第3話 脳破壊は故意じゃないからセーフ
『お兄さん、同期入団だね!よろしく!』
『えっ、……私が、かわいい? ……ありがと』
『その、はじめてが、お兄さんで良かったなって。きっと何年経っても今日が良い思い出になると思う。べ、別に付き合ってとか結婚して、なんて言わないから!勘違いはしないから安心して!』
『シモン、……その、なんか悪い噂立ってるみたい、シモンのこと、ビッチだって皆が。……え?本当?』
『おかしいと思わない?確かに緩い雰囲気はあるけど積極的な人じゃないもの、きっと理由があるはず。私たち同期で調べて見ましょう』
『シモンが、脅迫されて、輪姦されてるところを見た?アイツらぁ!許さない!』
『シモン!もうそんなことしないで!今のアナタはきっと心が疲れてるの、ねっ休もう』
『あ、あっあっ、ああああぁっーーー!!!!!』
『痛い!割れるように、頭が!心が!』
『……話しかけないでください、不潔です』
『シモンさん、今は業務時間外です』
『シモン、お前は本当にどうしようもないやつだな』
『……シモン、私もそろそろ結婚を考えている。見合いもしているんだが、私より強い奴が居なくてな……その、シモンは生き方を変える気はないのか? ないか、ないよな……。聞いた私が、馬鹿だった……』
『子供だけシモンに産ませてもらえばいいじゃん。だと?私は聖職者の娘だぞ、……そんな真似、できるかっ』
『……また、あの性獣に抱かれてしまった。クソ、このままではいけない。......あんなビッチのこと、忘れたいのに、なんでこんなに……』
『アオバランカーズ大会(主催:シモン 優勝者にはシモンから特別なご褒美)……オェッ、......ウォェッ』
◇
「シンシア、あなた顔色悪いわよ、大丈夫かしら?」
「大丈夫です、嫌なことを思い出しただけですので。ウゥッ、ふぅ。たまに、フラッシュバックするんです」
「そ、そう。あなたも大変ね......」
私、シンシアは隊商護衛任務を終え、ギルドへと戻ってきていた。
途中見た、ギルド内賞レース『アオバランカーズ』のポスターを見て気分が悪くなってしまったが、よくあることだ。気にしてもしょうがない。
今はギルドマスターに報告中だ、しっかりしろ、私。
「護衛任務は滞りなく終わりました。最近はモンスターが増えているとのことでしたが影もありませんでしたね」
「そう、それは流石におかしいわね」
「おかしいとは?」
「いくら二人が上位冒険者とはいえ、知能のないモンスターなら多少は襲ってくるはずだわ。それぐらい増えてるの。でも全くのゼロとなると、ね。不穏な感じがしない?」
確かに。
言われてみれば、これまでシモンと隊商護衛は何度かやったが2日間ゼロというのは珍しい。
モンスターが増えているという状況も合わせると、襲われなかったのは不自然ではある。
......推測でしかないが、知能の高いモンスターが生まれると統率の取れた動きをすることがある。もしかすると、今回もそう言った特殊なケース、なのかもしれない。
「少し注視しておきましょう、シンシアも不審なことがあったら教えてね」
「かしこまりました」
「それから、もう一つお願いしたいことがあるんだけど。 実は、明日ギルドの体験入団を希望している子がいてね、その子の案内をお願いできるかしら」
ここ最近のギルドの隆盛は著しい。十数年前までは『ならずもの集団』の如く扱われていたが冒険者ブームの到来により、今ではなりたい職業ランキングで一位を取るほどになっている。
この帝都にて、最大手で最強のウチのギルドに体験入団というのは珍しいことではない。
しかし。
「この時期に、体験入団ですか?」
「まあ、察して頂戴。そういうことよ」
通常、体験入団が許されるのは、秋、冬の時期に限られる。
春のこの時期に体験入団というのは、ギルド側は許していない。
にもかかわらず、ギルマスが許可するということは、......圧力が、かかったのだろう。
おそらくは、そこそこ以上に地位のある者から。
「めんどくさそうではありますが、分かりました」
「いつも苦労をかけるわね」
「かまいませんが、体験入団者の目的はなんでしょうか?」
「推測だけど、引き抜きかもしれないわね。ほら、明日ルーキー限定の『シモングランプリ』あるじゃない?」
シモングランプリ……!
