第14話 アリスとましろ 

「おーい」

 アリスがましろの目の前でわざとらしく手をひらひらさせている。

 それぞれの生誕祭や夏のイベントを終えた水色のスカート7年目の秋。

 二人は営業時間が終わった店内で賄いを食べながら冬に行うイベントの打ち合わせをしていた。


「あ、ごめん!美人すぎて見惚れてたわ!」

何言ってんの、と言いながらアリスは再び目線をノートに移した。


 夏頃からだろうか、なんだかましろの様子がおかしい。

上の空、心ここに在らず、そんな状態で居るタイミングが増えた。

 アリスが様子をうかがってみても「夏バテで」「お腹空いてて」などとはぐらかされている。


 聞いて欲しければきっといつかましろから言ってくれる、もしかしたら自分ではない人が聞く方がいいのかもしれない、などと言い訳をしながらアリスはそれより奥には触れられずにいる日が続いていた。


「大晦日イベントのトリはまなさんでいいよね?」

「もちろん!」


 クリスマス、年末、年明け、そういった個人のものではないイベント内容を考えるのはこぐまとアリスとましろだった。

 タイムテーブルや、装飾、衣装、どんな料理を出すか。ざっくり出来たものをまなに提示し一緒に練る。下におろして共有して進める。


「アリスってさ。すごいよね。ちゃんと仕事できる人!って感じ。羨ましい!」

「それ、この前も言ってたよ」

はいはい、聞き飽きた。

という様子でペンを箸にもちかえ、こぐまが作ってくれた生姜焼きを口に運ぶ。


「私服も大体モノトーンじゃない?アリスは自分が似合うものわかってて自信があって、かっこいい」


 豚肉を咀嚼するスピードが一気に落ちた。

 そうか。隠れようとしていた黒は何ものにも染まらない。影響されない。

近づけさせない拒否のいろ。自分の意識とは裏腹に、隠すどころか示していたんだ。

 過去の自分は色々間違っていたな、と苦笑が漏れる。

 でも今は違う。黒は自身が逃げないで選んでいる色だと。


「私は、ましろちゃんが羨ましいよ」

「へ!?嘘でしょ。なんでよー!ききたーい!」

両手の上に顎を置く仕草。

「そういうところとか」

「?」

首を傾げて見せる。大袈裟なリアクション。

「ほら、それ。アイドル!っぽくて可愛い」

「え、あー。いや」

ましろが苦笑いを浮かべる。

「なんかねー。元々こんなんじゃないよ、私、多分。頑張ろうと思って色々やってたら、普段でも出ちゃうくらいくらい染み付いちゃって」


 やはり何かおかしい。

いつもなら「こういうのとか?」なんておどけてたくさんのアイドルポーズを見せてくれるのに。

それにアリスには、少し悲しそうな顔に見えた。

 何か悪いことを言ったかもしれない。


「私ね」

 アリスが話し始める。

 自分から入った話題で暗くさせてしまった責任を取ろうと話し始めた。

ましろの吐き出したい思いを引っ張るように自分が先に吐露する。


 ましろが改めてアリスの顔を見る。

「いまはさ、ステージに立たせてもらって唄ったりしてるけど。私は表現する人になりたくてここに来たんじゃないの。社会で嘘ついてる自分を解放したいんだって気付いて、居させてもらうことになったんだ」

 ペンも箸も離した手を自身の膝に乗せて話を続けた。


 キャスト同士、休みの日に遊びに行ったりご飯に行ったり、プライベートでも交流するくらい仲は良かったが、心の深いところまで話すのは初めてだった。


「キャストのみんなが自分の信じることに一生懸命になってる姿とかを通して、ステージ観るじゃない?今までCDとか携帯で音楽聞いてきた感じと違ってさ。歌詞はつくった人のものなんだけど、なんていうか、乗っかってる生の感情みたいなものがぶつかってきて、震えたんだよね。それで、私も想いに素直でいたいって」


 ましろが静かに、じっとアリスを見つめる。


「それからやってみたいことがたくさん出てきて、ギター練習してみたり、歌作ってみちゃったりとか。昔の自分からは考えられない。ましろちゃんみたいに頑張りたくて。やっと見つけられたんだよ」


「わたし?」

 

「そうだよ。まなさんの動画ずっと観て、曲聴いて。所作とか会話の仕方とか、どんどん吸収してって誰より早くここに来て練習してる。何かを目指して一生懸命で凄くかっこよくて、うらやましかった。ましろちゃんが色んなことやろうって頑張ってる姿に、私はやる気をもらってる」


 しばらくましろの視界がアリスでいっぱいになっている時間が続いた。


 その瞳を受けてハッとする。


「やだ……泣いちゃうじゃん……」


「ちょ、うそでしょ?やだ、泣かないでよ」

笑いながらティッシュを取りに行く。


 ましろに背を向けながらアリスはしまった、と思った。

 ましろは、認めてもらえて改めて奮い立つ、というよりとても弱々しく、『救われた』という風であった。

 話の方向性を間違えたかもしれない。

 あんなふうに肯定してしまうことが、今のましろの悩みに対して正解だったのだろうか。

 全てが報われた気がしてバーンアウトしてしまうのではないだろうか。

 まだ、“ましろ”は完遂されてはいけない絶対に。


アリスは、“ましろが心を燃やす姿”を取り戻したいと思っている。

どうにか奮い立たせる言葉を探す。


「でもさ、ましろちゃん」

テーブルに戻ってティッシュを渡す。

それを受け取って、ましろが立ったままのアリスを見上げた。


「私本気で唄っていこうと思ってるよ。水色のスカート出身の、いっちばんメジャーな歌手になってやる。まなさんが嫌でも外で私の名前を言いたくなるような。絶対、ましろちゃんより先に有名になって売れてやるから」


なんて下手くそな切り返しだろう。

アリスは自分にがっかりした。

でもなんとか強い顔を作って、心を込めて言った。

言えただろうか。そのまま受け取ってくれただろうか。

 もう、ここで満足している自分の本心を隠した嘘の言葉は、ましろの心に火を点けられたか。

 この沈黙に負けない。強い意志を通せ。ましろの瞳の奥に炎をみたい。


「ふふ、私も。絶対アリスの手の届かないとこ、先にいくから」


 どっちだ。


 本気でそう思ってくれたのか、見透かされた上で自分に合わせた言葉を口にしたのか。

 アリスにはましろの本心を見抜くことが出来なかった。

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