第5話 アリス 

 多くの人は居心地の悪い世界から自分1人だけでは抜け出せない。

そこから出たいのなら細く垂れる糸を選び、自分を信じて薄暗く重いもやもやとしところから這い出す力がいる。


 私は何か力になれたのだろうか。

抱き合う高校生たちを目の端で捉えて、自身もここに来た時のことを思い出していた。



 22時に閉店した水色のスカートには私とこぐまが残り、作業をしていた。

白ごはんにあまりもののミートソースをかけ、ピザ用チーズを散らばせたものを2人分こぐまがオーブンに入れた。

 次の日出勤してきた時に掃除機をかけやすいよう、テーブルに椅子を乗せていきながら、頭の中はあの日にタイムスリップしていた。



 美人は得だと言われるが決してそんな事などない。むしろ逆だ。

 年上の女からは咎める失敗のタイミングを見張られ、同じ歳の女からは歪んだ嫉妬、ひどい時はあからさまに嫌がらせを受ける。

年下の女には「私お姉さんみたいに美人じゃないですしぃ」と、かまととぶるのに使われる。

 男は見た目だけで好意を前面に出して寄ってくるくせに「あれ、実はそんな感じなんだ」と勝手に落胆する。

勉強や仕事が出来ると「いい女ぶってんじゃねえぞ」という目を向けられ、失敗すると「外見ばっか気にしてるからだ」と見当はずれな理由を押し付けてくる。

そして、とにかく痴漢や変態に遭遇する頻度が高かった。


 もっともっと息をのむくらいの、誰も近づけない絶世の美女であればそんな世界ではないかもしれない。

 が、私は所詮、そいつらが現実世界で生きている上で、やりようのない苛々をぶつけやすい中途半端な対象でしか無かった。

 本当に困って悩んでいるその悩みを打ち明けようもんなら「自慢かよ」ときっと私はこの世界で生きていけなくなるだろう。


 まあそんな風に思ってきたので相談できる友達も居ないが。

 女は顔がどうとかより、愛嬌があって、ちょっと抜けているくらいが一番愛されるのだ。


 たまにポッと灯る“さみしい”には、こんな性格の悪い自分なんかに心を通わせるてくれる相手などいない、と自ら冷水を浴びせる。


 美人と言われる様な外見とは裏腹に私は『可愛い』といわれるものがとても好きだった。

ハート

きらきら

ふりふり

ツインテール

淡い水色

桜ピンク

キュンキュンする恋愛映画。

上目遣いで精一杯愛されようとするアイドル。

困った様な眉。

垂れ目メイク。

着色部分が大きめの薄いグリーンのカラコン。

ふわふわの茶色い髪。


 そういうのは全然似合わないことにすぐに気づいたので誰かに見られる前にやめた。

というか、想像の時点で気持ち悪さしかなかったので試しもしていないことの方が多い。

 そんなことをしてみろ、性格をこじらせている上に見た目もかなりイタイ女になる。

 もう他人のストレス発散の為の視線にさらされたくない。



「アリス。」

ハッとして声がした方を見るとこぐまが用意してくれた賄いを前に、こちらを見ながらテーブルに着いていた。

ソースがくつくつと良い匂いを放っている。

「食べよ」

ああ、と持っていた最後の椅子をテーブルに乗せてから同じ卓に座った。


「なんかぼーっとしてたけど」

こぐまがスプーンをマグマに突き刺し外気に触れさせて冷ましながら言った。

「なんか、みこちゃん見てたら自分のこと思い出しちゃって」

そういいながら自分も同じように皿の底を見たり隠したりして冷ます。

「ああ。もう5年くらい前?になるのか」



 高卒の社会人2年目。まだ何がセーフで何がアウトなのかわからないので、持ち物は大体が黒で様子見。服もほとんどがモノトーン。

 友達も彼氏も居ないのに、誰の為に自分を創っているのだろう。

 どんどん寄せつけない雰囲気を自分が出している事はわかっているのだけど、もうどうしていいかわからなかったし、考えるのも面倒だった。

 だけど開き直りきれない気持ちがバックに忍ばせた小さな薄ピンクの鏡に表れている。


 不思議の国のアリスをモチーフにした雑貨店がオープンした、ということを知って会社帰りに久しぶりにこのエリアに来た。

 肌寒い日も多くなってきたし、これからの為に手袋でも探そうかな。

端に小さくアリスのシルエットが刺繍されているようなシンプルなものがいい。勿論、黒地で。

 カラフルで多種多様の自己主張が強い街並に、押し込めている心が小さく躍る。