ウォェっ!ウボォエ!うっぷ。
クソ、頭が痛い。
なにがシモングランプリだ。
あんなの、セックスの理由付けじゃないか。
ギルドの一部には身を張ってギルドに貢献してるとか、恵まれない処女を大人にしてくれる天使とか言われてるが、私には分かっているんだからな。
名目つけてヤリたいだけだ、性欲のモンスターめ。
「......ええ、ありますね、アオバランカーズ」
「最近ギルド内大会の人気が高まっているじゃない?一般公開したら思ったより反響が凄くて恒例化してるくらい。その中でもシモンくん主催の『シモングランプリ』は規模もレベルも格別。でも、ルーキー大会は公開されないからね、内部に入って大会を視察。そこでギルドの新人のレベルを見たり、あわよくば引き抜こうとしている、とか?」
「引き抜きなんて、許すんですか?」
「もちろん、許さないわよ。でも相手が相手だから、強引な手を打たれないように気を付けないとね」
やっぱりめんどくさそうだ。
私は引き受けたことを後悔しながら、部屋を後にした。
◇
「出迎え、ご苦労様です」
「......いえ」
ギルドの訓練施設にて、体験入団の案内を頼まれた私は早くも後悔していた。
目の前にいる少女はローブを深く被り、顔が分からないように隠している。
身長は少し小柄、声から察するに15歳ほどに感じた。
しかし、このナチュラルな上から目線。
顔を隠している、というところも胡散臭い。
おそらくは貴族以上。失礼なことしたら本当にめんどくさいことになるだろう。
「体験入団の方ですよね?本日案内します、シンシアです。よろしくお願いします」
「結構です。今日の私の目的はギルド内大会を見ることです、これからやるんですよね?連れて行ってください」
「......分かりました、ではそちらから案内します。ちなみに、本日はなぜ観戦を希望されたんですか?」
体験入団の分際で仕切るな。名前くらい名乗れや。
そう言いたくなる気持ちを抑えながら、純粋に疑問をぶつける。
道中、無言というのも気まずいしな。
「うーん、それ言う必要あります?ないですよね?あなたは案内をしてくださればいいんですよ。仕事、しましょうね。案内人さん」
「......シツレイシマシタ」
こいつぶっ殺す。
隙をついてぶっ殺す、ギルドに本入団することがあれば覚えておけよ。
訓練と称してアイアンメイデンで寝かしつけてやる。
◇
「ここが、本日のルーキー大会。アオバランカーズの会場です」
「へぇー、庶民のクセに立派な場所ですねぇ」
いちいち癇に障ることを言うやつだ。
名前も名乗らぬコイツを連れてきたのは、ギルド訓練場最大の屋内施設。
通称『体育館』だ。
ギルドの黄金世代達が使いきれぬほどの金を稼いでくるため、訓練場はどんどんと広くなっていく。
中でも、この体育館は異常に大きい。
広さにして、長さ400メートルに幅200メートルといったところか。天井には照明が取り付けられており、夜間でも使用可能。
失われた古代技術すら用いたと言われている、ギルド最高傑作。まず間違いなく国内最大の建物だろう。
訓練場にするのは、もったいなくないか?とたまに思ってしまう。
それくらいヤバい建築物だ。
そんなだだっ広い会場にはすでに、ギルド訓練生たちが集まっていた。
その数、およそ60人。
今年入団した1年目のほかに、2年目、3年目の人間も混じっている。
アオバランカーズの出場資格はプロの冒険者でないこと。
ウチのギルドは基本的に4年所属からプロ冒険者として扱う。
プロ前のやつは、訓練以外ほぼさせて貰えないし、給料だってしょぼい。
だからこそ、『シモンの大会』はそんなプロ未満にとって、劇薬だった。
それは数少ないアピールの場所であれば、力を付けた己の腕試しの場所でもあり。
優勝ができれば、シモンの懐から2年は遊んでくらせる額の賞金も貰える。
そして、性に飢えたゲロメスにとっては、シモンという憧れのトロフィーを好きにできる旨味もある。
獣が如きやつらにとって、参加しないという選択肢はなかった。
「公開もしてないのに、この規模で大会をするんですね」
クソクソクソ!
