ザ・ファンタジー

 目の前には原生林が広がっていた。


 人工的に植林をした綺麗に整った森ではなく様々な木々が生えている手付かずの森と言った感じだ。自分自身は行ったことがないが写真で見た小笠原諸島にある原生林とか屋久島原生林に近いと言えばいいのか。いろんな種類の木が生えており、地面には苔が生えている岩もあれば倒れている木もある。今までの街の郊外にある森はこんなんじゃなかった。植林された様に同じ木が生えている森ばっかりだったからこの景色は新鮮だ。


 その原生林の中を縫う様に土の道が蛇行しながら森の奥に続いている。

 23名全員がしばらくその景色に見惚れていた。


「行こう。周囲の危険度がわからなのでタク、先頭を頼む」


 スタンリーが後ろを振り返って俺を見て言う。タクと言いながら期待されているのがタロウだっていうのは分かってるよ。


 俺とタロウ、そしてリンネが先頭になる。隣にいるタロウの背中をトントンと叩いて、


「タロウ、周囲を警戒してくれよ」


「ガウ」


「リンネも見るのです。警戒するのです」


 頭の上から声が聞こえてきた。


「おう、リンネも頼むぞ」


 

 静寂の森だ。物音がしない。

 俺とタロウ、そしてリンネが先頭に立ち、そのあとにスタンリーとクラリアの両クランマスターが続く。自分たちが土を踏み締めて歩く音だけが森の中に響いていた。タロウは緊張するそぶりを見せない。この原生林は安全地帯なのかも。


 原生林の中に伸びている道は蛇行していた。土の道を1時間程歩くと原生林が終わった。そこは台地の端だった。


 自分たちが歩いてきた原生林は台地の上にあった。背後は抜けてきた洞窟がある高い山が聳えている。その台地の端から下に降りる階段がついていた。高さは50メートル程だろう。階段は台地の斜面に沿って九十九折りになって下まで続いているのが見えていた。


「これは見事な景色だな」


 スタンリーが声を出した。プレイヤー23名全員が台地の端からその先を見ていた。


 階段をおりた平地には緑の草原と木々があり、池がいくつも点在している。その池と池の間に道が通り、その先に石垣で囲まれている街がある。その石の城壁の街の中に真っ白な高い塔が聳え立っているのが見えた。


「今までのエリアとは全然違うな」


「ええ。いかにもファンタジーという感じね」


 俺も声には出さなかったが素晴らしい景色だと感動してた。ザ・ファンタジーだ。


 ここからはスタンリーとクラリアが先頭に立って階段を降りていく。リンネは面倒くさいのか俺の頭に乗ったままだ。その隣をタロウがゆっくりと俺に歩みを合わせて階段を降りていた。


 台地の階段を降りて30分程歩くと城門が見えてきた。その城門の前には数名の男女がおり、自分たちを出迎えてくれる。城門の奥、街の中に建っている白くて高い塔がここからでも見えていた。


「あなた方はあの原生林から降りて来られました。ということはあの山の中の洞窟にいた岩の魔獣を倒して来られたのでしょうか?」


 待っていた男女の中心に立っていた長身の女性が言った。エルフだ。ゆったりとした白い服を身に纏っている。他の男女は人族、狼人、猫人、ドワーフと様々だ。


「その通りです。岩のゴーレムという魔獣を倒し、転送盤に乗って背後の洞窟の出口に飛んで、それから原生林を抜けてここに来ました」

 

 相手が女性だったからかクラリアが応対する。俺たちがゴーレムを倒したと聞いてエルフ始め他の男女が喜びの表情になった。


「それはありがとうございます。いつの頃からかあの洞窟の奥に岩でできた魔獣が住み始め、洞窟の先の街との交流が途絶えてしまっていたのです。いつか再開することを祈って原生林の中の道だけはずっと整備しておりました。これでまた向こうの街と交流を再開することが出来ます」


 なるほど、そう言うことだったのか。黙って聞いているとエルフの女性が俺たちを見て言った。


「私はこの街で神官をしているマリアンヌと申します。皆様、『試練の街』にようこそ」


 試練の街?この街が試練の街ということは何か試練が発生するのかな?そう思っていると全員の今の思いを代表してトミーが同じことをマリアンヌさんに聞いていた。


「それはプレイヤーの皆様ご自身でご確認ください。試練の街は皆様を歓迎いたします。さぁ、街の中にどうぞ」


 街に入る為にはタロウとリンネをリターンさせないといけない。今日はこの2体は頑張ってくれたからあとでたっぷりと労ってあげないとな。と思っていたらマリアンヌさんが俺の獣魔達を見て言った。


