第2話 口勇者(箇条書きではない)
「次、コーラ村のユウ!」
「はいっ!」
やっと僕の番が来た。
洗礼の儀式はエリス神殿、荘厳な柱が立ち並ぶ大広間で行われる。一番偉い大神官様が女神のお告げを受け取り、ジョブを授けるのだ。その後に書記官がジョブの名前を書いたジョブプレートに職業名を書いて与える。
きょうは三十人ほどの対象者がいた。
僕はその中で最後だった。
うう、トレノは絶対大丈夫と言ってたけど、やっぱり緊張するなあ…。
そんなことを思いつつ大神官様の前に進み出ていく。
「コーラ村のユウよ。そなたは『勇者』志望で間違いないな?」
「は、はい」
職業は志望すればなれる確率が上がる。
だからあらかじめ神殿に申請する形になっているのだ。
「よろしい。ひざまずくが良い」
「はい」
僕は膝をついた。
本当に僕は勇者になれるだろうか。いや違う、なるんだ!
僕は集中する。
エリス様。エリス様。聞こえますか。僕は勇者になります。どんな苦難も受け入れます。僕は勇者になるためならなんでもします。どうか、どうか、僕を信じてくれたトレノのためにも、僕を勇者にしてください――!
そのときだった。
ぱあああっと、周囲が光った。
「わっ!?」
光は頭上から。太陽の光ではなかった。でも太陽よりも強烈なのではと思うほどだった。あまりにまぶしくてまともに見られなかったけれど、そこにヒトの形をした誰かが浮いていることだけはわかった。
『ユウ、コーラ村のユウよ、私の声が聞こえますか』
「え…あ、あなたは…?」
『私は女神エリス』
まさか…女神様が降臨なされた!?
『そなたの強い想い、この女神が聞き届けました…。されど、そなたは勇者となるにはあまりに非力な身。筋力、魔力、体力、精神力、技術、血統、おおよそありとあらゆる素質がそなたには足りておりません』
「うっ!」
そ、そんな…神様にダメ出しされた…!
『それでもそなたは勇者になりたいですか。勇者になるためなんでもしますか』
「し、します! なんでもしますっ!!」
『よろしい……うふ』
ぞくり。
え、いま何か女神様が奇妙な笑いを浮かべたような…。
いやいや、そんな失礼な、とすぐに首を振ってかき消す。
『では――ユウ。そなたを『口勇者』に任命します』
「あっ! ありがとうございます…!」
やったあ! 僕はついに勇者に…!!
…………。
……。
「く、口勇者?」
なんか箇条書きみたいになってるよ!?
『はい。カタカナのロではありません。口です』
「は、はあ」
『そなたでもなれる勇者はこれしかありません』
「そ、そうですか…あの…それで口勇者とはどんな職業なので?」
『まずはこれを御覧なさい』
女神様はパチンと指を鳴らした。
目の前にガラスのように透き通った長方形が浮かんだ。
そこにはこう書かれていた。
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口勇者(LV1)実績
・乙女100人とキス … 剣戦闘LV1習得
・聖職者とキス … スキル「白魔法」習得
・幼馴染とキス … アビリティ「食いしばり」習得
・魔物娘とキス … アビリティ「魔物たらし」習得
・お姫様とキス … アビリティ「経験値2倍」習得
☆すべての実績を解除すると口勇者LV2になります。
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「……………………」
「ふふ。勇者らしい強力なスキル群でしょう?」
「いやあの」
「しかもこれは序の口。LV7で全分野の魔法を覚え、LV20ともなれば時を切る剣技や質量のある分身など、神にも匹敵する能力を覚える、まさしく地上最強と呼ぶにふさわしい職業に――」
「ちょちょっと、ちょっと待ってください!」
キスって!?
100人とキスって!?
「なんですかこの、え、エッチな条件は!?」
『口勇者ですからちゃんと口でキスしてください。ほっぺは不可です』
「そういうことを聞いてるんじゃありませんよっ!?」
『ではごきげんよう――口勇者ユウに祝福あれ!』
そして女神様は消えてしまった。
ちょっと待ってよ!?
「なんと! 勇者じゃ、勇者じゃ! 三十七年で初の快挙じゃぞ!」
と、隣にいた大神官様が感動しながら叫んだ。
「ええと大神官様、勇者は勇者でも、なにか変な条件が…」
「変とはご謙遜を。口勇者も立派な勇者じゃぞ。そうに違いない。おお、おお、素晴らしいわ。我が村もついに『勇者』を排出した村となった。これで地方補助金も有利になるというものじゃ!」
なんだか邪悪な言葉が聞こえます、大神官様!