嫌なことをまた思い出した。
たまにいるのだ、シモンを好きにできる権利のため、結託して優勝を狙うやつが。
「あの、案内人さん?」
そんなやつらは決まって優勝するやいなや、複数人でシモンを囲み、ニヤニヤしながら言うのだ。
『ご褒美、くーださいっ♡』
『もちろん、みんなの分お願いしますね♡』
そして調子に乗ったクズガキどもがシモンを暗がりへと連れてゆき、複数人で服をはぎ取る。そしてガキどもに乗っかられたシモンはケツしか見えなくなる。
クズの肉に埋もれ、全方位に奉仕をさせられるシモン。醜悪な顔で笑うメスども。
何度その光景を見せられたことか、クソっ頭が痛い。痛い痛い痛い!
「あ、あの。......すみません、案内人さん?……お名前なんでしたっけ?も、もしもーし」
「ふぅ……。ああ、すみません。私はシンシアです。これは持病のようなものなので、お気になさらず」
「は、はあ。で、ではシンシアさん、この大会なんですが何人出場するんですか」
「プロ未満のほぼ全員ですね。60人以上参加します」
そう言うと、目の前のお嬢様は顎に手をやり考えるような素振りを見せた。
「『アオバランカーズ』ってどんな大会なんですか?」
「ああ、外部の人は知りませんよね。一言で言うと『競技会』です」
この大会はプロ未満にとっては、非常に大きな意味を持つ。
それは『シモングランプリ』だから、という理由もあるがそれだけでない。
この大会は、今後一年間の訓練生どものカーストに大きく影響するのだ。
1年時はルーキー、2年時はワカバ、3年時はアオバ。
ギルドでは、プロ前の連中を年次で分けて、そう呼称することがある。
そんなアオバ以下の連中をまとめて、現在のランクを決める大会。
それが『アオバランカーズ』だ。
やることは、ほとんどが能力測定のようなもの。
筋力測定にはじまり、瞬発力、持久力。
そして最も配点が大きい、魔力操作総合。
合計4つの種目で点数を競い合う。
点数を最も稼いだものが優勝となり、そして、点数の低いもの下位5名は留年となる。
本来であれば、4年目にはプロとなれるはずが、留年するとそこにプラス1年される。
中々厳しい制度だ。
とは言え年齢のハンディキャップは考慮される、1年目は例外的に、成績が下位5名になっても留年することはない。
だが、1年目のルーキー以外が下位5名になると大変悲惨だ。
自分の同期たちは卒業、進級する中、昨年負けた下の期のやつらと一緒に貧しい訓練生活。
きっと、心が折れてしまうだろう。
そうなりたくないから、皆全力で取り組む。
「主にランクづけることによって、現在位置の確認と能力向上の実感。またモチベーション向上。この3つを主目的にしている大会ですね、能力測定的な面も大きいのですが」
「ふぅ~ん、とぉっても興味深いですねえ。それも、シモンさんが発案したんですか?」
「シモンのことを、ご存じなんですか?」
「そりゃあ知ってますよ。『青剣』の異名を持つ、帝都有数の実力者にして数少ない男性冒険者。アイドル的人気もありますよね。それに『シモングランプリ』の発案、興行主。ここに来てるのにシモンさんのこと知らないわけないでしょう」
ローブの少女は少し早口になり、シモンのことを語りだした。
しかし、シモンのことを褒められると、むかむかするような、むずがゆいような、そんな複雑な気分になってしまう。
というかお前、私のことは知らんのにシモンのことは知ってるのか。
「失礼しました、これでも私も『音速』の異名を持っているんですが、ご存じなかったようなので冒険者には詳しくないのかな、と」
これでも地元じゃ英雄だぞ、『音速』のシンシアさまだ。
シモンの二つ名なんて元々はヤらせてくれる『性権のシモン』だぞ、ギルマスの指示でシモンに青い剣を使わせてブランドイメージをつけただけだ。
「あの、お姉さんの自慢にも、お姉さんにも興味ありません。……質問覚えてます?シモンさんが大会仕様を考えたか知りたいんですけど」
このガキ、絶対いつか殴る。
「シツレイシマシタ、シモンガ、カンガエマシタ」
「ふぅ~ん、へ~、……良いねえ。シモンさん、ますますほしいなぁ」
私は沸々と起き上がる殺意を抑えながらアオバランカーズの開会を待った。
開会式まで、あと5分。
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