山小屋のスミス老

 PWLに第2陣がインしてきました。始まりの街は大賑わいらしい。

 とりあえず人が多い始まりの街に行く予定がないので俺には関係のないところではある。


「ほとんどのプレイヤーがテイマーギルドに登録をしたらしいの。ただインしてすぐだからギルドが販売している従魔のスライムを買う10,000ベニーが無いので登録だけしているらしいわ」


 ゲームにインしていきなり10,000ベニーを持ってたら逆に驚くよ。このゲームはRMTも禁止されてるしね。



(*RMTとはReal Money Trade PWLの場合はゲーム内通貨を、現実世界の金品を使って売買する行為)



 ここはルリとリサの新居だ。やっと家が買えたというのでご招待いただいている。居住区の中に張り巡らされている路地の奥の方だが値段的にこの場所しかなかったと言っているが、静かで良い場所だ。それに庭がある。今庭では彼女達の従魔のギンとクロがタロウとリンネと一緒に遊んでいた。2人はレベル上げを中断して金策に没頭していたらしい。


 どう言う金策をしていたのかは自分から言わない限りは聞かないのがマナーだ。いずれにしても無事に家を手に入れた様で何より。その彼女達から始まりの街の話を聞いていた俺。家を手に入れたお祝いにイチゴとりんごの詰め合わせ、そしてお茶の葉をお土産として持参していた。


 イチゴもりんごもそしてお茶も大好評で安心したよ。お茶は自分が飲んでいて美味いと思っていたけどこうやって第三者も美味しいと言ってくれると嬉しいし、自信になるね。


 今の始まりの街の様子はこの2人から聞いた。

 

「そろそろレベル上げをしようかって話をしてるの。クロとギンがいるから2人と従魔で自由に動けるし」


「明日か明後日くらいにアナウンスがあって新人歓迎とかで経験値増キャンペーンをやるかなってリサとも話してるのよ」


「それはあり得る話だよね。それに乗っかったらレベル上げも少しは楽になるだろうし」


 ルリがそう言っていた、その予想通り次の日にインするとウィンドウに公式メッセーじがアップされていた。


 第2陣がPWLの世界に来たことを記念して3日後から1週間、経験値増、アイテムドロップ率アップのキャンペーンを行うらしい。これで俺もこのエリアの上限の70に到達できるかもしれない。


 レベル上げの場所は山道と決めている俺。

 3日後。キャンペーンが始まると毎日の様に山道でゴーレム相手に経験値稼ぎをする。このレベルになるネクストの必要経験値が多いのでなかなか上がらないがキャンペーンのおかげかでキャンペーンの3日目に全員が70になった。


「よく頑張ったぞ」


「タロウもリンネも頑張ったのです。主も頑張ったのです」


「ガウガウ」


 ミントに70になってどうなったか聞いてみた


(このエリアのレベル上限に達しました)


(やっぱりそうか。スキル関係はわかるかい?)


(新しいスキルは習得していませんが、69に比べてスキルの強さがアップしています)


(68から69よりも69から70に上がった方が強くなってるってこと?)


(はい。その通りです)


 なるほど。レベル差1以上に各スキルの上昇が大きいってことか。なるほど。

 

 これ以上レベルが上がらない。そして山道はタロウがいる限り俺たちに取って厳しい場所ではない。ということで俺たちは明日から山道を通って反対側に行ってみることにする。敵を倒しながら印章を集めよう。


 夕刻に自宅に戻ってくるとタロウとリンネを前にして言った。


「明日は今日行った山道を奥まで登って、できたら反対側に抜けてみようと思う」


「タロウとリンネは主についていくのです。主ならできるのです」


「ガウガウ」


 うん。2体の了解もとったぞ。

 野営前提になるだろう。サーバントポーション、自分用ポーション、そして食料を準備する。端末を見て思い出した。撒菱をまだ使っていないや。一度使ってみないとな。


 しっかり準備をすると畑と果樹園、ビニールハウスを見て廻って準備完了だ。



 翌日、インした俺は開拓者の街の外でタロウとリンネを呼び出すと2体の前で気合いを入れた。


「みんな、今日は頑張るぞ」


「ガウガウ」


 尻尾を激しく振って答えるタロウ。うん、いい気合いだ。


「リンネも頑張るのです。主、準備はばっちりなのです?」


 すでにタロウに乗っているリンネが言った。


「おう。準備はバッチリだ」


「では参るのです。リンネの後ろに乗るのです」


 腰を落としたタロウの背中にまたがって両手でリンネの体を支えるとゆっくりと起き上がったタロウが一路南に向かって駆け出した。


 草原を駆け抜けた俺たち。もう何度も通った道なので何も言わなくてもタロウは山道の入り口まで俺たちを運んでくれる。


 ご苦労さんとタロウの背中をポンポンと叩いてからリンネの背中もトントンと叩く。これをしないとリンネの機嫌がよろしくなくなる。叩かれて5本の尻尾をブンブン振り回しているのを見て安心する。


