印章を出す簡単なお仕事です

 試練の街の中にある攻略クランのオフィス、そこにある会議室は熱気に包まれていた。ここのクランメンバーと情報クランメンバー、このゲームのトップクランのメンバーが集まっている。そこに俺とリンネと何故か後をついてきたタロウ。この部屋にいる連中とは皆顔見知りだが彼らの装備や雰囲気は攻略の先頭を走っているのに相応しいものだ。一方で俺、いや俺たちはどうだ?


「主のお友達がいっぱいお部屋の中にいるのです。賑やかなのです」


 俺の頭の上に乗っているリンネは相変わらず空気を読まないというかマイペースだし、タロウは俺の後ろでゴロンと横になって寝ている。これもマイペースだ。全く緊張感がない。


 まぁこれが俺の従魔達の平常運転ではあるんだけどね。俺も打ち合わせには出ているが半分以上は自分も当事者であるという意識がない。印章を出すだけの簡単なお仕事です。と思っている。


「揃った様だな。始めようか」


 俺達が最後だった様だ。部屋の奥、ホワイトボードの前にいるスタンリーが打ち合わせの開会を告げた。


 最初に印章100枚のNM戦の打ち合わせからだ人数は15名ということで情報クランと攻略クランから6名ずつ。そして俺とタロウとリンネだ。


 パラディンが2名、ハンターが2名、魔法使いが2名、ウォリアーが2名、マスターモンクが1名、神官が2名、盗賊が1名、そして俺たち1人と2体。魔法、あるいは物理攻撃に耐性がある場合を考えてハンターと魔法使いを2名ずつにしているのだという。


「サハギンNM戦と同じく基本はジャックスとリックの盾2枚で対応。上忍のタクの忍盾は状況を見て判断したい。制限時間は2時間なのであまり悠長にやってられない」


 当然だよな。盾のプロがいるんだ。彼らがメインで俺はサブで問題ない。


「印章NM戦をやるあの場所からの想像になるが100枚、200枚とも猛獣系のNMの可能性がある。つまり足が早く動き回るということだ。後衛陣はヘイトを稼ぎすぎるとあっという間に戦闘不能になる可能性があるので注意してほしい」


 スタンリーの説明に頷いている参加者達。


「200枚のNM戦は制限時間が4時間になる。こちらは25名とエリアボス戦、あるいはイベントNM戦並みかそれ以上の強さだろう。しかも今回は俺たちは爆弾を持っていない。きつい戦闘になりそうだ」


 その言葉で笑いが起きた。確かに爆弾があれば楽だよな。


 25名のNM戦には先ほどの15名に加えて神官2名、パラディン1名、魔法使い2名、ウォリアー2名、ハンター2名、マスターモンク1名を追加するらしい。長期戦になるのでパラディンを3人とし、さらに神官を多めにしてパラディンを守る体制にしたのだという説明がスタンリーからあった。


 俺と従魔達は例によって遊軍だ。タロウもリンネも何も言わなくても自分たちの仕事をしっかりとしてくれる。俺はスタンリーの指示があれば一時的に盾をしてそれ以外は刀や遁術でダメージを与えるのが仕事だ。あとはスタンリーとクラリアが俺たちのパーティに加わって5名になった。この2人は以前のエリアボス戦でも同じパーティだった。リンネなら問題なくフォローできるだろう。


 いずれのNM戦でもパラディンがガッチリとタゲを取ってから他のメンバーが攻撃を開始する。万が一物理に強い魔獣の場合は精霊部隊が、逆の場合は前衛部隊が多少のリスクをとって削ろうということになる。


 確かに時間制限がある以上ちまちまとやっていては時間切れになる可能性もあるからね。タゲを取らないギリギリまで攻撃しようという説明に納得しているメンバー。彼らはもう身体で今自分がヘイトをどれくらい稼いでいるのかという感覚を持っているのだろう。個人でヘイト管理ができるなんてすごいよ。


「印章については200枚以上持っていたタクがその200枚を出してくれることになったの。従って200枚の印章NM戦についてはタクの印章を使ってやります。なのでNM戦に勝利して戦利品が出た場合は優先権はタクになるの。その代わりというかタクは100枚の印章NM戦については戦利品を得る権利を放棄してくれているの」


