「かわいい」とか「歌うまいね」とか少しずつ見てくれる人が増えてって嬉しかった。
どんどん見られたくなって、反応が欲しくなって、セルフプロデュースでステージに立てることを知ると思い切って飛び込んだ。
会場を自分のファンでいっぱいにしたい。
自分を知ってもらって、好きになってもらいたい。
私が作った曲を聴いて、応援したり、されたり。誰かの生きる力や夢の片隅にいたい。
涙を拭ったティッシュを丸める。
大丈夫、落ち着いてきた。話せる。
「本当に……ありきたりですけど。自分もそうだったように、たくさんの人にこんな私が頑張っている姿や、負けない強さをみてもらって、勇気や元気を与えたい。自分ことを応援してもらって、自分が把握できないくらいのたくさんの人に、私を支えてもらいたいです」
「支えてもらいたいか。ふふ、素直だねぇ」
確かに、なんて勝手で傲慢な望みだろう。
でも、それに値する力をつけらた時の結果を、みたい。
モザイクがかかっていた頭の悩みが鮮明に見えてくるような気がした。
「正直、年齢のプレッシャーもあって。でもいま、口に出してなんか、判ったような気がします。叶わなくも、何歳でも、私の中のそんな夢を、きちんと昇華させて終わらせたいです」
私の“強い気持ち”の源は、ライバルへの嫉妬心や誰かに対する不満でもなく、自分の中にあった。
「悩んで、迷っても、ちゃんとそこに帰るんだよ」
やっぱりなにもしてくれないなんて嘘だったよ。
まなさんはちゃんと見てくれてるよ。
何も言わないけど、自分を気付かせてくれる。そう桃奈にも伝えたい。
「NEI、私今月でここやめることにしたよ」
あれから久しぶりに桃奈と水色のスカートのシフトが被った日、開店前のバックヤードで彼女はそう切り出して来た。
表情がスッキリしていたので、何かいい方向に向いたのかも。
桃奈が納得する決断できたなら、寂しいが、それでいい。
「そっか。寂しくなるな」
「桃奈も辞めなよ、居たって意味ないよ」
1度目に聞いた時よりショックは大きかった。
やっぱりそう思ったままなんだ。
でもね、
「私は自分が今できることを続けておきたいんだ。
“ここ”に居たいと思ってる」
桃奈に決意を宣言するように伝える。
「……ふーん」
不機嫌に私を一瞥したあと、興味なさげに自分の爪に施されたデザインを見ながら返事した。
居心地の悪さから、テーブルのセッティングでもしようと店内に移動すると、小さな声で
「ねえ」
とにやにやしながら後を着いてきた。距離を詰めてくる。
「サユリに結構有名な人のギャラ飲み誘われて行くんだけどさ、NEIも行かない?気に入られたら雑誌とか、テレビとか出れるかも。ほら、サユリ深夜のテレビたまーに出てるじゃん?その繋がりらしくてさ」
やめて欲しい、悲しくなる。
「行かないよ……。サユリちゃん関係、ヤバいって言ってなかった?桃奈それ、大丈夫なの?」
わざとため息を混ぜて言う。
幸い店内には私たちしかいない。こんな話、ここの人たちに聞かれたくない。
「……は?」
またひゅっと表情が変わる。
情緒不安定さが心配になる。ちゃんと自分で考え抜いて選んだことなのだろうか。
「あんた。さっき自分が今できることしておきたいって言ったよね?わかってんだよ、もしかしたら"そういう"ことがあるかもって。だったとしても、私は、身体使っても、有名になりたいの。もう20歳になるんだよ?だんだん受けれないオーディションも増えてく。何もない私が今できることがそれ」
表現をぼかすことなく直接的に耳に入る言葉に驚く。
「桃」
「NEI、辞めなよ。」
え
「あんたもうアイドルとか目指すの辞めな。どうだっていいじゃんカラダなんて。有名になろうっていう気持ちが足りないよ」
自分の気持ちに自信がないのは、今ももちろんそうだけど。でも、それだけは絶対違う。
カラダがどうでもいいとかそんなんじゃない。そんなのに頼ったら、心が壊れちゃう。
「桃奈こそやめてよ!そんな、大事なものを壊す桃奈見たくないよ」
