第19話 入試委員会の陰謀

二十世紀は不確実性の時代といわれたが、二十一世紀に入っても尾を引いたままなのであろうか。―――ん? いやいや、そんな大層なレベルの問題ではなくて、近年、火星が異常接近した影響で、単に宇宙人の血が沸き立つだけでありました。四人が金剛山での行楽を楽しみ、帰宅して三日後の水曜日の朝のことだった。


「もう! 何てことなの。ケンシローちゃんの決めゼリフには遠く及ばないけど、私オリジナルの『お前は、もうノー・リターン』は、のぞみちゃんに。〈恐れザンコクぅ!姫〉の不気味フレーズ『血の池溺れに、地獄とやらへ、さあ、行くのじゃ!』は、カムチャッカまがい半島の豚ナマ王国独裁者ちゃんに、いっちばん最初に言おうとワクワクどきどきしてたのにィー‥‥‥、入試制度改革委員会に二つとも最初に言う羽目に陥るなんて! 何て悲しいことなの。今日から一週間、ハンスト‥‥‥は、やっぱ美貌が衰えちゃうと困るから、ノー勉ストに突入するわ」

 

ブレックファーストの真っ最中、右手のかじりかけトーストを皿に戻すと、千加子はモーニングペーパーから目を上げ、皆を見回し唐突にスト宣言をぶち上げた。が、ダイニングの同居人たちの反応は当然のことながら出遅れ気味で、かなりシラッぽいものだった。


「ノー勉ストだなんて‥‥‥。受験勉強やりすぎて、その反動でやる気なくしちゃった、単なる中ダルミの口実じゃないの? おかしな標語作って、受験生を惑わさないでよ」

 

向かいの席から、愚弟優一が顔も上げず、ハムトーストを頬ばりながら英単語帳に目を落とし、虫もめずらぬ、無視の体(てい)だった。


「ユウ! 何てことを言うのよ。私は二年三カ月後に控えた、アナタたちの受験に有利になるべく、体を張っての抗議〈ノー勉スト〉突入の覚悟なのに」


「チーちゃん。わたしたちの受験考えてくれてるんだったら、三カ月後に迫った大学入学共通試験で高得点取ってほしい。とっても参考になって助かるから」

 

優一の隣から、制服姿ののぞみがティーカップを口から離して、上目遣いのまま正面の千加子を皮肉る。


「これ! のぞみ殿。目先の利益に惑わされてはイケマセヌぞえ。われわれ受験生が大所高所に立って、入試制度改悪を是正していかねばならぬのじゃ。今回の改革は国立大学の独立行政法人化ともからんでの、上からのでなく、大学内部から沸き起こった改革の流れの延長といわれておるがのう。そもそも三十数年前の共通一次試験導入の改革というのはじゃ、弱小の地方大学救済の一環として行なわれたもので、あまねく地方大学へも受験生を振り分けるという、当初から受験生不在の入試制度改悪であって―――」


「チーちゃん。教育評論家みたいなこと言うのはやめてくんないかな。俺サ、今月の期末テスト悪かったら、トイレ掃除させられんだからサ。英語の単語覚えさせてよ」


「これ! ユウ殿。ソコモトは一体―――」


「そういえば千加子さんの言うごと、当局は入試制度ばいじり過ぎやなあ。角田先生も『君たちも大変だなって』おっしゃっとったけん」

 

千加子に好意的なのり子が隣の席から微笑みかけて、長くなりそうな話の収束を図る。千加子は欠席を決め込んで、急ぐ必要ゼロだが、四人、特に土生高組二人は間もなく出かけねば遅刻してしまう。


「そうやそうや。大層な話はこれくらいにして、千加子さんはゆっくり骨休めをしたらエエんや。これまでちょっと無理しすぎてたみたいで、おばあちゃんも少々心配やったんや」


「もう! おばあちゃんまでそんなこと言って。そうじゃないってのよ。私のノー勉ストの目的はね―――」


「そうそう、骨休み、骨休み。のり子、チーちゃんが休むって、担任の先生に伝えてあげといてよ。‥‥‥でも、ボイン・ボイン・アンドロイドに休める骨なんてあったのかよ。―――あー! ごめんなさい。さあ、のぞみ行くぞ。エスケイプ・フロム・ダークエンジェルだ」

 

正面からの、空ペットボトルミサイルを危うくかわし、優一がダイニングからの逃走をはかるが、二発目がパッコーン! と後頭部に命中したのだった。


「これ、兵士たち。集合じゃ!」

 

空想ゲームワールドでは、ラスト・スリーの砦に取り掛かるのじゃぞ! と、号令の後に長い、長ーい訓示を垂れる、なかなか厄介な関所であった。かの、官僚県チクリ村族残党がリーダーで、国家予算流用などヘッチャラの金満関所なのだ。巨額の財政投融資を行い、明日香・卑弥呼ロードにドッカーン! と、〈超巨大・通センボ砦〉を造ってしまっていたのだ。そう、大手ゼネコン族の協力で、一夜の内に手抜き・中抜き・丸儲けの、抜き打ち急造要塞砦が出来上がったのだ。しかも砦の地下大金庫廟に眠っているのは、公金横領漬け液ガブ飲みの、バブル卑弥呼であるのだ。


「いずれにしても現役引退の、年寄り兵ガードの山城要塞砦で、しかも耐震強度偽装で鉄筋抜きの軟弱要塞。これを聞いて、攻略容易と思うでないぞ。すべて城内はコンピューター管理で、兵は本来不要というシロモノなのじゃ。しかも鉄筋抜きでも、公金横領菌がコンクリをゴテどろに固めてしまい、建築基準法の基準をはるかに凌ぐ〈耐震強度合格砦〉にオオバケしてしまっておるのじゃ」


