第13話 ましろ
たくさんのキャストが出たり、入ったり。
オーディションに合格しここを卒業していく子、夢を諦め、現実世界に生きることを決めた子。
まだまだ自分のしたいことを追いかける子、何者でもない私たちに日々働いた報酬を遣ってくれるお客さんたち。
流動的だが定着してきた水色のスカートは、6周年記念イベントを行っていた。
久しぶりにまなさんが水色のスカートのステージに立っている。
私の大事な時間。一瞬も見逃したくない。
水色のスカートのオーナー、水原まな。
人気アイドルグループ元7 jam ribbon のマナ。
セブンジャムリボンはオーディションを繰り返し、メンバーがどんどん入れ替わっていくタイプの私が好きだったアイドルグループ。
初期メンバーは7人だったがらしいが、デビューが決まった時は6人になっていた。
だから『元』というにも語弊がある。
幻の一期生、マナ。
ダンス力、歌唱力、その実力の高さとは相反する可愛らしいキャラクター性。
セブンジャムリボンは当時話題となり、デビューまでの道のりを特集したスペシャル番組の放送もあったが、それではもうマナの顔にはモザイクがかかっていた。
しかしネット上では、デビュー前からのファンがアップしていた無加工のマナの写真と、どうやら脱退後はある地方都市で路上ライブなどをしているらしい、という情報が出ていた。
そして、どのメンバーよりも歌の上手さと存在感が圧倒的だった、と語る古参たちのマウントの取り合いの様でもある『自分が一番彼女のことに詳しい』合戦が並んでいた。
しかしどんどんと更新し続けるセブンジャムと、
広がり、変わりゆくファン層に置いて行かれるようにマナの話題も次第に無くなっていた。
私がセブンジャムリボンを推し始めたのはそのくらいの頃、当時高校2年生。
8期生が加入し、9人になった頃。
ネットで情報を漁っていた時に幻の一期生に辿り着いたのだった。
好きな物やことについて、マニアックな情報を取得できればできるほど優越感に浸れる。
まごうことなきオタクと化していた私は、いつの間にか現行のセブンジャムを追うことより、水原まなという存在も不確かなアイドルに思いを馳せることに時間を費やしていた。
水原まなのことが『好き』とか『ファン』だとかそういう気持ちだったかと訊かれると、わからない。
噂の都市に行って一目見てみたいだとか、実際歌声を聞きたいとかそういうのでも無かった。
ただただ気になる、この人はあれからどうしていきているのか。
全国で次々と桜の開花が告げられる頃、まだ深い雪が積もる地元から水原まながいるという噂が残る都市に出てきた。
保育士の資格なんて地元でも取れるじゃないか、と言う周りのもっともな意見をなんとなくかわし、こっちの学校に進学したのだった。
子どもが好きなわけでも無かったが、仕事につながる資格で、私でも「なんかいけそうな感じ」であれば何でもよかった。
中学生はヘルメットで自転車通学、高校生はどれだけ必死で流行りを追っていても、決して最先端にはいけない。
雪が降ると真っ白で、夜になると真っ暗で。
そんな地元から出たかった。
だからといって、そんな故郷が嫌いで出たわけでも、血眼になって水原まなを追ってここに来たわけでもない。ただ頭にあった土地がここだっただけ。
私はいつも、どちらでもない。
とにかく状況の全てにおいて強い意志などなく、何かのせいに出来る言い訳を確保して、行先を選ぶ。
専門学校に通い始めて半月ほど程経った頃。
切れかけている化粧水を買いに行くついでに街をブラついた帰りの駅近くの路上。
音楽が聴こえる。
10人に満たないほどのファンが囲っていてよく見えないのだけれど、甘く可愛らしい声がする。
マイクを使っているおかげで、その一帯から通り過ぎようとしているところでも唄声が聞こえてくる。
有名曲のカバーなのだが、元の歌手に寄せず、彼女の色が出ている。
キンと苦しそうに出す高音域が私の足を止め、最後にもう一度振り返ると、人の隙間からちらりと見えたピンクの髪。
同時にある直感が突風のように吹き足を止めた。