 クラリアがそう言うと全員が俺に顔を向けた。200枚もよく集めたなという声が聞こえてきた。


「ソロだからまだ1回も印章を使ってNM戦をしていなかったんだよ。だから貯まっているだけだよ」


 俺はそう言ったがすぐに俺の頭の上から声が出た。


「主はこの日に備えて貯めていたのです。ここ一番で本気を出すのがリンネとタロウの主なのです」


「ガウガウ」


 おいおい、やめてくれと思ったがすでに遅かった。リンネの言う通りだよな、とかタクの本気を見てみようかと言っている。それらの声に対してもだ、


「任せるのです。主が敵をとっちめるのです。主が一番なのです」


 なんて言ってしまってる。スタンリーやクラリア、それにトミーにマリアがリンネの言葉を聞きながら笑っているし他のメンバーからも頼むぞとか言われてしまうし。


 うちの従魔達は俺を買い被りすぎだって。


「100枚、200枚、いずれの場合も滅多にないタクの本気が見られるぞ」


 スタンリーがさらに煽って会議室が爆笑の渦に包まれた。本当に勘弁してほしいよ。


「クラリアも言ったが今回攻略クランと情報クランのメンバーが持っていた印章を全部集めても250枚程だった。タクが200枚持っていてくれてよかったというのが俺の気持ちだ。このチャンスを活かして2戦とも勝利しよう」


「一番乗りしようぜ」


「強敵だろう?やってやるぜ」


「上級ジョブに転換して初めてのNM戦、楽しみよね」


 相変わらず強い敵とやるのが楽しくて仕方がないという連中だ。だからこその攻略クランであり情報クランなんだろう。


 各自が薬品など持参する物を確認しあっている。NMの湧きポイントは試練の街を出てから森の中を4時間程歩いたところにあるらしい。明日は朝早く出て移動することになった。



 打ち合わせが終わって別宅に戻るとそこにいつもの4人がやってきた。あの場では言わなかったんだがと前置きをしてスタンリーが言う。


「印章100枚のNM戦からやるが、万が一俺たちが手も足も出なかった時は200枚をやらないかもしれない。こちらのレベルが上がってから再挑戦というのも有りだと考えているんだ。200枚を使うからその辺の見極めが必要だと思っている」


 なるほど。ただこうも考えられる。5人で30枚の印章が必要だということは1人6枚だ。200枚を25名でやるとなっても1人8枚あればできる。そう考えると手も足も出ないこともないんじゃないかな。100枚を15名なら1人6枚ちょっとだ。5名で30枚とそう変わらない。


「こっちに帰ってからふと気がついたんだよ」


 俺がそう言うと確かにそう言う見方もあるなと感心した表情になる4人。いや単純な算数の計算だけどね。


「200枚と聞くから構えてしまう。タクの言う通り1人8枚だと考えると今までのNM戦とそれほど変わらないか」


「とは言っても大人数のNM戦である限り強い相手であることは間違いないわね。必要以上に身構えることはないけどそれでも厳しいわよ」


 トミーとクラリアが言った。もちろん俺だって100枚や200枚が楽なNM戦だとは思っていない。ただ必要以上に緊張することもないって言いたかったんだよな。


 個人的には勝っても負けても楽しめればそれが一番良い。そう思っている。




 翌日試練の街を出た俺たちは北方面を進んで森の中に入っていった。このレベルになるとトレントや蜂の魔獣を恐れることもない。しかも25名もいる。遭遇する敵を倒しながら奥に進んで行くと狼のエリアになった。その中を進んでいくこと4時間程で森の中にある開けた草原に出た。草原はそう広くはない。周囲が150メートル程か。パッと見た限りは円形になっていてその草原に2箇所地面が光っている場所があった。


「あれよ。最初は100枚のNM戦からね。タロウ、頼むわよ」


 隣でタロウを撫で回しているマリアが言うとまかせろとガウと一声吠えるタロウ。


「主、お仕事の時間なのです」


 俺の頭の上から声がした。


「そうだな。リンネも頼むぞ」


「任せるのです。リンネの準備はバッチリなのです。いつでもOKなのです」


 印章は売り買いや譲渡ができないが、NM戦をするパーティ、あるいはアライアンスを組んでいるメンバーがその端末を近づけると枚数を計算してくれる仕様になっているらしい。複数の冒険者が端末を地面の光に翳していた。


「始まるぞ」


 その声で俺たちはその場から飛ばされた。


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