 その中から小走りで向かってくる女性が視界に飛び込んできた。


揺れる鎖骨までのピンク色の髪。

白いふわふわのモヘアのニットにレザーのショートパンツ。

音を立てて近づいてくるvivienne westwoodのロッキンホースバレリーナ。


 歳は、同じくらいだろうか。

見た目の可愛さと、自分の好きを体現できるカッコ良さ。

羨ましく感じた女性を捉えると自然と歩いている足が止まってしまった。


 あと五歩進めば手が届きそうなところで目が合った彼女は、私に軽く微笑みかけて並んでいたビルに入って行った。

 バックは持っていなかった。ということは店員さんかな?お店があるのだろうか。


 彼女の入って行ったビルの入り口まで近づいてみる。

開け放たれたガラス戸の先に地下へと続く階段があった。先には扉がありそうだ。

 少し薄暗い様な入りにくい雰囲気の行先を、緊張しながらもゆっくり降りていく。

 自分にそんな勇気があったのかと一段進んだところで驚いた。

二歩目からはもう、導かれた、としか今は言いようがない。


 薄く音楽が漏れ聞こえる。

アイアンで型取られた表札にかかれている『水色のスカート』という文字を読み切ったところで、アンティーク調の重そうな木の扉が勢いよくこちら側に開かれた。

 咄嗟に手でガード出来たが、ぶつかった瞬間何故か「ぎゃっ」と叫んだのは出てきた人の方だった。


 こちらを覗き込んだピンク髪の女性はその声の勢いそのまま

「うわー!ごめんなさい!!大丈夫ですか?!あれ、さっき上で見た美人さんだ!」

と言いながら慌てた様子で私を通り過ぎ、半身を向けながら蟹のように階段を上がっていく。

てのひらをこちらに向け

「大丈夫?!ちょっと、ちょっと待っててくださいー!」

と言いながら行ってしまった。


なんなんだ。急に出てきてここに呪縛していった。


 扉が開いた一瞬、店内から大量に漏れ出した音楽はBGMではなく、誰かが歌っている様だった。

 ああ、ライブハウスか。

私に用は無さそうだけど、待ってて、と言われてしまったので取り敢えず待つことにした。


 中から漏れる歌に耳をすます。

 何の曲かな。もう少し聞いたら当てられそう。

 音楽は大好きだ。唄うのも、聴くのも。そういえば最近カラオケ行ってないな。

ストレス発散によく行っていた1人カラオケもしばらく行っていない。

 自分を抑えることがもうストレスに感じないくらい”社会に馴染むこと“を当たり前に受け入れられるようになってきたのだろう。

 嬉しい?悲しい?

どっちかわからないが、ため息が出た。


 そんなことを考えていると、また急いだ様子で少し息を切らしながら彼女がコツコツと階段を降りて来た。私の所在を確認するとすぐに話し出す。


「あー!待っててくれた!ありがとう!ごめんなさいね、コンビニに支払いに行ったのに受領証もらう前に出て来ちゃって」

ぴらぴらっと小さな紙を振って見せる。


 聞いていない一連の行動を説明してくれたピンク髪の女の人の位置が私と揃うまで、どうすればいいのだろうと考えていると、やっと会話が始まった。


「さっき、結構強めに当たっちゃいましたよね?なんか、怪我とかないですか?」

と私の身体にギリギリ触れない手の位置で撫で、どこか痛めていないか探すように見た。

「いえ、全然大丈夫です。あの。ここはライブハウスとかですか?」


 びっくりしたがダメージは無かったので、もう話を逸らすつもりでこの扉の向こうのことを訊いてみた。

「あら、知らなくて来たんですね!珍しい」


 珍しい、のか。


「ここはね、1年前くらいにオープンしたコンセプトカフェなんです。ステージがあって、いろんな子が自分のこと試してる。料理もちゃんと美味しいの!あ!お詫びにご馳走するから時間あったらちょっと入っていきませんか?」


 コンセプトカフェ。未知の世界だ。

こういうところは、ほら、いわゆる男性のオタクと呼ばれる人たちが集まるところだよね。デレデレしながらお金を払うような。まさか自分が踏み入れるタイミングが来るとは。私が触れるものとして違和感があるんじゃないか?どうしようか。いや、ちょっと様子を見てご飯を食べるだけ。中も、気になるし。そうそう、さっきの曲名の答えも出なかった。そういえば『ご馳走する』と誰にも確認を取らずに誘えるということは、この人はここの偉い人なんだろう。偉い人が素敵な女の人で、そんな素敵な女の人が私を誘ってくれている。


