梨だ!
「主、今日は何をするのです?」
「まずは畑仕事だ」
「わかったのです。頑張るのです」
「ガウガウ」
俺は精霊の木に座っているランとリーファを呼ぶと羽根をパタパタとしながらやってきた。
「畑仕事をやるぞ」
俺がそう言うとランとリーファが飛んだまま俺の前の空中で止まって横に並ぶとそのまま俺に向かって小さな指でサムズアップする。どこで覚えたんだよ。
「リンネが教えたのです。これでばっちりなのです」
2体の妖精のサムズアップを見ているとリンネが言った。
お前か。まぁいいけど。確かにばっちりというか相手の意思は伝わってくるよ。
ランとリーファがステッキを振りながら畑を周る、その後にタロウに乗ったリンネが水やりをする。収穫以外だと俺は彼らの後を歩いて付いていくだけだ。畑から果樹園、そしてビニールハウスの水やりが終わると仕事が終わったとばかりに2体の妖精は精霊の木のいつもの枝に腰かけた。
「ありがとうな。助かったよ」
精霊の木に近づいて2体の妖精にお礼を言ってから。
「ちょっと出かけて来るよ」
俺がそう言うと枝に座ったまま羽根をパタパタとさせつつサムズアップをする2体の妖精。ひょっとして気に入ってるのかな?
俺達は試練の街の別宅に移動した。当然タロウとリンネも一緒だ。
ザ・ファンタジーとも言えるこの試練の街は街も大きく、様々な種族、そして多くのプレイヤーで賑やかだ。その街の中を頭にリンネを乗せ、横には大きくなったフェンリルのタロウを連れて歩くと目立つこと目立つこと。あちこちからしっかりと見られる。
「主は有名なのです」
通りを歩くプレイヤーの視線が注がれている中、俺の頭の上で能天気なリンネが言った。
「俺は有名になりたくないって言ってるだろう?」
「有名で良いのです。皆が主に注目しているのです。主が有名だとタロウもリンネも自慢できるのです」
「ガウガウ」
自慢って、お前ら誰に自慢するんだよ。
基本ソロで活動している俺は知り合いが少ない、それも非常に少ない。初回組で1,5000人、第2陣で10,000人。合計25,000近い人がいるこのPWLで知り合いと呼べるのは情報クランと攻略クランのそれぞれ30人のメンバーに加えてルリ、リサ、エミリー、そして鍛冶職人のアンドレイ位だ。100人もいない。
フレンド登録をしている人となるとさらに少なくなる。リストを見ると10名もいない。わずか8名だ。第2陣の人たちはは知らなくて当然としても第1陣、初期組15,000人の内8人としかフレンドになっていない。これは逆に凄いことじゃないかな。いやいろんな意味でさ。
決してボッチが好きな訳じゃないんだけれども結果的にそう言われても仕方がない。フレの数が何人なのかは周りには言わないでおこう。
市内を歩いているのはマップを作製する目的があるからで、情報クランから出来上がった地図を買うよりは自分で歩いてみようと従魔を連れてこうして歩いている。なんせ街が広い。何度か歩いているがまだ地図が完成していないんだよね。
タロウもリンネも尻尾の振り方を見ているとご機嫌がよろしい様だ。周囲から見られることさえ気にしなければ歩くだけでなんとなく気分が良くなる。ザ・ファンタジーの街だからね。
この街では従魔を連れて市内を歩くことができるというので従魔を連れて入れるレストランや喫茶店もある。簡単に言えばオープンテラスになっていて従魔はそこのウッドデッキの上で横になれるという事だ。
レストランが集まっているエリアは大抵がオープンテラスになっていてプレイヤーがそれぞれの従魔を傍に置きながら食事をしている。従魔はモグラや小熊等が多く、中にはカブトムシを連れている男性プレイヤーもいた。
俺も腹が減ってきていたが大きな通りに面しているレストランではタロウとリンネが目立ち過ぎて恥ずかしいので大通りではなく、そこから入った路地の中で良い店がないか探す。通りだと従魔を自慢しているみたいで嫌なんだよね。もう十分に目立っているのは知ってるけど、それでも出来るだけ地味にいたいと思っている。
路地に入って少し奥に歩いたところにオープンテラスのこじんまりとしたレストランを見つけた。大通りある大きな店じゃないのがいい。外から見るとお客さんも少なそうだ。
