第13話 モルドペセライ帝国(2)

 オリヴァーが国境に到着するとずらりと兵が並んでいて、ここまでか、と肩を落とした。さすがは防衛の要であるジュノ辺境伯家。オリヴァーが城から出たと分かった途端、国境の警備を強化したのだろう。バルナバスも気を付けろと言っていたが、このことだったのだろうか。


「スコット侯爵令息、オリヴァー様でいらっしゃいますか」


 兵士の中の一人に声を掛けられて、オリヴァーは馬から降りた。


「そうだ」


「今後についての作戦会議を開きますので、どうぞこちらへ」


「……へ?」


 きょとんとしている間にもオリヴァーの手から手綱は奪われ、馬は厩舎へと連れていかれる。オリヴァーが立ち尽くしているのに気づいた案内人は兜を外して振り返った。


「アレクシス殿下からスコット侯爵令息に協力するよう指示がございました」


「……アレクシス殿下から指示が?」


 繰り返す様に名前を言うと心臓が握りしめられたように苦しくなった。


「ええ、令息も殿下からのご指示で帝国へ向かうのでしょう?」


 一瞬、兵士が何を言っているのかできなかったけれど、「あ、ああ」と頷いて話を合わせる。アレクシスはこの作戦をあまりよく思っていなかったはずなのに、どうして自分の指示、と言うことにしたのだろうか。成功したときの手柄を横取りするためなのか、とも思ったが、彼がそんなことをする人間ではないとオリヴァーは十分に分かっている。


 それでも彼の真意を汲んでやれるほど、オリヴァーは素直な性格ではなかった。ここまで引き留めにこないことも薄情に思えてきて、オリヴァーは無意識に歯を食いしばる。引き留めに来たところで決心は変わらないわけだが。


「ご挨拶が遅れました。ジュノ辺境伯が次男、パトリック・フォン・ジュノと申します」


 オリヴァーが考え事をしている間にも会議室に到着したようだ。入る前に自己紹介をされて、オリヴァーはハッと顔を上げる。


「……バルナバスの弟か」


「ええ、今年で十五になります。よろしくお願いいたします、スコット侯爵令息」


 礼儀正しいところは兄弟と言うより、ジュノ辺境伯家がそういう教育をしているからだろう。文官も上下関係にうるさいが、武官はそれ以上だと聞く。辺境伯という地位にありながらも、彼らはそれに驕っていない印象があった。


「オリヴァーで構わない」


「承知いたしました。これからよろしくお願いします、オリヴァー様」


 にっこりとほほ笑みながらも何を考えているのか分からない表情は兄弟そっくりだとオリヴァーは思った。


 オリヴァー達が会議室に入ると、視察をしていたジュノ辺境伯もいて空気が凍り付くのを感じた。対面にオリヴァーが座ると、やれやれとため息を吐き、ジュノ辺境伯はにこりと微笑む。


「さすがはエッカルト様のお孫様ですね」


「え?」


「あの方も周りが止めるのを無視してよく単騎で突撃しておりましたから」


 祖父らしい行動に噴き出してしまうと周りの雰囲気も一変して柔らかくなった。ジュノ辺境伯なりの気遣いなのか、勝手な行動を戒められたような気まずい雰囲気を感じていたオリヴァーも話しやすくなった。


「早速ですが、オリヴァー様には帝国側の協力者を紹介しましょう」


「協力者?」


「ええ、帝国も一枚岩ではありません。先の戦争で痛い思いをした記憶がまだ残っていますからね。意外と王国と友好関係を結んだままで居たい人もいるんですよ」


 一人で躍起になっていた気持ちが徐々に落ち着いていく。一人で出来ることはあまり多くない。分かっていたはずなのに、戦争を止めるために手段を選ばず、周囲の声にも耳を貸さず一人で突っ走っていた。これでは前回と同じように失敗するのが目に見えている。


「シェフィールド大公。オリヴァー様も名前ぐらいはご存じでしょう?」


「え!? ……現皇帝の弟、でしたよね」


 隣国の上級貴族の名前はほとんど頭に入っているし、さすがに皇帝の弟を忘れるわけもなく、そんな大物がこちらの味方だということに驚きが隠せなかった。ジュノ辺境伯がやり手なのは知っていたが、大公とまで繋がっているのは予想外だった。


「オリヴァー様にはパトリックと共に帝国へ行っていただきます。第二王子とは偶然を装ってお会いになるほうがいいでしょう。彼の性格から考えて、あなた様から第二王子を追って帝国までやってきた、と言えば、受け入れてくれるはずです」


 とても脚色された出会いであるが、ジュノ辺境伯の言う通りオリヴァーがルドルフを追って帝国まで来たと言えば受け入れてくれるだろう。ただまだ十五歳のパトリックを連れて行くのは気が引ける。いくら大物が味方にいると言っても、潜入調査が危険極まりないのは言うまでもない。


「行くなら俺一人で……」


「いえ、それは絶対にダメです。一人ぐらい身内を連れて行かないと、シェフィールド大公があなた様に協力するとは限りませんから」


 シェフィールド大公との信頼関係は長年交流を続けたジュノ辺境伯だからこそ築かれたものだ。王国の侯爵家とは言え、オリヴァーとの信頼は無いに等しい。シェフィールド大公を紹介した時点で信頼されている証拠にはなり得そうだが、話ぶりからすると気難しい人物なのかもしれない。


「バルナバスは第二王子に顔を知られています。それにこのパトリックはそれなりにやるほうなんですよ。護衛にもばっちりです」


 隣を見るとパトリックもにこりと微笑んでジュノ辺境伯の言葉を肯定する。


「あとは名目ですね。ぶらりと帝国に来ました、とだけでは第二王子は騙されても、その他には怪しまれるでしょう」


「王国貴族だけではルドルフ殿下を後押しできないと考えて、帝国に協力者を探しに来た、と言うのはどうでしょう。スコット家にも繋がりのある帝国貴族がいますので、そちらを頼ってきたと説明します」


「いいですね」


 あとは突然、オリヴァーが自分の考えをコロッと変えてしまったことをルドルフにどう説明するか、だが、彼が前回の記憶を持っていて、それでもなお、前回と同じような道を歩くというならばオリヴァーにも考えはある。


 ただ成り上がりたいとだけ思っているつまらない男になればいいのだ。


 ルドルフが王位に就いた後は、自分に宰相の地位を約束させる。やはり自分にはあなたしかいないのだ、と言えば、きっとルドルフは落ちる。


 その代わりに色々と差し出さなければならないだろうが、前回の人生でも我慢してきたのだから今回も我慢できるだろう。


 ふと脳裏にアレクシスの顔がよぎった。

 


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