 自分を納得させる言い訳を頭に回している時間が、彼女に『不信感を持っている』とバレてしまったようだ。


「あ、私はここのオーナーの水原まなっていいます。ごめんね、なんか凄い困らせちゃってるよね。

じゃあー、お詫びの焼き菓子だけでももらってくれる?取ってくるからちょっと待ってて」

といいながら扉に手をかけた。


 えっと、でも。


「あ、いえ!あの……少しだけお邪魔してもいいですか?」


 好奇心を原動力に勢いで答えると水原さんは

「予想外」という間を一瞬あけたあと、満面の笑みを向けて

「どうぞ!ようこそ水色のスカートへ!」

と大きく扉を開いてくれた。

 中の世界に流れていた歌声が勢いよく私を包んだ。


 女性アイドルグループ、7ジャムリボンの最新曲。さっきのクイズの答えがわかった。

 自分の低いヒールがコツンと店の床を鳴らす。良かったのだろうか、という少しの後悔。

 しかし、見回した視界に広がる色、形、人間。

 とても楽しみにしていたアトラクションに乗れる日が来た様なわくわくとぞくぞくが膝から湧き、その思いを打ち消していった。


 店内には数名のお客さんと、お揃いの服を着た女の子たち。

 白い壁にはアニメっぽいというより、おしゃれな雑貨のパッケージで見るような女の子のイラストが大きく描かれている。

 椅子やテーブルはシンプルだが全体的にラブリーな印象のインテリアに心が踊る。


「いまちょうど終わったところだね」

ドアから入って右手にあるステージを一瞥し、左手奥へ進む。ここどうぞ。と一番奥のテーブル席に案内してもらった。


「また30分後に最後のステージがあるから良かったら見てって。次は、えっと誰からだったかな。あ、なんでも食べられる?」

案内と独り言と質問をくらったが、なんでも大丈夫です。と質問の答えだけ返した。

「おっけ、じゃあキッチンに伝えてくるね。」

と行ってしまった。


 なんて慌ただしい人だろう。

目でキッチンに向かう水原さんを追いながら思う。


 店内に目を戻し、改めて好きを噛み締める。

白いブラウスにふんわりとした膝丈の水色のスカート。

ハーフアップの髪に大きなリボンをつけている子も居れば、あえてゴシックよりなイメージのアクセサリーをつけ、着崩している子もいる。

あの高い位置に作った2つのお団子にカバーをつけたチャイナ風な髪型もとっても可愛いけど、私なら思いっきり『可愛い』のど真ん中がいいな。

リボンたっぷりのヘッドドレスを付けたい。


 きょろきょろしながら囲まれている世界に浸っていると

「好きなの?」

とテーブルに水を置かれた。

 水原さんとは違う突然の声にびっくりして目をやるとお揃いの衣装を着ていない女の子が立っていた。

 半袖の白いTシャツに黒いスキニーパンツ。ベージュのエプロンをしている。

 もう一度びっくしたのは、その子がどの水色のスカート履く子よりも可愛かったこと。


 ショートカットにクリクリした大きな瞳。ふっくらしたピンクの頬と、血色のいい赤ちゃんの様な唇。背が小さく全体的に少しだけまるっとしたフォルム。

 着けているエプロンには『こぐま』と名札がついている。

「こぐま……」

思わず声に出てしまった。

「ああ。こぐまって名前でキッチンやってる。なんか小熊みたいだって勝手に名前つけられた。」

 ちょっとぶっきらぼうな話し方。表情がさっきの水原さんみたいにくるくる変わることもない。


「アイドルとか、好きなの?」

 もう一度同じ質問をしてきた。そんなに気になるのか、話し相手をしてきてくれと言われたのか。


「えっと。はい。こんな風に、可愛いものはとても好きなんです。」

こんなにも必死に隠してきたことを会って何分も経たない内に自然に言えてしまったのは、ここに居る時点で隠すことでも無いと思ったからだ。

「なんかすっごい嬉しそうに見渡してたからさ。

こんなびっくりするくらいの美人がそんな顔してたら気になって。」


 いえいえ、と首を横に振ったが、ずっと嫌味のように聞こえていた“美人”という単語が初めて褒め言葉に聞こえてくすっぐったくなったのは、それを放った表情が何の感情も持たないような形だったからだろうか。


