第11話 ギルドに迷惑はかけないからセーフってことになりませんか?

 


「ギルドマスター、学園に紹介状書いてくれません?」


「……なんで?」


 俺、シモンはアルチェとのやり取りを終え、ギルドマスターにお願いをしていた。


「ちょっと、用がありまして。数ヶ月くらいギルドを休んで学園のほうで働きたいんですが……、いけます?」


 アルチェから言われた「学園に来い」という命令。

 王女のアナルまで穿ってしまった俺には、それを断ることはできなかった。

 なので、できればアルチェの希望に答え、穏当に事を終わらせたい、のだが。



(素直にギルマスに言うのはキツイよなぁ、……色々と)



 王女に種付けという大ポカをやらかし、アルチェに脅されている俺。

 社会人として、ギルドマスターに全て打ち明けるべきではないか?という気持ちはある。

『ラズリに変身されてて、気づかずにアナルファック&中出しを王女に決めちゃったんですよぉ~』と素直に。

 

 けれど、問題は2つある。

 ギルドマスターの事はよく知っている。

 俺が素直にいったら、多分アルチェを潰すだろう、徹底的に。

 彼女はギルメンがハメられることなど決して許さない。

『変身して性行為を行う変態王女』とのカウンターでゴリ押し、例え王家と全面戦争になってでも訴え、そして相手が非を認めるまでやるだろう。

 どこまでも身内に甘く、敵には苛烈。


 そんなギルドマスターのことが俺は大好きだ、だが今回に限ってはそこがネックになる。


 ……アルチェに不幸になってほしい訳じゃない。

 一度は仲良くなった彼女だ。

 例えハメられようとも彼女を破滅させたい、とまでは思わない。

 彼女を強くして満足してもらうか、あるいは接する内にアルチェと分かり合うことができればそれが一番。

 穏当に済ませたいのだ。



 2つ目の理由、こっちのが大きいかもしれない。

 ギルマスにこんなこと報告したくない。

 何回シモの件で迷惑をかけるのか?

 お恥ずかしい限りだ。



「……まず結論から言います、ちょっと厳しいわね。最近、魔物が増えてるの。特に、ドラゴン。かなり目撃情報も上がってきてるし、討伐依頼も多い。ドラゴンキラーのシモンくんが数ヶ月いないとなると、かなり痛いかなー」



