第10話 【過去編】 エリクサー騒動
私という人間は不完全だ。
生まれつき病に侵されていた私はロクに人生経験を積んでいない。
上手く喋ることもできなければ、考えることすらできていなかったと思う。
だから、私という人間ができあがったのは、シモン様にあってからだ。
あの日に全てが始まった。
シモン様は、私に全てを与えくれた。
(痛く、ない)
毎朝、全身を蝕む痒み、痛み。
カップを握ることすら難しいほどの肉の腫れ。
それが、彼が作ったという薬『エリクサー』を飲んだだけで痛みはなくなり、腫れは引いていった。
「しもんさま、だいすきです。けっこんしてください」
「きっと、プリムラは病が治ったら美人さんになるよ。だから、よりどりみどりになってからもう一度考えなさいな」
「シモンさん!次期王の私はアナタと結婚できませんが、愛人にしてあげてもいいですよ!」
「帰れよ」
シモン様が来てから、妹と話せるようになった。
誰かと話せることが、こんなに幸せだなんて。
きっと、彼が居なかったら、私は一生知らなかっただろう。
彼が来てから私には一つの習慣ができた。
『神様ありがとうございます、私を救ってくださり感謝いたします』
毎日寝る前に1時間、神に感謝を捧げる。
『ありがとうございます、ありがとうございます……』
『どうかこんな幸せが、いつまでも続きますように』
◇
「…………88番、用便願います」
目が覚めると、私は監獄にいた。
「貴様、またか?3日目ということで優しくしてやったのが悪かったか?今度はフグ毒でも喰らうか?ん?」
そこで私は、毎日拷問を受けた。
実験室のような場所に連れられては、何度も毒物を喰わせられている。
場合によっては、腕から直接毒を注射されることも。
その度に生死の境をさまよい、ギリギリで蘇生される。
「うっ!?」
今日もまた、腕に何かを打ち込まれた。
それは私の腕の中で暴れまわり、打ち込まれた場所を中心に腕の肉が腫れ上がっていく。
これは、これではまるで。
(私の、病気みたい)
シモン様が持ってきた薬、エリクサーによって殆ど治っていた、生まれついての病。
それが再発したかのように腕の肉が暴れ出した。
(…………嫌、いや!いや!もうあの頃に戻りたくない!)
「88番、用便を認める。その腕が落ち着くまで少し掛かるからな、5分だけ認めよう。それが終わったら再開だ。ああ、万が一ここで漏らしてみろ。お前の命、終わらせてやるからな?」
◇
「プリムラ、ここを抜け出すわよ」
「プリムラ、こんなところに居ちゃいけない、ボク達殺されるよ」
「ネイト、フェブラ……本当にできるの?」
私の人生において、一番の幸運がシモン様に出会ったことならば、2番目は『ネイト』と『フェブラ』に出会えたことだろう。
監獄の牢屋で出会った2人。
少し細身の勝ち気な少女。ネイト。
薄い褐色の肌を持つ女顔の少年、フェブラ。
突然出会った彼女達から聞かされた話には大層驚いた。
ワタシと境遇が殆ど同じだったのだ。
生まれついて2人は病により身体中が腫れ上がり、まともに喋ることもできなかった。
だが、シモン様により授けられた『エリクサー』により、その身体を快復させてゆく。
だが、完治が近づいてきたある日。
ワタシと、同じように気がつけばここにいたという。
そして、共通点はもう一つあった。
皆、親のどちらかに『ローズベルク家』のルーツを持つということ。
ローズベルク家。
政略結婚により、世界各国にその権力を広げる名家。
この大陸の3分の1を支配していると言っても過言ではないほど、栄華を極めていた。
けれど、私達が掛かっていた病『肉ぶくれ』
それがローズベルク家ゆかりの者に、発現し始めてから風向きは変わっていく。
『ローズベルク家と結婚しても、不具の子しかできんらしい』
そんな噂、あるいは事実が巷に溢れ、ローズベルク家との結婚を解消、婚約破棄が相次いだらしい。
私の父もローズベルク家ゆかりの人。
そして、目の前のネイトにフェブラもそうだ。
病により、ローズベルク家が被害を被ったこと。
それにより、他の家に莫大な利益が流れたこと。
『エリクサー』により治りかけた私達が突然拐われたこと。
まるで、ローズベルク家に縁のあるワタシ達に治られては困る。とでも言いたげに。
これが、偶然と呼べるだろうか?
なにか作為的なものを感じずにはいられなかった。
先ほど打たれた毒についてもおかしい。
あれを打たれた右腕は膨れ上がり、『肉ぶくれ』のような症状が出ている。
……もし、私達の症状が意図的に引き起こされたのならば、今私達を捕まえている、何者か。
ソイツが、生まれたての私達にあの毒物を投与した……?それで『肉ぶくれ』になった?
…………あるいは、『継続的に』投与されていた、のかもしれない。……私達の家族がソレに、協力をして。
ワタシの病気が誰かによって、作られたものかもしれない。
そんな恐ろしいことを考えただけで、足が震えてしまう。恐怖で足が動かない。
ワタシ達をここに連れてきた奴らから、逃げることなど本当にできるのか……?
