第6話 【過去編】アルチェの初恋

 

 私、アルチェはシモンのことを愛している。



 彼と初めてあったのは、今からちょうど6年前のこと。

 花咲き乱れる春の時期だった。


 私とシモンの関係を語るためには、姉の話をしなければならない。

 今は、いなくなった4歳上の姉の話を。



 姉は、先天性の病に掛かっていた。


「プゴー、プゴー」


 姉は病により醜くでっぷりと太り、またそのためかロクに喋ることもできなかった。

 何かを伝えようと鼻息荒く私に近づいてきては、花の輪っかを私に渡してくる。


「いらないですよ!こんなの!」


 その時の、私の感情を今でも思い出せない。

 姉を好きだったのか、それとも嫌いだったのか。

 そんなことすら分からなかった。


 だって、好きでいてはいけなかったから。



「アルチェ様、汚れますよ。……こちらへ」

 姉は、使用人からすらも無視をされていた。


「アルチェ、もうアレに関わるな」

 母親ですら、姉に近寄るなと言ってきた。


「分かってますよ!でもアレから来るんですから、しょうがないでしょう!」

 姉には誰も理解者がいなかった。



 当時の姉の気持ちを思うと、自分を許せなくなる。



 でも、そんな姉にも救世主が現れた。

 それが、シモン。



「プゴー、プゴー」


「だから、要らないって言ってますよね!?何回言ったら分かるんですか!貴方は!」



 その日の私は、母に叱られてイライラしていた。

 だから、ああ、姉に手を上げた。


 姉へと振り下ろす、その手。

 それを掴んで、止めてくれたのがシモンだった。



「何してんだ?」


「っっっ!!!なんですか貴方は!私を誰だか知っての行動ですか!?」


「いや、知らない」



 パンッ!

 私はシモンの頬を引っ叩いた。



 パチンッ!

 そしてすぐにシモンに頬をぶたれた。



「あれっ?」


「一発は一発だから。ごめんな。痛いか?」



 その時の私は、とても困惑していたことだけは覚えている。

 人生で初めて人にぶたれた。

 しかも、異性に。



「え?あなた何してるんです?こんなことして、いいわけないですよね?」


「でも、お前がやったことじゃん。なんで俺はしちゃいけないんだよ?」


「いや、いやいや、私は王女です、立場に差があります。王女は殴っちゃ、ダメでしょう?」



 その時の私は、怒るを通り越して不思議だった。

 コイツ、なに?

 そんな未確認生物をマジマジと見つめてしまうような気分だったと思う。

 そんな私に、シモンは姉を親指で指しながら言った。



「じゃあ、お前が殴ろうとしたこの子は?親族じゃないのか?」



『不思議に思ったから聞いてみた』そんな、素朴な疑問。

 それに私は、何も答えることができなかった。



「まあ、王女とか、立場があるか知らんけどさ。叩かれたら痛いのは皆一緒だろ?自分がされて嫌なことはやめとけよ」



 そう言いながら、シモンはニコっと笑ってみせる。

 この時のシモンは20歳。

 私が、10歳の時だ。


 年上のお兄さんに叱られたことなんてなかった。

 それも叱られた後に、ワシワシと頭を撫でられたものだから。

 その日の夜はシモンのことで頭が一杯だった。


(なんですか、あの人。なんですかなんですかまったく名前くらい名乗りなさいよ)



 結局、眠れなかった。



 シモンと出会った次の日。


 シモンが居ることを窓の上から確認した私は入念に鏡に向き合った。


 陶器のように真っ白な肌。よし!

 赤みの強いボブカット、まあ、よし。

 鏡に映る、赤い瞳、目ヤニ、なし!


 私は中庭へ駆け出す。



 しかし、シモンと出会う前に。

 そこで腰を抜かすほどに驚く出来事があった。



「あ、ある、あるち、ぇ」


 姉が、喋ったのだ。



「……新進気鋭の冒険者ギルド『黄金会』。まさか、本当に不治の病を治す薬を手に入れるとは、ね」


 姉が治った。

 ぶよぶよと膨れていた姉の腫れは大分引いており、姿を見ただけで快方に向かっていることが分かる。

 でも、治ったのにもかかわらず、どこか苦々しげに母は呟いた。


「娘様の回復、大変嬉しく思います。必要でしたら私達ギルドをまたお使いください」


「……ああ、必要だったら、ね。また、使わせてもらうよ」





 後で分かったことだが、この薬はシモンが所属するギルド『黄金会』が調達したものだったのだ。

 黄金会が納品に来るのに合わせて、シモンや、その金魚の糞はやってくる。



「シモンさんシモンさん!一緒にお茶を飲みましょう!」


 この頃には、シモンに恋をしていた。

 今思えば、彼と結ばれるわけなんてないのだけれど。

 当時の私は、彼と結ばれる夢物語を純粋に信じていた。


「しもん、さま」


 そして、姉もきっとそうだったと思う。

 シモンがやってくる度に、姉の病は治っていく。

 姉にとって、シモンは自分のことを治してくれて、唯一優しくしてくれる人。

 そんなの、惚れないはずがないよ。


 シモンが望むため、私達はこの時間だけ姉妹として過ごす。

 シモンが来たときだけ、仲良く。

 正直なところ私は打算まみれ。

 姉を出汁にして、シモンに近づきたかった。


 でも、打算ありきだったけど、その空間は冷たい王宮の中で、本当に暖かい時間だったと思う。

 少なくともその時にはすでに、姉のことは嫌いではなかったはずだ。居ない方がいいなんて、微塵も思わなかった。





 だから、姉が死んだと聞いたとき、私は泣いた。




 泣いて泣いて、自分の部屋で暴れまわった。



「ギルドが悪い、あの薬は不完全なものだったのだ。それで体調を崩したようでな、全く困ったものだよ」


 母は悲しむような素振りは見せなかった。

 お付きの者たちと笑いながら、理由を説明して見せる。


 ……ふざけるな。

 死んだんだぞ、お前の娘が、私の姉が!

