第4話 七海みこ
頭痛を感じながら起きた翌日。咲良と出勤時間が同じだったので一緒に電車に乗った。
MCのネタどうしよう。
昨日の出来事が頭でぐるぐるして他のことを考えられなかった。
プリンが壁で弾けた話は面白いだろうか。
「あいか、どうした?元気ない?」
さすがにあれはこたえた。
「あー。うん。またあの女が酔ってて。暴れて」
「……そっか。」
横並びに座る咲良が、前に向き直って小さく返事をした。
「ねぇ、プリンがさ。」
「ん?」
「プリンが壁に激突して、爆発した話。面白いかな」
咲良が再び私の様子をうかがう。
自分はどんな顔をしていて、咲良はどう感じるのだろうか。
心配させない表情をつくることが難しい。
「……あいか大丈夫?今日休む?」
休んでも行くところなんてない。
「咲良は。いいよね、今までやって来た事やるだけだもん。慣れてるもんね」
自分のこの嫌な感情と関係ない意地悪が出てきた。
変だな、と思いながら笑顔を作ってみたが、それが更に嫌な奴を作っている。
「あいか」
咲良が膝の上に置いた私の手にそっと触れる。
「私は何もないもん。頑張って考えて、色々迷って、緊張するし、間違えるし。わからないし。」
母への感情を水色のスカートのことにすり替えて人にあたる。
咲良が両手で強く私の手を握る。
なんだろう、へらへらわらっちゃう。
何を言っているのだろう。私は。
「咲良には分からないよね。私お金貯めなきゃ!」
咲良の顔は一度も見れなかった。崩れてしまいそうだったから。
元気なふりをして我慢した。
『水色のスカート』の最寄駅に到着し、私は咲良の手を払って早足で電車を降りる。
咲良は心配そうに私を追ってくる。
酷い。咲良にぶつけている。
あの女がやっている事と同じだと思うと、
自分がとてつもなく嫌なやつだと思うと、
すごく腹がたつ。
それでも足は速度を落とさない。
咲良は小走りで私の名前を小さく呼びながら追いつこうとする。
目的地がある通りに差し掛かったところで
「あいか!!」
とそれまでより大きい声で私の足を止めた。
が、咲良のほうを振り向けはしない。
走ってくる。回り込んで来て正面から両手で肩を掴む。
子どもに言い聞かせるように私の目を見て言った。
見開いた自分の目の中いっぱいに咲良が映る。
「あいか。今日私のステージちゃんっっっと観てて。あいかのために頑張るから!」
そう言って先に店に入って行った。
思ってもみなかった咲良の勢いにびっくりし、身体が固まってしまったので、涙を流さずにすんだ。
いつものようにオープンした水色のスカートの2部目のステージタイム。
順番としては先に咲良、1人挟んで七海みこのステージ順だった。
咲良のステージをちゃんと見た事は無かった。
先輩のステージを見て学ぶこと仕事を覚えること、そして自分のことに必死だったから。
いや、避けていたのかもれない。
同じ年で友達である咲良に、理解しているはずの自分の不出来を改めて見せつけられることを。
気付かないふりをしていた嫉妬心が、きっと、さっき顔を出してしまったのだ。
醜い。大嫌い。自分。
「みこちゃん?」
アリスさんが心配そうに声をかけて来た。私たちの不穏な空気を察してくれたのだろう。
ふう、と長く息を吐いて中身を入れ替えようと意識する。
「アリスさん。あの、きょう咲良のステージしっかりみたいので、その間時間もらってもいいですか?」
と言うと「おっけ」と軽く微笑んで肩をポンと叩いた。
「お次は高校生ダンサーの咲良ちゃんでーす!お願いしまーす!」
と1人目がステージを後にし、咲良が出てきた。
すがるようにマイクを両手でぎゅっと握っている。
「どうも、『水色のスカート』高校生ダンサーの咲良です。」
表情も言葉も、硬い。
引きずってるのかな、さっきのこと。
「えっとー今日は、あ、大好きなラッパーさんの曲で踊ろうとおもって。とってもたのしみ、です。」
なんて棒読み。ちっとも楽しみそうじゃないじゃん。合間合間で唇を噛んでいる。気まずい時の咲良の癖。
「でっ、えっと、あ、ではお願いしーます。」
笑えるくらい手足が震えている。
お守りのように握っていたマイクをステージ袖に置きにいく。
曲が始まり踊り出す。ぎこちない、気がする。
ダンスのことは詳しくないけど、学校でふざけて踊っている時とまるで違う。
が、曲が進んでいくうちに身体が解けていくように乗り出した。そして段々顔つきも変わってくる。
キッと睨んだ目、ニヤリと片方の口角だけ上げるような笑い方。曲の展開のように身体の動きと表情がくるくる変わって見入ってしまった。
カッコイイ。
曲が終わり一息吐いたあと、何かを思い出したように慌ててバタバタとマイクを取りに行った。
「ありがとうございましたぁ。次はNEIちゃん、おねがいし、ます。」
最後は全力で引き攣った笑顔と、また片言のようなロボットに変身して消えて行った。
何だそれ。圧倒的に私よりひどい。
笑えた。何が『あいかのために頑張るから』だよ。だっさいなぁ。
馬鹿みたいにおかしくなってしまって止まらない。1人のお客さんに変な目で見られたのでキッチンカウンターの裏に身を隠した。
「ちょっと。何笑ってんのよ!」
ステージを降りた咲良が恥ずかしそうに顔を赤くしながら静かに詰めてきた。
「だって。ロボットじゃん!この前地震起こしたって言ってたのも本当だったんだね。あはは」
そんな私をみて、咲良が安心したことが肌に伝わった。
「私だって真剣に悩んでんだからね!お客さんは近いし、男っぽいストリートダンスを観に来てるわけじゃない、って思われてんだろうなとか。そもそもお前なんなんだとか思われてるんじゃないかとか、可愛くないし、愛嬌ないし、」
キッチンカウンターの裏で身をかがめながらまだ続けようとする咲良を力一杯抱きしめた。
「咲良、ごめんね。本当にごめん。心配してくれてありがとう」
咲良の手が私の身体をぎゅっと包んでくれる。
「あいか。大丈夫だよ。私がいる。一緒に頑張っていこう」
何百人も見てくれるわけじゃない、学校の友達や上を歩く街の人たちは私を誰も知らない。
けど、ここは七海みこにとって大事な場所。
“あいか”にとっても大事な時間。
暗い顔でステージに立つ訳にはいかない。
悩んで迷って不安定な状態を見せつけるなんて、以ての外。
強い自分をつくっていくために、私には咲良がいてくれる。
“七海みこ”が在る。心強い。
きょうはコンビニの青い人の話をしよう。
身近にいる、元気をくれるアイドルのはなし。
大切にとっておいた話題。
「頑張るよ、頑張ろう、咲良!」
キッチンのこぐまさんが
「お前ら何やってんだ。」
と邪魔そうに言った。
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