森の街のコテージにて
翌日、引き続きこの近くで経験値稼ぎをするというバモスらと別れた俺たちは森の奥に伸びている細い道を進んでいく。そう言えばセーフゾーンではログアウト、ログインができるんだ。便利だし、そうしないと連続ログインに引っかかってしまうよな。
途中で出会う魔獣のレベルも上がってくるがそれでも俺とタロウとリンネで危ない場面もなく進み、2つ目のセーフゾーンでしっかりと休んだ翌日の夕刻に俺たちは森の街に無事に辿り着くことができた。途中の戦闘で経験値を稼ぐこともできた。レベルは上がらなかったがそれは問題ない。印章が何枚かゲットできたので満足だ。
森の街についてみると以前よりもプレイヤーの数が増えているのが分かる程だ。皆順調にこの街に到達しているみたいでなによりだよ。
長期で借りているコテージに行くと、情報クランのメンバーや攻略クランのメンバー達と敷地の中で会う。挨拶を交わすと彼ら4人は当然の様に俺のコテージにやってきた。俺のコテージは小さいんだがいいんだろうか。
「試練の街から森の中を歩いてきたんだろう?」
「そう。タロウとリンネが大活躍でね。危なげなく来られたよ」
「その通りなのです。タロウとリンネに任せておけば安心なのです」
頭の上に乗っているリンネが言うとトミーがその通りだよなと言う。マリアに撫でられているタロウも尻尾をブンブン振っている。実際2体に頼りっきりなんだよな。
攻略クランのスタンリーらのパーティは全員が上級レベル10になっているそうだ。情報クランのクラリアやトミーも今日10に上がったよと言っている。先行組は相変わらず効率的に動いているな。
最近の報告会が終わると次はV.UPの話になる。彼ら4人はコテージの庭にある椅子に座っていて俺はウッドデッキに腰を下ろしている。タロウは横でゴロンとなっているし、リンネは頭から降りて今は俺の伸ばした足、膝の上で横になっていた。2体ともにゆっくりと尻尾を左右に振っているがこれは機嫌が良くてリラックスしている時の尻尾の振り方だな。
「合成職の上級職は合成職人さん達が一様に歓迎しているわね。レベル上げをあまりせずに合成をメインでやっている専門家のプレイヤーも多いもの」
クランリーダーであるクラリアが言うとそのとおりとトミーが言った。
「それにだ。ひょっとしたらマイスターになった職人が装備品のHQを作り、それが出回るかもしれない。そうなるとタクの腕輪を隠しておく必要もなくなる」
なるほどそれはあり得るぞ。そうなったらありがたい話だ。マイスターに期待だね。そう思っているとスタンリーが言った。
「そして印章NM戦だ。運営からは正式な話はないが、どう見てもあれは100枚、200枚の印章NM戦を念頭に置いた通知だろう。レアな転移の腕輪や防具を安易にばら撒かないという運営の方針だと思っている」
レアなアイテムを欲しければレベル差がある状態で倒せということだよと他の3人も言った。俺もそう思っている。
「試練の街でプレイヤーにヒアリングしたけど皆困惑しているわ。自分たちがレベルを上げてからNM戦に挑戦してアイテムをゲットしようとしていたけどその方法が通じなくなるのだから。もちろん私たちもそうよ。次回挑戦して勝てるという保証は全くないわね。かなり厳しいと思うわよ」
確かに情報クラン、攻略クランも次回勝てるという保証はないよな。敵が前回よりもずっと強くなっているの可能性があるのだから。
「これから見つかるかもしれない別の印章NM戦もそうなっている可能性があるな。そして強くなったNMを倒せばかなり良いアイテムが手に入るということにもなる」
強い敵を相手にするのが好きなスタンリー。会話の端々から強敵と対峙してみたいという気持ちが伝わってくる。
「運営は良いアイテム、レアなアイテムはレベルが変動する印章NM戦から出る。という流れを作りたいのかもね」
マリアそう言うと周囲の連中はおそらくそうだろうなと頷く。
V.UP関連の話が終わると雑談だ。情報クランによると毎日この森の街に新しくプレイヤー達がやってきているらしい。上級レベルが3なら厳しいが上級レベルが4になると森の街へ来られる確率が上がるというのがプレイヤーの間に情報として流れているらしく上級レベル4の連中が複数集まって野良で合同でアライアンスを組んで獣道を攻略しながらきているらしい。試練の街の冒険者ギルドではそんな野良募集が多いのだと聞いた。
話を聞きながら、やっぱり最初俺が船でこの街にやってきた時はレベルが足りなかったんだなと再認識する。釣りをしている流れで彼らと一緒に探検して橋を見つけてこの街に来ちゃったからな。でもそういうのも有りでしょう。
