第7話 スコット侯爵家(5)
激動の真夏から季節は移り変わり、各地で豊作の祭りが開かれるようになった秋。暑さはようやく鳴りを潜め、日中でも大分と過ごしやすくなってきた。
スコット領へ来てからもう半年が過ぎようとしている。
ルドルフが王都へ戻ってから二ヶ月が経とうとしているけれど、なぜかやたら頻繁に手紙が届く。そろそろ従者を付けなければ箔が付かないのだろうが、オリヴァー以外に志願者もいなかったのだろう。書いている内容はほとんど一緒で、従者になってほしい気持ちだけは痛いほど伝わってきた。まあ、それでも断固としてお断りだが。例え王命を下されようとも、スコット侯爵家のコネをすべて使って国外逃亡してやるつもりでいる。
それに王命などそう簡単に出せるものではなく、従者を任命する際は王命が下されるけれど、本人の意思を確認してからだ。ルドルフの我儘で王の権力を使っていたら国は破綻する。
それが分からないからこそ、ルドルフは傀儡として利用されるのだろう。権力を求めている奴ほど、扱いやすいものはない。
オリヴァー自身も利用しようとしていたのだから、あまり偉そうなことは言えない。
二週に一度ぐらい頭痛が頭痛を呼ぶ手紙が届くぐらいで、オリヴァーの日常は平穏そのものだった。
「お祖父様。市場への視察もかねて祭りに行きたいので、許可をいただけますか」
領地へ来てようやく城の外に出る時間が出来た。後継者ではないけれど、侯爵家の子息として勉強に武術も人並み以上を求められる。特に祖父はその辺りが平等で、次男のオリヴァーにも兄と同じレベルを要求した。まあ、剣術に関しては今なら兄よりも勝っている自信がある。
それらのカリキュラムもようやく落ち着き、スコット領で一番大きい祭りが近々行われるので視察も兼ねて祭りに行こうと考えていた。今年は平年並みに収穫できているらしいので、そこそこ人出もあるはずだ。
「ちゃんと護衛を連れて行くなら構わんぞ」
「分かりました。騎士を三人お借りします」
ここへ来てから共に訓練しているからオリヴァーが付いてきてほしいと言えば、三人ぐらいは快く引き受けてくれるだろう。
「三人か……。うーん、まあ、いいだろう」
人数的に心もとないのか祖父は難しい顔をしている。王都の次に栄えていると言っても、貧民街も存在するのでいい身なりをしていれば追い剥ぎにあう可能性もある。けれどオリヴァーだって鍛えているし、大人数で囲まれたりしなければ自分の身ぐらいは守れる。
その辺りは祖父も認めてくれているだろうが、祭りで人が多くなれば誘拐されたりする確率も上がる。祖父として純粋に心配なのだろう。
「楽しんできなさい」
「はい」
連れて行く騎士も決まって祭りまであと三日と言うところで、オリヴァーが市場へ行くことを聞きつけたのか、アランが息を切らしながらやってきた。
「オリー兄様。祭りへ行くって本当ですか」
そんな急ぎながら聞く内容だろうか。オリヴァーが頷くと「俺も一緒に行きたいです!」と珍しく我儘を言った。
「俺は構わないけど、お祖父様からちゃんと了承を貰ったほうがいい」
「……そう、ですよね」
アランの表情が一気に暗くなり、肩を落としている。さすがに祖父の客としてきている以上、オリヴァーの独断で連れ出すことはできない。それにルドルフが来た時の一件と、彼の素性が未だオリヴァーに隠されていることを考えたら、そうやすやすと城外へ出すわけにはいかなかった。それぐらいの空気は読める。
「エッカルト様がいいって言ったら、良いんですよね?」
「ああ」
「二言はナシですよ!」
そう言ってアランは祖父の執務室へ向かって走り出した。やはり年相応に祭りなんかは気になるのか。
スコット領都、シエムで行われる収穫祭は王国だけでなく、隣国や海の向こうからも人がやってくる。スコット領は主に野菜が育てられているけれど、気候の良さから果物も多く、市場ではテハナルでしか見られない作物も多く並んでいる。
収穫祭での市場は各地の商人が集まって店を出すので、珍しい品物を求めて人が集まるのだ。そう言うところでは大抵きな臭いことも起こる。王国内では治安がいいとされているスコット領であるが、祭りなどでは人の失踪なども発生している。それを追求するつもりはないけれど、実際の領都はどのようなものなのかオリヴァーは自分の目で確かめたかった。
と言うのは名目で、これまで祭りなど参加したことがなかったので、領地まで来た記念に祭りと言うものに参加したかっただけだ。当日は珍しく、年相応に浮かれた。
「オリー兄様。ちょ、はぐれますよ!」
引き留められてオリヴァーは振り返る。アランを先頭に護衛の騎士、そしてバルナバスまでも呆れた顔をしていた。
どうやって祖父を説得したのか、アランも行くことになった。それを聞いたときは子守を押し付けられたとがっかりしたが、バルナバスも一緒に来ると言っていたのでアランの相手はこれまで通りバルナバスがする。だからこそおリヴァーは祭りを堪能しようと思っていたのに、事あるごとに「これは怪しい」だの「毒見もなしに食べるんですか?」など小言を言われる。
