第29話 問2
わたしは覚悟を決めて学校へ行く。
多分親にはすごく迷惑が掛かると思う。でも、それでも大事な人を守りたい気持ちは捨てられない。
上手くいかなくても知らない。また別の事を考えればいい。
証拠もキツネが準備してくれたし、多分大丈夫。先生の言う通り根本的な問題は解決できないかもしれない、でも一時的な解決でもいい。
まだ学校来れるとかメンタルすげえな?
野生は知能低いんでしょ?
今日もハエがうるさい。でも今日で黙らせてやる。
「キツネ変な事頼んでごめんね」
「ほんとだよ。ただ写真を撮るだけとはいえ、胸糞悪くてしょうがなかったからね」
「ごめんごめん」
「……大丈夫?我慢してたとはいえ、相当辛かったでしょ?」
正直何度か挫けてしまった。もう耐えられない、誰も助けてくれない、どうしてこんな事してるんだろうって思った。
でも私は五十嵐先輩を守りたい。笑顔が見たい。
「好きな人の為なら全然平気だよ」
わたしは笑ってキツネの心配を吹き飛ばす。
「強いね、千秋は。……ではお嬢様、お次の御命令はなんでしょう?」
執事のように頭を下げてはニヤっと笑うキツネに私は
「五十嵐先輩のその画像を送ってやって。今日のお昼に学校に来いってのも伝えてほしい」
笑ってたキツネは唖然とした表情に変わった。
「え?いいの?こんなの見せられたら、イガちゃんますます自分を追い込むんじゃ……」
「いいの。五十嵐先輩はそこまで弱くないし、もし来なかったぶん殴る!」
「はははっ!では、御命令のままに」
『浅野。これから何があっても手を出すな。とても辛い事を我慢しろと言ってるのは分かってる。そして私達教師の目の届かない所で行われている事実を残してほしい。もちろんそんな事が起きないように私からも手を回すつもりだ。だがそれでも聞かない者もいるだろう。その者にはちゃんと罰を与える。教師としては少々汚いやり方かもしれないが、自業自得、因果応報という物を教えてやるのも教師の仕事だ』
『分かりました。友達に証拠の写真を撮ってもらうようお願いしてみます』
『本当に無力で申し訳ない。去年は間に合わなかったからな……今回は私も覚悟を決めて動こうと思う。それが五十嵐とさくらへの謝罪となるなら』
『わたしもある程度は覚悟できてますよ?』
『それは私が許さないさ。五十嵐の事は頼んだぞ』
『任せてください。あの面倒くさい女には刺激が必要ですから、騒がしくなると思います』
『ほどほどにな』
先生とわたしの秘密の作戦。
作戦と言っても、わたしへの度を過ぎた嫌がらせの証拠を集めて、先生に見せて罰を与えるというだけ。それを見せしめに他の生徒がどう思うか。止まるか止まらないか。そう結局は一時的解決。
それでもいい。根の深い所はわたしが刈りつくしてやる。
これは私だけの作戦。
ふぅ。それでも緊張というより、なんだろう。ちょっと楽しいかもしれない。
お昼休みのチャイムがなると、わたしはある場所に向かう。
「失礼しまーす」
ノックもせずにズカズカとわたしは踏み込む。
「なんですか?あなた放送部じゃないですよね?」
「あれ?この子って今噂の1年じゃない?」
「すいません。多分顧問の先生だと思うんですが、すぐ読んでほしい原稿があるから取りに来いと言われましてー。名前がちょっと分からなくて」
そんな原稿なんてないし、そんな先生も知らない。お願いだから騙されてくれ。いきなり事を荒げたくない。
「……じゃあ私取ってくるから見ててもらっていい?」
「うん、繋いどくね」
さすがに2人一緒に出ないか……。
うーん。殴って気絶させる?いやいや。
「防音室って初めて入りましたー絨毯?あるんですねー鍵も普通とは違うんですか?」
「え?何?気になるの?別に普通だし、もう用はないでしょ?出て行ってほしいんだけど」
あーだめだこれ。
「出て行くのは先輩です。鍵も出してください」
「はぁ?なん――」
「いいから!言う事聞いてください!!噛み千切るぞ!!」