「マナ……」
倒れそうなくらい一気に心拍数が上がった。
死ぬほど愛した元彼と偶然再会してしまったようだった。そんな経験はないけれども。
進路で忙しくしていた時からセブンジャムリボンのことも、マナのことも、実家の自室の奥底にしまったグッズと共に思い出となっていた。
「ありがとうございましたー!!!」
ぼぉっと立ち止まっていた私を呼び覚ました元気のいい挨拶と、邪魔そうに自分を避けて通り過ぎていく雑踏にはっとし、それが数秒の出来事だったと気付く。
道具を片付け始める彼女に群がって話しかけている人たちに近づき、隙間からその正体を確かめようとそっと覗いた。
『水原まな』
スケッチブックにSNSのアカウントとその名前が書かれていた。ピンクの髪の人に目を向ける。
確信した。
ネットに転がっていた当時の彼女の写真と変わらない姿をみた。
まなを囲む人たちと気配の違う視線を感じたのか、ふと彼女がこちらを見た。
ドキッと大きくうった鼓動が固まっていた自分の足を動かしてくれたので、そのまま逃げるように早足でその場去った。
もう見えなくなったマナの、居た方角を感じながら
どういう感情かわからないどきどきが落ち着くのを待った。
それからは水原まなのSNSをチェックするようになり、たまに行われる路上ライブに行くようになった。
ネットで書かれていたほど特別歌が上手い!というわけではないが、水原まなのヒリヒリするような高音が自分の心の弱いところを弾いてくる。
安心できない、不意に琴線に触れてくる彼女の声が心を惹きつけてどうしようもなかった。
きょうも彼女は私の目の前で歌ってくれている。
雨の平日だったせいか割とファンが少なかった。
彼女が帰り支度を終え常連さんも解散したのを見送ったあと、自分も数歩、帰路に足を進めたところで肩に軽く誰かの手が乗った。
「ねえ」と呼び止める優しくて可愛らしい声。
振り返ると肩までのピンクの髪がふわりと舞って、まるで春風に散る桜のようだった。
サボンと甘いお花の薫り。
聴覚、視覚、嗅覚が彼女に支配された。
水原まな。
「最近よく来てくれてるよね。肌白いねー!学生さん?」
路上ライブに来るのは初めて見た時を併せて5回目だが、話をするのはそれが初めて。
夏がもう、すぐそこにきていた。
他にも何か口を動かせていたが、一気に感じる蒸し暑さと目の前の現実が脳をぐちゃぐちゃと掻き回し、首で返事をするだけで精一杯だった。
やっと意味をちゃんと理解して聞き取れたのは
「最近ね、カフェを始めたんだけど。あなた、働いてみないかな。ってずっと思ってたの」
という言葉だった。
ぐちゃぐちゃが一気に停止した。
頭に住む私全員がピタッと動きを止め、そのことに対する答えを出すことに注力しだした。
きっと催眠術とか、魔法とかそういう類のものをかけられたに違いない。
だっていつも、何も決められない私が
言い訳を用意する前に
「働きたいです!」
って口にしたのだから。
肌が白くて綺麗だと褒められた。
だから“ましろ”という名前をつけた。
ましろとして働き始めると一段と水原まなのマジックにかかっていくようだった。
彼女のようになりたい。
お手本は、こんなにも近くにある。
ここの誰よりも頑張って、まなさんに認めてもらいたい。
何にこんなにも惹かれるのだろう。
きっと同じような気持ちで、何年経っても彼女を追いかけ続けてここにくるファンもいる。
負けない、私の好きはそんなファン達にも負けない。
盲目に、ひたすらに彼女を吸収して、私は
まなさんになる。
6周年のステージを前に、まだ醒めない甘美な夢の中にいるようだった。
そんな春の空を、次第に侵食してくる水分を大量に含んだ灰色の雲が見えてくるようになった。
『年齢のために諦めて行く人たち』
『社会人になる地元の友達』
24歳、アルバイト生活。
ずっとそのままでいるつもり?
考えなければいけないのか。
ああ、いやだな
ここで、ずっと18歳のましろのままでいたい。
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