第8話 後で避妊するから、セーフです


(屈辱です……こんなの)


 ギルドの強さの秘密を探るべく、体験入団という形でそれを調べていた帝国の姫、アルチェ。



 彼女は現在、ラズリの姿に化けていた。



 本来の彼女の予定。

 それはアオバランカーズにて優勝し、正々堂々シモンの『特別訓練』を受けること。

 ギルドの強さの秘密はソコにあり、訓練を受ければその理由も分かるだろうと考えての行動だった。


 だが、仮に優勝できたとしても体験入団者であるアルチェが『特別訓練』を受けられるとは限らない。

 部外者にはやっていないとか、そんなものはないとか断られる可能性は十分ある。

 そのため、優勝しても受けられない場合の備えはしていた。



 それがこの『変身魔法』である。



 ギルド内に待機させている私の部下、親衛隊隊長のコネを使い、特殊な魔法である『変身魔法』を掛けられる魔法使いを手配しておいたのだ。

 もしも、『特別訓練』を見せてもらえない場合。


「騒がせてしまって、すみません♪私が来たことで特別訓練がなくなるのは可哀想ですし、準優勝者にその権利を譲ります。必ず、してあげてくださいね?」


 その流れを作った後で準優勝者になりすまし、シモンから直接訓練を受けよう。



 その手はずだった。



 平民に化けるなど、不愉快極まりないこと。

 けれど、我慢できると思っていた。

 だって、結局は私のほうが上だから。



 だが、現実はどうだ?

 ただのエロガキだった、なんの背景も持たぬ平民、ラズリ。

 そんな奴に、ありとあらゆるバックアップを受けた、勝って当然の存在であるアルチェは負けた。


 あまつさえ、自分を負かした平民に化けなくてはならぬという現実。

 鏡を見るだけで吐き出しそうだ。

 こんなことならば、しなければ良かった。

 そんなことを考えてしまう。



 ……けれど、けれど、けれどけれどけれど!

 私は、ここで負けてはならない!

 始めてしまった以上、ここで負けたら何も残らない。


 ラズリが、あの平民が、私に勝てたのは何故だ?

 私の見立てでは『シモンの特別訓練』。あれだろうと思っている。

 そんな、インチキ染みた育成がなければ、私に勝てるはずがない。


 ならば、吸収してやる。

 例え、平民の姿に身をやつしてでもシモンから全てを学び、ギルド全員屈伏させてやる。


 シンシア、ギルドマスター、そしてラズリ。

 覚えていろ、私はお前たちから全てを奪い取ってやる。

 そう、全て。

 お前ら、獣が如きギルドから、シモンさんも奪ってやる。


 彼女はそんな心持ちであった。



 ◇



( この、ギルドの訓練室から全てやり直すんです。栄光も実力も、シモンさんも、全て手に入れるんです!)



「シモンさん、そろそろ訓練を始めてください」


「……今日は、脱がなくていいのか?」



 えっ?

 …………脱ぐ?

 訓練には、服を脱ぐ必要があるのか?

 いや、しかし。


「えっと、そのぉ。……シモンさんの前で脱いでいいんでしょうか?」


「うん?…………あっ、そうだな。見せつけるように脱ぐんだ……!ラズリ……!」


 見せつけるように???

 身体の状態の、確認。ということだろうか?


 だが、目の前にいる人は男性。……それも、シモンは初恋の人だ。

 その人の前で脱いで本当に良いのか?

 女性が男性に裸を見せるなど、犯罪だ。

 加えて言えば、私は王族だ。帝都に出没する路上オナニストではない。

 そんなハレンチな真似など……。


 私は思わず脱ぐことを躊躇してしまう。



「どうした、ラズリ。以前もやってるだろう?……それとも、脱がせてほしいのか?」


「い、いえ。ぬ、脱ぎます」


 以前も?という疑問を抱きながらも、私は制服を脱いでいく。

 まずはブレザーを外し、地面に投げ捨てる。

 チラリとシモンを見るが、ジッとこちらを見るだけで何も言わなかった。


(ま、まだ脱がないと、ってことですよね)


 上と下、どちらから脱ぐか迷った末に上のシャツから脱ぐことにした。

 ハラリと、シャツを地面に落とす。

 上半身はブラジャー1枚になるが、シモンからストップはかからない。


「……ハァー、……ハァー」


 私は、なぜか荒くなる息を整えながらスカートに手を伸ばす。

 一息にスカートを下ろすと、食い入るようにシモンが見つめてきた。


 だが、まだストップはかからない。



「ハァ……。シモン、さん。……まだ、やりますか?」


「……当たり前だ?この間の訓練を忘れたか?」



 既に私は、ブラジャーとシャツだけ。

 ここから先は、結婚した相手だけに見せる場所だ。

 王族である私が気楽に見せて良いところではない。


 本当に、いいのだろうか?