ほぼ無理矢理鍵を奪っては、先輩を放送室から追い出した。
ドアを叩いて叫んでるけど聞こえない。防音室ってすごいなぁ。
すぅぅ。
はぁぁ。
五十嵐先輩にメッセージを送ろうとスマホを取り出すと
「あ、既読ついてる」
【ちゃんと聞いてて】
キツネが呼んでくれてるはず。そう送るとマイクのスイッチを入れる。
「1年2組の浅野千秋です。あーあー、聞こえてるのかなコレ?」
キツネからメッセージがすぐに飛んでくる。問題なく聞こえてるとの事だった。
できた執事だ。
「お昼ご飯中にすいません。食べたままでいいので聞いてください。多分ほとんどの人が知ってると思いますが、わたし浅野千秋と五十嵐楓子の事についてです。わたしは先輩達からその事で嫌がらせ、というより、イジメを受けてます。証拠もあるので後ほど処罰が下ると思います。ある先生から忠告があったと思いますが、それでも続ける人がそれなりにいました。
本当に辛かったです。我慢しても、分かってても私の心は何度か折れました。まぁ今となってはざまぁみろと思ってます。
これで大人しくしてくれるなら何も言いません。
でも、それでも、まだわたし達を指差して笑う奴がいるなら言わせてもらいます」
すぅぅぅ。
はぁぁ。
ピコン
【屋上で聞いてるよ】
良かった。五十嵐先輩来てくれてる。
「お前らに関係ねえだろ!!わたしと五十嵐先輩が何した!?迷惑かけたか?あるなら言ってこい!わたしが納得する理由なら謝ってやる!絶対謝んないけどなぁ!!
大体何が悪い!?わたしが!五十嵐先輩を!好きで何が悪いんだよ!!不純異性交遊!?女同志だバァカ!同性だ!校則違反でもねえよ!!それを面白がりやがって……ふざけんじゃねえ!!……あ、交遊って言っても、まだちゃんと気持ちも伝えてないし、五十嵐先輩もどう思ってるか聞いてないから、違うかも、しれないです……」
ちょっと恥ずかしくなってきた。
後ろを振り返ると先生達が開けろと言ってる気がする。
でもそんなの知らない。まだまだ言いたい事はある。
「だからわたし達はお前らのおもちゃじゃない!そっとしといてよ!!人の恋を笑うな!!確かにおかしいかもしれない!好きになったのが女の子なだけで、わたし達はお前らと同じ高校生で傷つくし、辛いんだよ!だから邪魔しないで!もし邪魔したら、噛み付いてやるからな!!」
もう弱い所は見せない。開き直ってやる。まだ邪魔する奴がいるなら戦ってやる。
後ろの方から声が聞こえる。
「お前なにしてんだ!止めなさい!」
「浅野!こっちに来い!」
いろんな先生が私を引っ張る。
でも最後に……これだけ
「わたしはぁ!五十嵐楓子が!――」
「先生マイク切りました!」
「ほらこい!」
途中でマイクを切られて、わたしはズルズルと引きずられていく。
「山田先生、こいつは私の担任なので私が連れて行きますから、やじうまの生徒をお願いします。こい!浅野!」
「えっあ、ちょっと!僕だけではっ!」
わたしは無理矢理連れていかれる。職員室でも、生徒指導室でも、校長室でもない。人通りが少ない場所まで適当に連れてかれ先生は止まると
「刺激はあったが、騒ぎすぎだ!外まで筒抜けだぞ。これは電話が殺到するな……」
眉間にシワを寄せて頭を抱えていた。
「すみません。でも覚悟はしてるので」
反省はしてる。先生に対してだけど。
「はぁ。五十嵐がどこかにいるんだろう?行ってこい」
「はい!ありがとうございます!」
わたしは一礼してから五十嵐先輩がいる屋上へと走っていった。
皆が走るわたしを指を指し、何か言ってる気がするけど聞こえない。
誰にも邪魔させない。誰にもわたしの足を止める事は出来ない。
これが恋の力って奴だ。
屋上のドアを開けると、突風で目を閉じてしまう。
ゆっくり開けると奥には五十嵐先輩の後ろ姿。
風で派手に煽られるそのしっぽはまるで、嬉しそうな犬に見えた。
「五十嵐先輩!」
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