そもそも市場で毒など盛ればその店の信用が地に落ちる。こうやって人が集まる場での出店は品評会も兼ねているので、ここで評価が上がればその後の商売に繋がる。それに領主の息子に毒なんて盛ればその場で殺されても可笑しくないし、今ならばそんなに恨まれてはいないと思うので殺す理由がない。
ただ誘拐だけは気を付けなければならなかった。身代金目的にかどわかされても可笑しくない。オリヴァーには一応大金を積むだけの価値はある、はずだ。
護衛との距離も気にしているし、少々暴漢に襲われようとも護身術はばっちりだ。――そう思っていたのに。
「申し訳ありません、オリー兄様」
「いや……、はしゃぎ過ぎた俺も悪い」
がっくりと項垂れながら埃臭い部屋の床を見つめる。きっとバルナバスや護衛達は二人が攫われたことにすぐ気付いて捜索してくれているはずだ。ここは市場からそう離れていない民家の地下だ。二人は後ろ手で縛られ、背中合わせにさせられていた。外からはやかましい声が聞こえてくる。
「なんで領主の息子まで一緒なんだ!」
「仕方ねえだろ! いい所の坊ちゃんを誘拐しようと思ったら付いてきたんだ!」
奴らは初め、オリヴァーを追ってバルナバス達から離れてしまったアランを狙っていた。それに気づいたオリヴァーが助けに入ろうとしたが、ガタイのいい男たちに囲まれてしまった。さすがに二人では倍の数の大人に勝てるはずもなく、オリヴァーは抵抗を止めて大人しく捉われた。予想していた通り身代金目的の誘拐のようだが、彼らが恐れている領主――祖父のエッカルト・フォン・スコット、先の戦争で数々の武功を上げたこの国の英雄だ。
仲違いしているのなら、すぐに片は付きそうだな、とオリヴァーは天井を見上げる。前回の人生でも誘拐など一度もされたことがなかったのでさすがに手が震えたけれど、冷静に状況を判断が出来ている。焦れば悪くなる一方だ。
「ごめんなさい……」
シュンとなって謝るアランの手を握りしめる。両手が自由ならば頭を撫でてやってもよかったのだが、今、彼を安心させてやれるのはこれぐらいだ。
「すぐに助けが来るから、安心しろ」
「……はい」
ぐす、と鼻を啜る音が、やたらとオリヴァーの胸を締め付けた。
オリヴァーが拉致されてから、約半刻。オリヴァーの祖父、エッカルトの元にその報は届いた。
「……何だと!? アレクシス様が?」
「申し訳ございません」
バルナバスを始め、護衛の騎士三人も頭を下げる。そんなことをしている時間はないと、集まった五人は十分に分かっている。すぐに顔を上げて「捜索隊を組んで、すでに捜索を始めています」と告げる。
「おそらく、そう遠くないところに隠されていると思います。市場の出入り口はすぐに封鎖し、検問をしています」
「……うむ。儂も行くとしよう。殿下に何かあったら、首を差し出すだけではすむまい」
「本当に申し訳ございませんでした」
「いや……、オリヴァーも一緒だったし、お前たちに落ち度があったわけではなかろう」
やれやれと頭を押さえながらエッカルトは立ち上がって執務室を出た。
最初、アランことアレクシスがオリヴァーと共に祭りへ行きたいと言った時、エッカルトは反対した。王家よりその身を預かっている以上、危険な場所に連れて行くわけにはいかない。ましてや彼は王宮内で暗殺未遂があり、危険から遠ざけるために国王直々にアレクシスを任された。目立つ彼の髪の色を染め、素性を隠して、この城の中だけでは自由にさせていたのだが、年の近いオリヴァーに感化されたのか思い出作りに一度だけでもいいから参加させてほしいと頼み込まれ、エッカルトは渋々承諾してしまった。
後悔してももう遅い。孫の様子も気になるし、初動もしっかりしていたから見つかるのは時間の問題だろう。
それに居なくなったと発覚したのも早かった。二人の行動に目を配っていたが、人込みに紛れた瞬間、姿を見失ってしまった。その隙に何があったのかは想像に容易い。十歳前後の身なりのいい少年を、最初から狙っていたのだろう。きっとバルナバスたちの護衛の存在にも気付いていたに違いない。
用意されていた馬に乗り、エッカルトは市街へと駆け出した。
犯人たちを逆なですることなく、部屋で大人しくしていると捜索隊がやってきて二人は無事、保護された。
その連絡を受けた祖父は息を切らしてやってきて、オリヴァーとアランを見比べて「無事でよかった」と安堵の息を漏らした。てっきりしこたま怒られるのかと思いきや、ぎゅっと抱きしめられただけで何も言われなかった。バルナバスや護衛の騎士からも謝罪されて、何だかとても居た堪れない気持ちになった。
二人を誘拐したのは他の領地の賊だった。身なりがよく誘拐しやすそうなアランを狙ったところ、オリヴァーまで付いてきてしまって計画が頓挫したらしい。市場の出入り口も封鎖されて、身動きが取れなくなったところに捜索隊がやって来て、大した抵抗をすることなく二人を解放した。
あっけにとられるような結末だったが、オリヴァーは自分がどのような立場なのかを自覚させられる事件となり、城から出る際は護衛達と距離を取らないよう徹した。
そしてこの事件からアランとの親密度が更に増し、何をするにもアランが一緒だった。
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