「ふむ……」



 ドラゴン。

 それはこの世界の食物連鎖の頂点。

 生半可な攻撃や魔法を弾くソレは、小国ならば単騎で滅ぼすほどの力を持っている。


 災害のような生物、ドラゴン。

 それを安定して討伐できるものは、帝都最強のウチのギルドでも数が限られる。


『鎧騎士』アンゼリカ・フォン・ローズベルク

『青剣』シモン・バルトロ

『音速』シンシア・ナッカーペ

殺戮機械キリングマシーン』クリス・バルトロ

『魔神』ルイーズ・シルバーヤ


 この、5名だけ。

 ドラゴンの個体によっては、単騎討伐が危うい場合もあるため複数人で当たるのが基本。

 それを考えると俺が抜けるのは痛い、ということだろう。



「ドラゴンは何匹くらい見つかっているんですか?」


「帝都付近だと4体、それ以外の地域では10体ね。合計で14体」


「……じゃあ、それ全部ヤッてくればギルドにも余裕でます?」


「…………もし、できれば、ね。その時は認めてあげる、条件付きでね」


「できます、やってきますよ。……ただ数日中に終わらせたいので、『ケイト』と『エンマ』を借りても良いですか?」



 ◇




 星のない夜、クリスは一人ギルドを抜け出し歩いていた。

 足元が見えぬほどの暗闇の中、彼女は迷いなく一直線に歩みを進める。

 向かう先は森だった。


 ギルドの敷地から少し離れた森の中、生い茂る草に紛れて蓋のされた古井戸がある。

 簡単には人目につかない、その井戸の中こそが彼女たちのアジトだった。



「急にどうしたのよ?呼び出しなんて」


「つまんない用事だったらボク許さないよ?夜ふかしは美容の天敵だからね」



『ケイト』と『エンマ』


 どちらも、信頼できるクリスの同期にして、同志であった。


「…………急ぎ、伝えたいことがあってな」


 二人を見つめるクリスの顔に生気はない。どこか傷心し、落ち込んでいるようにも見えた。

 それを見て普段の彼女を知る二人は、只事でないと気づき姿勢を改める。

 あの、躊躇いなく敵対するものを殺して見せる殺戮機械が一体どうしたことか?と。



「なに?なんの件?……エンポース中将?」


「違う」


「じゃあ、バリーズ大臣?」


「違う。……シモン様についてのことだ」



 クリスは端正な顔立ちに苦々しさを浮かべながら、先日シモンから聞かされた話を共有する。



「まず私が冷静な内に、言っておく。私達3人ともシモン様からお呼びが掛かった。明日からしばらくドラゴン狩りに付き合ってくれ」



「「早く言えっっっ!!!!!」」



 それを聞いた二人は、アタフタと慌てだす。


「あ、会うの2週間ぶりだわ!全然服洗ってない!どうしよどうしよ」


 緑の髪の少女『ケイト』

 眼光鋭く、何人か人を殺めていそうな雰囲気を放つ彼女は内股になり、落ち着かなそうにピョンピョンと跳ねた。

 最高位冒険者に準ずる力を持つ彼女は、シモンが絡まないときは極めて怠惰な生活をしている。

 彼女は洗濯された自分の服が残っていなかったか、アジトの中を探し回った。


「執事服……!、いやこの間着ていったから、今回は緩急をつけて、……メイドにしよう!」


 白髪の少年『エンマ』

 背中まで届く長い髪と、赤い瞳

 ダークエルフの血が混じっており、一見すると可憐な少女にしか見えない彼は、いわゆる『男の娘』

 貞操逆転した世界では、女くさすぎる顔ということでまるでモテない彼だが、シモンを敬愛し、崇拝する彼にとっては全くもってどうでもいいことだった。


 二人はワタワタと動いていたが、虚空をジッと睨み動かないクリスに気づき、我に返る。

 そんなクリスに対して、ケイトは疑問を問いかけた。



「…………でも、それって嬉しいことじゃないの。なんでアンタそんな顔してんのよ」



 瞬間、クリスは沸騰した。

 目を大きく開き、血が出そうなほどに歯を食いしばる。

 ギリギリと歯ぎしりの音が鳴り、握りしめた拳からはポタポタと血が滴り落ちた。



「ふーーーっっっ!!!ふーーーーーっっつっ!!!」



 最早、クリスは限界であった。

 殺意で人を殺せるならば、勢いあまってこの世界は皆殺しだ。

 それほどの怒気を放つクリスは魂から絞り上げるように声を震わせた。



「わ、わ、ワタシはぁ!!!ふ、ふくかんの任を解かれることになった!!!」



 副官の任を解かれる。

 それはきっと、シモンの副官の。ということだろう。

 その座を虎視眈々と狙うケイトとエンマからすれば嬉しい話。

 そして、クリスからすればこの世の終わりと言える話ではあるだろう。


 だが、普段冷静な彼女がここまでキレるのは少し不思議だった。



「……そう、残念だったわね。なにがあったの?」



 クリスへと淡々と投げかけられるケイトの声。

 それを聞いたクリスは先ほどの勢いをなくし、今度は瞳から大粒の涙を流しボロボロと泣き始めた。


「…………シモン様は明日からのドラゴン退治を終えた後、一時ギルドを離れる予定なのだ」


「えっ?ウソ……」


「ど、どういうことだ!あのシモン様がギルドを抜けるなんて……」


 経緯を追って話す。

 クリスはそう言うと、ことのあらましを同期達に話した。



 アルチェが変身し、ラズリに成り代わりシモンとセックスをしたこと。

 正体を暴いた途端逆上し、シモンを脅迫し始めたこと。

 そして、シモンはギルドを離れ、しばらく学園に来いと言われていること。

 シモンの意思は固く、すでに学園に向かうことを決めていること。

 クリスではシモンを説得できなかったこと。

 学園に向かう間は、クリスの副官の任を解くと言われたこと。

 ……そして、アルチェの機嫌次第では長くなるかもしれない、とも言われたこと。



 クリスはボトボトと涙をこぼしながら、6年の付き合いになる友人達へ事情を話した。


「シモン様から、しばらくギルドを離れること以外、この話は広めないでほしい。と言われている。そんな話をお前達にしてしまって、本当にすまない」


 クリスの身体は震えていた。

 その理由は、きっとシモンの言いつけを破る罪悪感から来ているのだろう。

 ケイトとエンマの2人にはそう思えた。



「……クリスは、いや、『プリムラ』はどうしたいの?」


「……そうだね、まずは君の意見を聞かせてほしい」



 ケイトとエンマ。そしてクリス。

 3人の境遇は、殆ど同じ。

 だから2人には、クリスがどういう気持ちなのか、何をしたいのか、すでに伝わっていた。

 けれど、この話の重要人物である『アルチェ』。

 彼女に関してはクリスが、いやプリムラが決めるべきだ。

 そこだけは、他人が決めてはならない。

 大事に思う同志だからこそ、2人は彼女の意思を尊重していた。




「わ、ワタシは、…………殺したい!!!アルチェを、殺したい!!!ワタシが死んだ時に笑っていたクセに!シモン様がカスに穢された時も気遣いもせず傷つけて!ワタシの名前でシモン様を脅す!ワタシの幸せを邪魔する、あのクズを、殺したい!!!」




