従魔が飛んできた

 開拓者の街の自宅でインするとすぐにタロウとリンネが体を寄せてきた。


「ガウガウ」


「収穫だとタロウが言っているのです」


「その通りだ。まずは畑に行くぞ」


 タロウの背中に左右に籠をつけている鞍を乗せて畑を歩いて野菜とお茶を収穫する。次に果樹園ではリンゴを収穫、そして最後にビニールハウスでイチゴを収穫。


 タロウの上にはリンネが乗っていてタロウの背中を前足で叩きながら鼓舞している。収穫の時にはリンネの出番はないんだよな。


 籠に入った収穫物を農業ギルドに持ち込んで買い取ってもらう。


「どれも安定してるね。すっかり慣れたんじゃないのかい。お茶の葉も中々だよ」


 検品を終えた農業ギルドのギルマスのネリーさんが言った。最初から俺の収穫物の検品は彼女が担当している。最初の頃はギルマス自ら検品するというのでちょっと緊張していたけど最近はすっかり慣れたよ。


「精霊の木を植えてから安定したよ。肥料もいらないし水をやって収穫するだけだからね」


「あの精霊の木を貰えるってことはタクがあの里の人たちに好かれているって事だよ。野菜や果物ももちろんだけど、精霊の木もしっかりと世話をしてやりなよ」


 分かったと言った俺は農業ギルドで新しい種を買うと自宅に戻ってきて今度は畑に種を巻いていく。その後ろからタロウに乗ったリンネが魔法で水を畑に撒いていた。


「主、今日はどうするのです?戦うのです?」


 ビニールハウスの中のイチゴの苗に水やりを終えたところでリンネが聞いてきた。


「今日は外に出ずにここでのんびりしようかなと思ってるよ」


「のんびりするのです。働きすぎると体を壊すのです」


「ガウガウ」


 相変わらずリンネは色んな言葉を知ってるな。縁側に座って寄ってきた2体の体を撫でながらその通りだよなと言った。


 しっかり撫でると満足したタロウとリンネ。タロウは精霊の木の根元に、リンネは一番低い場所にある太い枝の上でそれぞれ横になった。自宅にいる時のリラックスポイントだ。


 精霊の木も大きくなったな。


(今の精霊の木の高さは?)


(20メートルです)


 開拓者の街の農業区にある中でも一際目立つ木になった。高さよりも横に枝が伸びて木々には緑色の菱形の葉がたくさんついている。その下は日陰になっていてタロウがのんびり横になっていた。リンネがいる枝も上の枝葉のおかげで陰になっているので2体とも気持ちよさそうだ。


 戦闘やクエストをせずにこうやって日がな一日のんびり過ごせるのもソロで活動しているおかげだな。俺が縁側で同じ様にのんびりとしていると門が開いてエミリーが中に入ってきた。


「こんにちは。フレンドリストでタクがこの街にいるのを知ってやってきたの」


「こんにちは。どうぞどうぞ」


 特に目的がなくても来てくれるのは大歓迎だよ。


「いらっしゃいませなのです」


 リンネも木の上からエミリーに挨拶をする。俺はお茶を淹れて彼女に勧めた」


「美味しいね」


「畑の一部でお茶を育てているんだよ。摘んだばかりの新茶だから美味しいだろう?」


 縁側に座ったエミリーと雑談をする。彼女は野良募集に乗っかって試練の街までは到達しているが向こうで別宅を買うお金がまだないというのと果樹園の面倒を見るためにこのゲームをしているのでここの街が活動の拠点になっているのだそうだ。


「果樹園の世話をして、家の縁側からその果樹園を見てそのまま1日が終わってログアウトすることもあるんだけどやりたかった事をしてるからこのゲームが楽しいのよ」


 その気持ち、分かるぞ。PWLはプレイヤーが好きな事をしながらこの世界を楽しんでくださいというのがコンセプトだ。自分のやりたい事をやるのが一番ストレスがなくていいよな。


 エミリーはそろそろ俺と同じ様にビニールハウスを設置してイチゴの高設栽培をしようと考えているらしい。ただ今の果樹園を潰してまでビニールハウスを建てるつもりはないのでまずは畑の拡張を狙っているんだという。


「別宅よりも畑を買うのが先になると思うの」


「いいんじゃないかな。畑が広くなったら収穫できる作物が増えて買取金額も増える。結果的に近道になると思うよ」


 俺の言葉にそうだよねと大きく頷く。彼女はもしビニールハウスでイチゴ栽培をする時にはいろいろと教えてと言われた。もちろんいつでもOKだよと返事をしたよ。農業仲間が増えるのは大歓迎。


 エミリーが門から出ていった後も俺は自宅でのんびりと過ごしていた。タロウとリンネが精霊の木でリラックスしているのを見て家の畳の上でゴロンと仰向けに寝る。ゲームでこうやって自宅でのんびり出来るなんて最高だよ。


