ヨウロVSハルパー元工場長

『気を付けろ!今の工場長は筋肉のみに特化したケダモンだ!攻撃に当たらないことを最優先に行動しろ!』


 頭の中で、黄剣魚が目の前にいる工場長の攻撃性に対し警告する。


 空から飛来物が現れた日、俺はかつて自分が勤務していた工場の工場長と対峙することになった。 




「ウォオオオオオオ!!弱・肉・強・食!クワトロカットォ!」


 俺を狙い、計4発のチョップをする工場長。


 なんらかの方法でバンプアップした身体から繰り出されるチョップは1発1発が重く、どうにか避けるたびに大地に亀裂が入っていった。


「明日以降なら、いくらでも決闘するから、後にしてくれっ!後に!」


 俺はオート発動した赤蛸足と藍湧水で蛸鎧を発動させつつ、彼に交渉を持ちかけた。 


「上司である俺の言うことが聞けないのかっ!クソザコオス太郎ッ!俺がこの工場という名の世界で一番偉いんだよっ!」


 ひどく興奮しているのか、俺が交渉しようとしても取り合ってくれないどころか、話が全く通じない。


 自分でやめさせておいて上司と部下の関係性を強要してくる姿は、不快を通り越して憐みすら感じる。


『この興奮具合と筋肉具合からして、アイツもこの間の糸使いみたく、ガンギマリーを服用しているかもしれない……スキルに気を付けるんだ!』


 緑和布がオート発動してワカメ(のような植物)で工場長を包みながら俺に見解とアドバイスを語る。


「ヴッヴアアアアッ……!ヴアアア……!」


 後追いで藍湧水がオート発動したことでワカメによる拘束がさらに強くなり、ついに工場長の動きが止まる。


『ナイスだ藍の姉御あねご……人格はまだなくとも、きちんと発動してくれて』


 青鯱魂の言う通り、藍湧水にはまだ人格がない。


 オート化自体は黄剣魚の次に行ったのだが、いまだに生えてくる気配がない。


 まあ、赤蛸足も同じ状況なのだが。




「俺の人生が……全部ダメになったのは……オマエのせいだ……」


 ナーシェンの軽い攻撃を耐え続けつつ、逆恨みのような発言をする工場長。


「俺は……工場を辞めさせられてから、アナタには全然関わっていないんだが……」


「感化されちまったんだよっ!副工場長と息子がっ!オマエの弱弱よわよわしい可哀かわいそうな生き方にぃ!」


「副工場長と息子が……?」


 俺は困惑した。


 副工場長は見るからに不愛想な人で、工場長を恐れて俺へのパワハラを庇わなかったし、息子も見ているだけでそれ以上のことはしてくれなかった。


 主観的に考えれば、到底俺に感化されていたとは思えない。


「もっと具体的に話してくれ……話の筋が見えないんだ」


「副工場長が俺を裏切り、従業員の9割を引き連れて転職したっ!息子はオマエの敵討ちなのか俺に散々さんざんな嫌がらせをしてきたっ!」


「副工場長の件は自業自得だけど……息子が怖すぎるな」


「息子の策略で……俺の工場が燃えてしまったんだ……若い時に頑張ってためたお金で作った俺の工場が……」 


「……心中、お察しします」


 あまりにも悲惨な顔で泣く工場長に、俺は思わず同情してしまった。


 工場長は救いようのないクズかもしれない。


 しかし、かれが若いうちから働き、報酬を貯めて工場を作ったこと自体は紛れもなく立派な功績であった。


 自分の努力の象徴が息子によって燃やされたとなれば、錯乱してしまうのも無理はないだろう。



「……納得できない」


 その時であった。


「オマエがサイクルォとジュピテルが感化されるレベルの男だという事実にぃいいいいい!」


 世界が区切られ、作り替わっていったのは。


「これは……改新世界!」


 そう気づいたころには、俺は石造りの狭い部屋の中で拘束から解き放たれていた工場長と向き合っていた。


「改新世界ィ!筋肉部屋マッスルームゥ!」


