エリアボス戦 その2
決戦当日、ログインした俺は端末の収納に野営の道具や食料、水があることを確認すると畑と果樹園、ビニールハウスの水やりをしてから街の出口で従魔を呼び出した。
ぞろぞろと開拓者の街から20名強のトップクランメンバーが一塊になって移動すれば嫌でも目立つ。なので各自がバラバラに街を出て集合場所を山道の入り口にしていた。
タロウの背に乗って、自分の前にリンネを座らせると草原を駆け出した。早めに集合場所に着いた俺は入口で腰を下ろしタロウをしっかりと休ませる。これからタロウには頑張って貰わないと行けないからここはしっかりと休んでもらおう。リンネはタロウの背に乗ったり、俺の頭の上に乗ったりとこっちは相変わらずマイペースだ。お前は疲れてないから元気だよな。
山道の入り口で待っていると次々と攻略メンバーがやってきた。マリアは早速タロウの横にしゃがみ込んで撫でまわしているし他の女性プレイヤーも同じ様にタロウを撫でている。耳を後ろに垂らせているので満更でもないのだろう。すっかり大きくなったがまだまだ子供なんだろうな。
「リンネちゃん、今日は頼むよ」
「任せるのです。先陣を切っていくのです」
集合場所にやってきた男性プレイヤーから声を掛けられると俺の頭の上でミーアキャットポーズで答えるリンネ。
スタンリーがやってきた。
「ここから山小屋まで道幅は変わらないのか?」
「基本変わらない。途中から、つまり高くなると木が少なくなって土というか岩が剥き出しの斜面になる。片側が斜面、片側が崖となるので崖下に落ちない様にしないとな。歩きにくいよ」
スタンリーと話をしているとそこにクラリアとトミーもやってきた。最後の確認をする俺達。今日は山小屋のセーフゾーンまで移動してそこで休憩。明日エリアボス戦だ。
全員がいるのを確認すると俺、リンネ、タロウを先頭にして山道の攻略が始まった。途中で出会うゴーレムをタロウが崖下に蹴とばすとメンバーから歓声が上がる。
「フェンリルのタロウがいるといないで大違いだな。斜面を自由自在に走り回って蹴とばせるのならこの山道の攻略がかなり楽になるぞ」
背後からスタンリーが言う。いつも2体の従魔と経験値稼ぎをしている方法で敵を倒しつつ山道を登っていく。途中で複数体のリンクがあるがこれも背後のゴーレムをタロウが蹴とばし、俺達と対峙するゴーレムは俺が空蝉の術で交わしている間にリンネや精霊士の魔法で倒していくので全く危なげなく倒せていた。エリアボス戦では活躍できないだろうからこういう場面で頑張らないと。
木々が少なくなり山肌が見えている山の斜面に伸びている山道を登って行って数時間が経ったころ、蛇行して山々の奥に伸びている山道のずっと先の高い場所に小屋が見えた。立ち止まると背後にいるスタンリーにあれだと教える。
「あそこか、まだもう少しあるな。気合いを入れて行こう」
そこから4時間程で俺達は無事に山小屋に着いた、スミス老は相変わらず小屋の外の椅子に座っていて、山道を登ってきた俺たちを見ると椅子から立ち上がった
「タクか、戻ってきたんじゃな」
「こんにちはなのです」
タロウに乗っているリンネが挨拶するとこんにちはと挨拶を返すスミス老。
後ろにいるプレイヤーの集団を見ると、
「うんうん、皆さん強そうじゃ。これは期待できるぞい」
「ありがとう。それで小屋の中で休ませて貰っていいかな?」
「どうぞどうぞ、全員が余裕で入れるよ」
俺がお土産ですとイチゴの詰め合わせとお茶の葉を渡すと大層喜んでくれる。自分の畑で作ったものを上げるのがこれほど気持ちがよいものなんだと最近知ったんだよね。
全員がスミス老に挨拶をして小屋に入った。タロウとリンネは体力が回復しているのだろう。床の上に横になって気持ちよさそうだ。スタンリー、クラリア、マリア、トミーがスミス老と小屋の外で話をしている。俺はいいだろうと小屋の中でタロウらと一緒に休んでいると扉が開いて外からトミーが顔を出して俺を呼んだ。
俺が立ち上がるとタロウとリンネも起き上がった。ここで休んでいていいんだぞと言ったのだが、
「タロウとリンネは主と一心同体なのです」
そう言ってタロウに乗ってついてきた。
外に出ると陽が大きく傾いていた。外に出てきた俺を見たスタンリーが言った。
