第9話 彗
主要駅から地下で繋がっている商業エリアにある大型の手芸店。私はここで働いている。
個人で楽しむだけでなく、ハンドメイドの商品を販売する作家さんたちで、平日も休日も人は絶えない。
生地の在庫チェックをしていると、同じ服装の女の子二人組が何やら相談をしながらやってきた。
白のブラウスは形や、フリルの大きさと量はいいのに、生地はテラテラと嫌な光沢があって通気性が悪そうだ。
下に合わせた膝丈の蒼いフレアスカートは縫製がとても雑な上に、まず上のブラウスと色のバランスが合っていない。
二人とも顔は可愛いのに安っぽいただの布を身につけていることがとても残念だ。と思いながら仕事をする。
裁縫が得意で好きだった私は、高校を卒業してから手芸用品店で働かせてもらえることになった。
布物や毛糸、アクセサリーを作るパーツまであらゆる商品を取り扱い、地域最大級と言われるこの店に居られることはとても幸せだった。
出勤するだび創作欲が掻き立てられる。
コスプレ衣装を作るのが好きだった私は、作品をSNSにアップしたところから少しづつコスプレイヤーという人たちの目に留まるようになり、オーダーされるようになっていた。
自分では着ない。
アニメが好きなわけでも無ければ、何か他の者になりたいわけでもない。
まず、自分が何者なのか20歳の今でも全くわからないでいる。
タグの確認の合間にバレないように彼女たちの身につけているものをチェックする。
特別この子達が気になる、というわけではなく、どのお客さんの服飾もそうして見てしまうのが癖になっていた。
先ずは手作りか否か。
それからパーツのチョイスや組み合わせ方、技法。
うちのような量販店に売っていない素材を使っていたり、大きさや形にクセのあるアクセサリーをつけている人は作家である可能性が高い。
一層注目してどう製作されているのか探る。
二人の身につけているアクセサリー類はそんな特別な物ではない。
このエリアを歩けば1時間以内に同じものを見つけられるだろう。
ふぅん。アクセサリーはお揃いではない。
ということは何かのキャラのコスプレではない。
“双子コーデ”にしては言っちゃ悪いがセンスが悪すぎる。
文化祭や学校イベントの衣装?
とにかく自分ならもっと丁寧に、もっと品良くこの子達を引き立たせられるお洋服が作れるのに。
そう思っていた瞬間、横並びに同じ棚を向いていた女の子の一人が急にこちらに顔を向けた。
凝視してしまっていたか。
慌てて目を逸らし、誤魔化すようにいらっしゃいませーと小さく言う。
品番をチェックしていたが動揺して何度も同じ生地のタグを見てしまっていた。
今度はその子がずっとこちらを向いているの感じる。
自分もこんなに彼女を見つめてしまっていたのだろうか。申し訳ない。
まあでも、自分に向けられる視線の時間は大体こんなもんだ。慣れている。
段々いつもの脈拍がいつもの数に戻ってくる。
就業時の服は自由。
大体の普段着は社割のきく自社の生地や糸を使用し、自分で作っている。
制服として支給されるエプロンの下に着ているこのピンクベージュのワンピースも、海外のビーズを組み合わせたピアスもここで販売しているパーツで作ったもの。
センスの無い彼女たちが、私と同じ目で身につけているものを見ているとは思えない。
気になっているとしたら、きっとそれらを身につけている中身のことだろう。
胸はなく、ごつごつと骨ばった手足。
どれほどノリが良く、上手に化粧できていたとしても、私は生物学上の男性。
それが自分に向けられる一番の興味。
隣のもう一人にこそこそと話し出した。
それもまあ、慣れている。
が、やはりいい気はしないものだ。
一旦ここは後にしようと立ち去ろうとすると
「あの!」
と呼び止められた。
顔を向けるとさっきまで横顔だった女の子の方もこちらを向いている。
「もしかして、店員さんのその服手作りですか?」
「あ……」
服を見ていたのか。自意識過剰。申し訳ない。
「はい」
と答えると二人はわっ!と笑顔で顔を見合わせた。
呼び止めた声の主は手前の白くてきめ細かい肌が綺麗な子。もう一人は黒髪が抜群に似合う美人。
ほらやっぱり!さっきあっちにあった柄の布と同じだもん!丈感とか袖の長さとかわいいよねー。スカートのふんわり感もちょうどいいよね。
と2人して私を観察しながら何やら色めきたっている。
商品の場所を訊かれるということでも無さそうなので、少しづつ後退りしながら立ち去りますよーという雰囲気を出すと
「あの、相談とかしてもいいですか?」
と色白の子にキラキラした目でお願いされた。
誰もが一瞬「あ、男の人だったんだ」という感情を含むのだが、この子からは一切感じなかった。
そのことに逆にこちらが少し戸惑った間をとってしまった。
「あ。はい。なんでしょう?」
「私たちの働く飲食店の制服のことで悩んでいて。
今はこういう市販のものから選んでるんですけど……なんていうか、」
色白の子が自分たちが着ている服を撫でながら言い、ねぇ、美人と顔を見合わせる。
