第13話 サマーキャンプ

タイムフライズ(光陰矢の如し)といい、一日千秋ともいう。客観的には同じ長さであっても、個人の主観によっていかようにも短く、また長くもなるのが時の流れというものであろうか。受験戦士たちの七月は、共同目的と共同生活ゆえ、主観のメジャー(秤)には大きな差異が認められず、限りなくショートであり、また限りなくロングな月でもあった。

 

ジュラィ―――心地よい響きの七月。戦士たちがしばし安息の二十一日。それぞれの思いを胸に、四人は一学期最後の登校日―――終業式を迎えた。転校に向け、特訓に特訓を重ね、しごきにしごかれ、血ヘドに血涙‥‥‥というほどのスパルタン・デイズではなく、それなりにハードで楽しい日々を過ごしたおかげで、四人とも、入学時には想像もしなかった期末(試験)の成績が返ってきた。


「スキナーっていう有名な心理学者がさ、学習にスモールステップの原理というのを採用して、成績が飛躍的に向上するのを実験的に確かめたんだけど、あれと同じよね。あまり遠い目的を設定するんじゃなく、身近な目標を設定して、それを積み重ねることによって遠い目的を達成するって手法。わたしたちも大学受験じゃなく、転校という間近な目標だったから、こんなに成績が伸びたのよ、きっと」

 

佐世保基地指令室―――のぞみの自室であるが、召集指令をかけ集合した三人に、のぞみがえらそぶって、授業で仕入れた知識をひけらかす。


「スキナーってのは、あのネズミを実験台にした、スキナー・ボックスのスキナーだろ。そしたら、俺らはネズミかよー」

 

例のごとく、優一が横から入れなくてもいいチャチャを入れる。


「ユウ! どうしてアンタは素直になれないの! わたしたちがこんなに成績が伸びたのは、まさにスモールステップの原理よ!」


「―――ま、そがん興奮せずに、のぞみちゃん。今日から、おばあちゃんちで合宿生活ば送るとやけん、仲良うしようや。それに、君らは二学期から同じお城高校ん生徒になるとやけん」

 

竜児が照れ笑いを浮かべ、遠慮がちにのぞみをなだめる。


「いずれにしてん、四人ともようがんばったっさね。特に竜ちゃん、すごかったね。担任ん先生がたまがっとったやろ」

 

テーブルに四人分のカルピスを運んで来て、のり子が竜児を誉める。今夜、智子おばあちゃんちへ行く前の、ワン・マンス学習メニューと受験戦略立案のため、のぞみ宅へ全員集合したのだ。


「転入試験が英・数・国ん三科目というんは本当に助かるね」

 

カルピスを一くち吸って、のり子が三人に微笑みかける。英・数・理・社・国の五科目と三科目の差―――短期決戦では、プレッシャーの低減率は三倍以上だろう。竜児のレベルやコンディションを考えると、のり子は神様に感謝したいほどありがたかった。


「エーッと、どうしようかな。学習サイクルは各自の自由に任せようか。それとも決まった時間に、皆、決まった科目をするのがいいのかな」

 

優一がかしこまって、メンバーの意見を聴く。倉田家では民主主義による多数決が慣行で、議事の進行が自然と身についてしまうのだ。


「わたしは一日ワンサイクルにして、英・数・国の三科目をしたいわ」

 

まず、のぞみが意見を述べると、


「おいはどっちかというと、一日一科目がよかね。そん科目ば集中的に出来るけん」


「うちも、竜ちゃんの意見に賛成」

 

のり子が躊躇なく竜児に追従する。二人共通の学習パターンがとっくに出来あがっていて、分離学習は効率低下をもたらすのは明らかだった。


「意見が分かれましたが、どうしますか。のぞみサン、竜児クンとのり子サンに歩み寄れませんか」

 

優一がチェアーマンぶって、のぞみに譲歩を迫る。


「ユウ。アンタはどっちなのよ。のり子と竜児君に賛成なの」

 

議長が逆に、のぞみ議員に詰め寄られてしまった。


「アナタに賛成に決まってるでしょ。ユウちゃんは、いつもアナタの味方なんだから―――のぞみ、サン」


「そう。なら、よろしいんじゃございません。これで決まりですわね。わたしとユウは一日三科目。のり子と竜児君は一日一科目ということで」

 

議長を差し置き、のぞみが皆に結論を確認する。


「それじゃ、二時に中佐世保駅で待ち合わせますので、決して遅れませんように、―――ハイハイ、では解散、解散、解散でーす!」

 

三人がいっせいに口を開き、「遅れるのはアンタでしょ!」の口撃スタンバイであった。コンピューター指示の最強防護シールドは、強権発動による議会の解散。優一は即、解散宣告による議会の閉会を実行し、指令室からのトンズラをはかったのだった。


「じゃあな、バイバイ」

 

自宅マンション前で竜児とのり子に別れを告げ家へ入ると、ダイニングのテーブルで千加子がカップヌードルの最後の汁をすすっていた。


「あー! うまッ! ホンマ、うまいワ! シュワちゃんも食ろうておったカップメンとやらを、わらわも食ろうてみんとて食ってみたが、マッコトうまいぞな、モシ」

 

ドアを開けた弟に、千加子は千金、いや万金の笑顔で語りかけてくる。


「天下泰平でござるのう、チー殿。そこもとの辞書には、そもそも悩みという語彙(ごい)がござらんのか。拙者らは夏休みを返上し、八月マッピ(末日)に、かの転入試験とやらを受け申すのに、そこもとには楽しい夏休みじゃのう。食って寝て、食って寝ての毎日じゃからして」

 

カリフォルニアの知事室で、シュワちゃんがカップメンを食ろうとったんかい! とのアゲ足取り回路オンなら、直に副音声がスピーカーを震わせ、


「卑弥呼親衛隊に告ぐ! 戦闘準備! 戦闘準備!」

 

それっ! 空想ワールドへ突入じゃー! と千加子の絶叫が響き渡るところ、今回はスイッチ・オフ。サヨウ。なぜかアメリカに遠慮して、第一回路からのタイムトンネルはオミットでありました。と申しますのは、基地移転問題でもめにもめているさなか、突然に核疑惑が降って沸き、ステルス爆撃機のお尻から、ポットン? とアンビジブルなウンチ爆弾が投下。〈ボンバー!〉などと叫ばれ、わがヤーポンが破壊されると困ってしまいますがな。おまけに地上戦で、ローカル県真似しゴンボ村の〈シュワちゃんそっくり・コマンドー族〉に大暴れされると、なおさら厄介で、手に負えなくなってしまう。というのはこの部族は、六甲山裏の、深い谷あいにあるムキムキ塚に卑弥呼が眠っていると主張する近代戦大好き一派なのだ。こんなのに正面から肉弾オンリー戦を挑めば、命がなんぼあっても足りないのであります。ここはしばし足踏みし、お日様が上がるのを待って、海側ルートを選ぶ方が戦略的にもはるかに得策であった。


「ちょっと、チョット、お待ちあれ。われらは核など持っておりませんがな。攻撃目標を誤っておりゃせんか。われらは正真正銘、非核三原則を貫く安全国家・邪馬台国でありますからして、との主張を貫くことで、アメ真似のムキムキ・パワー国家、アメンゴン帝国を牽制すればよいではござらぬか」

 

との批判や、


「なんで古墳王朝時代に、核など存在するんだよう!」

 

との批判があることも重々承知しておりますが、なにせ空想ワールドでは悪しき帝国がタイムマシーンを駆使し、あさって(明後日)かオトトイ(一昨日)のわけの分からない時代に現れたりするのであります。が、よく考えてみると、第一の批判は大いに理由あるもので、海側ルートへUターンする我らの背後を衝かれぬためにも、アメンゴン帝国とは外交交渉による問題解決がベストの選択であった。


そこで、


「わしらはカーク船長みたいに、宇宙船エンタープライズに乗って地球外へ出向く気はござらん。卑弥呼がアメンゴン帝国の〈ンゴンメア塚〉に眠っているという貴国の主張にも異を唱えぬので、そちらも畿内大和説への反論は、この地球上では御法度に願いたい。核攻撃の危機にさらされぬ限り、われらは正真正銘、非核三原則を貫く安全国家・邪馬台国を保持する」

 

以上の条約内容批准により、司令官優一は強敵アメンゴンとのイクサを回避して兵力温存をはかったのであった。


「いやー! われながらアッパレな出来ばえじゃのう」

 

優一が自己の外交能力に酔っていると、


「‥‥‥あのう、司令官。コマンドー族はいかがいたしましょうや」

 

後に控える強敵の名をあげ、赤鬼隊長が優一の酔いを冷ます。


「おお! そうであった。まだコマンドー族が残っておったのう。アメンゴンは〈非核三原則説得〉に応じてくれたが、次の説得相手は国家単位では動かんコマンドー族じゃな」

 

外交努力でアメンゴン帝国の攻撃回避がなると、手元のシナリオでは確かに次はコマンドー族との戦闘が控えていたのだ。


「ここは条約の批准などの面倒な国家手続は不要なので、ある意味、すこぶるシンプルなのじゃよ。シナントロプス・シンプルネンシスと名付けてもよいくらい、顔もオツムも北京原人に限りなく近しい、エイプというかゴリがお愛嬌人間が提督で、しかも一族はすべてシュワネガ提督のコピーであるのじゃ。そこで今回は、こちらも戦闘回避作戦ゴー! で行くことに、実はほん今、決めたのじゃ」


〈たった今思いつき作戦〉と自ら命名し、格下ネゴシエーター〈ネゴちゃん〉を選任して彼に作戦遂行を委ねるのが定石のところ、シュワネガ提督に敬意を払い、同盟軍の司令官たる優一が交渉に当たることになった。


「何? 交渉成立の目算とな。自信ありに決まっておろうが、赤鬼隊長」

 

たった一人のコピーマニアが作り上げた架空の部族。この分析に至ると、いかに愚鈍な司令官であっても、結論は決まりなのだ。


「じゃからして、ムキムキの兵士どもと実戦を繰り広げる必要などありゃせんのじゃ。ここは消耗を避けるため、シュワネガ提督との和解が得策なんじゃよ。サヨウ。イクサというものは、外交が破綻したときの最後の手段なのじゃよ」

 

などと、外交官に転身かと思いき弁舌を吐き、迷司令官優一はウツツ世界への回廊をひた走るのであった。


「わっけ分かんないよー! いったい全体、何が言いたいのよ? テレビ放映の〈宇宙大作戦〉と映画〈コマンドー〉並みの、大ドンパチを期待していたのにィ!」

 

とのお叱りを受けそうな気配なので、著者が差し出がましく注釈を入れさせていただきます。空想ワールドでありましても、アメンゴン帝国とコマンドー族は、真似しゴンボの源がありますからして、余り係り合いになるのもいかがなものか、というのが、司令官優一のビビリ判断ではないかと思うのであります。そこでアメンゴン帝国とコマンドー族はパス。結局、通常のアゲ足取り回路がパスされ、次のセカンド回路への移行と相成りまして、ウツツ世界での、ユウ君と千加子さんの会話場面へ紙面がスキップ。くどいですが、シアワセじゃのうと、カップヌードルの最後の汁をすする姉をからかう、あの姉弟のシーンに舞い戻りです。

 

さて件(くだん)の愚弟が、鼻の頭にまで汗をかきシアワセ度数二〇〇%の姉をからかうと、


「これ、少年よ。大志を抱き、大言を吐くのもよいがのう。そなたの前におわすオン方を、どなた様じゃと心得おるか。かのクラーク博士にも匹敵する、チー殿じゃぞ! ほれ、ほれ、ほれ、これが見えぬか。頭が高い! 頭ーが高いぞえ!」

 

最後の一滴をカップから舌の先に滴り落とすと、千加子は足もとのカバンから通知表を取り出し、優一の頬をペタ、ぺた、ペタ、とはった」


「―――ん?」

 

目が点のクエスチョンマークのまま、優一が受け取って開いてみると、ヌヌ! なな何と!


「へへー!」

 

優一は、姉の通知表を頭上に押しいただいてしまった。七月初めの実テ(実力テスト)は学年席次が一番。期末テストのそれは八番であった。三年になって、千加子はかの〈走れ! マキバオー〉をも凌ぐ、恐るべき猛スパートをかけているのだ。わが姉とは思えぬ、鬼神と見紛う集中力であってみれば、優一は爪のアカでも煎じて飲みたい心境であった。

 

その日の夜、四人がワンゲル(ワンダーフォーゲル)部員さながらの大きなリュックを背負い、全身汗みずくで智子おばあちゃんちに着いたのは十時三分前。


「おばあちゃん、コンバンワー! 八月三十一日まで、よろしく、お願いしまーす!」

 

遅い時間であるが、芝生に並び、庭から網戸越しに、優一の指揮で四人が声を合わせ、蚊とり線香が細くたなびくキッチンのおばあちゃんに合唱する。


「はい、はい。こっちこそ、よろしくね。―――さ、はよ入って、入って。ご飯食べ、食べ」

 

