第31話 リリー&マコト
恐らくこれから慌ただしくなるだろう。だからわたしは今、この時間を大切にしたい。
しばらくは五十嵐先輩とはゆっくり出来そうもないし、今この瞬間を時が許す限り堪能しよう。
「見つけたわよ!五十嵐さん!」
勢いよく開けられたドアの先には
長身を生かした派手な制服の着こなしに、サラッとしたロングのブロンドヘアーに自信満々の顔をしたリリー先輩。
もう1人はそれとはまったく正反対の小さめの身長で、きっちりと制服を着ている。ショートヘアーで目が丸くて大きく、パッと見明るく元気な女の子といった印象。リリー先輩の友達らしき人が隣に立っていた。
「チッ!」
「いきなり何よ、随分な態度じゃない?」
わたしは反射的に舌打ちをしてしまう。数メートル先のリリー先輩達にまで届いてしまうほど、キレのある音がわたしの口から出てしまった。
正直自分でも驚いてしまうほど完璧な舌打ちだった。
「別に何も。なんですか?まだわたし達に嫌がらせがしたいんですか?」
「はぁ?いつ私があんた達に嫌がらせしたのよ?言いがかりは止めてよね」
コイツ、白々しい事を……
お前はプールの時、どれだけ五十嵐先輩を馬鹿にしてたか。
わたし達が一緒に家を出た事を、お前が吹聴したんだろ?
証拠はないけど、どうせコイツの仕業だ。周りを動かして、自分は安全な所から楽しんでたんだろう?
「まぁいいですけど、それで悪の親玉が何ですか?」
「ほんとムカつくわね、あんた。私が何したって言うのよ?」
「はぁ?1年早く生まれてるのに頭が悪いんですねぇ?説明しないと分かりませんか?」
「じゃあ説明してもらおうかしら?おバカさん?」
わたしは睨みつけると、リリー先輩は負けじと睨み返してくる。
今にも殴り合うんじゃないかって空気になるけれど、お互いのセコンドがわたし達の間に割って入る。
「千秋落ち着けって!」
「リリーもこんな事しに来たんじゃないでしょー」
距離を離されながらも睨み合うわたし達は、叱られてその場で大人しく座り込む。
すると、セコンド同士が喋り出す。
「ごめんねー、五十嵐さんウチのバカ娘が」
「全然ーこちらこそアホで申し訳ない」
意外にも2人は談笑している。仲は悪くないらしい。てっきり2年生とは仲が悪いと思っていた。そんな楽しそうに会話をしているのを見ていると、わたしの知らない五十嵐先輩を知っているのかと、少し嫉妬した。
「でぇ浅野さんだっけ?どうもマコトでーす。よろしくー」
「どうも、浅野です……」
マコト先輩はニコニコしてて、この人の空気はなんて言うか、明るい?多分常に周りを明るく、空気を悪くさせないような、そんな存在感がある。
でも少しだけ怖くも感じる。誰も信じてないというか、本性を隠してるような気がする。
これはただの勘だけど。
「えぇとー、リリーの言ってる事は正しいと思うんだよねぇ?」
「は?」
「千秋!」
「……すみません」
また叱られる。リリー先輩はニタニタとムカつく顔でこちらを見ていた。
「ちょっと理解してくれるか、分からないけどさ……幼馴染の私の言う事を信じてほしいんだよね?」
「まぁ聞くだけ聞きましょう」
「ありがとっ!リリーはものすごく!すごぉく!感情を表に出すのが下手なんだよ」
「いや、全然正直に出てると思いますけど?」
どう見ても嫌な奴にしか見えないぞ。
ほんとに幼馴染か?
「教室の件といい、プールの件もリリーから聞いたよ。その場に私はいなかったけどさ、大体分かるんだよねー」
「リリー先輩が言った言葉が嘘かもしれないですよね?教えてあげますよ」
わたしは正確に出来事をマコト先輩に説明した。
『随分、気合の入ってる水着じゃない?誘惑でもしようと頑張ってるのかな?』
『しっぽまで付けて、発情してますアピールでもするの?』
どう聞いても五十嵐先輩を馬鹿にしてるセリフだ。
あの時の顔も確かすごい見下してた気がする。
「んー、言葉だけだと確かに浅野さんが怒るのは無理もないね。でもそれ褒めてるよ」
「マ、マコト!変な事言わないでよ!」
「はぁい、おすわりー」
立ち上がろうとするリリー先輩にマコト先輩が指差して静止させる。
いやいや褒めてるってどこがどう褒めてるのさ?
それはさすがに無理があるでしょう。
「じゃあ吹聴したのは?教室でわざわざ大きい声で、大勢いる前で言うのは、そういう意図があったんじゃないですか?」
「んーそれは多分、嫉妬で回りが見えてないね。それにリリーは周りに言いふらすような子じゃないよ」
どう信じろと?こんな話をするだけ無意味じゃないだろうか。
「幼馴染の言葉とはいえ、そう簡単に信じられませんね。何か証拠はありませんか?」
「そうだねぇ、それが手っ取り早いかぁ」
そう言うとマコト先輩はリリー先輩の後ろに回っては手で目隠しをする。
「ほらリリー、前には誰もいないよ?私だけだから、素直になろうねー?」
「ちょっとマコトッ!」
「はいはいー誰もいないよー」
わたしと五十嵐先輩は何も言わずに、というかどう反応すればいいのか分からずにいただけだと思う。
「リリーは五十嵐さんの水着姿を見てどう感じたのかなぁ?」
『随分、気合の入ってる水着じゃない?誘惑でもしようと頑張ってるのかな?』「え、すごい気合の入ってる水着で、可愛くて、私の事を誘惑してるかと思った」
はぁ?
