キスで強くなる純情ショタ勇者が10000人の嫁と世界を救う話
ZAP
第1話 勇者志望の少年
女神エリス様の鐘の音が山むこうの神殿から響いている。
今日はいよいよ洗礼の日。
洗礼とは女神様から十二歳の少年少女たちにジョブ――職業をお与え頂ける神聖な儀式のことだ。「武器屋」「戦士」「郵便屋」「農夫」みたいに。そして当然、みんな授かった職業の仕事に就くのだ。
ランダムなくじ引きではない。女神様は適正を見て、きちんと判断して頂けるのだ。希望も聞いて頂ける。だからみんな十二歳になるまでに、なりたい職業のお店で訓練していたり、見習いになっていたりする。
そして僕も今年、十二歳になる。僕の志望ジョブは――「勇者」だ。勇者は魔王を倒す使命を持った人類のヒーロー。果たして僕は、女神様に勇者と認めてもらえるのだろうか?
「行ってくるよ、母さん、父さん」
僕は家の裏側にあるお墓に挨拶をした。
僕、ユウ・ユーラニアの両親は、ふたりともお墓の中にいる。小さい頃に事故で死んだのだ。僕が勇者になることを、ふたりとも生きてたら反対するかもしれないな、と思った。
言うまでもなく勇者はとっても危険な職業だからだ。
いつ魔族に殺されるかもわからないし、旅立てば村には戻れない。
それでも――僕は勇者になりたかった。
目を瞑ってあの日のこと、勇者様と出会ったときのことを思い出す。
『怪我はないかしら、僕くん?』
僕と幼馴染が裏山で遊んでいたとき、魔物に襲われた。木の棒でなんとか抵抗したけど、大人のニ倍はあろうかという鬼の前では無駄だった。そんな魔物を一瞬で細切れにしてしまった。
青い髪。
流れるような軽装の剣士の服を着た、綺麗なおねえさん。
顔も、体も、服も、態度も、笑顔も、剣技も、何もかもが綺麗だった。
ぼーっと見上げる僕。
『あ、あの……あの……おねえさん……?』
『私? 私の名前は勇者ルナ』
ふふっと笑っておねえさん、勇者ルナは僕の手を引っ張った。
帰る途中、僕はずっとルナさんを見つめていた。
『あら。私の顔に何かついてる?』
『う、ううん……そうじゃなくて』
『じゃあ私が美人すぎて恋しちゃった?』
『…………っっ』
『ありゃ。えへへー、おねえさんモテモテだー!』
見透かされた僕は、顔を真っ赤にしていた。
初恋だった――と思う。もうどうせなら、と僕は言った。
『僕……おおきくなったら、おねえさんと結婚する』
『おおう!? プロポーズだ! はじめてだ!』
『うけてくれるの!?』
『んー。そだねえ』
ルナさんはふふっと笑うと。
『ボク君が私より強くなったら――結婚したげる』
『ほんと!?』
『きびしいわよー。おねえさん世界ランキング一位の勇者だからね?』
『なる、僕だって世界一強い勇者になる!』
『うんうん。がんばれ、がんばれ♪ ひがるげんじけいかくだー!』
――そして僕は勇者を目指すようになったのだ。
我ながら不純な動機だなあ……と思ってしまうけれど。
でも…今日勇者になれば、やっとルナさんに会いに行けるのだ。
「ユウ。おばさんとおじさんへのご挨拶、終わった?」
「あ、トレノ」
トレノは隣の家の子で、僕と一番仲がいい。
短いスカートに短いシャツの活発な姿、茶色の短い髪がくりんと曲がっていて、村で一番活発な彼女をよく表している。トレノと彼女の両親は、親をなくした僕の面倒をずっと見てくれた恩人だ。
「なれるといいわね、勇者」
「…うん」
「あたしはなれなかったけど、ユウならなれるわ、絶対に」
ふふっと笑うトレノを見て、僕はちょっと安心感を覚える。
よかった、トレノ、立ち直ってくれたんだ。
一年前のことだ。トレノは僕よりひとつ年上。洗礼の儀式は去年済ませていて結果は「道具屋」だった。トレノの叔父さんが道具屋をやっていて、その手伝いをよくしていたからだろう。
トレノも勇者志望だった。
『ユウが勇者になるなら、あたしだってなるもん!』
あの日、ルナさんに一緒に助けられたトレノはそう言った。
その日からトレノは僕と勇者志望になった。僕と一緒に野山をへとへとになるまで走りぬけ、拾った枝で見様見真似の剣の訓練をして、たまに村に訪れた魔法使いに魔法を習ったりした。
ふたりで勇者になりたかった。
けれど一年前に、その夢は途切れてしまった。
『あは、あはは。やっぱりあたしなんかじゃ無理だったかあ…』
『トレノ…』
『あーこらユウってば。そんな顔しないでよ。道具屋だって立派な職業よ?』
僕は知っている。
その夜、隣の家から泣き声がしていたのを。
僕を心配させまいと強がっていただけだということを。
それでも儀式の翌日から、勇者になるための修行にトレノは付き合ってくれた。目の下に泣き跡がついていたけれど、見て見なかったふりをした。その日からトレノは僕にとっていちばん大切な子になった。
ぱんっ!
と、いきなりトレノに革ズボンを叩かれた。
「わっ!?」
「なに辛気くさい顔してるの。ルナさんに会いに行くんでしょ。このあたしが修行に付き合ったんだから、絶対に大丈夫よ!」
にひひっと笑うトレノ。びしっと神殿の方向を指さして。
「さあ行ってきなさい、勇者ユウ! あたしが見てるわ!」
僕は、たとえ勇者になれなくても、この笑顔を守りたいと思った。
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あとがき
多分この1話がいちばん真面目な話です。あとはバカです。
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