第5話 ギルドの伝統が守られたからセーフ

 

「す、スコア 999、です」


 これで3回目。

 ローブを纏った少女、アルチェは満足そうに微笑んだ。


(ふふ、あの天下のギルド様も、私にかかればこの程度。大したことなかったですね♪)


 アオバランカーズの途中経過がスコアボードに記載される。

 そこには2位を圧倒的に引き離す『体験入団者』の文字が一番上に書かれていた。



「……凄い活躍ですね、なにかされてたんですか?」



 私の案内役である、シンシアが話しかけてくる。

 この人も、懲りない人だな。

 シンシアとは、王宮で以前にあったことがある。

 だから当然、私のことに気づくと思ったのだが、奴は気づく素振りを見せない。

 帝国の王位継承権第2位にして、現皇帝の娘である私に気づかない。


 そんなことは許されない。

 例え私がローブを被っていたとしても気づくべきだ。

 私がお前を覚えているのに、お前が私を覚えていないなど、そんなことは絶対に許さない。


 そんな思いから、ぞんざいに扱っていた。



「案内役さんに、言う必要ありますぅ?知り合い面で話されても、ね。困りますよ」


「シツレイシマシタ」


「ま、案内役さんは、そこで私が活躍するところでも見てて下さい。……優勝は決まったようなものですけどね♪」


 最後の競技は『魔力操作総合』

 私の得意分野ではない。

 だが、それでもこのアルチェならば、この国の王女たる私ならば、900点以上は楽に取れるだろう。


 それで、この大会は私の優勝で決まり。




 ◇






「総合優勝!ラズリ!!!」


「う、うそだ……」


 おかしい、こんなことは許されない。

 私は魔力操作総合でも900点以上、986点を取ったのだぞ。

 であれば、最初の競技で500点も取れなかったラズリが私に勝てるわけがない。



「し、シンシア!これはどういうことです!」


「ププっ、どうかされましたか?お客様」



 隣りにいるシンシアはやけに楽しそうだ。

 ニヤニヤと笑みを浮かべ、嘲るように喋りかけてくる。

 そんな態度に、思わず強く歯を噛み締めた。



「どうしたもこうしたもない!何故わたしが負けるのです!これは不正をしたとしか思えません!」


「……クスッ、それはどうでしょうね?まあ、案内役だけの私には分かりかねますが」


「もうよい!」



 シモンの金魚の糞と話しても時間の無駄だ。

 ギルドマスターか、シモンに問いただしたほうが早い。


 私は観客席を飛び出し、ギルドマスターとシモンのいる司会席へと向かう。



「シモン!これはどういうことですか!納得のいく説明をしなさい!!!」


「お、おお。謎の体験入団者さんじゃないですか、惜しかったですね」


「アルチェさん、残念だったわね」



 シモンとギルドマスターの二人に悪びれた様子はない。

 それどころか厄介者を宥めるような語り口で喋りかけてくる。



「私は!4000点近い数値を出したんですよ!なのになぜ負けるんですか!おかしいですよ!」



 私は負けることと、納得のできないことが大嫌いだ。

 だから今回の件は我慢できなかった。

 二人の『なんだこいつ』というような視線を浴びていると無性に腹がたった。



「なんで負けたかって、そりゃあラズリが5000点以上出しちゃったからだなぁ」


「は?」


「あのね、アルチェさん。聞いてなかったかもしれないけど魔力操作総合だけ配点が高いの、他が1000点満点で魔力操作は3000点満点。ラズリは魔力操作で満点取って、最終スコアは5026ね」



 3000点、だと?

 ……なんだそれは?

 私が負けたというのか、純粋に。

 この帝国の王女たる、国の才の結晶とも言えるこの私が。


 世界最高の教育を受けてきた、世界最高の良血が。

 数ヶ月前まで、ただのエロガキだった同い年の平民に。

 負けたと、いうのか?