「ここにしよう」
「しようなのです」
「ガウガウ」
テラス席には誰も座っていなかったのでテラスの端の席に俺が座るとタロウは俺の椅子の横、店の壁との間に腰を下ろした。リンネは俺の頭の上に乗ったままだ。
「いらっしゃいませ」
座ると同時に店の奥から若い猫人の女の子がやってきた。もちろんNPCだ。
「この店のお勧め料理は何かな?」
給仕の女の子はメニューを持っていたがそれを見ずに彼女に聞いてみた。
「お肉と野菜と果物ですね。今日なら鹿肉のシチューがお勧めです」
「じゃあそれとフルーツ盛り合わせをお願い」
「お願いなのです」
「わぁ、お話が出来る従魔さんなのですね。可愛い九尾狐さんですね」
リンネが言葉を話したのを聞いて感激している女の子。
注文を終えるとリンネが頭から俺のお腹の上に降りてきて膝の上に座る。背中を撫でながら隣を見るとタロウは日向ぼっこの最中だ。目は閉じているが、ゆっくりと規則的に尾を振っている。リラックスしている様でよろしい。俺の膝の上で撫でられているリンネが顔を上げた。
「主、お食事の後は何をするのです?」
「何をしようか。街の外にでも出てみるか」
「はいなのです。外で敵をやっつけるのです」
相変わらず戦闘狂だな。でも日に少しでも経験値を稼ぐのは必要だろう。レベル85という目標がある。急いではいないが、それでも少しずつでも目標に近づけた方が良いしね。
出された食事は美味しかった。鹿肉も美味かったがそれよりびっくりしたのは、なんと果物の中に梨があったんだよ。開拓者の街では手に入らない梨がこの試練の街で食べられる。俺の大好物の果物がこのゲームの中にもあったんだ。
俺は食べ終わると給仕の女の子を呼んで梨がどこで手に入るのか聞いてみた。彼女は店の奥からこのレストランのマスターを呼んできてくれた。こちらは人族だ。
「鹿肉のシチューも美味しかったです。あとこの街では梨が採れるんですか?」
そう言うとマスターが目を見開いた。
「これはびっくりだ。よく梨が入っているのに気が付いたね」
「好きな果物なんですよ」
「なるほど。梨が好きだとは通だね。俺も大好きな果物は?って聞かれたらノータイムで梨って答える位に梨が好きなのさ。よかったら梨の木を見るかい?店の裏の畑で育てているんだ」
是非お願いしますと言うとこっちだよとマスターが店の奥に案内してくれる。当然タロウとリンネも付いてきた。俺が自己紹介をするとマスターが自分の名前はジョンストンで、もう長い間この場所でレストランをやっているのだと教えてくれた。
細い通路を何とかタロウが通り抜けて裏庭に出ると、そこにはリアルで見ているのと同じ梨の木が10本程植えられていて大きくて綺麗な実を付けていた。
「これこれ。それにしても立派な梨ですね」
「俺の知り合いから梨の苗木を貰って育てたんだよ」
なるほど。俺は開拓者の街に畑を持っていてそこの果樹園でリンゴ、ビニールハウスでイチゴを育てているんだと話をする。
「リンゴも悪くはないが、やっぱり梨だろう?」
「そうですよね。でも開拓者の街じゃ梨の苗木がないんですよ」
「なるほどな。この街でも梨を育てている奴は殆どいないんだよ。美味しいんだけどリンゴとかに比べるとマイナーなんだよな」
俺とマスターが話をしている間、タロウとリンネはおとなしくしている。タロウは地面の上に座り、リンネはタロウの背中に乗っていた。よくできた従魔達だ。
「あんたが梨を育ててみる気があるのなら知り合いを紹介するよ。そいつから梨の苗木を貰うといい」
「本当ですか?是非お願いします」
わかった。任せろと言ったマスターは建物に入ると暫くしてから出てきた。手に紙を持っている。恐らく地図だろう。俺は礼を言って地図を受け取った。
マスターにご馳走様、また来ますとお礼を言って店から路地に出ると、それまでやり取りを黙って聞いていたタロウとリンネに言った。
「これから街の外に出るぞ」
「出るぞ、なのです」
「ガウガウ」
「それで主はどこに向かうのです?」
俺は路地の中で地図を広げた。
「俺達の目的地はだな、ここだ。原生林の中だ」
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