「それでは、メイン・コンピューターを破壊しますれば―――」


「これ、先走るではない、ユウ殿。そこもとの頭で簡単に落ちる砦ではないのじゃ」

 

金に糸目をつけずに談合村出身のゼネコン族に造らしただけあり、三重の巨大要塞壁に守られ、容易に近づけない映画<荒鷲の要塞>のごとき、難攻不落砦であったのだ。


「唯一の弱点は、内部からの破壊に弱いということなのじゃ。内部は急ごしらえの手抜き工事わんさかで、公金横領菌の繁殖もまだヒヨッ子レベル。そこでのぅ、ここを内側から攻め落とせば、砦もろとも崩壊するのじゃ」

 

千加子の秘策はテオリー的にもベストというべき戦略であった。砦の背後にそびえる三輪山の隣の五輪山。ここの山上に建つ〈巨大貯水ガマ・お化けタンク〉を破壊し、内部注入土石流で砦もろとも流し去る計略であったのだ。


「タンクの監視兵をのぞみ大尉が倒し、後は切り込み隊長の怪力キックでタンク支柱を折ればよい。水の流れは、のり子中尉の巨大ブーメランで誘導。これで作戦終了、なのじゃ」


「せ、せ、拙者メの出番は」


「ユウ殿。そこもとは、眠っておれば良いのじゃ。雑兵どもを倒す役回りは、今回は全く不要なのじゃ。そう、ソチはパス、でありんす」

 

説得力、あっるー! 何と素晴らしい名司令官であろう。自画自賛したい我が洞察。


「よし! 忘れんうちにというか、敵スパイにわが策略を見抜かれぬうちに、この後世に残る名戦略を実行に移すのじゃ! それ! のぞみ大尉、じい様コックリ見張り兵に熟睡ダーツ矢を放つのじゃ。あとは、超巨大・通センボ砦の監視カメラに、変化なし〈いないイナイばあフォト〉をダーツ矢で張り付ければ、敵監視体制無力化作戦はクリア!」

 

千加子司令官は超巨大・通センボ砦を見上げ、のぞみに的確な指示を出し、作戦の第一段階終了。


「次は赤鬼隊長。七半レッドホースに山岳タイヤをはめて、五輪山の裏手へ回るのじゃ。その間に、わらわとのり子中尉は超巨大・通センボ砦の側面をくぐりあの高台にたどり着いて、ソチのミサイル飛び後ろかかと蹴りによる巨大貯水お化けガマの支柱ボルト破壊を待っておるから。〈キエーッ!〉の合図で、水の流れを確かめると、のり子中尉の超巨大グライダーブーメ、そう、甲子園塚を守ったあの、ハゲタカ族撃退の功労者ブーメに登場願って、作戦完了なのじゃよ」

 

赤鬼隊長に指示を出して、待つこと三十三分。


「キエーッ!」


「おっ、のり子中尉。赤鬼隊長がキックを放ったぞ」

 

グァラーン!! 巨大貯水ガマ・お化けタンクが倒壊する大音響に続き、ザ、ザ、ザーッ! 来るわ、来るわ。大量の土石流が砦内のありとあらゆるものを巻き込んで、下流へ迸(ほとばし)る。


「それ、のり子中尉。超巨大グライダーブーメで土石流を誘導し、超巨大・通せんぼ砦を跡形もなく流し去るのじゃ!」

 

千加子の戦略に寸分たがわず、超巨大・通せんぼ砦はあっという間に五輪山の山腹から消し去られてしまった。


「あー! 爽快!」

 

ホント、なんと素晴らしいわが戦略で、何度も何度も自画自賛したいわが洞察であることか。然るにこれは、空想ゲーム世界に限ってのことなのか。ウツツでは何と説得力がないのでありましょう。我が崇高なノー勉ストを、誰も理解しようとせぬではないか。などと、ぶつくさ文句を垂れていると、空想ゲーム世界から完全にウツツ世界復帰。


「私のノー勉スト目的を理解していただけないのは少々不本意でありますが、おジャリたちには深遠な意図を汲み取るにはオツムのミソと時間が足りないのでありましょう。ま、十年経てば崇高な企みも理解できましょうが、それでは遅すぎるのでありんす。いずれにしても、今日はスト突入の記念すべき日でありますからして、ゆっくりと感動の余韻に浸るべくベッドで横になりましょう。のり子さんに、本日お休みと、担任の福路先生に伝言頼んだことだし。じゃ、ごめんあそばせ」

 

どうやら優一とおばあちゃんの推察通り、受験勉強に励み過ぎた後遺症。ここに来て最大の反動を引き起こしたようで、ノー勉スト目的云々は手抜き正当化の意味合い大であった。お受験日記をつけつつ受験勉強に励んでいた千加子は、まだ自己の体温の温み冷めやらぬベッドへ直行したのだった。

 

さて、本話の最後にお堅い話を一つ。それは、千加子の入試制度改革批判は、ある特定大学優遇へのキャリア官僚たちの策謀へ向けられていることも付言しておきたい。具体的批判の中身は近い将来、千加子の口から語られるのは確実で、お喋りチータム(ロッキード事件で、疑惑の政治家の名前をしゃべりまくったグラマン社の元社長の仇名)に決して引けを取らない、正義のお喋りチー子なのだから。

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