すがるように彼女の腕をつかむ両手がすぐに振り払われる。
「大事なもの?何それ。大体、こんなとこで実力つけてとか、それが本当に評価されんの?何が魅力かなんて、客が決めることでしょ?たくさんの人に見もらえる場に出ないと意味なくない?そういうのやめてよね。友達ヅラした偽善者が気持ち悪い。この世界での繋がりなんて全部自分の利益のためなんだよ。全員ライバル、全員敵なの。私はそれに徹してきただけ。サユリと仲良くしてやっとチャンスが来たって思ってるよ。あんたとだって、中国人じゃなきゃ仲良くしてないから」
金槌で頭を殴られたような衝撃だった。
両親が中国人の私は“寧”と名付けられた。
生まれも育ちも日本だが、そのルーツを嫌悪することなどなく、周りにも恵まれてこの地で生きてきた。
訛りはほとんどない。見た目はこの国で生まれ育った人たちと見分けはつかないだろう。
でも頭に2つ作ったお団子に“わたしを形成する血は周りが持たない私の強みだ“という信念を込めている。
それに嫌悪を示すひとが居ることも覚悟してきたつもり。
だが、やはり友達だと思っていた桃奈の口から出たことはショックだった。
「ちょっとでもキャラ強めの子と仲良くする方が引きが良いでしょ。優しいでしょ?ワタシ」
私を攻撃しているようで、無理矢理自虐しているようにしか見えない。
「……わかった。桃奈。がんばってね」
それ以上言えなかった。
間違ってるよと、戻ってきてよと。
でも、戻るってどこに?
彼女の純粋な野心の出発点を私は知らない。
顔を伏せて早足でバックヤードに戻る。閉じたカーテンを背に悔しさを抑え込む。
桃奈の間違っているかもしれない強い気持ち、ある意味それが本当の正解かもしれない。
答えのない問題。
正誤は関係なく、気持ちが強い方がゴールに辿りつくのかもしれない。
ふと目の前に人の気配を感じた。
「!!」
慌てて大声を出してしまいそうな口を押さえ、ましろちゃんが居ることを桃奈に気付かれないようにした。
「ごめんねぇ……なんか深刻そうだったからそっと入って来たんだ。全然気づいてなくて、どうしようかと思って動けなくなっちゃって。で、聞こえちゃった。」
努めて笑顔を作ってくれている。
何か言わなくては。何を言えば良いのだろう。
「ちょっと、外出ようか。」
そういって空気を変えるためにバックヤードの裏口から地上に続く非常階段に出た。
真っ白な頭のまま後を着いていく。
「はい吸ってー」
ましろちゃんが呼吸を促す。見上げると差し込む地上の光が目を眩ませる。
「吐いてーーーーーーーー」
胸のぐるぐるを緩やかに吐き出す。
何度か2人で大きく深呼吸を繰り返した。段々落ち着いてくる。
「ふぅー」
ましろちゃんが天を仰いだまま動きを止める。
壁に寄りかかり、それをぼんやり見ていた。
「んー。ごめん私、何にも言えることないや。」
くりっとこちらに顔だけ向ける。
「えっ」
あまりにも正直で真剣な顔のましろちゃんの言葉に吹き出しそうになる。
それを確認すると優しい笑顔を向けてくれた。
「へへ、でもね、一個だけ。桃奈のいうこともわかるけど、多分私の気持ちはNEIと一緒。私たちには、きっと、それで間違ってないよ。桃奈に言ったって届かない。桃奈は桃奈のことを、NEIは自分を信じて、NEIのことを頑張るしかないっ!」
届く陽が白い肌を強調している。
そうだ。自分が出した答えを信じなきゃ、誰が私を信じてやるんだ。
全部ひっくるめて、私が一番の私のファンになる。
今の私には「それは違う」と桃奈を説き伏せられる程の実力は備わっていない。
絶対私がみせるから。私の方が正解だったって示してやる。
もう一度空気を肺いっぱい吸い込んだ。
涙が流れそうだったが絶対に泣かない。全部、自分をつくる力にする。
「あーーーーーーー!!!!!!!」
悪いものを一緒には吐き出すつもりで腹から声を出すと、うるさい!とましろちゃんにばしっと背中を叩かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます