第3話 官僚県チクリ族
十七歳を謳った歌はあるが、十六のそれは聞かない。十五の春(高校受験)は泣かせない―――今は昔、京都に七期もの長期革新府政を敷いた、蜷川の虎さん(蜷川虎三知事)の名ゼリフであるが、十六は感動のはざまであろうか。いやいや、あるのだ。大きくはないが、この年、晴れてバイクの免許が取得可能なのだ。免許もとらず、無免(無免許)で乗り回す不届きなヤカラもいるにはいるが、とんでもない制裁が待っている。優一の高校は私学で、県下で一、二の進学校ゆえ校則は厳しく、禁止事項は覚え切れないほど多かった。極みはタバコとバイク。喫煙、無免は一カ月の停学か、退学という厳しさであった。免許取得も禁止事項の一つで、違反効果は一週間の停学処分だった。かくのごとく重大制裁の警告付きだが、反対動機は十六歳で最大値に達する。高校やクラスメートに馴染めない分、優一のそれは加速の極致にあった。
「くそっ! 明日・ひみロードをバイクで突っ走るぞー! 原チャで、チクリ族の領地を、颯爽だー!」
机の前に座りながら、心はアサッテの空想ワールドへ逃れ、優一は何度も鬨(とき)の声を上げる。今回の敵は、規則でがんじがらめを狙う官僚県の妖怪、チクリ族であった。官僚県霞ヶ関郡捏造村のチクリ塚。ここに卑弥呼が眠ると主張する、捏造マニア部族なのだ。ウツツでもそうだが、空ワでも、卑弥呼の墓はここだと主張する説の多いこと多いこと。そしてこのことが、正統派九州説を主張する千加子と、父や優一支持の畿内大和説との、奇妙な連携というか共同戦線を張らせ、対抗勢力に向かわせていくのであった。―――ま、そんな肩の凝る難しい学説のことはおいといて、チクリ族との闘いに戻ると、先のナマ屯王国に対する戦略が核弾頭の無力化と百万兵の壊滅であったのに較べ、今回の敵・チクリ族は厄介であった。シンプルな戦略は通用しないのだ。そもそも表に出ることは極力避ける部族で、黒マントに身を隠し、隠密裏に動くのをモットーとするのだ。しかも体が大きい割りに、音も立てず素早く行動。隠蔽と横領、天下り先確保が得意技の部族なのだ。口も巨大で、獰猛な牙を隠し持っていて、のらりくらり答弁で油断させ、急にガオーッ! と襲ってくるのだ。おまけにしぶとい。後に触れるところであるが、空ワで、優一たちは大手ゼネコン族と組んだチクリ族残党に、随分と悩まされることになるのだ。
「みなの衆、といっても拙者を含め五人だけだったが、静かに、静かに移動するのだ。息を潜め、桜井の箸墓へ向かうのだ。のぞみ大尉、そなたのダーツが唯一有効であるのだ。―――それ! 伝令に走る、あの者を射よ!」
一列縦隊を組み、夜陰に紛れ辺りを窺いながら音を立てずに進む。時折、斥候らしき黒い影が五人に気づくが、司令官の的確な指示と狙撃手の正確無比な命中率で危機を脱する。
「ええい! もう知られてもかまわぬ。のぞみを休ませ、残り全員、総攻撃じゃ!」
チクリ族の居城のある倉敷からエロふー族の出城(でじろ)岡山まで逃れ、司令官優一は振り向きざま、ひたひたと迫り来るチクリ族にサッカーボール弾の十連キックを見舞う。
「おう!」
のぞみを除き、四人は各人の得意技を間断なく放つ。もう、音を立てても平気なのだ。
「チクリー! チクリー!」
妖怪チクリ族は一人、また一人と、断末魔のチクリ叫びを上げながら倒れていくのであった。いやー! 爽快、ソウカイ!
―――本当に【そうかい?】、優一君。
と、天の声が聞こえてきますね。空想ワールドに浸っていては、原チャの免許は取れませぬぞえ。そう、天の声ではなく、千加子の声で優一はウツツたる現実に引き戻され、免許取得作戦に取りかかったのであった。
「‥‥‥ね、パパとママ。十日で十六になったから、バイクの免許、とっていいかな」
誕生日の翌日、早速、両親にさぐりを入れてみた。夕食の団らんで、千加子不在の絶妙タイミングであった。
「うん、バイクか。そういえば、パパも十六になってすぐ、バイクん免許ばとったな‥‥‥」
当時を思い出して父は感慨深げである。
―――しめたな‥‥‥。
これで父は確実に落とせる。
「‥‥‥でも、校則に確かあったんじゃない。バイクの免許はとらないようにって」
残念なことに、母は校則を覚えていた。
「うん。校則にあるけど、危ない乗り方しないし、それに原チャリ免許だから心配ないよ」
「でも校則に違反すると、何かあるんじゃない。例えば親が呼び出されるとかさ」
母の記憶もあいまいであった。
「大丈夫だよ、単にとっておくだけだから。ね、お父さん」
優一は父を味方に引き込む。
「そうばい。バイクん免許くらい、今どきん高校生はみんな持っとーばい。現にチー子だって、高一んときからミニバイク乗り回しとーばってん、一度も事故ば起こしとらんのやけん」
案のじょう、父は最大の理解者であった。
「そうだね」
母もおおらかなものである。教育ママとはおよそ無縁で、
「あんまり無理しないほうがいいよ。三年間も勉強、勉強じゃ、つまんないじゃない。大体、いい大学へ入ったからって、そんなに人生が変わるわけじゃなし。どっちかというと、学歴に押しつぶされてる人のほうが多いんじゃない」