「なんか作ってあげてって言われたんだけどお腹減ってる?ご飯系かスイーツ系、どっちがいい?」


 どちらでもきっと可愛く仕上がって出てくるのだろう。本当はそろそろ夕食を摂りたいが、この可愛い空間では、もちろんスイーツ一択。

「えっとじゃあスイーツでお願いします。」

と答えるとちらっと時計を見て「おっけ」とすぐ去ってしまった。


 『こぐまちゃん』って名前まで可愛い。

キッチンに向かう彼女を目で追いながら、もしまたこぐまちゃんが食事を持って来てくれたらもう少し話したいな。と思った。

 変な気を使われていないと思える彼女の話し方にも緊張が解けた。

 ここで働く人たちがみんなこんな風な気持ちにしてくれるなら、お金を遣って来店する人たちの気持ちがわかるような気がする。


 お客さんを観察していると、他の席でも店内を周る従業員さんとお話をしたり、常連さん同士で情報交換なんかをして楽しんでいる。


 間を埋めるためにいつの間にか飲み干してしまっていた空のグラスに、水を入れに来てくれた女の子が「こんばんは、初めまして」と微笑んでくれた。

 胸のネームプレートには『ましろ』と書かれてある。

明るいオレンジのアイシャドウがよく似合うきめ細かい白い肌。ピッタリの名だ。

「こんばんは、あ、ありがとうございます。」

気まずくて一瞬で目を逸らしてしまった。

「お仕事帰りですか?」

との問いに、仕事終わりにお店を探していた事とどういう流れで今ここに居るかということをいつの間にか説明していた。


「へー!そうなんですね!!なんか、本当にうさぎを追ってきたアリスみたいですね!」

そう彼女が明るく笑うと、余計なことをたくさん話してしまっていたと恥ずかしくなった。

 柔らかな雰囲気と少し大きめのリアクション。

 自分が話すことを興味深々といった表情で聞いてくれる。楽しい。


「アリスのお店はですねーえっとここから出た通りを左手に行って……」

と説明してくれている途中でこぐまちゃんがパンケーキを持って来てくれた。


「あ、ありがとう!取りに行ったのに」

とましろさんがお皿を受け取ってテーブルに置いてくれた。

「いや、あんたら目当ての客ってわけでも無いみたいだから。キャストが話しかけるとなんか嫌かなと思って。私が持ってきた」

 なにそれーとピンクの頬を膨らませたあと

「あ!そうそう、この美人さん、アリスって名前ね。私が今付けたの!」

と自慢気な芝居をしつつ、こぐまちゃんに経緯を伝えた。

 いつの間にかアリスと命名された私は、了承の苦笑いを浮かべるしか無かった。

 