試練の街の郊外にある印章NM戦は俺たち以外で100枚印章戦に挑戦して失敗した連中がいるが、そのあとは挑戦者が現れていないらしい。今回アナウンスがあったのでV.UP前に駆け込みで100枚、200枚に挑戦するプレイヤーがいるかもしれないとクラリアが言うと、スタンリーがそうとも限らないぞと言った。
「公式掲示板では100枚のNM戦では忍盾がないと厳しいという話になっている。V.UP前に駆け込みで挑戦するよりも後続組から上忍が出るのを待って挑戦するってのが多いんじゃないか?実際にあの2つのNM戦では忍盾は必須だろうしな」
「タクにヘルプの依頼ってきてるの?」
マリアが聞いてきたが俺は首を横に振る。実際誰からも連絡はない。
「来たらどうする?」
とマリアが続けて聞いてきた。どうしようか。考えたこともなかったな。しばらく考えてから答える。
「正直言うと勘弁してほしいかな。俺がヘルプして必ず勝てるって保証はないしさ。負けたら雰囲気が悪くなるのは見えている。それなら最初から断る方がいいかも知れない。ここにいるみんなならよく知ってるし全然問題ないんだけどさ」
上忍が蝉を張って盾をすれば勝てる程甘いNM戦じゃないのは経験して理解している。パラディンの2人を含め参加者全員が良い装備と高いPSを持っているからこそ生きるのが忍盾だ。俺がそう言うと勝ち負けを上忍のせいにされても困るわなと言われた。全くその通りだよ。
「断る際にそこまではっきりと理由を言うつもりは無いので誘ってきたプレイヤー達からは恨まれるかもしれないけどね」
この場にいる4人は事情を知っているので皆分かってくれている。そのうち、後続組が上忍になってからあの印章NMに挑戦したら彼らもわかるだろう。空蝉の術があれば必勝だという様な簡単な事じゃないって。
「そうそう、タクに教えてもらったこの街にあるエルフの忍具店、私たちも行けたのよ」
しばらく皆黙っているとクラリアが言った。
「おっ、そうなんだ」
俺はそう言って彼女に顔を向けた。
「でもね、忍術は売ってくれないよの。あれはジョブが上忍でないと売らないんだって。店に置いていた手裏剣と撒菱だけ見て帰ってきたわ」
「忍術は店の奥から持ってきてくれたからね。店頭には置いてなかったよ」
俺がそういうとそういう事かと納得するクラリア。
「タクは手裏剣は買ったの?」
「あの店でいくつか買って、自分でも合成したよ。今50個ほど持ってる。手裏剣の練習をしたら投擲スキルが上がったよ」
攻撃力はたいしたことないがファーストタッチは取れそうだよというとそれはまだ投擲スキルのレベルが低いからじゃない?とマリアが言った。
「マリアの言うとおりだと俺も思う。今はスキルが低いからダメージが小さいが、投擲スキルが上がると分からないだろう?それに遠隔攻撃の手段があるのは悪くないと思うぞ」
そう言ったスタンリー。彼によるとここは森のエリアだ。木の枝の上にも魔獣がいて自分たちを待ち構えている。そんな魔獣相手に手裏剣が有効になる局面があるんじゃないかと。
その通りだ。実際俺たちはゴリラに襲われているし。そんな時手裏剣を先に投げて木の上にいた敵が降りてきてくれたら戦闘が楽になるよな。最初は手裏剣や撒菱なんて趣味装備の感覚だったんだけど結構使い道がありそうだ。
攻略クランはしばらく森の街の北側の高レベル帯で経験値と印章稼ぎをすると言い、情報クランは経験値を稼ぎつつもV.UP後のプレイヤーの動向を探ることになるだろうと言う。タクはどうするんだ?と聞かれると俺が答える前にそれまで黙っていたリンネが俺の膝の上でミーアキャットスタイルになって皆を見て言った。今日は珍しくTPOを考えてこれまで黙っていたみたいだ。
「主は毎日多忙なのです。畑の見回りやお船に乗って釣りをしたり、敵をやっつけたりと忙しいのです。その合間にリンネのお家に挨拶にも行くのです」
「そういう事だ。つまりいつもと同じパターンだということだね」
うん、全部リンネが言ってくれたから俺が追加することはないぞ。撫でてやると尻尾を振ってくる。
また何かあったら情報交換をしようと俺たちは別れたがいつもと同じ事をする俺に新しい情報がゲットできるとは思えない。こっちはのんびりマイペースでやるつもりだよ。
せっかく森の街にやってきたのでタロウとリンネを連れて街の南側で魔獣を倒していると上忍のレベルが7に上がった。試練の街からの移動で倒した敵から得た経験値が結構あったみたいだ。7に上がったからそろそろ街の北側で腰を据えて経験値稼ぎをしても良いタイミングなのかもしれない。
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