初めての釣り

 念願の船を手に入れた。釣具も買った。


「主、釣りに行くのです」


「ガウ」


 畑とビニールハウスの見回りを終えて縁側に座ると同時にリンネとタロウが側にやってきた。2体ともいつもよりもそわそわしているぞ。


「よし!行くぞ」


 自宅から別宅に飛び、そのまま試練の街の正門と反対の場所にある東門を出た俺達は草原を流れている河原に来るとその場で船を川に浮かせた。俺が先に乗ると続いてタロウとリンネが乗ってくる。ちゃんと俺が最初に乗るまで待ってるのは偉いぞ。


 川はそれほど流れが早くない。緩やかに流れている川は蛇行しながら南から北の方に向かって伸びていた。川幅は20メートル程かな。もうちょっとあるかも知れない。船首にリンネ、その後ろにタロウがそれぞれ後ろ足を落として座っていた。船尾に立った俺が櫓を漕ぐとゆっくりと船が下流に向かって進み出した。


「主、気持ちがいいのです。船は良いものなのです」


 船首に座って風を受けているリンネとタロウ。2体の従魔の体毛が風で背後に流されている。


「俺も気持ちがいいぞ。うん、船を作って良かったな」


「ガウ!」


 タロウは後ろ足で座りながら尻尾をブンブンと振って喜びを現している。2体の従魔が喜んでくれるのが俺も一番嬉しいよ。あとはちゃんと魚が釣れるかどうかだよな。なんせ釣りをする為に作った船なんだから。


 漕ぎ始めて10分程で森の中に入っていった。左右は深い森になっていて時折タロウの耳がピンとそば立つがすぐに普通の状態に戻る。川の中は安全という事をタロウも知っているのかもしれないな。それにしても森が深い。高い木々が多い。だから台地の上からでも川が見えなかったのか。それとも上からは見えない様にしているのか。


 森に入って20分ほどで川の左側に池が見えてきいた。ウォルシュさんの釣り場はこの辺なのだろう。近づいてよく見ると池と川とは繋がっていない。アマゾンかどこかで川が氾濫して流れが変わったが、氾濫が落ち着いて流れが元に戻ったがそこは池として残ったとかいう場所があるとか聞いた覚えがある。ここもそれを模倣しているのかな。人の釣りポイントを邪魔しちゃいけないと俺達はさらに奥に進んでいくことにする。


 奥に30分ほど漕いで行くと水面を見ていたリンネが声を出した。船を漕いで1時間弱のところだ。


「お魚さんが沢山いるのです」


「よし!、ここで釣りをするぞ」


「ガウ!」


「するぞ、なのです」


 川の真ん中で船を止めると船内に置いてある長い竿を川の底に突き立てて船尾でロープで縛る。これで流されなくなる。この竿は櫓の代わりに船尾から川底に突き立てて押すことで船を進めることもできる。あると便利だからとサイモンさんに勧められて作っていたものだ。


 釣り竿に餌をつけて川に投げ入れる。初めての釣りだ。タロウとリンネも興味津々と言った目で浮きを見ている。

 

 最初はあたりの感覚が分からなくて浮きが沈んだと思って竿を引き上げると餌だけ取られていた。意外と難しいな。


「どんまいなのです」


「ガウ」


 俺が餌をつけているのを見ているリンネとタロウが慰めてくれる。よしもう一度と餌をつけた針を川に投げた。浮きがトントンと上下に動き、沈んだタイミングで竿を上に上げると魚がしっかりとかかった感触がある


 そのまま竿を引き上げると20センチ程の魚が釣れた。成功したぞ。船の中で跳ね回っている魚を見る俺と2体の従魔。


「よっしゃー、初めて魚を釣り上げたぞ」


 思わずガッツポーズをして叫んだよ。


「やったのです。主は釣りもできるのです」


「ガウガウ」


 タロウとリンネの前足と俺の右手の拳を合わせる。釣った魚は船にある水槽の中に入れる。一度釣れるとその後は結構な頻度で餌に食いついてくる魚。大きさは10センチから大きいので30センチほどのものまで。3時間ほどその場で釣りをして20匹近くの魚を釣り上げた。


「大漁だな」


「はいなのです。大漁なのです。でかしたのです」


「ガウ、ガウ」


 リンネとタロウも大興奮だ。船の中にある水槽に沢山の魚が入っているのを見るのは気持ちがいい。全部自分で釣った魚だからね。


 帰ろうと再び櫓を漕いで街を目指していく。今度は川の上流に向かって船を漕ぐんだけど流れがキツくないのでそれほど抵抗を感じない。

 

 行きの時間よりも少し時間がかかったが俺達は試練の街の東門に近い場所に船をつけると陸に上がった。


 転移の腕輪では船は一緒に移動できない。水槽を端末に収納し、船を収納すると転移の腕輪が使える様になるがタロウが背中に乗れというのでその背中に乗って東門に戻ってきた。今日は従魔達は船に乗っていただけだから元気が有り余ってるんだよな。


