モトナリ刀匠
エリアボス戦に勝利した俺たちは、奥の扉、そして洞窟内ワープを使って洞窟を抜けて原生林に出てきた。敵がいない原生林の中にある土の道を歩いて原生林を抜けて台地の端に出たときはルリとリサがそこからの景色を見て感激した声を上げる。
「すごく綺麗ね」
「本当。ここからみるとファンタジーの世界そのものよ」
端末でスクショを撮りながら言いあっている2人。俺も前回撮り忘れたから今回しっかりとスクショを撮ったよ。
原生林の台地から九十九折りの階段を降りて草原を歩いて俺たちは無事に試練の街に着いた。この街は従魔を連れて街の中を歩けるのは知っていたらしい。彼女達の従魔のクロとギンはそれぞれの首にマフラーの様に巻きついていて尻尾を小刻みに振っていた。
「ありがとう。本当に助かったわ」
「タロウもリンネちゃんも、お手伝いありがとうね」
「リンネとタロウはしっかりとヘルプしたのです」
「ガウガウ」
何度もお礼を言った2人は早速別宅を買いに行くと言って街の中の不動産屋に向かって走っていった。
「いけただろう?」
報告のために情報クランに顔を出した俺を見るなりトミーが言った。
「確かにね。ほとんどダメージを喰らわなかったよ」
「タクならそうなるだろうな」
トミーはタクがフレンドのエリアボス戦のヘルプをするのだという話をスタンリーにしたらしい。そうしたら、
「タクなら今のボス相手にノーダメージで倒してくるだろう」
と即答したんだよと教えてくれた。空蝉の術の力は偉大だよ。あとはHQの腕輪もだな。PSとか言われるけど忍術と装備がよかったからだろうと思っている。
報告が終わってトミーと雑談をする。というか彼が色々と最近のPWLの事情を教えてくれた。
情報クランは第2陣の10,000人について、プレイヤーがどのジョブを選んでいるのかをデータ取りしている。それによると第2陣で忍者でプレイしているプレイヤーの数は500名程いるらしい。その中には女性もいる。くノ一だな。
「忍者のジョブに関する情報を事前に提供していたこともあり、第2陣で忍者を選んだプレイヤーはその序盤の苦しさを理解した上で選んでいる。今回はジョブを変更する忍者は多くいないだろうと見ているんだよ」
500名か、まだ全体の中じゃマイナーなジョブなんだろうが、ソロ向きという尖ったジョブだが忍者が増えるのは素直に嬉しい。楽な道じゃないけど頑張って欲しい。
情報クランは市内の探索と郊外の探索をしながら試練の塔や試練の内容に関する情報も集めているがなかなか情報が取れないらしい。引き続き調査を進めつつ、周辺の探索とレベル上げをしているのだという。相変わらず多忙だよな。
後からやってきた多くのプレイヤーは試練の街の外で活動をしている。このゲームはいろんなことができると言いながらレベルは高い方が便利だ。まずはレベル上げという風潮はどのゲームでも変わらないな。まぁ一部合成職人という特殊なカテゴリーの人たちもいるけど。
「新エリア開放に新規の参入、さらには印章を集めてのNM戦、運営はここで時間をかけさせるつもりなんだろう」
ひょっとしたらまだ次のエリアが実装されていないのかも知れないと言うトミー。それもあり得る話だ。
前の前にやることが沢山あるのはプレイヤーとしてはありがたい。何をするか自分で考えながら優先順位を決めて進めるのは面白いよ。PWLはゲームが作業じゃなくゲームとしてきちんと機能していると俺は思っている。
俺も忍者関連の店を探しての市内の探索、レベル上げ、そして開拓者の街の農業とやることがてんこ盛りだ。
情報クランを出た俺は通りにある武器屋を数件覗いてみたが刀は売っていなかった。テイマーギルドに聞けば教えてくれるかもしれないけどそれじゃあ面白くない。試練の街のまだ歩いていない路地を歩きながらどんな店があるのか見ていく。
「主は何を探しているのです?」
通りや路地を見ては街の中を歩いている俺の頭の上から声がした。タロウとリンネはこうやって街の中を歩けるのが楽しいらしく俺が街を歩くというと大喜びでついてくる。
「忍者の刀や防具、あとは忍術を売っているお店だよ」
「リンネも探すのです。タロウも探すと言っているのです」
「ガウガウ」
この2体の従魔は俺の役に立ちたいといつも頑張ってくれる。ただ一緒に歩いている限りはお前達が見つけるのは難しいんじゃないか。そう思っていくつ目かの路地を歩いていると頭の上から声がした。