 今家に来ていたエミリーもそうだったがこのゲームはレベルを上げて攻略するだけじゃない。他にもいろいろな楽しみ方が出来る。合成職人にしてもそうだ。もちろん外でレベルを上げて未開の地を攻略するのもあり。やりたい事が出来る、その選択肢が多いゲームだ。


 畳の上でうとうとしていたらリンネが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「主、あるじ」


「ん?どうした?」


 目を開けると畳の部屋にリンネが入っていて、俺の横に立っていて2本の前足で俺の身体をゆすっていた。


「お友達が来たのです」


「友達?クラリアかスタンリーか?」


「違うのです。タロウとリンネのお友達なのです。お友達が飛んで来たのです」


 飛んできた?何のことかなと畳の上で起き上がった俺はそのまま縁側に出てみた。

 庭には誰もいない。するとタロウがガウガウと声を上げてそちらに顔を向けた俺の目の前に2体の妖精の姿が目に入ってきた。


「妖精?妖精が来たのか?」


「そうなのです。妖精さんが来たのです。お空を飛んでやって来たのです」


 妖精は1体は薄い茶色をしていてもう1体は薄い緑色をしている。2体の妖精は精霊の木の周りを背中にある羽根を使ってひらひらと飛んでいた。体長は50センチくらいだろうか。よくある妖精そのものの姿をしている。一気に目が覚めたぞ。


「マジで妖精じゃないの」


 見ていると2体の妖精が飛んだまま俺に近づいてきてそのまま左右の肩に乗った。

 とにかく可愛い。


「えっと、西の森の奥に住んでると言われている妖精達かな?」


 そう言うと背中の羽をパタパタとさせる。


「そうだと言っているのです。リンネは妖精の言葉がわかるのです」


「すごいぞリンネ。それでどうしてここにやって来たのか聞いてくれるか?」


「分かったのです」


 リンネによると2体の妖精はこの庭にある精霊の木に呼ばれたらしい。ここは住みやすい場所でもっと美味しい野菜や果物が作れる。だから精霊の木から手伝ってくれないかと言われてやってきたのだそうだ。


「なるほど。と言うことはこの妖精達はネリーさんが言っていた農業のプロだってことだな」


「そうなのです。それで名前をつけろと言っているのです」


 その前にテイムする必要があるのかな。どうしたらいいんだろう。ちょっとだけ待ってくれと言って俺は家を出ると開拓者の街のテイマーギルドに向かった。説明をすると何故か俺の家に妖精が来たことを知っている受付の2人。


「妖精がタクさんの自宅に来た時点でテイムしたことになっていますよ。あとは名前をつけると絆が深まります」


 そのまま自宅に戻ると2体の妖精はタロウの背中の上に乗って羽根を休めていた。俺を見てまたこちらに飛んできて肩の上に乗る。


「分かった。茶色の妖精はラン、緑の妖精はリーファだ」


「♪」


「♪♪」


 土だからランドでラン。緑の葉はリーフだからリーファ。分かりやすい。

 名前をもらったランとリーファは肩から飛んで俺の前でお互いに手を繋いで空中でくるくると回る。めちゃくちゃ可愛い。


「ランとリーファが畑と果樹園はまかせろと言っているのです」


「よし、任せた」


 俺が言うとランとリーファは空を飛びながら畑に向かったかと思うとどこから取り出したのか体長の半分くらいの長さのステッキを取り出して畑の上でそのステッキを振った。その後も果樹園の上からもステッキを振る。ビニールハウスは開けられないので俺たちと一緒に中に入るとやっぱり2体でステッキを上から振りながら飛んでいく。


「これで良い野菜や果物が出来ると言っているのです」


「そうか。うん、ありがとう」


 その後俺はビニールハウスに小さな出入り口を作った。これでランとリーファもいつでもビニールハウスの中に入っていける。


 その後再びテイマーギルドに顔を出した俺は妖精2体に名前をつけたと報告する。


「土の妖精がラン、木の妖精がリーファ。タクさんの従魔として登録しました。妖精が従魔になったのでタクさんの畑で取れる作物の品質が今よりもずっと良くなりますよ」


「妖精は俺の自宅の庭にある精霊の木の近くにしかいられないのかな?」


「ここのテイマーギルドでもお預かりできますがタクさんの場合は自宅があり、そこにある精霊の木が妖精を呼び寄せたので自宅になりますね。土の妖精や木の妖精にレベルという概念はありません。農作業をすることで進化していきます」


 なるほど。ネリーさんが言っていた農業のプロというのはそう言うことなんだな。精霊の木のエリア、自宅にいてフィールドには出ないが畑の面倒は見てくれるということか。

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