ハルパー元工場長、リンガに心を壊される

「実はねぇ……キミが今まで自分の力で築き上げてきたと思っていたものは……だいたいキミ以外の人が用意したものなんだよぉ」


 キンキランドからの飛来物が着弾予測日の前日、リンガはハルパー工場長……いや、ハルパー工場長の心を追い詰めていた。




「いや……あの工場は若い頃の俺が苦労して働いた金と磨き上げてきた技術で出来ているんだ……」


 アダマス・ハルパーは消耗していた。


 いつの間にか装着していた謎の魔道具のせいで工場が燃えてからというもの、彼はずっと家に閉じこもっていた。


 そんな中、『助けに来たよ』と言っていきなりやって来たリンガとその従者を拒むほどの気力すら、もう彼には残されていなかった。


「確かにそうだねぇ……キミは12歳の頃から『筋力増強』のスキルを使ってバリバリ働き、貯めた給料で石炭加工の工場を作った……」


 リンガはアダマスという男を数十年前から知っていた。


 彼が夢に向かって働く姿に嫌悪感を覚えたリンガは、ひとまず資金援助を行ったあと、その心を潰す時をずっと待っていたのだ。


 リンガはアダマスの顎を掴み、喋りを続ける。


 リンガの従者も、顔を隠した仮面越しに彼の顔を覗き込む。


「でもねぇ!筋力増強のスキルはキミの父さんから遺伝したものだし、石炭加工産業が栄えたのもワシのおかげなんだよぉ!」


「そんな……わけ……」


「石炭加工産業が栄えた原因である謎の技術衰退はねぇ……ワシが流した『スキルは後天的に習得不可』のデマがもたらしたんだぁ!」


「……はっ!!」


 アダマスは思い出した。


 かつて、自分の父が『わしの筋力増強は自分で鍛えて作り上げたものだ!』と豪語していたことを。


「……つまり、みんなが後天的にスキルを取得しなくなったことで、魔術が衰退し、産業も衰退したということか」


「その通りっ!ワシが生まれた頃は照明になる魔道具がいっぱいあったんだけど……どこにいっちゃったのかなぁ~!不思議だねぇ~!」


 わざとらしく、アダマスに微笑みかけるリンガ。


「つまりキミは、パパから貰ったスキルで財を築き、ワシのデマで産まれた需要にタダ乗りしていたんだぁ……だから集団辞職されちゃうんだぜぇ、クズ野郎!」


「あっ……わぁ……」


 年甲斐もなく、涙をダラダラを流すアダマス。


「そうそう、貴方の息子さん、ワシに弟子入りしてねぇ……ワシのもとで新たに習得したスキルを使って、相手の身体を勝手に動かす魔道具を作ったんだよぉ」


 リンガはここぞとばかりにアダマスの精神に負荷をかける。


「そんなわけ……」


「あるんだよなぁ!父さんっ!!」


 従者改めジュピテルが仮面を外し、その端正な面をアダマスに見せる。

 

「なっ……なんでぇ……なんでぇ……!」


 自分の工場を自分の手で焼かせるという鬼畜の所業を計画したのが息子だと知り、狼狽ろうばいするアダマス。


「親父ぃ……今から1年ほど前に、ヨウロっていう人をクビにしたよね……」


「……ああ、確かにクビにした、それが……どうしたんだ?」


「ヨウロくんは、家族のために細い身体で一生懸命頑張って働いていたんだ!僕はそんなヨウロくんが大好きだった!でもオマエは!ヨウロくんを侮辱したぁ!」


「そ、それは……アイツがドジばっかしたから……」


「オマエの反論なんか聞くもんか!弱い者をいじめる人間は、僕の好きな人を傷つけた人間は、問答無用で悪人だっ!!」


「わっ、わぁ……ああ……」


 息子の勢いに押され、再び涙を無節操に流すアダマス。


「さて……ここまで心を折ればワシのスキルの射程範囲内だねぇ」


 そう言うと、リンガはアダマスの顔に手を当て、彼の生命力を吸い取り始めた。





 強力林檎パワーアップル


 リンガが所持する3つのスキルの中で、最後に習得したスキルである。


 その効果は単純明快。

 

 生きる気力を失った人から生命力を抽出し、それをリンゴのような物質として再錬成する。


 ただそれだけである。


「さてと……この果実はどうしようか……」


 生命力を吸い取られ、肉体年齢が10年分進んだアダマスが床に横たわるなか、リンガは生命力で出来た果実を片手に悩んでいた。


 強力林檎によって生成された果実は、食べたものに生命力をもたらし、加齢した者の肉体年齢を若返らせたり、若者の身体能力を底上げすることができる。


 実年齢がすでに100歳を超えているリンガが若々しいのも、このスキルで自殺志願者から生命力を吸い取った結果である。


「まあいいや、果実は作ってから1か月は腐らないし、使い方は後で決めよう……んで、親父さんはどうするんだい?」


「親父は明日の計画で使う足止め要員にしよう。この間の破壊神みたいにスキルを暴走させて、筋肉のバケモンにしてやるんだっ!最高か?最高じゃん!」


「やめ……て……」


 老いた喉で拒絶の意思を弱弱しく述べるアダマス。


 しかし、その声は息子には届かなかった。

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