原生林の中の一軒家
原生林に行くとしてもすぐには行かない。俺は開拓者の街の自宅に戻ると畑と果樹園の収穫をする。ランとリーファが収穫後の土の管理をしてくれるので俺は野菜や果物を集めてはタロウが背負っている籠に入れるだけだ。
収穫が終わると農業ギルドに納品をする。ネリーさんの検品を受けて買い取って貰った代金を受け取る。すっかり慣れたやりとりだよ。
自宅に戻ると畑に種を撒き、納品せずに取っておいたイチゴとリンゴ、そしてお茶の葉を箱に詰めた。手ぶらで原生林を訪ねる訳にはいかないでしょう。
「よし、準備完了だ」
「主、参るのです」
「ガウガウ」
俺が準備をしている間はおとなしく俺の傍と頭の上で作業を見つめていたタロウとリンネ。何故かランとリーファも俺の両肩に乗って作業を見ていた。嬉しいがただの箱詰めの作業なんだけどな。
「ランとリーファはお留守番を頼むぞ」
2体の妖精は声を出さない代わりに座っていた俺の肩から飛ぶと空中で止まってサムズアップポーズで応えてくれる。
「任せろと言っているのです」
転送盤で試練の街の別宅に飛んだ俺達はそのまま市内から街の外に出た。目指すは西の台地の上にある原生林だ。試練の街は街から台地方向、西側のエリアには魔獣が生息していない。なので狩りをしているプレイヤーもいない。
新しいエリアにやってくるプレイヤー達も減ったのだろう。誰ともすれ違う事なく台地を登る階段の下に着いた。見上げると階段が上まで九十九折りになって伸びているのが見える。下から見上げると高いんだよな。エリアボスを倒した時はこの階段を降りてきたんだけどこうやって見ると高い。
「主、登るのです」
リンネの声がしてそちらを見るとちゃっかりタロウの背中に乗っている。
「そう言いながらリンネはタロウの背中に乗っていくのか?」
「そうなのです。タロウが良いと言っているのです」
しれっと言うよな。
俺がタロウに乗るのは流石に可哀想だ。行こうかと階段を登り始めると俺の横をリンネを乗せたタロウがゆっくりと俺に歩調を合わせて階段を登る。時折タロウを撫でてやると尻尾をブンブンと振って喜んでいる。
九十九折のカーブの所で立ち止まって下を見れば森に囲まれている試練の街の全景が少しずつ姿を現わしてきていた。しっかりと作りこまれているエリアだ。上になると更に遠方まで見えてくる。深い森が続き、その中に池が点在しているのが見える。階段の途中で立ち止まって見ると、山を背にして左手が北側、正面が東側、そして右手が南側になっているが北側と南側は高い山がずっと向こうまで続いていた。正面にあたる東方面もずっと奥まで深い森が続いていて見える範囲で試練の街以外の街の城壁らしきものは見えない。
階段を30分ほど登ってしてようやく台地の上にたどり着いた俺達。そこから見る風景は初めて来た時と同じ様に絶景だった。
「気持ちがいいな」
「はいなのです」
「ガウ」
風が吹いていて俺の髪もそうだがタロウやリンネの体毛も揺れている。タロウもリンネも目を細めて気持ちよさそうに風を受け止めていた。
俺は絶景に背を向け、高い山に顔を向けると地図を広げた。
ここから原生林の中を道を歩いて途中から道から外れて左、南方面に山の中を進んでいくと目的の家があるらしい。何となく距離感は分かるが道なき道を歩くのだろう。どれくらいの時間が掛かるのかは読めないな。
原生林の中には敵がいないと言いながらもそれはあくまで洞窟の出口から続いている土の道の周辺だけだ。原生林全てに魔獣がいないとは確認が取れていない。恐らくいないとは思うが万が一に備えてタロウの気配感知に頼るしかない。
「タロウ、頼むぞ」
「ガウガウ」
「リンネも頑張るのです」