 なのに、何故笑っている。



 そう、思いつつ。


「はは……」


 私も笑っていた。

 


 結局そうなのだ、私が姉と仲良く見せていたのはシモンに合わせていたから。

 今だってそう、周りの人に合わせ顔色を伺うように笑っている。


 この寒々しい王宮で仲間外れになることは、とても怖かった。

 だから、私も。

 姉が死んだことなんて、なんとも思ってない。


 暗に周りにそう伝えるため、だけに、笑っていた。



「はは……」




 でも、そんな風に笑っていると、シモンに殴られた。


「……痛いよ、シモンさん」


「俺も、痛かったよ。お前が笑ってるとこ見るの」


 いつもなら3人でお茶会をする場所。

 そこに姉の姿はなく、シモンも足早に去ろうとする。



「……もう、ここには来ないの?」



 初恋の人。

 王女たる私が彼と結ばれることはないかもしれない。

 けれど、そんなことがどうでもいいと思うほど、彼のことが好きだった。



「もう、来れないよ。…………薬は問題ないものだったんだ。あの子も快復に向かってた。つい先日まで、あんなに元気だったんだぞ?それが急に亡くなったと聞かされて、ギルドの、薬を用意した俺のせいだとよ。正直、色々堪えたよ」


 初めて見せるシモンの弱々しい姿。

 そんな彼を抱きしめてあげたかった。



「…………本当、なの?」



 けれど私は、彼を疑った。

 姉の死を笑った私なんかが、姉の死を嘆くシモンを疑って、しまった。



「本当にあの薬は、安全なもの、だったの?」



 シモンは、ただ悲しそうな瞳をして。

 何も言わずに出ていった。

 少し、ほんの少しだけ、彼は泣いていた。


 私が、泣かせた。







 結局、私は間違えたのだ。

 何もかも間違えた。


 あれから2年して、私が12歳の時。姉の死の真相が分かった。


 私の母。この国の女帝。

 姉が死んでも泣かなかったアイツ。

 奴が、姉を殺したのだ。


 理由は、次代の女王が私に決まりかけているときに、論外だった長女が快復することにより跡目争いが起きるだろうから。


 そんな、しょうもない理由で殺して、それをシモンに押し付けやがった。

 そんなことで、私は姉も、初恋の人も失った。


 ああ、あのとき。

 悲しみに暮れるシモンに私はなんて事を言ってしまった?

 ただただ、自分の愚かさを悔やんだ。

 間違っていたのは、全て、私の方だ。



(会いたい)



 今からでも、遅くない。

 会って彼に謝りたい。


 シモンが間違っていたことなど、何もなかった。


 姉を叩こうとする私を叱り。

 病に苦しむ姉を助け。

 誰もが自分のために動く中、姉の死を悼んでくれた。



 あの、どこまでも爽やかで私を導いてくれる、彼にもう一度会いたい。


 もう王宮の人間なんて誰も信じられない。

 シモンだけが、私にとっての光だった。

 もし、彼さえ許してくれるなら、私はーーー。


 12歳の春、花咲き乱れる季節。

 私は城を抜け出して、ただ走った。



(……シモン。シモン!)



 彼の噂はよく聞いていた。

『青剣』のシモン。

 いわく、一振りでドラゴンを討伐した。

 いわく、飢えに苦しむ村に水魔法で実りをもたらした。


 そんな話を聞く度に心が踊った。

 シモンに、会いたい。



 私はギルドに着く。

 広い広いギルドの中庭には桜並木があり、そこにシモンがいた。


「えっ?」


 けれど、そこには他の人影も沢山いて。

 ソイツラはなぜか皆、裸だった。


 見渡す限り、花と、肉。

 肉。肉。肉。

 醜い肉達がそこには集まっていた。

 ソイツラは取り囲むようにして、笑いながら彼に近づいていく。


 いや、そんな。

 そんな訳ない。

 あの英雄シモンがこんな扱いされている訳、ない。


 やめろ。

 おい!やめろ!やめろやめろやめろ!













 シモンが輪姦された。






「「あ、あっあっ、あああぁっーーー!!!」」



 あまりの出来事に私は失神した。




 …………



 目を覚ますとそこには。

 豚。

 豚か、あるいは汚らわしい獣。

 メスブタ。

 セックスのことしか考えない、獣。

 地面を覆う花の花弁の上にそんな穢らわしい獣達の体液がこれでもかと残っていた。


 城へ帰る途中、身体から水分がなくなるほど泣いて、3日3晩吐きつづけた。





「……ギルド、ギルドが悪いんです。ギルドの獣たちから、シモンを救い出さないと。そのためにはギルドに対抗できる私兵軍団を作るんです。ギルドの育成ノウハウを盜んで……、後は身体も鍛えて……うぅ、頭が割れるように痛い」






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