「勇者ユウ、そなたは我が村を挙げて支援させてもらうぞ!」
「支援って」
「さしあたっては…うむ、聖職者か。ソフィア、これへ!」
大神官様が呼ぶとしずしずとシスターのお姉さんがこちらに近づいてきた。
ソフィアさん。長い金髪の髪をした、おっぱいの大きなお姉さんだ。
とても柔和な笑みを浮かべている。
「はい、大神官様」
「聞いておったな。そなたを勇者ユウ殿の栄光ある初キス相手に指名する」
「っ!?」
「はい…仰せのままに」
ソフィアさんは膝を地面について僕と視線を合わせた。
僕よりずっと背が高いので、それで目線がちょうどなのだ。
両手を絡め、僕に祈るようなポーズをして。
「勇者様、どうぞよろしくお願い致します」
「ちょちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
僕はドキドキする心臓を抑えながら飛び退いた。
「き、き、キスって、ソフィアさんはいいんですか!?」
「ええ、もちろん。大神官様のご命令ですから」
「好きでもないのにキスなんて!」
「間違っていると?」
ソフィアさんは頬に指を当てて「んー」と考える様子。
やがて、にこっと微笑んで。
「大丈夫です、私はあなたが好きですから」
「!?」
がつんと殴られたような衝撃を受けた。
ソフィアさんはにこにこと笑ったままだ。
「勇者ユウ殿。ソフィアはあなたが大好きです」
「ななな、なにをいきなり」
「私はあなたの覚悟を見ました。ご降臨された女神様に対し、勇者になるためならなんでもすると宣言なさるところを見ました。私は…その純粋さが、とても微笑ましいと思いました。好きです。好きです。好きです、大好きです…♡」
「あ…あう…」
そんな。
この人は…ソフィアさんは本気で言っている。
あまりに真っ直ぐな告白に、僕は頭がゆだる感覚を覚える。
「でも…でも…そんな…今会ったばかりなのに…」
「ふふ。おかわいらしい勇者様」
「あっ」
ソフィアさんは僕の手をそっと優しく包みこんだ。
温かい、まるでお母さんみたいな体温が僕に伝わる…。
「人間は、今、会ったばかりの人とだって恋ができるのです」
「え……」
「勇者ユウ様。あなたはこれからたくさんの女の子と出会い、たくさんキスをすることでしょう……その子達のことを、たとえ一時的にでも、愛してあげてください。あなたにはきっとその義務があります」
ソフィアさんはぎゅうっと僕を抱きしめた。
口を耳元に寄せて、真剣な声でささやく。
「貴方のキスは義務。ならば、できるだけ幸せなキスにしてください」
「……あ……」
「どうか、お願いします」
僕は思い知った。
ソフィアさんは、とても大人なんだ。
僕の『口勇者』のことを聞いて…キスが必要だと聞いて…でも、僕や僕に関わる女の子ができるだけ不幸にならないように、僕に『一時的にでも、愛してあげてください』と、自分の身を持って教えているのだ。
なんて。
なんて優しくて思慮深い聖女様なんだろうか。
僕は涙がこぼれそうになった。
こんなにも清らかな人が僕にキスしてくれようとしている……。
ちゅっ。
「ん……♪」
唇と唇がくっついた。
ただそれだけなのに、ぶわあっと熱波が押し寄せるように幸せの波が全身に伝わってきた。ソフィアさんの唇は、しめっていて、あたたかかった。はむはむと唇を優しくついばんできた。
まるで極上の毛布みたいだ。
ちゅ、ちゅ、ちゅ……。
離れてはキスして、を繰り返す。
きもちいい。きもちいい。キスきもちいいいぃぃ……。
僕はもう、それだけしか考えられなかった。
「……ん、ぺろっ」
「ひゃうっ!」
最後にぺろっと唇全体を舐められて、キスは終わった。
ふわああぁぁぁぁぁ……力がはいらない……すごい……すごすぎた……キスってこんなにもすごいんだ、大人がキスしたがるわけだ……ソフィアさんのキス……ほんと、すごい……すごいしか言えない……。
『聖職者とキス の実績が解除されました。白魔法スキルが解禁されます』
頭の中に響く女神様の声を、僕はぼうっとした思考で聞いていた。
「いかがでしたか、勇者様?」
「うん……し、幸せ……でした……」
「そのとおり。好きな人とのキスは幸せなものなのです」
ソフィアさんの言葉にこくんと頷く。
好きな人とのキスのすごさを、身を持って思い知らされた。
「無事スキルは習得できたようじゃな」
「あ……大神官様、あ、ありがとうございます……」
「では引き続き、100人の未婚の乙女を周辺の村から集めるとしよう」
「……………………」
えっ!?
「ちょ、大神官様!?」
「未婚の適齢期の少女を集めるのじゃ。安心しろ。強引にする必要はない。勇者様のお力となれるならば、信仰篤い村の子たちは、喜んで協力してくれることじゃろう」
「承知いたしました。早速お触れを出しますわ」
「えええええええええっ!?」
「勇者様」
ソフィアさんはぎゅっと僕の手を握った。
「幸せなキスを100人の方にお与えください。貴方ならできます」
「ででで、できるかなあ!?」
ソフィアさんみたいな、めちゃくちゃうまいキスとか。
正直まったく自信がないんですけど!?
「あら。それならもっと練習いたしましょうか」
「……え」
「ふふふ」
ソフィアさんは顔を紅潮させ、僕を優しく抱きしめた。
ぷにいっと大きな胸が当たる……。
ああ、またものすごくいい匂いがしてくる……!
「勇者様に……幸せのキスを、お教えいたしますわ」
「ああ……ああああうううう……」
ソフィアさんは天使のように笑った。
僕はその顔から視線が外せなかった。
――その日は一日中、キスをした。
天国にいるみたいな気持ちだった。
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あとがき
おねしょたおねしょた!(挨拶)
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