「今スミスさんに色々と話を聞いていたんだよ。おおよその状況は分かった。スミスさんによると核が見えるのは狂騒状態かそれに近い状態になってからじゃないかと仰っている。それまでは通常の攻撃と魔法でボスの体力を削っていこう」
「逆に言うとそれまでは普通にボスの体力を削っていかないといけないと言うことだ」
1個しかない貴重な爆弾だしね、追い込みで使うというのは分かる。投げるのがスタンリーだから間違いないだろう。狂騒状態にまで追い込むのは大変だろうが。
「タクは撒菱は持ってる?」
マリアが聞いてきた。
「ああ、40個ほどあるよ。それを使うの?」
「狂騒状態になったら暴れまわる可能性があるでしょ? 相手が岩だからどこまで効果があるのかは分からないけれど打てる手は打つ方針よ」
確かにな。俺自身全くその手は気が付かなったよ。効果が無くて当たり前、あったら儲けものって事ならこっちも気兼ねなく使えるな。それにしても流石に攻略クランのトップだな。色んなことを考えているんだ。忍者の撒菱まで知ってるとはびっくりだよ。そう言うと知り合いの合成職人がスキル上げで撒菱を作成していたのを知っていたからだと教えてくれた。
この小屋の番をしているスミス老は小屋の中には入らずに、いつも小屋の外にある椅子に座っているのだという。NPCだからそういう設定なんだろうな。
打ち合わせを終えて全員が小屋の中に入ると今日はゆっくり休んで、明日朝に最後の打ち合わせをしてから出発しようとなった。小屋の中にテントを張る訳にはいかないので皆あちこちに思い思いに座っている。俺と2体の従魔は部屋の隅に陣取っていた。
床の上で横になっているタロウが自分の腹に体を預けろというので上半身をタロウに預けてもたれながら足を伸ばしているとリンネが俺の足の間に体を入れて顔を俺の太ももに乗せる。
そのポーズが可愛いらしく女性のプレイヤーがスクショを撮っていた。
「フェンリルを背枕にできるなんていいわね」
「リンネちゃんも気持ちよさそう」
スクショを撮っていた女性プレイヤー達が言っている。
「主の太ももに顔を乗せるとリラックスできるのです」
5本の尻尾を振りながら愛想を振り撒いている。タロウも大きな尻尾をゆっくり振っていて機嫌がよさそうだ。
「そうそう。公式に出てたけどさ、第2陣が来たタイミングで公式サイトがリニューアルしたでしょ?PWLのフィールド上の動画がランダムで公開されるらしいわよ」
スクショを撮っていた女性プレイヤー達がそんな話をしている。そう言えばチュートリアルの中でPWLの中の映像は運営が自由に公式サイトに掲載することができるとか言ってたな。
「そうなったらタクの従魔なんて何度も登場するんじゃないの?」
「いやいや、それはないだろう」
俺はそう言ったが根拠はない。目立ちたくないからそう言ってるだけ。
「タクとその従魔は第1陣のプレイヤーの中では有名だ。十分にあり得る話だぞ」
「トミーまで、やめてくれよ」
タロウとリンネが有名なのは分かるけど、俺が有名な訳がないじゃないの。
それをきっかけに小屋にいるプレイヤー達が好き勝手に話はじめた。ひょっとしたら明日のエリアボス戦もダイジェストやるんじゃないかとか言っている。俺は知らなかったが公式サイトではそんなアナウンスがあったみたいだ。ただリアルタイムでは流さずに編集をしてから流すらしい。
「主、有名になるのです。リンネも応援するのです」
俺の太ももに顔を乗せたまま言うリンネ。タロウも尻尾をブンブンと振っている。お前もかよ。
「有名になんてならないし、なりたくないよ」
「主が有名になったらタロウもリンネも鼻高々なのです」
相変わらず色んな言葉を知ってるな。
「そんなのはいいよ。俺はのんびりするのが目的なんだから」
「わかったのです。でも主が有名になりたくなったらいつでもリンネとタロウがお手伝いするのです」
わかった、その時は頼むよとリンネの頭を撫でてやると目を細めて満足そうな表情になる。タロウも任せろとばかりにガウガウと言ってるし、こいつら俺より目立ちたがりじゃないか?
皆リラックスして小屋の中で時間を過ごしていた。エリアボス戦を前にして今から緊張しても仕方がない。本番は明日だ。
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