ネガティブな精神は身体に、大きく影響する。
施設から飛び出したはいいものの、虚弱体質だった私はすぐに歩けなくなってしまう。
追手の恐怖に足が震え、前に進もうとしても転んでしまうのだ。
「ごめん、ワタシは無理かもしれない。置いていって……」
シモン様の次に大切な2人。
そんな彼らに迷惑をかけるくらいならば、死んだほうがマシだった。
でも、そんなワタシを、ネイトとフェブラは無理やり引っ張るようにして連れて行ってくれた。
「プリムラ!私は死なない!こんなところで死んでやらない!絶対にまたシモン様に会うのよ!そしてケッコンするの!アンタには友人代表のスピーチやってもらうんだから死なせないわよ!」
「プリムラ!ここで死ぬなんて許さない!死んだらシモンお兄様が悲しむだろうが!お前のことなんてどうでもいい、だけど!シモンお兄様を、泣かせるんじゃない!」
ネイトの持つ能力『ステルス』
自身と周囲の人間を認識しづらくする力。
フェブラの持つ能力『テイム』
自分より弱い動物、モンスターを手懐け使役する力。
その二つがなければ、きっと脱出することはできなかっただろう。
監獄を抜け出した私達はヘロヘロになりながら、ただ走った。
「……これから、どうしようかしら?」
「……シモン様に、会いたい」
「いや、それは……」
思わず零れたワタシの言葉に、フェブラはバツが悪そうに答えた。
「シモンお兄様からしたら、迷惑じゃ、ないかな」
「「…………」」
フェブラが言うことは、至極もっともだ。
私達は追われる身。フェブラの使役獣を使い、多少の偽装工作はしたが、どこまで持つかも分からない。
仮に、シモン様に助けを求めれば助けてくれるだろう。
だが、彼に迷惑をかけることだけはしたくない。
それが3人の共通認識だった。
「今は、会えない。……なら、一目だけでも見に行けないかな」
そんなネイトの言葉から、私達はシモン様の匂いを獣に探させてその方面に向かうことにした。
「そうだ!監獄から薬品盗んできたの、これで髪の色も変えときましょ」
◇
シモン様を探して、着いた先は王宮だった。
私が虐められていた、場所。
そしてシモン様とあった場所。
「プリムラ、辛くない?」
「ネイト、ありがとう……」
ネイトの能力『ステルス』のお陰で王宮に侵入してもバレる様子はない。
この分なら、シモン様も探せるだろう。
「あっ……」
シモン様を探す私の視界の端に。
アルチェの姿が映った。
「ごめん、妹だ。ちょっと、ほんのちょっとだけ、見てきても良い?見るだけ」
「あー、うん。……良いけど」
「……行かないほうが、良いんじゃない?遠くからでも、良い雰囲気には見えない。傷つくだけかもしれないよ」
『肉ぶくれ』という病にかかった私達は、散々な目にあった。
誰からも、愛されず、理解されない。
それは家族であっても同じこと。
そんな思いをしてきた2人だからこそ、私が傷つくことを心配してくれていた。
「……うん、でも仲良く、してたから」
3人で一塊になり、アルチェの近くに移動する。
そこには、アルチェと、たまに家に来るアルチェの取り巻き達がいた。
シモンが来てからは、めっきり顔を見せなくなった奴ら。
一体、何をしているんだろう。
「「「おめでとうございます!アルチェ様!!!」」」
ソイツらは、私達姉妹とシモン様が紅茶を飲んでいたテーブルに、シモン様から頂いたティーカップを並べ。
パリン!
醜悪な笑みでカップを割っていた。
「いやー、本当プリムラが死んでくれて良かったですよねぇ」
パリン!
「あんなのが王位継承戦でアルチェ様の上になるなんて、ありえませんからね。シモンも余計なことをしたものですが、最後は良い仕事をしましたね」
パリン!
「いやぁ、私達がアルチェ様のために手を下そうか、なんて話してたんですが、良かったですぅ」
パリン!
「アイツの病気が移るといけませんから、穢れた物は私達で処理しておきますよ」
パリン!
「……はは」
パリン!