 試練の街に入るとそのままウォルシュさんのレストランに向かった俺達。俺の顔を見るなり釣れたかと聞いてきたので水槽の中に入っている魚達を取り出して彼に見せる。


「ほう。結構釣ってきたな」


 水槽を覗き込んだウォルシュさんはそう言ってから1匹ずつ見ては教えてくれる。


「こいつは美味くないんだよ。こいつは美味いぞ」


 こんな調子で料理に向いている魚と向いていない魚を教えてくれた。次からは魚料理に使えない魚はその場でリリースしよう。


 せっかく釣ってきたんだ。俺が料理してやるよと、ウォルシュさんが数匹の魚を手に取るとそれを厨房で捌いて魚料理にして出してくれる。


「美味い!」


 俺の分と自分の分を作っていた彼もこりゃ美味いなと感心するほどの味だった。


「この魚だったら次から店に持って来てくれたら買い取るぞ。焼いたり揚げたりして客に出せる。それくらいに美味い」


 ウォルシュさんがいつも釣りをしている場所だとこの魚は滅多に釣れないそうだ。


「かと言って奥に行くのは無理なんだよ。タクと違って俺は戦闘ができないからな。万が一の時を考えると怖くて今の場所から奥には行けないんだよ。だから頼むぞ」


「主に任せるのです」


「ガウガウ」


「分かりました。毎日釣りに行くわけではありませんが、釣れたらこのお店に持ち込みますよ」


 よろしく頼むぞという声を聞いて食事を終えた俺達は店を出ると、別宅に向かいながら大通りをのんびりと歩いていく。夕刻でもあり人通りが多い。相変わらずタロウとリンネを見るプレイヤーが多いがもう慣れたよ。


「主、明日も釣りをするのです?」


 注目を浴びていてもマイペースを崩さないリンネが聞いてきた。


「いや、明日は久しぶりに外に出て敵を倒そうかと思ってるんだ」


「それがいいのです。明日は外に出て悪い敵を倒しまくるのです」


「ガウガウ!」


 しばらく木工ギルドに篭っていて外には出てなかったからな。上忍にはなっているがそろそろ上忍のレベル上げもしないといけない。俺が明日は外に出るというとタロウもリンネも尻尾をブンブンと振り回してくる。


 ここ数日戦闘をしていないのでストレスが溜まってるみたいだな。明日は思いっきり発散させてやろう。


 別宅に戻ると待っていたかの様に隣からマリアがやってきた。続いてスタンリーも庭に入ってくる。


「釣りをしてきたのかい?」


 タロウを撫で回しているマリアを横目に見ながら聞いてきた。


「そう。結構釣れたよ」


 俺の言葉にほうと感心した声を出す。彼らは上級レベル3で森の奥を探索しているという。ネクストの必要経験値が多いんだよと言っている。


「今まで行くことができなかった森の奥に行くとあの洞窟にいた狼が現れだした。恐らくその先は虎ゾーンだろう」


 洞窟にいた狼よりは強めだという。


「なるほど。森の狼の方がレベルが高く設定されているのか」


「その様だな。それでタクは明日も釣りをする予定かい?」


「いや、明日は久しぶりに外に出るつもり。タロウとリンネが外に出たいと言っているんでね」


「出るのです。外に出て敵をガンガンやっつけてやるのです」


 俺の頭の上に乗っているリンネがいう。


「そりゃ頼もしいな」


 目を細めてスタンリーが言うと、任せるのですとリンネが答えていた。


「そうそう、この前情報クランと話をした時に彼らが言っていたけど、第2陣の山裾の街から開拓者の街の護衛のツアーを攻略クランと情報クランでやるらしいじゃない」


「そうなの。初期組だけって訳にはいかないでしょうって話を情報クランとしてたのよね。希望者が殺到しているらしいし、レベル上げの合間に息抜きを兼ねてやるのよ。金策にもなるし」

 

 たっぷりとタロウを撫でて満足したマリアが俺達の方に来て言った。タロウも満足したのか縁側の俺の隣に来るとゴロンと横になった。


 クラリアも言っていたが護衛ツアーは金策としては良いんだろうな。そうだ、俺は気がついたことがあったので2人に聞いてみる。


「今攻略クランが探索しているエリアって街から北側だっけ?」


 そういうとその通り、北から北東にかけて探索しているという。


「そっちに川は流れてないの?」


「川はまだ見てないぞ」


 となると俺が釣りをしている川は南から北に流れていて街の少し先から北東から東方面に向かって流れていることになるんだな。


「いや、森の中を奥まで続いている川だからさ。どの辺りを流れているのかちょっと気になって」


 俺が川の話をしているのを聞いていた2人。少しの沈黙のあとでスタンリーが俺を見た。


「20メートルほどの川幅となると渡るのには橋が必要だよな。タクが橋を見つけたらひょっとしたらその近くに街がある可能性があるぞ」


 なるほど。そういう見方もできるのか。確かにスタンリーの言う通りだ。人が通る必要があるから橋がかかっている。彼らからはもし橋を見つけたら是非教えてくれと頼まれた。


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