第2話 第二の人生が始まった

俺は農家の四男として生まれ変わった。


ソレに気づいたのは五歳の頃。畑仕事をしていた時に、突然現れた野ウサギに思い切り胸を蹴られた俺は、その痛みで前世の事を思い出したのだ。


前世の俺はとことん不幸な奴だったが、それは今世になっても変わらなかった。


バールベルト王国エイゲル領カドク村。ここが俺の住む場所だ。


この辺りは農業が盛んで、俺の家も例に漏れず農家をやっている。貧乏子沢山とはよく言ったもので、俺の兄弟は上に兄が三人と姉が二人。そして下には生まれたばかりの双子の男女がいる。計八人だ、多すぎだろ?


兄弟仲は良くも悪くもないが、上の兄達は何かと俺に雑用を押し付ける。これは、もうそういうものだから仕方がないと割り切っている。何故なら農村の他の子供達も大体そんな感じだから。そして俺以外の全員が双子に夢中だった。


確かに、赤ん坊を二人も同時に育てるのは大変なのだろう。俺に構う余裕もないのは理解できる。理解できるのだが、記憶を取り戻す前から俺は疎外感に苛まれていた。


農家というのは忙しく、決して裕福ではない。貧しくもないが余裕はない。なら、どうして子供をそんなに生み育てるのか?それは、子供が無料で使える労働力だからだ。


前世のように義務教育なんてものはなく、大人でさえ読み書きできないものが多い。そして、それは農村部に行くほど顕著になる。しかし、読み書きが出来なくても生活は出来る。異世界でも納税義務はあるが、制度的には年貢に近い。所有する田畑の何割かを税として納め、養う家族が多い者はその割合が少しだけ減るようになっている。一律ではないところをみると、ここの領主はなんだろう。


「ラウムー!ちょっとこっちきてー!」


一番上の姉が俺を呼ぶ。きっとまた、何かの用事を言いつけるのだろうが、ここで逆らうと姉の怒りで俺が危ないので素直に姉の下へと向かう。


「村長のトコにこの袋を届けてきてくれる?」

「…わかった」


俺が返事をする前に、姉はひと抱えの布袋を俺に手渡していた。YES or はい というやつだ。布袋は案外軽く、俺でも余裕で持つことができる。


布袋を抱えて村の中を歩けば、畑仕事をする村人の姿が見える。畑はそれぞれ割と広いので、一軒一軒の間もそれなりに遠い。


村長の家ともなると、その距離は一駅分にもなる。


途中で顔見知りの子供達が手を振るのが見えた。この世界に除草剤なんてないので、子供達の仕事の半分は草むしりになる。なので、俺に手を振る彼等の足元にも雑草が積まれていた。


やがて、村長の家に着くと何やら賑やかな声が聞こえてきた。


誰かきてるのか?そう思いながら村長宅の扉をノックしようとしたその時だった。


「うわっ!」

「おっとぉ?!」


ガツン!


「いってぇ〜〜〜〜〜!!!」


扉が内側に勢いよく開かれ、ノックしようとしていた俺の腕が空振りして体勢を崩してしまった。そして、タタラを踏むと急にガツンと何か硬いものにぶつかってしまった。


例えて言うなら…防火扉だろうか?


金属製のものに頭から突っ込んだ俺は、その痛みでその場にうずくまった。


「あら!ごめんなさい気づかなかったわ」

「おいおい、大丈夫かぁ?」

「結構勢いよくぶつかってたねぇ」

「どうしました?…って、ダラムんとこのボウズじゃないか」


頭の上から大人達の声が聞こえる。まだズキズキとする頭を擦りながら立ち上がると、扉を開けたらしい村長の奥さんと、身体の大きな男達と、その後ろには村長が立っていた。


「えっと…これ…」


奥さんに布袋を手渡す。すると、奥さんはそれが何か思い至ったようだ。


「あら、レイアちゃんに頼んでいたやつだね?届けてくれてありがとうねぇ」

「ぃぇ…」


ニコニコとする奥さんに軽く頭を下げる。すると、大きな男が声をかけてきた。


「ボウズ、頭の方は大丈夫か?」

「ぁ……はぃ……」


大男に聞かれ、取り敢えず『はい』と答えてしまう。本当はまだズキズキと痛むが、これは前世からの習性だ。


「そうか、痛かったろうに我慢強いな!」


大男はガハハと笑う。そして、俺に何かを手渡した。


「ほら、これやるよ」


そう言って手のひらに乗せられたのは、少しくすんでいる真っ青な小石だった。


「トビトカゲの魔石だ。売り物にはならんが綺麗だろ?」

「…あ、ありがとう!…ございます…」

「わはは!そんな畏まった言葉何処で覚えたんだ?」


頭をグシャグシャと撫でられ、魔石というワードにテンションが上がってしまった自分が少し恥ずかしくなる。


俺が生まれたこの世界には魔獣というものがいて、魔石がある。そして魔法も。


つまり、夢にまで見たファンタジー世界への転生だったのだ。


とはいえ、田舎の農村じゃそんなものとは全く無縁なのだが。


そして、俺が貰ったこの魔石。


魔石というものは魔獣が持つ力のある石で、様々な道具の燃料として使われる。いわゆる魔導具というやつだ。ちなみに、この村では村長の家に緊急連絡用魔導具があるのみで、実際に目にしたことはない。