「はいはい、ましろは他のテーブルの様子見ながら次のステージの準備してこい」

とましろちゃんの背中を片手で向こうのほうへ押しやった。

 ちょっとーという彼女の声をしっし、と手で払い、こぐまちゃんは同じ卓の椅子を引いて私の目の前に座った。

「オーダー入るまで休憩する」

と片手に持っていたオレンジジュースを一口飲む。

 可愛いらしい見た目と塩対応のギャップが興味を抑えられなかった。


「こぐまさんってそんなに可愛いのに、あの服着たり、ステージとかしないんですか?」

こぐまちゃんが表情を変えずに黒目だけで私を捉える。

「しない。全然興味ない」

「へえ……」

勿体無い、

と言いそうになったが直ぐに、何が、と自分で答えを出してしまったので、急いでパンケーキを切り取り一緒に飲み込んだ。

 見た目で勝手なことを言ってくる人間が嫌いなくせに、人には言いそうになる自分が恥ずかしくなった。

 しかし、その罪悪感をかき消すようにすぐ別の感情が湧いた。


「美味しい」

 外側は焼き目が少しサクッとしていて、ふんわり、でもきめ細かくて少しもっちりしている。

添えられているクリームはもったりとして甘すぎないのに、酸味のある角切りの苺によく合っている。

「これ、クリームチーズ混ぜてるんですか?」

と彼女に目を移すと口角を軽く上げていた。

「うん。正解」

初めて感情を見せた表情に私も嬉しくなった。すぐに二口目に取り掛かる。

「やっぱりお腹空いてたんでしょ?」

と言う彼女の笑顔に、ケーキやパフェでなく少しでも空腹を満たしてくれるものをと作ってくれた優しさをみた。

「嬉しい。私は自分の料理をそんな風に食べてもらいたくてここに来たから」

続きを話してくれそうだったので黙ってフォークとナイフを置いた。

「あ、いい、食べて」

一般的なマナーとしてはわからないが、これを作ってくれたこぐまちゃんに対してはきっとそれが正解なんだ。

 ありがとうといって持ち直し、次に口に運ぶピースを切り取る。


「ここはさ、あんなバカみたいな格好してバカみたいな夢追っかけたりしてるやつばっかなの。成功なんて無いに等しいのにさ。青春かよ」

読み取れない。あざけてるのか、哀れんでいるのか。

 でも次の瞬間ふっと表情が緩んだ気がした。

「ってしばらく思ってた。私は料理人になりたくて、たまたままなちゃんに引っ張ってもらっただけだったから、ここのこと全然知らなかったんだけど」

 自然と食事の手が止まってしまっていた。

水原さんとは、『まなちゃん』と呼べる関係なのか。


「みていくうちに何か面白くて。一気に歌が上達したりとか、見せ方が上手くなったりとか。素人でも目に見えてわかるんだ。ステージ正面のキッチンから丸見えだから特等席みたいなもんで、嫌でも視界に入んの。それで終わったら暗い顔して裏行ったり、キッチンに隠れにきて出来なくて悔しいって泣いたり」


 あ、笑ってる。


「現実世界では私が最初に思ったみたいに、バカにしたり見下したり、よく知りもしないくせに説教してくる奴も居るんだってよく愚痴聞かされる。ここ以外で自分がストレスなく受け入れてもらえるには

黙って偽るか、黙らせるくらい成功するかのどっちかだって」

 ドキッとした。

 黙って、偽る。

 その言葉だけ、自分と重ねてしまった。


「“アイドル”とかには全く興味ないけど、こいつら、いまこの上を歩いてるやつらより、多分ずっと自分と向き合って、真剣に未来追っちゃってんの。滑稽に見えるんだろうけど、すっごいかっこよくてさ。私もいつの間にかそれに飲み込まれちゃって」


 眩しい。きらきらしている人は羨ましい。

 今まで何度も思ってきた感情だったが今、人生できっと、一番強く思っている。


 優れた容姿を持ちながらも他者を遠ざけるような話し方に、勝手に同じような思いをして周囲に予防線を張っているのだと、自分と重ねていた。

 それは違っていないかもしれないが、いま、いきているステージは真逆だ。


黒に押し殺した、居たのかさえ忘れていた私自身。

 私自身ってなんだ?


 彼女の煌めきに、思い出せそうで手を伸ばしたくなった。

 身体の中心の深いところが熱い。



 薄くかかっていた店内のBGMがやんだ。

「アリス?」

ハッとした。どこからこぐまちゃんの話を聞いていなかったのだろう。


「こんばんわーーーー!!本日最後のライブステージ!始まりまーーーす!!!」


 ましろちゃんの声がスピーカーを通して大きく耳に飛び込んでくる。

「どした?大丈夫?喉につまった?」

はい、と水のグラスを渡してくれた。

「ごめんごめん、なんか急に語り出しちゃって。」

と申し訳なさそうな顔をさせてしまった。


 違うの。否定したくて必死に首を横に振った。


「ゆっくり食べてって、私そろそろ戻るから。」


 席を立つこぐまちゃん。

 待って。

 スピーカのから聞こえる声が何かを話している。

 それよりも自分の心臓の音の方が大きい。

 待って、待って待って。

 自分の心にたくさん着込んだ黒い服を、脱ぎたい。

 重くて、苦しくて、

 もうたくさんなの。


 ジャーン!と音が鳴った。

 立ち去ろうとするこぐまちゃんの腕を、

「盛り上がってこー!!いっくよー!!!」

と叫ぶましろちゃんの声に押されるように咄嗟に掴んでしまった。


「あ……えっと、」

「どした?」

「あの、」

 衝動的に引き止めてしまった。

 どうしよう。

 いや、その衝動の元はわかっている。


「ありがとう!!」

「は?」


 早いテンポの曲に乗せて感情豊かな歌声が聞こえる。手拍子とコール。

 私の声が消されてしまわないように強く、こぐまちゃんに届ける。


「水原さんってまだいる?」

 覚悟は、そう言った瞬間決めた。

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