苦笑いのバトンを相槌で受け取った美人が続けて言う。
「でも本当に着たいものを選ぶとすごく高くなっちゃうので。自分たちで作れるかな、って思って見に来てみたんですけど全然わからなくて。店員さんのお洋服、ご自身で作られてるなら色々教えてほしいんですけど。」
なるほど。キャバクラとかコンセプトカフェとかそういう類なのだろうか。自分が食べにいくような、いわゆる“普通”の飲食店ならこんなことでは悩まない。まあ、そこは今自分には関係ない。
「そうですね。手作りって割と安くできるように思うかもしれませんけど実はそんなことなくて。シンプルなものだと市販の方が安い場合も多々あるので、創作が趣味だという方がほとんどですね。」
楽しんで出来る、ということが大前提だ。
うっかり手を出して達成感を味わう前に投げ出されるのは悲しいし、始める為に準備した道具が放置されて埃をかぶることになるのは可哀想だ。
できれば何がなんでも完成させるという心持ちで始めて欲しい。
「わたしのこのワンピースですと4000円くらいで形にはなりますけど、ボタンやフリルはこだわって集めたものを使っていますのでかなりのお値段になりますね。このシルエットを出すために手間も時間もかかっています。今からお裁縫を始めるということになりますと、ミシンやお道具を揃える費用や、想像したディテールと近いものに仕上げるまでに結構お勉強が必要だと思います」
言葉を選んでこたえるが、伝えたいことははっきり言う。
初めはふんふん、と興味深々で聞いていたが段々と元気がなくなっていった。
特に色白の女の子のほうが明らかにしゅんとしてしまったので何か自分に提案できることはないかと考えてみる。
本当はうっすらと案はあるのだが。
「どういったイメージのものをお考えですか?もしかしたらお手持ちのお洋服に少し手を加えるだけで特別感が出たり、縫わずにお裁縫できる商品などもございます。簡単にできる方法などお教え出来るかもしれません」
「本当ですか!?」
ぱぁっと白い頬がピンクになる。なんて感情表現豊かな子なんだろう、こちらの心まで明るくなりそうだ。きっとお店で人気なんだろうな。
えっと、と彼女が持っていたトートバッグを探る。
生成色のキャンバス生地に『Pale Blue Skirt』と小さく印刷されている。
水色のスカート。
彼女たちが着用しているスカートの色と関係があるのだろうか。
「これ!私が書いたイメージなんですけど」
とノートを開いて見せてくれた。
女の子が描かれている。小さい子向けのような目の大きい幼いイラストで、なぜか髪色がピンク。
「うちのお店もうすぐ3周年で、4年目から制服変えようかなって思ってて!ブラウスはこう、襟がなくて首で括るようなおっきいリボンが良くて、袖は半袖よりちょっと長めのふわっとかわいいやつ!スカートはこんな あおい のじゃなくて水色っていうか、んー……うすい……?」
自分のはいているスカートをつまんでみせる。
答えはさっきバッグに書かれているのをみた。
「淡い?ですか?えーっと」
近くの棚からペールブルーを探す。
「こういう?」
春の空のような色の生地を指差す。
「そうそう!そんな感じの!」
きっとこの子に似合うんだろうな。
淡い、水色のスカート。
「そうですね。ブラウスの形は気に入ったものを探していただいて合う生地でリボンを縫い足せばいいと思います。こういうフレアスカートだけでしたら裁断して、直線に縫っていくだけなので簡単にできると思いますよ」
「……本当ですか?」
美人が難しそうな顔をする。
どうだろう。初心者には難しいことだっただろうか。
「でもうちにはミシンも無いし、誰もできる人いなさそうだし……やっぱり手作りは難しそうだね。ましろちゃん、どう思う?」
ましろ、と呼ばれた色白の女の子は残念そうにノートを閉じた。
「もうちょっと、可愛いと思える制服にしたいんだけどなぁ。頑張って探すしかないのかな」
自分にはできる。
二次元のアニメキャラの服を現実の人間が着るものとして作り上げることを思えば、そんな簡単なもの、その間に何着も作れるくらい一瞬で。
ましろちゃんのこの想像を現実にしてあげたい。
お洋服には自信とパワーをもたらす力がある。
「あの。私、コスプレイヤーさんとかの衣装を作ったりしてるんです」
腰につけていたポーチから小さなメモ帳を取り出して一枚千切る。
「もしお好みの既製品が見つけられなかったりしたら、材料費と少しだけ制作費をいただいてお作りできます。興味があればこちらにご連絡ください」
そういってSNSアカウントを書いて渡した。
「小野寺彗です」
「ケイちゃん……。すごい!彗ちゃん神!!!すごいねアリス!!ね!やっぱ話しかけて良かった!!!」
アリスと呼ばれるに女性に抱きついて飛び跳ねるましろちゃんをみていると、接客ではない笑顔になっていた。
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