主は無敵なのです

 翌日の朝、従魔達と一緒に自宅の畑の世話を終えると、俺とタロウ、リンネは試練の街の別宅に飛んだ。俺の別宅で参加者で打ち合わせをする。彼らは既に2度対戦しており相手については情報を持っている。無いのは俺たちだけだ。2間続きの洋間の仕切りを外して10名が部屋の中にいた。


「NMが池の中に入ったらナイトは下がって、代わりにタクが忍盾をする。エリアボス戦でもわかるだろうが忍者の盾は回避盾だ。間違ってもタクの後ろには立たないでくれ。タクが交わした水鉄砲がまともに飛んでくるぞ」


 スタンリーの言葉に頷くメンバー。彼らは攻略クランで常に一緒に活動をしているのでチームワークはいいんだろう。俺が乱さない様にしないとな。


「トリガーがないNM戦、負けてもまた挑戦できます。難しく考えずにやりましょう」

 

 マリアの言葉で打ち合わせが終わった。俺達は試練の街を出ると南の森を目指して歩いていく。草原のエリアではプレイヤーを見かけたが森に入るとその数がぐっと減った。どうしてかなと思っていると俺の横を歩いているタロウが低い唸り声を上げた。周辺は木しかない。


「さすがフェンリルのタロウだ。気配を感じ取るか」


「こちらが先にわかると楽ですね」


 タロウが唸り声を上げるとメンバーが全員戦闘モードに入る。俺も訳がわからないままとりあえず空蝉の術を唱えたよ。


「目の前に木の形をしている敵がいるのです」


 リンネがそう言ってようやく気がついた。木に擬態しているトレントがこのエリアにいるんだな。さすがにタロウだ。俺は全く気が付かなかった。ただここからはちょっと頑張らないとな。


「俺が先陣を切ろう」


 そう言って前に出ていく。俺がターゲットにしている木に近づくと突然木から蔓が出てきた。それをかわしながら刀で蔓に傷をつける。残念ながら刀の一振りで蔓を切る事はできない。HQの腕輪と蝉で蔓を交わしている間に背後から精霊魔法が一斉にトレントに向かって飛んでいく。もちろんリンネの魔法もその中にある。


 トレントが怒りで蔓を振り回すがそれを回避していると2度目の精霊魔法でトレントが光の粒になって消えた。結局俺たちの誰もダメージを喰らわなかった。こいつは基本ほとんど動かない。1人が近づいて盾になって後ろから遠隔攻撃すると楽に倒せる。


「こいつには回避盾が有効だな。タクに任せておけば安心だ」


「タロウの気配感知もすごいですね」


 倒した後でスタンリーとマリアが言う。


 回避が低いナイトだとまともに蔓の攻撃を受けることになるらしい。倒せない事はないが事故の確率が上がるそうだ。ナイトがダメージを受けることで僧侶の負担も増える。


「主に任せるのです。安心なのです」


 リンネの魔法も尾が増えたこともありまた強くなってたな。いい魔法だったよと俺が褒めると俺の腕の中に飛びこんできた。


「リンネはできる子なのです。撫でるのです」


 その後もリンネを抱いたまま森の奥に進んでいく。タロウがトレントを見つけるとリンネが腕から降りて戦闘態勢になる。あとはさっきと同じで回避盾でノーダメで倒していった。高レベルのこの集団で少しでも貢献できているのでよかった。それに、意外と回避盾が楽しいんだよな。


 トレントやたまに蜂、と言っても結構でかい蜂、を倒して進んでいくと後ろからそろそろだというスタンリーの声が聞こえてきた。


「タロウ、頼む」


「ガウガウ」


 タロウがゆっくりと先頭を歩き始めてしばらくするとその場で前足を落として低い唸り声を上げた。それを見て後ろから全員が集まってくる。


「ジャックス」


「まかせろ。土の上なら俺が止めてやる」


 ジャックス、その後ろにスランリーら戦士、俺、クラリア、タロウ、リンネ。その後ろに後衛部隊が陣取って、その隊形で進んでいくと木々の先に体長2メートル以上あるサハギンと呼ばれている半魚人が池の岸辺を徘徊しているのが見えた。右手には片手剣を持っている。全身は濃い緑色をしていて体に鱗がある。見た目が良くないよ、あのNM。気持ち悪い姿だ。


 俺が蝉を唱える間に僧侶が強化魔法をかけている。リンネは俺に強化魔法をかけてくれた。強化が終わるとジャックスが森から抜けるとそれに気がついた半魚人が片手剣を振り上げてきた。戦闘開始だ。


 ジャックスがしっかりとヘイトを稼いでターゲットになってくれると周囲に散開していた前衛部隊が剣で攻撃を開始する。近づいてみると鱗のある皮膚が濡れて光ってるんだよ。リアルすぎるよ。


 片手刀で身体に傷をつけていくと背後から散発的に精霊魔法が飛んでくる。序盤でもあるし魔力を使わないのとヘイトを稼がない撃ち方だ。リンネも間隔を開けて魔法を撃っていた。それにしてもジャックスのナイトは硬いな。しっかりと剣の攻撃を受け止めている。