フライを揚げる手を止め、おばあちゃんは愛嬌満点くしゃくしゃ笑顔で四人を左手で招いた。

 

夕食後、〈岸和田市岸城町十丁目最前線基地内シュミレーションルーム〉、優一が勝手に命名した奥村家で、強化訓練ラストメニュー消化のため、四人は文字通りキャンプ生活に入った。同じ目的の下、一つ屋根の下で友や恋人と過ごす日々は、忘れられない思い出とともに、想像をはるかに凌ぐ学力の向上をもたらしていくのであった。

 

学習サイクルの相違が四人を二グループに分け、優一は廊下を隔てた大きな南窓のあるのぞみの部屋で、同じく竜児はのり子の部屋で特訓に励んだ。朝六時に起き、朝食までの二時間が当日のファーストメニューだった。


「ふぁー! 何でこんなに早く起こされるんだよぅ! もう少し、寝させてよー!」

 

最初の三日間、優一はベッドにしがみつくレジスタンスでのぞみを悩ませたが、習慣とは恐ろしいものなのだ。四日目の月曜から真っ先にベッドから飛び起き、


「みなさーん、朝ですよー」

 

などと呼びかけては、のぞみとのり子の部屋を開ける。


「キャー! ヌード・ウオッチャー!」

 

着替え中の二人が、ストレートの顔面パジャマストライクを決めても、何のそのであった。

 

朝食後のセカンドメニューは、昼食までの三時間の猛スタ(スタディ)。終了は絶妙タイミングの、階下からの解放ボイスだった。


「お昼やでー!」

 

東京ローズならぬ、おばあちゃんの限りなく澄み切った愛の声で、厭戦気分沸騰。ペンシルと問題集を投げ出し、ダイニングへ直行。うれしいランチタイムなのだ。箸を口へ運びながら、ぺちゃくちゃと楽しい会話がダイニング狭しと飛び交う。おっとっと! 解けなかった難問や転入試験のヤマまで時折飛び出し、一瞬シラけさせてしまうが、すぐなごやかなムードに戻り、夕食のおかずの決定や買い出し、掃除当番、エトセトラと、話題は尽きないのだ。


「しっかり頑張ってや! 四人のうちの誰が欠けても、おばあちゃんは嫌やで」

 

おばあちゃんまで、キッチリ、どっチラケのハッパをかけてくれる。


「おばあちゃん。こんなパラダイスタイムに、そんなプレッシャーをかけないでよ。食欲がなくなるじゃない」

 

大食いの優一が、〈ガツガツ平らげパーフォーマンス〉で皆を笑わす。


昼食後の一時から二時のタイムテーブルは、フリー。限りなく、どこまでもフリーだったのに、いつの間にか四人の行動パタンは超定型化されてしまった。岸和田わがタウン・チャリ巡りと称する、だんじり経路や記念館への自転車行脚が定番中の定番になったのだ。


「伝統ん重みが感じらるる、よか町ね。重厚でアクティブで、町全体が生き生きとしとーわ。佐世保が一番好いとったけど、ばってん、こん町も同じくらい好きになりそう」

 

涼しい汗をかきながら、高台から下町を見渡して、のり子が控え目に微笑む。


「おいおい、のり子。もっと速くこげよ。今日は、高見観音へ参拝して予定時間をオーバーしたから、早くしないと、マイ・スクールへ寄ってゆっくり出来ないじゃないか」

 

ゆったりペダルののり子を、せかせかボーイに変身優一が後ろから急かせると、


「マイ・スクールじゃなく、アワ・スクールって言ってよ!」

 

のぞみが先頭から、最後尾の優一にふくれっ面クレームを投げる。賑やかな一列縦隊は、その日の気分でアットランダムなコース選択であるが、ラストポイントはいつも決まっていて、お城高校へ立ち寄り、恥かきセレモニーなのだ。


「さあ、入るぞ! 二学期から俺の高校だ!」

 

竜児の十八番を奪い、優一が通用門から大声で気合いを入れる。


「ユウ、やめてよ。―――何度言ったら分かるのよ。‥‥‥ほら、みんなが見てるじゃない。―――もう! バカ!」

 

のぞみの赤面制止もかいなく、気合い三連発がグラウンドに響き渡るのだった。


「おばあちゃん、ただいまー。あー! 暑い、暑い! ―――もう、死にそー!」

 

