第30話 問2の回答

 わたしは名前を呼ぶ。

 全部自分で背負うとして、他人を守ろうとするアホな先輩。


「五十嵐先輩!」


 わたしは駆け寄る。

 全部自分の問題だと思って、わたしを1人にしたバカな先輩。



 まだ振り向いてはくれない、そんな五十嵐先輩を、わたしは後ろから抱き締める。


「んだよ、離せよ」

「ならこっち向いてくださいよ」

「……久しぶり」


 気まずそうに少しだけ振り向いてくれたその顔は、真っ赤だった。

 学校を休んでいたのは本当に体調が悪かったのかもしれない。治ってもいないのに、わたしは無理に呼んでしまった。最初に罪悪感がわたしを襲う。


「もしかして本当に体調が悪かったんですか?熱は!?気持ち悪くないですか!?」

 五十嵐先輩のおでこに手を添えるが、全然分からない、でもすごい汗を掻いてる。

「大丈夫だよ!ちょっと走ってただけで、なんともねえよ!あと、あんま近寄んなよ……」

 五十嵐先輩が弱弱しくわたしを押し返す。

「すいません」

「――!なんでそんな顔すんだよ!私が悪いみたいじゃんか!」

 わたしは誰が見ても落ち込んだ顔をしていただろう。

 あんな放送の後だから、遠回しに拒絶されてもしょうがない。

「千秋、あのー、さ。えと……」

 物凄く歯切れが悪い五十嵐先輩。まぁそりゃそうだろう。わたしも言いたい事は沢山ある。

 でもまずは、五十嵐先輩から言わせてあげよう。彼女も辛かったのは分かる。


「……ごめんな、千秋には迷惑かけないようにって思ってたけど、全然意味なかった。辛い思いをさせてごめん。あと、ありがとう。あの放送すげえスッキリした!」


 あぁ、いつもの笑顔が目の前にある。わたしはこれだけで報われる。

 折れなくて良かった、立ち止まらなくて良かった。

 太陽みたいに明るいその笑顔が見たくて、わたしは前に進めた。

 もう何もいらない。


「ほんと、五十嵐先輩はよわよわです。たまにわたしの事も守ってくださいよ?ほんとに辛かったんですからね?家に行っても無視するし、連絡も返さないで。でもスッキリしてくれたなら、わたしも嬉しいです!」


 意地悪な事を言うと五十嵐先輩は困った顔してたけど、わたしが笑うとまた笑顔を見せてくれた。

 わたしは久しぶりに笑った気がする。


「それで、さ……あのー」

 また歯切れが悪くなってる。

 また顔を赤くして、どこを見たらいいのか困ってるようだった。

「今更何言っても怒りませんよ?」

「そう、じゃなくてさぁ……」

 両手を胸の前に持ってきて、もじもじしている。

「何もじもじしてるんですか?今更何を躊躇って――」

「黙って!」

「……はい」

 なぜわたしが怒られるのか?余程、大事な話なのか。


「千秋!」

「ひあい!」

 先ほどまでは、どこに視線を合わせたらいいのか分からなそうにしてたのに、今は真剣にわたしの目を真っ直ぐに見てくる。


「千秋は、さ。ちょっとアホで変な奴だけど、でも真っ直ぐで、正直で、強くて、良い奴だと思ってる。いや、実際良い奴だぜ!?私の為にここまで動いてくれたのが凄い嬉しいし、でも反対に私はさ、弱くて、逃げて、千秋を1人にした最低なバカ野郎なんだよ。こんな最低な私はさ、そんな千秋と一緒に笑い合う資格がない。私は千秋を守れる自信がない……だから、千秋の気持ちには……ごめ――」


 わたしは聞きたくなかった。

 多分最悪な止め方かもしれない。でももう知らない。ここまでやったんだ、このくらい可愛いもんだろう。



「―――――~~~~っ!!はぁ!はぁっ!ななな!?なんでキスすんだよ!?」

「そのうるさくて可愛い口を黙らせたかったから?」

「意味わかんねえっ!」

「意味分かんないのはこっちです!確かに五十嵐先輩はアホでバカだけど!わたしは許せない!最低?資格がない?守れない?しなくていい!五十嵐先輩でも自分の事そんな風に言わないで!言っていいのはわたしだけ!!わたしの好きな人にそんな事言わせるその口が許せないの!」

「だか――!」

 聞きたくない。

「~~~~っ!!ぷはっ――!はぁっだから、話を――」

 言わせない。

「――!分かった!分かったから!!もういいだろ!」

「はぁ!はぁ!はぁっ、よくないです」

「いいって……」


「わたしは、五十嵐楓子が好きです。だからわたしの事、好きになれ」


 今までを振り返ると、ほんとに今更な事を言ってる気がする。

 でも面と向かって告白したのはこれが初めてだから、すごくドキドキしてる。

 もう我慢もしないし、五十嵐先輩が頷くまで私は諦めない。


「なんで言うんだよ……。私はお前の事――!」

 ヤダ、聞きたくない。ヤダヤダヤダ。

「んんーー!!だからぁ!!分かったって言ってるだろ!!」

 五十嵐先輩はわたしを押し退けて、何かを投げ付けた。

 一度わたしの胸に当たって落ちた物は、ぽとっと床に落ちた。それを拾い上げると、小さなお守りだった。


「安産……祈願……?」

 わたしの頭はハンマーで殴られた。実際は殴られてはいないけど、本当に殴られたように視界が歪んだ。

「か、返せバカ!」

「はっ、ははっ、アハハ……嘘でしょ?」

「勘違いすんなよ!?おい!千秋!?」

 わたしはその場に座り込んでしまった。力が入らないし、何も考えられない。

 安産祈願?そういうこと?どういうこと?