 20分ほどそうやって削っているとマリアからそろそろよという声が飛ぶ。その数分後、今まで岸辺にいた半魚人が後ろ足で背後の池に入って言った。


「交代だ!」


 その言葉でジャックスが一気に背後に下がり、俺が半魚人の正面に立って雷遁の術をぶつける。片手刀でヘイトは稼いでいるがそれでもタゲは固定した方がいいからね。後衛からはまだ魔法は飛ばない。俺が3度程遁術を唱えて命中すると半魚人が大きく息を吸い込む仕草をし、その直後に口から強烈な水鉄砲を俺に向けて吐き出した。


 あの硬いジャックスが後ろに吹き飛ばされるのも納得だ。ものすごい勢いで水が飛んできた。想像以上に強烈で早い水鉄砲を避けられずにまともに喰らってしまったが、分身の1体でそれを躱す。それをきっかけに精霊士部隊が一斉に雷の魔法を撃ち始めた。俺も雷の遁術を唱えてタゲをキープしていると再び大きく息を吸い込んだ。


 水を飛ばしてくる!と思った瞬間に横に避けたが間に合わずに2体目の分身が消えた。ただダメージは一切喰らっていない。あの水鉄砲を避けるタイミングが難しいな。更に3度目の水鉄砲も避け切れずに分身が消えてしまう。すぐに空蝉の術を再詠唱して再び3体の分身を作り出すと遁術を唱えてヘイトを稼ぐ。


 魔法は結構なダメージを与えているのだろうがまだ倒れそうな気配はない。4度目の水鉄砲の構えをした時に横に動いた俺は初めて水鉄砲を交わすことに成功する。ギリギリのタイミングだったけど交わしたぞ。


「タク、ナイス」


 池に入って戦闘ができなくなったスタンリーから声が飛んだ。戦っているのは俺と精霊士、リンネだけだ。


 5回目の水鉄砲を交わしてその直後に精霊士とリンネの雷の魔法が半魚人に命中すると大きな叫び声をあげて半魚人が倒れて消えていった。戦闘時間は40分程だった。


「倒したぞ!」


「やったー、勝ったわよ」


 全員が喜んでいる中、岸辺に大きな宝箱が現れた。と同時にアナウンスが来た。



『ワールドアナウンスです。この世界のフィールドを徘徊しているNMが初めてプレイヤー達によって倒されました。この世界の様々な場所でNMがフィールドを徘徊しています。プレイヤーの皆さんは探して挑戦してみてください』



 ワールドアナウンスが出る程だったのか。それにしても他にも徘徊NMがいるんだな。そう思っているとクラリアが同じ事を考えていたみたいで、


「これはエリアの探索のモチベーションが上がるわね」


 と言っている。岸辺に現れた宝箱はスタンリーが宝箱を開けて中のアイテムを全て収納。とりあえず試練の街に戻ろうということになった。


「タロウ、リンネ、頑張っていたな。大活躍だったぞ」


 そばによってきた2体の従魔をしっかりと撫で回す。


「ガウガウ」


「主が凄かったとタロウが言っているのです。リンネもそう思うのです。主が一番なのです」


「そうか、ありがとう。お前達も凄かったぞ」


「リンネも頑張ったのです。タロウも頑張ったのです」


「その通りだ。みんなが頑張ったから勝てたんだよ」


 NMを倒すと経験値と10,000ベニーが入ってきた。聞くと経験値は異なっているがベニーは皆同じ金額が端末に入金された様だ。お手伝いで小遣いを稼ぐ感じだな。経験値はプレイヤーのレベルによって異なるのだろうというのがクラリアの見立てだがおそらく正解だ。


 帰りもトレントを数体倒した俺たちは無事に試練の街に戻ってきた。タロウの気配関知で危なげなく戻ってきた俺達。ワールドアナウンスがあったせいか、街の外でも中でもプレイヤーの注目を浴びてしまう。攻略クランがまたやったな、とか、クラリアがいるから情報クランと共同なのかという声。そして、


「フェンリルに九尾狐だ。忍者もいるぞ」


 そうそう、どうせ俺は付け足しですよ。だからこっちを見ないで欲しいんだけど。


 攻略クランのオフィスに入ると、2階の会議室に移動する。今日はタロウも階段を登って会議室に入ってきた。タロウが俺の後ろに腰を下ろしたタイミングでトミーが部屋に入ってきた。


「スタンリーの立てた作戦が見事に嵌ったみたいだな」


「ああ。タクの忍盾が無敵だった」


「主は無敵なのです。敬うのです」

 

 空気を読まないリンネの発言に皆が笑うが、その後で皆がその通りだよなと言う。勘弁してほしいよ。空蝉のおかげでしょうが。それとHQの腕輪。俺というよりは忍者の特性が生きるNM戦だっただけだよ。


 それよりも盾を任されて失敗しなくてよかったよと本心からホッとする。ヘルプを頼まれた身として最低限の仕事はしたぞ。失敗してたらスタンリーらに合わせる顔がなかったよ。

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