帰宅すると、男二人は庭でホースの水かけっこ。のぞみとのり子はバスルームへ飛び込む。シャワーで汗を洗い流し、三時間の猛特訓に備えるのだ。

 

さて、第一班のタイムテーブルは数学。必勝ハチマキに、ガンガンの冷え冷えクーラーで頭寒、寒、寒の集中力のもと、たっぷり二時間かけて数Ⅰと数Aの難問を一緒に解く。


「はい! 終了。止めて、止めて! 倉田優一君、鉛筆を置きなさい」

 

のぞみは時間厳守なのだ。キッチリ二時間しかくれない。


「さあ、答え合わせよ」


 解き終えて安堵の息つく間もなく、残り一時間、のぞみは鬼になるのだ。エラー(誤答)即、徹底弱点補強で、優一は類題の嵐に見舞われるのだった。

 

コーチが鬼でない分、第二班の訓練メニュー消化は、スロー・アンド・ステディ(ゆっくり着実)で、穏やかムードにあふれている。何といっても一日一科目なのだ。当班は昼の三時間を知識獲得タイムとし、問題は解かず、あくまで知識のゲット、ゲット、ゲットで、大半を暗記に費やす。一番ダレる時間帯でもあり、中ダルミ対策、エネルギー保存目的及び竜児の知識不足解消意図がサードメニュー存置理由だった。


「それー! まくれ! まくれー!」

 

のり子指導のたまものか、それとも土生高オーラの吸収か、はたまた竜児の実力なのか。八月半ばには驚異のゴボウ抜きならぬ、十馬身差圧縮を果たし、竜児は第四コーナーで駿馬・秀馬・駄馬の三頭と並ぶ、超力走を見せたのである。まぼろし探偵、七色仮面はおろか、仮面ライダーも真っ青の、ウルトラ変身サマーキャンプであった。

 

ところで、岸和田基地最高のくつろぎタイムが、夕食後の一時間。おばあちゃんもジョインし、楽しい会話に花を咲かせる。


「おい、本当にみんなに感謝しとーばい。転入試験に受かるかどうか分からんけど、こがん充実した毎日、これまでん人生で初めてばい。今まで世ばスネる卑屈なとこがあったけど、これからはもう絶対、そがんことはなかばい。立ち直るチャンスば与えてくれてありがとう。よう分かったっさ―――誰にだってチャンスが与えられとーということが。要は、そんチャンスば生かせるかどがんねんだってことも。そん意味で、おいは中学校か高校ん先生になって、おいみたいなヤツに立ち直るるチャンスば教えたかばい。角田先生や堀川先生んような人になることば誓うばい。みんな、ありがとう。おばあちゃん、ばりありがとう」

 

十六日のくつろぎタイム、竜児は能弁だった。立ち上がって急に口を開いたかと思うと、最後は右腕で両目をぬぐった。一カ月の強化特訓ラストメニューは、人生の意義見直し・最終目標設定という、うれしい副産物までもたらしたのだ。


「竜ちゃん。うちも先生になるわ。二人で、竜ちゃんみたいな、家族に恵まれん子供たちん手助けばしよう。それからね、こりゃ夢ばってんも、二人ともばり好きになっただんじり祭り。ハウステンボスでわっしょいでくるプロジェクトば、将来提案してみようや」

 

いやはや、ベターハーフとは良く言ったもので、竜児の手を取り彼の目を拭くのり子は感動ショットで、優一も胸ジーン、目頭ホットだった。


「―――俺らもサ、いい大人になって、きっといい家庭を築くよ。な、のぞみ」

 

感動感染方程式は、蛍光灯にも灯をともしてしまうから不思議である。優一まで頭をかきかき、ボソボソと決意らしきものを述べる。


「ユウが言うと、滑稽なのよね。大体、言ってることが無内容なのよ。いい大人にしても、いい家庭にしてもサ」

 

ウェットなムードを茶化そうと、優一をダシに、のぞみが彼を皮肉る。


「それはサ、のり子みたいに、お前がやってくれればいいじゃん」


「もー! この無責任男め! 今夜は寝かさないぞー!」

 

のぞみが優一に抱きつくと、


「キャー! 助けてー! 朝までなんて、身がもたないよー!」

 

優一が悲鳴をあげて皆を笑わす。


「バーカ! 徹夜で勉強するんだよー!」

 

のぞみの頭クシャクシャ攻撃に加え、くつろぎタイム最後の落ち。優一までお腹をかかえて笑い転げてしまった。

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