「わたし自惚れてました……もしかしたら五十嵐先輩も、わたしの事好きなのかなって……でも――」

「だから勝手に話を進めるなバカ!これは違うんだよ!」

「何が違うんですか!?安産祈願ですよ!?どう考えてもそうでしょう!?」

「だから、これは……お前に告白しようとして……」

「赤ちゃんが出来た事を!?」

「違うって!ほんとは恋愛成就がほしかったけどなかったんだよ!!だから似たようなの買って、お前に……千秋に好きって伝えたかったんだ」


 恋愛のお守りが無くて、似たような物を選んだのが安産のお守り?

 そもそも似てるのか?いや、似てないでしょ。

 ほんとにこの人は、なんて可愛い生き物なんだろう。


「で?何を伝えたいんですか?」

「いや、だからさっき言った通りだよ」

「分かりません、何ですか?」


 顔を真っ赤にしてぷるぷる震えるその姿は、もうどうしようもないくらいにわたしを狂わせる。


「…………私も千秋の事が、好きだよ」


 その言葉と同時にはわたしは五十嵐先輩に飛びついた。

 当然五十嵐先輩がわたしを受け止めれる訳がなく、2人して床に倒れ込んでしまう。お泊りした夜とは立場が違う。わたしが上で五十嵐先輩が下。


「いってぇー……あぶねえだろ」

「五十嵐先輩!わたしも好きですっ大好きです!」

「分かっ……――っ!離れろ!退けって!!」

「さっきからなんですか!?嫌ですよ!好き同士ならいいじゃないですか!」

 わたしは興奮のあまり自分の欲望のままに動いた。強く抱きしめたり、頬ずりしたり

「久しぶりの五十嵐先輩の匂い……くっさ!」

「んぐぐぅ……だから近寄んなって言っただろ!」

 五十嵐先輩は下からわたしを押し返そうと、必死に抵抗してくる。顔も出来るだけわたしから離れようと首を曲げたりしてた。でもそれは全く無意味だった。

「……クンクン、臭いです」

「嗅ぐなよ!」

 スンスン

「だからぁー!」

「臭いけど、好きな人の匂いだから嫌いじゃないです」

 スンスン

「バカ!あほ、変態……」

「その変態なわたしの事が?」






「……好き」


「わたしも好きです」



 今度は無理にじゃなく、お互いが求める様にわたし達はキスをした。




 今は2人して床に寝転んで、流れる雲を見てる。

 わたし達2人はこっぱずかしいのか、手じゃなくて、小指だけ繋いでいた。

「それでなんでそんなに臭いんですか?引きこもってる時にちゃんとお風呂入りました?」

「臭い臭いうるせえな。好きな奴に言われると結構ショックなんだぞ……」

 えへへぇー

 にやけてしまう。

「2日くらい入ってないかも……考え事で頭がぐちゃぐちゃでそれどころじゃなかったんだよ。それにお守り買いに色んな神社走り回ったし」

「走り回って安産祈願ですか」

「時間なかったし、しょうがないだろ」

 子供の様に拗ねちゃって、ほんとに年上か?でも。

「でも、わたしの為にお風呂も忘れるほど考えて、走ってくれたんですね」

「ぅせっ」

 また顔を赤くして頬がぷくっと膨れる。


「お前あんな事して大丈夫なのかよ?停学もんだぞ?」

「覚悟してるからいいんですよー。それに先生も協力してくれたし、わたしの行動より目立つ物がありますからきっと平気です」

 確かに学校中、いや近隣の住人にも聞こえる放送だったはず。

 もちろん停学はあるだろう。でもキツネが集めた証拠を先生が役立ててくれるはず。

 こればかりは甘えよう。生徒を守る先生の仕事だろうから。


 一通り五十嵐先輩がいなかった数日の事を話した。

 わたしが先輩を殴った事、先生に話して作戦を立てた事、キツネに虐めの証拠を撮ってもらった事。



「そっか、キツネも協力してくれたんだな……先生には後で謝らなきゃなぁーひどい事言っちまった」


「まぁなんとかなりますよ」

「……」

 五十嵐先輩が小指を離す。でもすぐに繋いできた。指じゃなくて手と手がしっかりと合わさるように。

「千秋、ごめんな……画像だけだけど、あんなの辛かったろ?苦しかったろ?ごめんな……」

 横を振り向くと、腕で顔を隠しながら泣いている五十嵐先輩。でも涙は隠せずに零れ落ちていて、わたしの胸が締め付けられる。

 もう済んだ事だから、気にするなってのは無理があるかもしれない。

 でも本当にもう大丈夫だから、泣かないで。

 言葉でいくら言っても、今この時だけ気持ちが軽くなるだけ。それじゃあ意味がない。こんな事ずっと引きずってほしくない。


「確かに辛かったし、苦しかったし、悔しかった」

「ごめん……」

「だから償ってください。わたしの髪をずぅっと五十嵐先輩が切ってください」

「はぁ?」

「だからずっとですよ。分かります?1年や2年じゃなくて、10年や20年、50年後も」

「……50年かぁ、じゃあ、ずっと一緒だな?」

「はい。ずっと一緒です」


 五十嵐先輩は笑ってくれた。でもこれは約束や償いとは違うかもしれない。

 きっと呪いに近い物。

 でも、この呪いが五十嵐先輩の心を少しでも前に進めてくれるなら、それでいい。

 いつかその呪いが自分に跳ね返って来たとしても、わたしは構わない。





 素直に笑ってほしい

 素直な五十嵐楓子が好きだから


 わたしが望むのはそれだけ








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