 …………。


 いや、構わないか。

 別に、貞操を捧げるわけでもない。

 それに今はラズリに変身しているのだ。

 ならば、私の身体ではなく、ラズリの身体を晒すようなもの。


 なにも、問題はない。




「わかり、ました」


「よろしい、ではこれから訓練を始めるぞ」




 ◇




(なにしてんのなにしてんの!?何が起きてんの!?)



「し、シモンさん、い、一体何を……」


「うん?この間も言っただろう?性魔術を使って魔法の技術を高める訓練だ。これから身体を触るから、声を出さないようにしてればいい」


「い、いやそんなの……………」







「あっ♡」






 ◇






「最高だったよ、ラズリ」


「え、えへへ……えへへへへぇ♡」



 一体、今の時間が何だったのか。

 私、アルチェには何一つ理解できない、できないが。

 一つだけ言えることがある。



(さ、最高だったぁっ…………!!!)



 6年前から、ずっと憧れていた相手。

 けれども、ある事件から半ば喧嘩別れのような形になり、その後も会いに行こうとしても会えなかった。


 ずっとずっと好きで。

 でも、ずっとずっと会うことが怖くて、彼に対する感情は日に日に煮詰まった。

 そんな溜め込んでいた私の愛、憧憬、執念、欲望。

 それが溶かされていくような時間であった。



「あ、あり、ありがとうございましたぁっ………」



 だが、良いことばかりではない。

 私は今、訓練程度なら仮に変身がバレても問題ないだろうとタカをくくって此処にいる。


 しかしながら、先ほど行われたことはどう取り繕っても訓練とは呼べないだろう。

 もし、変身した状態で性行為をしたことがバレたら…………、全てが終わる。

 今日はここが限界だ。そろそろ、帰らなくては。


「で、では、か、帰りますっ!」


 フラフラの身体を叩き起こし、シモンさんから離れるように扉に向かう。

 ドアノブを掴むと半ばタックルするように、倒れ込みながら扉を開けた。

 その勢いのまま足を出そうとするが、瞬間。






 




 扉の前にずっと居たのだろうか?そいつは直立不動で目の前を遮るように立ち、生ゴミを見るかのように冷たい瞳を向けてくる。

 その女の眼光に込められた、形容し難い力に思わず足が止まった。


 そこには、シモンの副官。

 クリスが無表情で立っていた。


 それは感情がない、というよりは感情を殺したような光の宿らぬ瞳。

 罪人を無慈悲に殺す、処刑人を思わせる面持ちだった。



「……やはり、いたんですね。ここに」


「……すみません。私は帰りますので、どいてもらえますか?失礼します」



 コイツは、ヤバい。

 相手にしないほうがいい。

 そう判断した私は、クリスの横からスルリと抜けるように足早に駆け出した。


 一歩、2歩。

 大きく踏み出した足。

 その、右足のふくらはぎが、クリスの踵により強く踏み抜かれた。



「…………うぐぅっっ!」



(痛い!!!)


 鋭い痛みにより、私はもんどりをうってゴロゴロと転がる。

 どれほどの力があれば、こんな芸当ができるのか?

 ただの一撃で、右足はピクリとも動かなくなる。


 まるで、溶岩を押し当てられたような灼熱感。

 あまりの痛みに、私は踵状の跡が残るふくらはぎを守るように抱きかかえた。

 だが、ここで終わってはくれなかった。

 奴は私の髪を掴むと無感情のまま淡々と告げてくる。




「お前がラズリじゃねえことは分かってんだ。……誰だよ、お前?」




 思わず見上げると、そこにはどこまでも冷たい顔をしたクリスがジッとこちらを睨んでいた。


「お、おい。クリス、なにしてる」


「シモン様、突然の無礼をお許しください。しかしコイツはラズリではありません。証拠をお見せします」


 そう言うと、クリスは転がる私の首を持ち、全身を片手で持ちあげ始める。


「う、ぐ、ううっ……」


 首を締め上げられ、言葉を発することもできない。

 そんな私にクリスはもう片方の手を、腹にグリグリと当ててきた。


「どーせ、変身魔法なんだろ?権力だけある貴族はすぐ、こういう馬鹿な手を使いたがる」


「あ、ああっ……あっ……」



 変身魔法の弱点は魔力による干渉。

 これまでラズリに化けていた私は。

 クリスの手から送られる魔力により、その外見を保てなくなっていく。

 これは、まずい…………。



「そら、どんな間抜けの顔がでてくるかな……」


 どこまでも冷たい瞳で私の顔を見つめるクリス。



「えっ?」



 だが、途中で何かに驚いたように彼女は、私を掴むことも忘れて、手を離してしまった。



「なんで…………」







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