 リンネが強化魔法をかけてくれた。もう慣れたものだ。頭を軽く叩いてお礼を言う。


「リンネに任せるのです」


「もちろん、タロウとリンネには期待しているぞ」


 山道は俺とタロウが並んで歩き、リンネはタロウの背に乗っている。敵の気配を感じるとリンネが降りて俺たちの背後に陣取って後衛の仕事をする。タロウが威圧を唱えて敵のヘイトを稼ぐと山の斜面を駆け上がる。ゴーレムがタロウの方を向けば俺たちが刀と魔法で攻撃し斜面の上からタロウが飛びかかって蹴りをして崖下に突き落とす。これが俺たちの戦い方だ。


 複数体リンクしても背後のゴーレムが前に出てこられないので前から順に倒していくことで危なげなく山道を進んでいった。


 山道は山の斜面に沿って作られているので蛇行しながら奥に向かって登りが続いている。見通しの良い場所に来て遠くまで道が見えるとそこにいるゴーレムの配置を頭に入れながら今までよりも山の奥に進んでいった。最後は転移の腕輪で戻れると思うと安心感が違うが、出来るのなら転移の腕輪を使わずに、つまり逃げることなく山の上の方まで行きたいと思っている。


 登り始めて5、6時間が経った。陽は真上にある。山の木々は山裾だとそれなりに密集して生えていたが山を登っていくとだんだんと木の数が減ってきてゴツゴツとした岩場になってきた。視界は良いが足場は悪い。


「タロウ、足元に気をつけろ」


「ガウ」


 相変わらずゴーレムが2体、時に3体と固まって山道を塞いでいるがそれらを倒しながらさらに奥に、山の斜面に沿って作られている細い道を登っていった俺たち。山を越えるとまた山だ。陽が傾いてきてそろそろ野営の場所を探さないといけないと思った頃、山道の先、連なっている山々の中にある1つの山の頂上付近に木で組まれた小屋があるのを見つけた。あんなところに小屋があるんだ。セーフゾーンかも知れないぞ。


「あの小屋まで頑張るぞ」


「任せるのです」


「ガウガウ」


 蛇行しているので山小屋は見えているが近くはない。その後戦闘を繰り返した俺たちが山小屋に辿り着いたのは陽が暮れる寸前だった。


 山小屋の前に1人の老人が椅子に座っていた。


「こんばんは」


「こんばんはなのです」


「ガウガウ」


 近づいて挨拶すると椅子から立ち上がった老人。


「おや、久しぶりにこの山道を登ってくる人を見て誰かと思って見ていたらプレイヤーさんとその従魔達だったのか。ご苦労さんだのう」


 予想通り山小屋の中はセーフゾーンらしいので中で休みなさいと言われた俺達。もちろんリンネもタロウも小屋の中に入る。小屋は思っていたよりも広くて結構な人数が同時に休めそうだ。20名程度なら余裕だろう。


「おじいさんはここに住んでるのかい?」


 端末から水筒を取り出して口に運びながら聞いた。


「そうだの。もうずっとここに住んでおる。坑道の転送盤ができる前は皆苦労してこの山道を登ってきて、そしてこの小屋でしっかりと休んでから反対側に下って行ったもんじゃよ」


 この老人はスミスという名前らしい。スミス老だな。


「お仕事ご苦労様なのです」


「ほほ、ようできた九尾狐じゃ。それにお主によく懐いておるの」


「主は良い人なのです。タロウもリンネも主のタクが大好きなのです」


 老人はそうかそうかと言って俺に顔を向けた。


「それであんた達はこの山道を歩いて向こう側まで抜けるつもりかい?それともこの小屋の奥にいる強い敵を倒すのが目的かな?」


「強い敵?」


 思わず聞き返したよ。まさかこんなところに強いのがいるとは思っても見なかったし。隣を見るとタロウとリンネも両耳をピンと立てて老人を見ている。


「そうじゃ。この山小屋の裏から尾根に沿って100メートル程歩くと石が積まれている門がある。その門を降りていくと洞窟になるんじゃ。その洞窟をさらに奥に歩いて行ったところにゴーレムの親玉と呼ばれている魔獣が住んでおる」


 それってひょっとしてエリアボス?


「その洞窟に入ってまた出てくることはできますか?」


「あまり近づかなければ大丈夫のはずじゃ。ただお前さん1人、いや従魔2体もいるが、この人数では相当厳しい戦いになるぞ」


「もちろん、分かっています。今初めてここに強い獲物がいると聞いたので驚いているんですよ。元々はこの山道を通って反対側に降りようとしてたのですから」


 俺の言葉に納得したのかスミス老が大きく頷いてくれる。


「じゃあ様子を見てくるが良いだろう。ただしさっきも言ったが近づき過ぎるでないぞ。噂ではかなり遠くから気配というのを感じとるらしいからの」

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