「じゃあしっぽを見た時どう思ったのかなぁ?」
『しっぽまで付けて、発情してますアピールでもするの?』
「フリフリして元気いっぱいのワンちゃんみたいで、構ってほしいのかなぁって」
ちょっと待って。褒めてる?嫉妬?五十嵐先輩に対して?リリー先輩が?
それじゃあまるで
「リリーは学校中に言いふらしたの?2人が朝同じ家から出てくるのを」
「言ってない!」
「じゃあ教室で騒いじゃったのはなんで?」
「……羨ましかった。朝お泊りしただけじゃなくて、首に歯形なんてあるから!つい……2人の事を考えずに、騒ぎました……」
これじゃあまるで
五十嵐先輩の事が好きみたいじゃないか
「五十嵐さんの事が好きだもんねぇ?」
マコト先輩はチラリとわたしの目を見ては、わたしが思った事を堂々と合わせてきた。
「まぁまだ信じてはくれないとは思うけどさぁ、リリーはそう悪い奴じゃないんだよ。五十嵐さんに指を噛まれた時だって何か言ってた?私には嬉しそうに報告してきたよ」
んー何も言ってない気がする。
でも、やっぱりそんな簡単には許せない。お弁当の件だってあるし。
「千秋、確かに去年もリリーはこんな感じだったけど、直接何かされた事はないんだよな……マコトの言う通り、下手なのかもしれないぜ?」
「そんな、ありえませんよ……甘すぎませんか?」
「そうか?面白い奴ってのは分かったし、ちょっと可愛いじゃん」
目隠しをされつつも、五十嵐先輩の声を聞いてか、すごく嬉しそうにはしゃぐリリー先輩。
「可愛い!?五十嵐さんがそんな風に私を!?」
「はぁぁ!?なんなんですか!?もう浮気ですか!?」
「ちっちげぇよ!!」
わたしはマコト先輩の手を無理矢理剥がし、リリー先輩の目隠しを解いた。
「言っときますが、五十嵐先輩はわたしの物です」
「は?1年が何様のつもりなの?人を物扱い?随分ご身分がいいわね」
「そうですね、あなたの好きな人はよく知ってますよ?教えてあげましょうか?」
「私の方が知ってるに決まってるでしょ?アホなのかしら?知り合って数ヶ月の分際で」
この野郎……ほんとにムカつく奴だ。
どこが可愛いんだか
「ごにょ…………ごにょ」
「――!マコト気分悪いわ!先にか、かっ、帰る!」
そっと耳打ちするとリリー先輩は悔しそうに顔を真っ赤にして逃げ去って行く。
多分泣いただろうな。立場が逆ならば、わたしは大泣きする。
「千秋何言ったんだ?」
「五十嵐先輩の匂いと味です」
確かに日数ではリリー先輩には勝てない。でも勝てる部分だってある。私はそれを使っただけ。最強の武器だけど……。
「バカ!本当にバカ!!恥ずかしい事言うなよ!!ああぁぁ!千秋嫌いになってきた!!」
「なんでですか!?」
五十嵐先輩は結構本気で嫌そうな反応だった。
何故か分からないけれど、そんな反応をされるとわたしも申し訳なくなる。
「あははー。まぁ仲いいのはいいけどさ、浅野さん。あんまりリリーの事嫌わないでやって?何度も言うようだけど悪い奴じゃないからさぁ。後、リリーの事傷つけたら、浅野さんの幸せも傷つけるからね」
マコト先輩は笑っている、ようで笑ってはいなかった。
背筋がゾッとした。友達を傷つけるのは許せないのは分かるけれど、面と向かって「お前を傷つける」と言うのは中々普通ではない。
冗談には思えないし、マコト先輩は冗談を言う人ではないと、どこかで確信する。
「今のは千秋が悪い。リリーにもマコトにも、私にも謝れ」
「……すみませんでした」
わたしは2人に謝罪した。五十嵐先輩に言われたからじゃない。この空気感もあるけれど、確かにわたしが悪いのは認める。
好きな人のプライベートな部分を他人から知らされるのはたまったもんじゃない。
その逆、わたしが良くても、五十嵐先輩が同年代の人に知られるのは恥ずかしいだろう。
友達を悲しませるような奴に怒りを覚えるのも当然だ。
ごめんなさい。
「まぁ気を付けてくれたらいいよぉー、じゃあまたねぇー」
2人の先輩が屋上から姿を消し、また五十嵐先輩と2人きりになる。
「五十嵐先輩1つ聞いてもいいですか?」
「んー?」
「リリー先輩が五十嵐先輩の事好きってなった時、意外に冷静じゃなかったですか?」
「まぁ、ちょっとは嬉しいけど、千秋に好きって言われた方が何倍も、何十倍も嬉しいぜ?」
嬉しい、けど、今のわたしには少し胸が痛い。
「ほんとにすみません。わたしリリー先輩に対してムカついちゃったんです。だからあんな最低な事しちゃいました……すみません」
「私の前だから、カッコつけたかったんだよな?でもそんな事で嫌いになんか、ならないからさ?あんましょげんなよ」
五十嵐先輩は少し背伸びして、わたしの頭を撫でてくれる。
わたしのは胸はぎゅうぅぅっと締め付けられる。
少しは我慢を覚えなきゃ……。
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