「主の武器と同じ気配がするのです。この先なのです」
「気配?」
本当かよ?そう思うと隣を歩いているタロウも首を上下に振っている。俺には分からないが2体が言うからそうなのかもなと路地を奥に進んでいくと一番奥に小さな店があった。
一軒家に見える店の扉の上には一枚板に『忍御用達』と達筆な字で書かれていた店の看板があった。本当にあったよ。いや、リンネを信用していないって事じゃないんだけどさ。
「こんにちは」
扉を開けながら声をかけ、店の中に入ると綺麗に並べられている刀と壁には防具が掛かっているのが目に入ってきた。
「忍者のプレイヤーか。珍しいな」
その声と共に奥から黒髪、40代に見える男性が出てきた。人族だ。
「こんにちはなのです」
「ガウガウ」
俺に続いてリンネとタロウも挨拶をすると従魔に顔を向けた男性。
「なかなか良い従魔を連れているな。2体とも十分に強そうだ」
「リンネとタロウは主に仕えているのです。主は強いのです」
リンネが言うと男性の表情が緩んだ。リンネは本当に怖いもの知らずだよ。
「この店は忍者のジョブじゃないと外から見えない様に結界を張っているのですか?」
俺は山裾の街にあるくノ一忍具店の事を思い出して聞いてみた。その通りだと頷く男性。
「俺はこの店をやりながら店の奥で刀を作っている刀鍛冶をしているモトナリと言う」
刀匠なのか。俺は自分の名前と従魔を紹介した。
「数日前に試練の街にやってきて武器屋や防具屋を見たんだけど刀と忍具は売っていなかった。路地を歩いていたらこの店を見つけたんですよ」
そう言うと刀は特別な武器だからなというモトナリ。
「忍者が使う刀という武器は普通の鍛冶では出来ない。専門知識と特別な設備が必要なのだ。なのでこの奥で自分が叩いて作った刀をこの店や弟子の店で売っている。その腰に差している刀も私が叩いたものだ。ヤヨイの店で買ったのか?」
「そうです。刀と忍具は山裾の街にあるくノ一忍具店で手に入れました」
ヤヨイさんはこの人の弟子だったんだな。恐らくドワーフの親父もそうなんだろう。ちょっと見せてみろと言うので俺は2本の刀をテーブルの上に置いた。それを手に取ってじっくりと見る刀匠。
「自分で言うのも何だがこの刀はよく出来ている。俺の自慢の一品の一つだ。ただお前の実力から見るとそろそろ上のランクの刀を持っても良い頃だろう」
おっ、刀匠に認められたのかな。
モトナリは棚ではなく店の奥から2本の刀を持ってくると慎重にテーブルの上に置いた。
今までの刀よりも刀身がほんの少しだが長めに見えるが何よりも刃自体が素晴らしい。俺が見ても今まで使っていたのと全然違うというのが分かる。切れ味も鋭そうだ。
「凄い刀ですね」
「この刀は最近打ったものだ。刀身が若干長いだろう」
やっぱり長いんだ。刀匠の言葉に頷く。刀匠によると今までの刀は長脇差と呼ばれており、これはそれよりは長く武士が持っている打刀よりは短い刀匠のオリジナルらしい。
「これを使いこなせれば強い忍になれるかも知れぬ。ところでタクよ、強い忍とはどういう忍だ?」
いきなりモトナリ刀匠が聞いてきた。
強い忍……か。
「負けない忍のことかな」
禅問答の様だが俺は思いつた事を答えてみた。その答えを聞いたモトナリ刀匠はそれじゃあ60点だという。
「もちろん負けない事も大事だ。ただそれだけでは勝てない事もあるということだ、強い忍とは言えないぞ」
言っていることは分かる。分かるが……
俺が黙っていると刀匠が続けて言った。
「強い忍とはただただレベルを上げた忍のことではない。そうは言ってもある程度のレベルは最低限必要だ。時がくれば答えがわかるだろう」
う〜ん、ここで答えを教えてくれないのか。
モトナリ刀匠曰く、今までの武器や防具はレベルに関係なく身につける事ができた。ただこれからはレベルが足りないと持てない武器や防具が出てくるという。作り手側からみて使用者が一定以上の腕があるという前提で武器や防具を作るからそうなるらしい。
ちなみに刀匠が俺に見せてくれた刀はLV85以上でないと持てない刀だった。
「この店の防具もLV85以上でないと身につけることができない。まずはレベルをしっかりとあげるんだな」
「分かりました」
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