「うん、リンネも頼むぞ」
「任せるのです」
地図を見るとジョンストン、レストランオーナーが苗木を分けて貰ったという知り合いの住んでいる場所は洞窟の出口と原生林を抜けた台地の端と繋いでいる土の道の東寄り、つまり試練の街に近い南側の林の中にある。ただどこから左に曲がれば良いのかが分からない。
原生林を20分程歩いたところでこの辺かなと土の道から外れて林の中に足を向けた。タロウが俺の横を歩きその背にリンネが乗っている。足元が悪い。倒れている木や土、低い木から伸びている枝葉。この中を周囲を警戒しながらゆっくりと歩いていく。今の所タロウは落ち着いている。リンネもタロウの背に乗ったまま顔をキョロキョロとして左右を見ていた。リンネなりに周囲を警戒してくれている様だ。
倒木を跨いだり、太い木をぐるっと回ったりして歩いている自分達が南に進んでいるのかどうか分からなくなってくる。こうなると従魔頼りだ。隣を歩くタロウとその背に乗っているリンネはずっと同じペースで原生林の中を歩いている。
「お前達、大丈夫か?」
「ガウガウ」
「問題ないのです。主が最初に言った方角に進んでいるのです」
道を外れてから小一時間歩いた頃、ずっと同じぺースで歩いていたタロウがその場で足を止めると耳をピンと立てる。
「近いのです」
俺には全く分からない。前を見ても横を見ても原生林の深い森の中だ。タロウ任せたというとタロウが前に出て歩き始めた。暫くするとやや右の方に向きを変えて歩くこと数分、木々の先にちょっとした広場、原生林が生えていない広場が見えてきた。その広場には梨の木が植えられていた。その果樹園の先に木で作った小屋の様な家が見えている。
「こんにちは」
原生林を抜けて広場に出たところで声を出した。その場に立っていると小屋の扉が開いて中から人族の男性が外に出てきた。
「こんなところまで何しに来た?」
「試練の街のレストランオーナーのジョンストンさんにこの場所を教えて貰いました」
お互いの距離が離れているから大声でのやり取りだ。俺が言うと口をもごもごさせているが何を言っているのか聞こえない。
「奴の紹介なら無碍にはできんな。こっちに来ていいぞ」
という声が聞こえてきた。
「従魔も大丈夫ですか?」
「ああ。問題ない」
「ありがとうございます」
俺がお礼を言うと、
「やったのです」
「ガウガウ」
とリンネとタロウも尻尾を振り回して喜んでいた。
梨の木の果樹園の間を抜けて小屋に近づいていくと40代位の男性が俺達を出迎えてくれた。農作業をしているせいか日焼けた肌をしている。
「プレイヤーと従魔か。ここにプレイヤーが来るのは初めてだな」
「忍者でタクと言います、こっちがフェンリルのタロウ、それでこっちが九尾狐のリンネ。立派な梨の木ですね」
「ガウガウ」
「リンネなのです。主の従魔なのです」
2体ともきちんと挨拶が出来たな。いい子だぞ。
「俺はモンゴメリー。ジョンストンとは幼馴染なのさ」
小屋の外にテーブルと椅子が置いてある。俺はモンゴメリーさんに進められてその椅子に座った。椅子の横の地面の上にタロウが四肢を下ろして座り、リンネは俺の頭の上に移動してきた。
ジョンストンさんのレストランで梨が出てきてびっくりしたこと。梨が大好きだと言ったら畑の果樹園を見せて貰ってその苗木が彼の友達から譲り受けたものだと聞いてここにやってきたという。自分の街では梨の苗木が無いので育てたくても育てられない。苗を譲っていただけないかと思ってやってきましたとこの場所を訪れた目的を言う。
「これが今俺の畑の果樹園で作っているリンゴとイチゴです。お茶もありますのでどうぞ」
箱をテーブルの上に置くとモンゴメリーさんが箱のふたを開けた。