魔石の中でも需要があるのは透明度が高くある程度の大きさがあるもの。俺が貰ったような濁っていて小さな魔石には何の価値もないのだ。


小石と違っていろんな色をしているので、そういったモノを集める趣味なんかは存在している。俺にはないけど。


貰った魔石は首から下げた小袋の中へ入れて服の中に仕舞う。用心しすぎだと笑われそうだが、兄達のお下がりであるこの服はアチコチ擦り切れているのを母が繕ったもの。ポケットもいつの間にか穴が空いているなんてのは日常茶飯事なので、大切なものはこうしておけば無くす心配がないのだ。


「それじゃ、俺達は行くよ」

「はい、依頼の件どうぞよろしくお願いします」


大男たちがそう言って扉から出ていく。俺もまた、用は済んだので彼等のあとに続いて外へ出た。


大男達は道端で紙を広げ、何かを話し合っている。


その様子をボンヤリと見つめていたら、俺がぶつかったのとは違う男が俺に気がついた。なので、頭を下げて慌ててその場から立ち去ろうとしたんだが、呼び止められてしまった。


「なぁ、ボウズは最近変な噂を耳にしたことはないか?」


噂?…まったく心当たりはない。なので、首を横に振る。


「…やっぱそうかぁ」


どうすっかなーと呟きながら伸びをする。彼らは一体何をしにきたのだろうか?


「…俺等のことが気になるか?」

「えっ…あっ、あのっ、そのっ」

「あぁいや、責めてるんじゃない。興味津々って顔に書いてあったからな」

「あ…う…」


なんという事だ。いくら子供とは言え中身はそれなりに年齢を重ねている。それなのに、子供みたいな事をしてしまった俺は居心地の悪さを感じてしまった。


「俺達は王都の冒険者ギルドからやってきたんだ」

「おうと…ぼうけんしゃ…」

「数年に一度、周辺を見回って魔物の生息域を調べるのさ」

「へぇ…」

「ま、ボウズの様子だとこの辺の生息域は特に変化なさそうだな」

「そのようだな。それじゃ、とりあえず一周りしてこようか」


彼らは持っていた紙を仕舞うと、俺に手を振って村の外に続く道へと進んでいった。


王都…冒険者ギルド…!!


その言葉に俺は歓喜した。この世界に冒険者がいる事に胸の奥から喜びが湧き上がったのだ。


異世界に転生して前世の記憶を思い出した俺。もしかしたら、俺は何かの物語の主人公になったのかもしれない。いや、物語ではなくても、俺は選ばれてここにいるんだ。


そうなると、俺が目指すのは一つだけ。


それは『英雄』だ。


英雄になれば、もう一度あの幸福感を味わえる筈だ。しかも、今は転生して生身の体。ゲームのような作られた空間ではなく現実として目の前にあるのだ。


前世の知識を披露すれば、きっと誰もが驚き俺に感謝し持ち上げてくれるはずだ。そして、金を稼げば慎ましやかな生活をしなくてもいいし、もっと都会で暮らせるに違いない。ここは王国だから、王女との結婚だって夢じゃないはずだ!


転生者はチート能力を神様から貰っていた。それならば、俺にも何かしらの能力はあって不思議ではない。むしろ、無い方がおかしいだろ?それに、ゲーム内では最強になれたんだ。今がレベル1なんだと思えばこれから能力を伸ばせばきっと前世みたいになれるはず。


今はまだ子供だからチート能力も開花していないんだろう。手足はヒョロヒョロだし力も年相応。知能はそれなりにあるはずだから、フィジカルだけ気にしておけば良いはずだ。これもある種のチートだよな。


そこから家までの道は、足取りの軽いものだった。将来の自分の姿を想像してはニヤニヤとしながら、俺は家へと戻ったのだった。


* * * * * * *


「はぁ?やめとけやめとけ。お前なんかにゃ無理に決まってるだろ」


初めて冒険者の姿を見てから五年。俺は十歳を迎えていた。


そこで、かねてから考えていた『冒険者になる』という事を初めて親に告げたのだ。その結果がコレだ。


「俺は冒険者になるために生まれてきたんだよ。この村じゃ俺の才能は発揮できない!」

「けっ、なぁ〜にが才能だぁ。畑に変なもの混ぜるわ貴重な塩をぶち撒けるわ…お前のせいでウチの評判は悪くなる一方なんだぞ!」

「変なものじゃなくて肥料だよ!!土に混ぜることで野菜が大きく育つんだってば!!」

「だぁ〜かぁ〜らぁ〜、何でそんな事が分かるんだよ」

「いやそれは…そうした方が…」

「根拠も何も無いお前の妄想話に付き合うのは沢山だ!」

「くそっ……お前達もそうなんだな…」

「あぁん?なんか言ったか?」

「俺は英雄になるべき男なんだ!」

「あっ!こらまて!!」


親父が怒鳴るが、俺は構わず自分の部屋に戻り用意していた荷物を掴んで外に飛び出した。


この五年間、俺は前世の知識で親兄弟や村人に俺の実力を認めさせようとしてきた。


しかし、彼奴等は俺の話を『そんな根拠のない空想の話をされても』と一蹴したのだ。仕方がないからと一人で実践しようとしても『大切な土地に変なことをするんじゃない!』と叱られる始末。


もしかしたら、俺の知識は高度過ぎて奴らに理解が及ばないのかもしれない。古くさいカビの生えたような農業を続けるだけで『より良くしよう』などと考えた事もないような田舎の農村では、きっと俺のような人間は受け入れられないんだろう。


それならば、俺はここを出て冒険者になって活躍するほうが良いに決まっている。


そうして、俺が英雄になる頃に泣けばいい。


『嗚呼どうしてあの時英雄の言葉に耳を貸さなかったのか!』


とな。


こうして、俺は冒険者になるべく最初の一歩を踏み出したのだった。

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