『どうやらコイツも、ガンギマリーによる脳の限界突破で改新世界が使えるみたいだ!』


『ナーシェンが改新世界を使うには90秒かかる詠唱が必要……できれば90秒以内で、アイツをブチのめそうぜぇ!』


 緑が見解を述べ、青が俺を鼓舞する。


『まずは……拙者が藍氏と共に攻めるっ!ここ数日の特訓のせいか……見せるでござるよ!』


 赤蛸足の言う通り、ここ数日の俺は赤蛸足を重点的に鍛えていた。


 もともと運動が得意ではない分、赤のオート化は他のスキルに比べて難しく後回しにしていたのだ。


 キツい特訓だったが、人格形成という形で成果が出てよかった。


 ボゴッ!ドゴッ!ドス!ドン!


 赤蛸足と藍湧水で形成された蛸鎧から触手が飛び出し、勢いよく工場長を殴り続ける。


 ファサッ……ファサアアアアアアッ!


 続いて、緑和布がワカメで相手の足にまとわりつき機動性を削り始める。


「オラァ!プレシングエルボー!」


 当たったらタダでは済まなそうなエルボーも、黄剣魚が刀身で防いでくれる。


 ジャバッ!ジャバアアッ!

『アイツの右腕の筋線維が一番痛んでいる!そこが狙い目だっ!』


 青鯱魂が魔法弾を通じて工場長の体内を見て、攻撃に適した部位を教えてくれる。


「ハアッ!アアッ!アッー!」

 俺はその指示に従い、工場長の右腕を重点的に殴りつける。


「スキルばっかり使ってズルいぞ……!ズルいぞぉ!もっと男らしく、自分の力で戦え!!」


「これは俺の力で、俺の仲間だ……!」


 5つのスキルが俺の言葉に呼応し、最大出力で活性化する。


 蛸鎧に緑和布がまとわりつき、強度が底上げされる。


 続いて、黄剣魚が両腕を形成する触手にトゲトゲしい突起を生やす。


「そして、これが俺の……俺なりの戦い方だあああああああああああああ!!」


 青鯱魂が俺の拳に、シャチのような魔法弾を被せる。


らんせきおうりょくせいッ!五色併用!恵比寿掌オーシャンズトレジャー・フィストォーーーーッ!!」


 俺は改新世界を解除するべく、筋肉の鎧で覆われた工場長に対し確実にダメージを与えられるであろう全力の一撃を、拳打という形で思いっきりくり出した。 


「ウガアアアアアアアッ!」


 改新世界の壁を破り、思いっきり飛ばされる工場長。


「さあ行こ……えっ!?」


 破られた穴からは、急に結界の中から人が飛び出してきたことに対し、驚いて改新世界用の詠唱を途中でやめるナーシェンが見えた。


 その直後、穴が出来たことで改新世界は瞬く間に崩壊した。




「ううっ……うっ……」


『あの一撃を喰らっても失神しないとか、彼はタフでござるなぁ』


 赤蛸足が工場長の頑丈さに驚きつつも、自分と藍湧水と緑和布を組み合わせた拘束技をオートで発動させ、工場長を拘束した。


「納得できねえよォ……オマエに負けたことがァ……」


 工場長はなお、静かに悔し涙を流していた。


「……俺は今でもたまに、アナタに暴力を振るわれながら叱られる夢を見ることがある……正直、もうアナタのことは忘れたい」


「忘れるものかっ……オマエが作業員として晒した醜態を!」


『拙者らの主を侮辱するな』

『締め付けが足りなかったみたいだね!』


「うぐぅあっ!キツい!拘束がキツい!」


 赤と緑の独断で、工場長の拘束がよりキツくなる。


「これ以上!ボクの大事な人をバカにしないでくださいっ!」


 更に、ナーシェンが工場長に怒りを表明する。


「……工場長。副工場長や息子が裏切ったのはきっと……俺じゃなくてアナタの生き様が原因だと思う……だから、もう俺のことは、忘れてくれ」


「ううっ、うぐぅ……」


 



 こうして、俺と工場長のもう切れたと思っていた因縁は、俺の勝利と工場長の捕縛という形によって、幕を閉じたのであった。

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