修学旅行で九州を訪れ、ハウステンボスが気に入ってそこへ就職。この経歴ゆえか、恵美子の夜食届けの口上が先ほどのセリフで、息子の身を案じ、コーヒーを一杯、付き合ってくれる気のつかいようだった。
「それじゃ、免許の手続きとるから、いいね。―――それと、チーちゃんには内緒にしといてね。試験に落ちたら何を言われるか分かんないから」
チャリ免対策万全で不合格など眼中になかったが、千加子の反対は懸念材料で、つぶしておく必要があった。
翌日、のぞみに受験を告げると、
「ユウ。絶対、人にしゃべっちゃダメよ。チーちゃんは大丈夫だけど、チクリには気をつけて」
意外や、意外。太っ腹のぞみが、声を落として優一にクギを刺したのだった。
「ウチの高校はサ、バイクの免許とってもいいんだけど、それは生徒が免許なんてとりっこないと決めてかかっているからなの。だから校則にも載ってないのよ。全学で千人弱の生徒だけど、免許持ってるの、わたし一人じゃないかな」
四月生まれののぞみは既にチャリ免ゲッターで、ミニバイクでよく走り回っていた。
「いずれにしてもバイク乗るときは、わたしのにしてね。チーちゃんのに乗ったりすると、みんなに見られるから。ホント、いるのよねーチクリ魔が」
よほど心配なのか、のぞみは何度も念を押したのだった。官僚県霞ヶ関郡捏造村のチクリ王国撃破。空想ワールドは勝利の美酒に酔いしれたが、ウツツ世界でのベストポリシーは、シークレットシールド。そう、のぞみの言うように秘密厳守であった。
待望の免証(免許証)取得は、十八日。小躍りしたい気分は高校生活不満の爆発予兆なのか。胸ポケットに免証をしまい、早速のぞみ宅へ行きバイクを借りる。
「免許とったんだから分かるよね、使い方」
のぞみがえらそぶって、玄関右手の広いガレージ手前で実技レクチャー。奥に並ぶリムジンとセンチュリー、それに真っ赤なパッソに見つめられ優一は照れてしまうが、それ以上にガソリンのニオイが新鮮で、ツーンと鼻をついて刺激的だった。
「スタートはこれ握って、ここを押すの。ほら」
エンジンをかけ、広いガレージ内を一周する。
「チーちゃんのと違って四サイクルだから、エンジンが静かでしょ」
白煙なしのサイレント、これがのぞみの四サイクル選択の理由であった。
「ちょっと、走ってみる?」
のぞみに言われて、門の外へ出る。
「ブルルルルルー」
スロットルを回して急な坂道を上り、弓張の丘ホテル前を駆け抜ける。簡単操作でペダルが無い分、チャリより楽で、すぐ慣れてしまった。スロットルを戻し、左手でヘルメットのシールドを上げ、初夏の風を受ける。みずみずしい若葉が背後の山々を覆い、坂道には悩まされるが、自然豊富な弓張岳の南斜面であった。
二十分近く走り回り、のぞみ宅へ戻ると、彼女はカンカンだった。
「もう! 心配するじゃない! 一体、どこまで走ってたのよ!」
免証をポケットに入れただけで、スマホ入りバッグはガレージに置いたままだったのだ。
「ごめん、ごめん」
バイクを立てて、ヘルメットを脱ごうとすると、
「ちょっと、こっちへ」
のぞみが制止して、ガレージ奥へ誘導した。
「どうしたんだよ? 深刻な顔して」
「あのね。さっき、家の周りを東田がうろついてたの。見られなかったかしら?」
「大丈夫だよ。きっといつもの、女子大生物色散歩の途中だろ」
優一は笑って取り合わない。
「でも、私と目が合うと、コソコソ逃げるように去って行ったわよ」
「大丈夫だって。―――のぞみらしくないな。さあ、元気出せよ」
不安顔ののぞみを促し、庭へ出てチー太郎の鼻をつまむ。彼とは【男】同士、気が合うのだ。チー太郎とジャレ合い、のぞみと並んで芝生に腰を下ろす。
「あーあ、何か面白くないんだなぁ。これが憧れの高校生活かと思うと、なんだか悲しくなっちゃう。‥‥‥ユウとは永すぎた春なのかな。結婚まで待てそうにないなー」
過激な言葉を吐いて、のぞみはベッタリと優一にもたれかかってくる。
「‥‥‥おい、おい」
背中の視線に、優一は照れてしまう。アイの部屋の前なのだ。
「いいジャン」
のぞみは意図的で、ニヤッと笑って、優一の右肩に頭を乗せた。残念なことに、普段の元気姉御(あねご)のぞみはここまでで、タレ込み(密告)ナマズ東田の毒気に当てられたのか、のぞみは部屋でも元気が無かった。
「何か、こう、違うのよねー、思い描いていた高校生活と。もっとアクティブで、アグレッシブだと思ってたのに‥‥‥。合わないのかな、今の高校生活。ね、高校だって、塾みたいに体験入学できたらいいのにね。そしたら自分の一番合いそうなとこが分かって、中退者がぐっと減るんじゃない。高校生活活性化のために、そんな制度、誰か考えてくんないかなー」
自作ひみこ人形を抱いて、ソファーに寝そべったまま、のぞみは何度もため息をついたのだった。
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