「イチゴもリンゴもいい大きさだな」
そう言った彼はイチゴを1つ摘まむと口に運んだ。その表情が変わる。
「これは美味い。こんなおいしいイチゴは初めてだ」
「当然なのです。主と妖精が一緒に作ったイチゴは美味しいのです」
俺の頭の上に座っているリンネが言った。
「妖精だと?」
イチゴを口に入れたままモンゴメリーさんが顔を上げた。俺は精霊の木を植えたところから話をする。黙って聞いていたモンゴメリーさん。
「なるほど。道理で美味しいはずだ。それにしても精霊の木は隠れ里にしかないと聞いておるが」
「そうみたいですね。実はこのリンネの故郷が隠れ里で、そこに行った時に村長から精霊の木の苗木を貰って育てていたら大きくなって、そこに妖精達がやってきてくれたんですよ」
なるほどと言いながらイチゴを食べるとリンゴに手を伸ばしてそれを口に運ぶモンゴメリーさん。彼が黙って食べている間、俺とタロウ、リンネは黙って彼を見ているだけだ。
「ジョンストンはとんでもないプレイヤーを俺に紹介してくれたみたいだな」
俺の持ってきた果物をそれぞれ口に運んでから言った。
「とんでもない?」
「そうだ。精霊の木、土と木の妖精。農業に携わる者ととしてそれを知らない者はいない。昔から言われ続けている。精霊の木があり、そこに妖精が住み着けばその家で採れる作物はこの世に2つとない美味なるものとなるだろうとな。まさか本当にそんな人がおるとは夢にも思わなかったぞ」
農業ギルドのネリーさんが言っていた幻のというのもそれに関係がありそうだ。
どうやら自分が思っている以上に凄い事らしい。
彼は立ち上がると自分の畑にある梨の木から実を1つ取ると持ってきた。食べてみろと言う。
「美味い!」
一口食べた俺は思わず声を出してしまった。甘くて美味しい。俺の感想を聞いたモンゴメリーさんがそうだろうと言った。いや、マジで美味いよ。
「梨の苗木が欲しいのだろう。もちろん分けてやろう」
こっちだよというので彼の後をついていくと畑の隅の方に梨の苗木があった。
「5つ程持っていってよいぞ」
「そんなに貰っていいんですか?」
「その代わりに妖精が住んでいるというお前の果樹園で梨の実が成ったら持ってきてくれんか」
「もちろんです」
モンゴメリーさんは以前は試練の街の中で畑をやっていたが場所が良くないのと畑自体が狭かったので街を出て1人でこの原生林を開拓して念願の梨を育てているそうだ。ここは土が良くて日当たりも良い。だから美味しく育つんだよと教えてくれた。
1人で寂しくないですかと聞いたら、ずっとここにいるわけじゃない。月に1度は街に出ているんだと言ってから笑った。
「タクならいつきてもいいぞ。梨を持ってくる以外でも気が向いたらいつでも来てくれよ」
帰り際にモンゴメリーさんがそう言ってくれた。
「わかりました。ありがとうございます。またお邪魔しますね」
「お邪魔するのです」
「ガウガウ」
開拓者の街の自宅に戻ると早速梨の木の苗木を植えた。ランとリーファにどこが良いのかと聞いて、ここだと教えてくれた場所に植えた。その場所にあったりんごの木を5本抜いて、代わりに梨を植えた。妖精に言わせるこれで問題なく美味しく育つという。うん、農業のプロが言うから間違いないだろう。
梨の苗木を5本植えると早速妖精の2体がステッキを振ってくれる。
「これでばっちりなのです」
「よし!ランとリーファ、ありがとうな」
その場で歓喜の舞を見せてくれる妖精達。彼らのサムズアップも良いけど俺はこっちの方が好きなんだよな。TPOを考えて使ってくれたらいいや。
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