第6話 アリス
「あの後、私すぐまなさんにここで働きたいです。っていったんだよ」
そう言って最後のドリアを平らげた。
「知ってるよ、まなちゃんすぐ言いにきたもん」
丁度、こぐまの器も空になった。
すぐに食べられないほど熱かった出来合いのドリアは、思い出話をするのに丁度良かった。
「明日仕込みの時に洗うから食器置いといて」とこぐまが言ってくれたので地上へ上がって別々の方向に別れた。
食べるタイミングを間違えた一口目の簡単ドリアは私の上顎をいまもヒリヒリさせている。
帰宅してキンキンに冷やしていた缶チューハイで紛らわせようと思ったがもう遅い。
水色のスカートに私が出勤するのは週に2、3回程。
平日出勤の時は仕事を終えてから向かい、土日に続けて入る日は一週間休みなく働くことになるがとても充実している。それが、いい。
明日は休みなので、普段は飲まないお酒と動画共有サービスで夜更かししようと準備万端だが、過去を追想していた余韻が消えず画面の中で女の子が話す内容が入ってこない。
次は、きょうのことが頭を巡る。
七海みこは何か吹っ切れた様子だった。
ステージでは出勤してきた時とは明らかに違う清々しい表情で歌っていたし、話していた。
そういえば自分もここで少しずつ自分を出せるようになって、真っ黒に染めなくてもいいやと思えるようになった。
気持ちが楽になると自分の身の回りの物の色が鮮やかになり、黒を選ぶ理由も変わった。
これが良い、と手に取れるようになった。
すると何故か会社で話しかけてくれる人も増えた。「なんか雰囲気変わった?」と。
誰かのつくった詩の意味にしっくりこなくて、自分で書くようになって、じゃあ曲もつけなきゃ、ってギターを始めた。
私はわたしを生きられるようになった。
『水色のスカート』のおかげだ。
あの時、思い切ってその端を掴んで良かった。
その思いを今からあの高校生たちがするのかと想像すると羨ましくも感じる。
突然任命された『教育係』そんな制度今までなかった。
何故私?まなさんに言われた時はのしかかる“責任感”が重くて本当に嫌だった。
水色のスカートにレギュラー出勤し、エースともいえるましろのほうが適任じゃないか、と。
自分が特別教えられることなんてないし、偉そうにならないように、ここのこと嫌いにならないようになんて。それに、あんなに年下の子と話すなんて難しい。
初めはそう思っていた。
しかし、段々と色んなことができて欲しいって思うようになってきていた。
形になったら嬉しくて、いつの間にか、みこちゃんはこうしたらいいんじゃないかとか、ああいうのがいいんじゃないかと考えている自分が充実してることに気づいた。
あの子のことを教育してるようで、こっちが色んなことを気付かされている。
目の前で歌い踊る彼女ときっと同じくらい、ドキドキしてわくわくしている。
目の前に立てた携帯の画面はいつの間にかアイドルのライブを流していた。
彼女たちの歌声と、そんなアイドルの名を愛を込めて絶叫する観客の声。
ぼんやりとみこちゃんを重ねていた。
あの子がこんな風になったら私はどれほど嬉しいだろう。
大声で名前を呼ぶのだろうか。
ハラハラしながら泣いて胸を熱くさせるのだろうか。
缶のままチューハイに口をつける。
喉を通る葡萄味と一緒に、ある思いが身体に落ちていく。
頭にはまだ届いていないそれをゆっくり消化する。
そうか。
あの人はきっとわかっている。
私が歌で食べていきたいとか、有名になりたいとか思っていま、水色のスカートにいるのではないということを。
充実している私に新しい気持ちの種を蒔いたのではないか。
だってこれは、多分、水原まなが辿っているおもいだ。
きっとそれを体験させようとしているに違いない。
しかし、何故。こんなにも成長を与えてくれようとするのだろう。
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