「この街では従魔を連れて歩くことができます。従魔達と一緒にどうぞ」


「そうなんですか?それは助かりますね」


 俺と神官のやりとりを聞いていたリンネが興奮して俺の頭の上でミーアキャットポーズになった。タロウも体をすり寄せてくる。


「主。主と一緒に街に入るのです。街の中でもずっと主と一緒なのです」


「ガウガウ」


「何か大きな進展がありそうな街だな。今までとは違う」


「ええ。この街とこのエリアはしっかりと調査しましょう」


 歩きながらトミーとクラリアが話をしているが、俺もそう思う。試練の街という名前からしていかにも何かが起こりそうだ。


 街の中に入ると広い通りに整然と建物が並んでいる。街の作りや雰囲気は今までの街とそう変わらないが、この街はエルフや猫人、狼人と言った種族のNPCが多い。もちろん今までの街にもいたがその比率がグッと上がっている。逆に言えばこの街では今のところヒューマン、人族のNPCが少ない。


 全員が冒険者ギルドの中にある転送盤を登録するとギルドの中のロビーに集まった。


「皆さん、ご苦労様でした。初見でボスを倒すことができて、新しい街に来ることができました。ここで一旦解散とします」


 スタンリーが言った。


「この街は色々とありそうだから情報クランはメンバーを呼び寄せてからしっかりと情報収集するわよ」


 クラリアがそう言うと攻略クランのマリアもまずはクランメンバーを街に呼んでから街と周囲を探索しましょう。この街は重要な気がするわねと言っている。何と言っても試練の街だからな。


 クランに属していない俺は彼らとは少し離れた場所で2つのクランの話を聞いていると皆が俺の方を向いた。


「今回のエリアボス攻略戦のMVPは間違いなくタクだな」


「タクと従魔がいなかったら初見では無理だっただろう」


 次々に言ってくれる。今回はまぁ自分でも貢献したなという自負はあるのでどうもどうもと言っていると頭の上から、


「その通りなのです。主はすごいのです、MVPなのです。もっと敬うのです」


 リンネがそう言って全員が笑った。ゴーレムに勝利し、新しい街に辿り着いた俺たち全員が大きな仕事をやり遂げた達成感に包まれていた。


「タク、また何かあったらすぐに連絡してね」

 

 別れ際にクラリアが言った。彼らはまずはオフィスを借り、そこから仲間を呼びつつ街の調査を開始するらしい。これは攻略クランも同じだそうだ。


「あったらな。そんなにいつもホームランばかり打つと思わないでくれよ」


「そう言いながら打つのがタクなんだよ。期待してるよ」


 隣からスタンリーが言ってきた。言うだけ言うとクランメンバーとギルドを出ていったスタンリー。


 ホームランと言ったが狙っている訳じゃない。俺はいつでもどこでも自分のやりたいことをやっているだけなんだけどね。


 

 ギルドでの転送盤の登録は終わった。街にでると隣にタロウ、頭の上にリンネが乗っている。従魔と一緒に街を歩くのは初めてなのですごく新鮮だ。リンネもタロウもこうやって街の中を歩くのは初めてなので首を左右に振ってキョロキョロしている。うん、その気持ちはよく分かるぞ。


 街の中のNPCは様々な種族の人たちが歩いているが獣魔を連れている俺達を見ても驚かない。ちょうど屋台があったんでそこで串焼きを買った俺は屋台のおじさんにそのことを聞いてみた。ちなみにおじさんは人族だ。


「兄ちゃんはプレイヤーだね。この街は初めてかい?この街は見ての通りいろんな種族の人が住んでいる。その住民の中には自分が従えている従魔も含まれるのさ。だから何も問題はないんだよ」


 従魔もしっかりと住民として認知されているということだ。

 マップを作成しながら通りを歩いていると例によって商業区の端の方、居住区に近い場所にテイマーギルドがあった。今までは1人で入っていたが今日はタロウもリンネも一緒だ。


「こんにちは」


「こんにちはなのです」


「ガウガウ」


 俺が扉を開けて中に入ると広いロビー、そしてそのロビーの横に受付カウンターがあった。受付嬢は2人とも猫耳だ。これはブレないな。彼女達は俺を見て立ち上がった。


「タクさん、こんにちは」


「従魔もよく懐いていますね」


「主はMVPなのです。敬うのです」


「いや、リンネ。それを言っても彼女たちは分からないぞ」


 俺とリンネのやりとりを微笑ましく聞いている受付嬢。名前はスンさんとミーさんと言うらしい。挨拶を済ませると、


「従魔と一緒に住める宿はこの街にありますか?」


 街の中をタロウやリンネと一緒に歩けるのは嬉しいんだが宿に入れないとなると結局無意味になるんだよな。そう思って聞いた俺。


「もちろんありますよ。ただタクさんは開拓者の街で自宅をお持ちですよね。であればこの街で別宅を買ってはいかがですか?」


「別宅?別荘のこと?」


 スンさんとミーさんが教えてくれたのは、自宅を持っているプレイヤーは居住区の中に別宅を持つことができるらしい。もっとも別宅なので大きな家ではなく2間程の部屋に小さな庭があるだけだがそこだと常に従魔と一緒にいられると言う。別荘というよりは離れのコテージと言った感じかな。


 さらに驚いたのは、別宅と開拓者の街にある本宅とは転送盤で繋ぐことが出来、無料でいつでも自由に行き来ができるらしい。もちろん従魔達も同じだ。


 便利でいいねと言うとこの街の不動産屋さんを紹介してくれた。

 

 高くなければいいけど。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る