「あー、良かったわ。やっぱりクリスは私達の仲間ね」


「血の繋がったカスがシモン様を傷つける絶望ってヤバイよね……。クリスも、ようやくボクの気持ち分かった?」


「…………ああ、ワタシが間違っていた。妹はただ愚かで腹黒なだけで、人の心はあるのだと思っていた。……そんなものなかった、きっと最初から。シモン様の近くでしか見てなかったから、その聖なるご威光で隠れ、見えていなかったのだ、奴の腐った本性がな」



 殺したい、などという異常な会話。

 だが3人の間には、まるでそれを咎める様子はない。

 それどころか、どこか友情を確かめ合うかのような穏やかな雰囲気すら感じ取れた。

 にこやかに笑いながら、エンマとケイトは立ち上がる。



「じゃあ、そのカス妹もリストに追加だね」


「まあ任せなさい、エンポースやバリーズと同じところに逝かせてやるわ」


「……ああ、悪いな。……でも、アイツには一ヶ月だけ猶予をくれてやるつもりだ。シモン様の聖心に触れ改心するならば良し。だが、シモン様を脅し好き勝手に振る舞うようならば……」




「アルチェを殺す」




 ◇




「つまらんクンニだのう」



 王宮の謁見の間。

 帝国の歴代王達が腰を痛めるほどに座り、国のために汗を流した場所。

 権威と歴史を重ねた、この国で最も神聖な場所。



 そこは、現皇帝『ルルドル』によりヤリ部屋と化していた。



「も、申し訳ございません!」



 女帝ルルドルの退屈そうな声に、股下の男は滝のように汗を流しながらクンニを早める。

 男は股から染み出る体液に顔をしかめながら、『早く終われ』と言わんばかりに吸い付いた。



「やはり、つまらんなぁ」



 ルルドルはそう言うと、クンニをする男の頭を太ももで挟み、締めあげる。

 彼女の足には血管が浮きで、相当の力を込めていることが目に見えて分かった。


「や、やめ!」


 パキョ……!

 男の首は90度に曲がり、彼は女帝の足元に崩れ落ちた。

 ルルドルは足で、シッシッと払い除けると配下に命令を下す。



「片付けておけ」


「はっ。……陛下、そのぉ、…………やはり子作りは難しいでしょうか?もう少しスペアが必要かと愚考しますが……」


「こんな男じゃ、もう濡れんのよ。力の強い女を相手するのは怖いなどと、ビクビクするような手弱男は要らん。何故こっちがゴミに気を遣わねばならん」


「も、申し訳ございません!」


「ふぅ……、失踪したエンポースやバリーズならば、少しはマシな男を持ってきたぞ、お前は使えんな」



 ルルドルは乱れた着衣を直し、手元の酒を一息に飲みほす。

 叩きつけるように置かれたグラスから、『カンッ!』と言う音が響いた。



「やはり、男は益荒男よ。シモンのような芯のある男がよい、私を恐れないような強い男の心を削り、折り、傷と乳首を無遠慮に舐め回すのが、楽しいのだ。」


「は、はぁ。……ルルドル様。実はその、シモンなのですが報告があります」


「シモンが?なんだ、どうした?」


「……アルチェ様が、ギルドから引き抜こうとしているようです。数ヶ月ほどシモンを学園のほうに連れてゆく、と」


「……なにいぃ?」



 ルルドルの顔が不快そうに歪む。

 これはまずい。

 部下達は彼女が極めて短気であると知っているがゆえ、怒気を治めようと焦る。



「す、数年前王宮で会っておりましたから、その縁ではないかと!決してルルドル様の獲物を奪おうとした訳ではないでしょう」


「…………そうか、そうかそうか。思えばアルチェはシモンと仲良くしておったな。プリムラと同様に、そうかそうか」



 何かに得心がいったように、ルルドルは微笑する。

 その雰囲気に自然と部下達の雰囲気もやわらいだ。



「まあ、好都合ではありませんか。アルチェ様経由でルルドル様と会う機会も増えるでしょうし、良いことではないかと」


「……シモンと寝たのは、プリムラが死んだとき、だったなぁ」


「は?あ、いや、ええ。でしたかと、薬を作ったシモンに責任を取らせましたな」






「じゃあ、、シモンはまた責任を取らないといかんよな?」



 女帝ルルドル。

 帝国を乗っ取った彼女は、玩具を見つけた子どものように楽しそうに笑った。




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