「まあ、体験入団とはいえ皆の刺激になっただろうし、準優勝の賞金は出すよ。てか君凄いね、本当にギルド入らない?」


「こら、シモンくん。無暗にギルドに誘っちゃダメ、この子はそんな立場の子じゃないんだから。……ごめんね、アルチェさん」



 この私が、サブ?

 噛ませ、犬?

 ふざ、けるなよ。



 ふざけるなぁ!!!



「……ぇる」


「ん?」


「かえるぅ!!!!!!」




 ◇



 一体、彼女は何だったのだろうか?

 シモンは一人、ギルド内の施設を歩きながら先ほどのローブを深く被った少女について考えていた。


 突如現れた彼女は、訓練生とはいえど世界最高峰の実力者であるギルドメンバーに渡り合った。

 いや、それどころか凌駕する勢いすらあった。

 間違いなくラズリという天才が居なければ負けていただろう。


 何者だったのか?

 確か、アルチェとか言っていたような。

 ……聞いたことあるような、無いような。


(ま、嬉しいけどな。部外者に手マン決めるわけにもいかんし)


 ここ最近のシモンの楽しみ。

 普段交流の乏しい新人達に『特別訓練』と称してセクハラをすること。

 大会で優勝した娘が、希望したら行うという体でやっているため、もしも謎の少女が優勝した場合は、今回のお楽しみはなくなってしまったことだろう。


 ギルマスから風紀改善のために、シモンは自分から誘うことは慎むように言われている。

 そんなシモンからしても『特別訓練』は、自分へのご褒美のようなものだ。

 ギルドの伝統はここに守られた。


 流石はラズリ。

 エロにかける情熱が素晴らしい。

 隙を見て、抱いてやるからな。


(ウヒョヒョヒョ)

 指をワキワキとしならせながら廊下を進む。



「シモンさん」



 目線を上げると、そこにはラズリがいた。

 普段良く見かける、魔法使い用のローブや訓練着ではなく学校の制服のような服を身に纏っている。



「おっ、ラズリじゃん。優勝おめでとう」


「…………ええ、……ありがとう、ございます」



 やけに言葉を詰まらせながら、ラズリは答えた。


(んー?)


 普段の彼女は『日焼けした元気っ子水泳部』みたいな奴で、俺の前ではアタフタしてるイメージがあった。

 けれど今の彼女は印象が違って見えた。


 髪型が変わったとかではない。

 肩の辺りで揃えた青いミディアムヘアのまま。

 違っているのはその赤い瞳。色は一緒だが、雰囲気が違った。

 どこか物憂げで苦しそうに下を向く彼女の顔。これまでラズリがこんな表情を見せたことはなかった。



「どうかしたのか?」


「…………いえ、なんでもありません。シモンさん、今から、特別訓練を受けられませんか?」


「……構わないよ」



 どこかぼうっとした彼女からの、提案。


 大丈夫かな?と思いつつも。

 けれど内心は、ちょっと興奮した。


 だって今の彼女は着ている制服も相まって、『真面目な委員長』っぽい、お堅い雰囲気がある。

 ギルドには、こういう知的な雰囲気の女性は少ない。

 そんな彼女を抱けると思うと、股ぐらがいきり立った。



「じゃあ、行こうか」



 ◇



 同時刻、ギルドの訓練生宿舎にて、ラズリを含めたルーキー達は盛大な宴を開いていた。



「えー、魔力操作にて3000満点を叩き出した、我らが同期の誉れに!乾杯!!!」


「「「乾杯!!!」」」


「ラズリ様!流石です!一生ついていきます!」

「やっぱりラズリがNo1!ナンバーワンナンバーワン!ナンナンナンナン、ナンバーワン!!!」

「やっぱり私のライバルは貴方しかいないわ、これからもよろしくね、親友」


「…………現金な奴らだなぁ」



 同期の浅ましさに思わず苦笑をするラズリ。


 自分を騙る者がいることなど露知らずに。

 彼女は同期にもみくちゃにされていた。





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