第7話 VSOP & Salem

夜が明けて、目が覚めて。

一日色々考えて。


夜、カナの家に電話をした。

今ならスマホで直通。だけど、当時はそんなものもなく、いちいち家族を通さなければならかったので、それが億劫でかなり躊躇したけど、意を決して電話番号を押す。


「もしもし〇〇ですけど、カナさんはいらっしゃいますか?」


「あー、元気?ちょっと待っててね?」

カナのお母さんが、カナを呼んでいる声が小さく聞こえる。

受話器の送信部をおさえているのだろう。


「はい」


明るい声じゃなく、緊張した声。


「手紙、沖縄に行ってて、すぐ読めなくてごめん」


「いいよ」


「できたら、会って話したいんだけど、次の日曜日とか空いてる?」


「大丈夫だけど、来れるの?」


「バイト代があるから大丈夫(とは言えないけど)」


「わかった。じゃあ日曜日、10時に〇〇〇でいい?」


「OK。じゃあね」


この時は、たったこれだけ。



7月2日。


新幹線に乗る。

実家に帰るともいわず、ただカナに会いに行く。それだけのために。

きっと結果は変わらない。

変わるんなら、カナはあんな手紙を書いてこない。

だったら何のために、わざわざ僕は帰るのだろう。


指定の時間前に、カナは待ち合わせ場所に来てはいなかった。

ちょっとだけ遅れて、少し困った顔をして現れた。

いままで、そんな顔で待ち合わせたことはなかった。


いつもデートの時は二人で行っていたドリアの店に入る。

食べながら近況をお互い伝えあった。

いまさらだけど、沖縄や鹿児島のお土産をわたして。



「なぜ?」とは、もう聞かなかった。

カナも、言わなかった。


聞けば、話せば、胸に押し込めた思いに押しつぶされるのがわかっていたから。



駅でカナが在来線に乗る前に僕と交わした会話は


「ここでいいよ。いつまでも一緒だと、つらい顔できないから。」


「ごめん。わかった。気をつけて。」


カナはカナで、罪悪感と向き合っていた。

カナの歩きながら涙をぬぐう後姿を見送った後、僕は新幹線に乗った。


僕は自分の気持ちにとどめを刺すために、カナに会いに行った。

自分で自分の気持ちを整理できなくて、そのためにカナを利用したことに、後悔していた。



下宿に帰ると、僕は近くのカラオケ・バーに向かった。

そこで、今回使おうと思ってた予算の残りを使い果たすために。

初めてボトルキープをしてみる。

VSOP 5000円。

普通は学生が個人で入れる額のボトルじゃなかったけど、使い果たしたかった。


ボトルと一緒に白いマジックを渡される。


なんて書こうか。


「7月2日 失恋した 〇〇のボトル」


近くにいたしらない先輩から声をかけられ、つまみをおごられた。


「まーそーいうこともあるわな、元気出せ」


御礼にグラスをもう一つたのみ、VSOPを注いで渡す。


僕は別に酒が強いわけでも、好きなわけでもなかった。


だけど、それにしてもこの時の酒の味は、記憶に残ってはいない。


残っているのは、

これも初めて買ったSalemのタバコのちょっとスッとする感覚と、

薄紫の煙の向こう側に見えるVSOPのボトルに書かれた、

「7月2日 失恋した 〇〇のボトル」の文字


そして グラスが置かれるはずのコルク製のコースターが、僕の手元でにじんで ぼやけて見えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る