私の思い出が壊されていく様を、妹は笑いながら見ていた。
◇
「……ごめん、時間取らしちゃったね」
「…………」
二人は何も言わず、私を抱きしめてくれた。
「あんなの、家族じゃないわ」
「……うん、あんなの忘れな。プリムラにはボク達がいるだろ?……それに、それにシモンお兄様がいる」
「うん、うん……!」
シモンが来る前まで、妹からは雑に扱われていた。
だから、こんなことも想定していなかった訳ではない。
けれど、シモン様の前で仲良くしていたから、少しは私が居なくなったことをを悲しんでくれるんじゃないかと思った。種違いの姉である、私を。
でも、違った。アイツはシモン様に気に入られたくて、私と仲良くしていただけ、最低の、クズだ。
「もうあんなの忘れて、シモン様見に行きましょ!」
◇
それがこの世の地獄と言わずして、何というのだろう。
私達は、謁見の間の隅っこにて、ただ目の前の光景に震えていた。
3人で抱きしめあい、逃げることも、止めることもできずに、ただ見ていた。
「それが、お前の誠意か?シモン」
ワタシの母、この国の女帝。
ローズベルク家が衰退することにより得をした一番の人物。
……おそらく、私達を『肉ぶくれ』にし、治りかけたワタシ達を監獄に入れた張本人。
そんな、クズが。
シモン様を、裸にして、土下座させていた。
「……申し訳ございませんでした」
「お前のせいだぞ?シモン。馬鹿なお前が馬鹿な薬を作ったせいで3人も死んでしまった。その子や、親である私達にどう償えるというんだ?」
「……申し訳ございませんでした」
「ちがう、違うだろう、シモンよ。聞きたいのは謝罪ではなく、どう補填するか?という話だ。まだ分からんか?……死んでしまったならば増やすしかない。簡単な話ではないか」
女帝はそう言うと、自らの服を脱ぎ始める。
そして、近くにいた30代前半ほどの女2人も一緒に脱ぎ始めた。
やめろ、なにを、する気だ。
お願いだ、それだけは、やめてくれ。
「…………ぉかぁさん」
耳元で誰かの、掠れるような叫び声が聞こえた気がした。
3人がシモン様へと迫る。
だが、そこでずっと耐えていたシモン様はバッ!と立ち上がると、女達に向かい強く叫んだ。
「もうやめろ!人が死んでる中で、こんなこと、できるわけないだろ!アンタ達は自分の子供をなんだと思ってるんだ!」
女帝に向かい、シモン様は怒気を放つ。
だが、それを見た女帝は、ニチャっと嫌悪感を覚える笑みを浮かべた。
「ああ、よいなお前は。とてもとても邪魔ではあるが、やはり殺すには惜しいよ。……シモンよ、私に抱かれよ。今のギルドの苦境は分かっておろう?今回の事件でもってギルドを潰すことなど容易。嫌だろう?自分のせいで、尊敬するギルドマスターのギルドを潰すのは。……もう一度、聞くぞシモン、お前は、どうするのだ?」
シモン様は顔を真赤にして、怒っていた。
でも…………。
この場には、神も救世主も居なかった。
「好きに、しろよ!」
私達は、ただ震えながら、地獄を見ていた。
◇
私達3人は、身体を引きずるようにして、なんとか王宮を抜け出した。
「…………」
「…………」
「…………」
誰も、何も口を開かない。
善意の塊のような彼が穢されるのを、彼に助けられた私達は何もしてあげることができなかった。
彼に助けてもらったのに、私達の存在が、彼を苦しめている。
そんな光景を思い出していると。
「オォエッっっっ!!!」
ビチャ、ビチャビチャビチャ!
我慢できなかった。
私の身体は痙攣し、胃の中身を吐きだしてしまう。
そして間髪を置かず、2人からも同じ音が聞こえてくる。
ビチャ!ビチャビチャビチャ!
道の真ん中で、吐き続ける。
胃の内容物がなくなっても、それでも吐き気が止まらない。
私は四つん這いになることもできないほどに身体が震え、ゲロ溜まりの中に崩れ落ちる。
顔半分が胃液にまみれながら、それでも吐き気は治まらず黄色い液体を垂れ流した。
( ……死ぬのかな)
段々と、頭痛が酷くなってゆき意識は朦朧とし始める。
思えば、ここ数日。ロクにご飯を食べていない。
今日に至っては、肉体的にも精神的にもボロボロ。
もう、色々と耐えられそうにない。
朦朧とした意識の中、数日間をともにした仲間たちを見る。
彼らもゲロ溜まりに倒れ、動けないようだった。
(なんで、こんなにも世界は醜いのだろう)
私達を助けるために、誰よりも頑張ったシモン様が穢されて。
私達を苦しめる悪意の塊のような畜生どもは、善人を喰い物にして、狂ったように犯し、笑う。
こんな世界は、間違っている。
……もしも、私がここで死んだならば。
その上で、生まれ変わる事ができたならば。
シモン様を穢した奴、それに手を貸した奴、それを見ておきながら止めようともしなかった奴。
アイツらだけは、絶対に許さない。
殺してやる。
(…………絶対に、……ころ、す……………)
……………。
…………………………。
「おい、お前ら大丈夫かよ?」
…………えっ?
どこか聞き覚えのある声に、急にワタシの意識は覚醒する。
ゲロ溜まりに倒れ伏す私達の耳に、とても優しく、そして懐かしい声が響いた。
「そこにいると迷惑だからギルドに連れてくぞ、洗ってやるよ」
「……あ、あ゛あ゛あ゛っっ!!!」
あんなに、酷いことが起きたのに。
あんなに、穢されたのに。
シモン様はいつも通りの調子で、私達に笑ってみせた。
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