ぬるいゲームだから人気がある

 この日はインすると近寄ってきたタロウとリンネを前にして俺は宣言する。


「今日は山道でレベル上げをするぞ!」


「するぞ!なのです」


「ガウガウ!」


 よし、2体とも気合いが入っているな。早速街の外で2体を呼び出すと盆地の南にある山を目指す。時間節約という事で、俺とリンネはタロウの背に乗って街の外の草原を一気に駆け抜けて山道の入り口までたどり着いた。


 草原にはそれなりの数のプレイヤー達がいて魔獣を倒していたが、俺たちが通ると目を点にしてこちらを見ていた。そりゃ目立つわな。ただこっちも急いでいるんでね。びっくりさせてごめんね。


 山道に入るとプレイヤーの姿はなく貸切りとなった。草原よりレベルが高いし狩場の条件が悪いからな。


「今から新しく覚えた忍術を使ってみて調べてみるよ」


 そう言って遁甲の術を唱えた。姿は消えるが従魔達からは俺の居場所がわかっているみたいだ。慌てもせずに俺に顔を向けている。


 確かめたかったのは魔獣に対して遁甲の術と物見の術の有効性を確認するためだ。魔獣によっては聴覚に反応するもの、視覚に反応するもの、両方に反応するものがあるんじゃないかと思ったのでそれを検証したかったんだ。


 山道で出会うゴーレム、そして山から降りて森の近くにいた獣人や魔獣を相手にして検証した結果は、獣人は視覚に反応する。つまり姿を消すと気が付かない。これは確認できた。ゴーレムが音に反応するのも確認できた。音を消すと気づかれない。


 魔獣は音を消すと反応しないもの、姿を消すと反応しないものの両方がいる。

 これは種族ごとに覚えていくしかなさそうだ。


 ざっくりとした検証を終えると山道で経験値稼ぎタイムだ。ゴーレムがいると物見の術で音を消して背後に回っても気がつかない。術のリキャストがあるから毎回使うという訳にはいかないがリンクしたときなどは有効だろう。


 細い道は山のずっと奥まで続いているが、俺たちが経験値を稼ぐのは山道の入り口付近だ。それでも細い道で斜面はきつい。普通なら誰も来ないだろう。だからいいんだよ、人が少ないってのがね。


 タロウの大活躍で次々とゴーレムを倒しまくった俺たちはレベルが67になったところでこの日の活動を終えた。終わってから端末を見てみると印章が4枚貯まっていた。


 結構な数を倒したつもりだがそれで4枚というのはどうなんだろう。ソロだからドロップした印章は自分の総取りになるがパーティならどうなるんだろうな。ランダムで配られるのかな。今度クラリアに聞いてみよう。


 帰りもタロウの背中に乗って草原を疾走して自宅のある開拓者の街に戻ってくると自宅の庭で2体の従魔を労ってやる。転移の腕輪で帰ろうとしたらタロウが乗っていけとグイグイと体を押し付けてきたんだよ。俺が街から自宅に戻るとすぐに擦り寄ってきた。


 しばらく撫でると、立ち上がってお茶畑の様子を見に行く。後ろにはタロウとその背中に乗っているリンネが付いてきた。


「主はお茶の葉を摘むのです?」


「そう。お茶の葉を摘んでから新茶を作ってみるよ」


「タロウとリンネも見るのです」


「近くで見てもいいぞ」


「ガウガウ」


 茶摘みから新茶を作るのは本当は手間をかけてやるものだがこれはゲームだ。新芽を摘んでお湯で洗って優しく揉んでから乾燥させるだけでいい。


 俺がやっている作業を2体の従魔が物珍しそうに見ている。竹ざるに葉を入れてそれを庭に置いた。


「これでOKだ。この葉っぱが乾燥したらお茶の葉になって飲めるぞ」


「主はすごいのです。何でもできるのです」


「ガウガウ」


 いや、褒めてくれるのは嬉しいんだけどさ。そう難しい事をしている訳じゃないからな。茶葉を乾燥させている間、2体に留守番を頼んだ俺は市内で急須とお湯呑みを買ってきた。これでいつお客さんが来ても大丈夫だ。



 バージョンアップから1週間が過ぎた頃にクラリアから連絡が入ってきて久しぶりに彼らのオフィスに顔を出した。


「落ち着いたのかい?」


 俺が座っている向かい側にはいつも2人が並んで腰掛けている。


「まだ全部は検証できないが、いくつか分かった事があってね」


 トミーがそう言って印章を使ったNM戦について教えてくれた。どうやら印章の枚数によって戦闘する場所、相手が異なるらしい。


「一番少ないのが印章10枚でできるNM戦。これは第3の街から西に進んだ森の入り口に新しく小屋ができていてな。その中に入って印章を出すとフィールドに飛ぶ様になっているんだ。戦闘の制限時間も一番短くて10分」


 最低が10枚か。俺はここ数日のレベル上げで忍者が69になっていて印章は15枚程貯まっていた。


「次に印章20枚のNM戦、これは山裾の街の炭鉱の先、ダンジョンの入り口に広場があるだろう?あそこからフィールドに転移して戦闘をするんだ。制限時間は20分」


「10枚と20枚、どう違うの?」


「どちらも5名までフィールドに入れるのは同じ。違うのはNMの強さとそのドロップね」


 トミーの後を引き継いだクラリアが俺の質問に答えてくれる。5名か。従魔がカウントされるとしても3枠だと厳しいだろうな。


「まだあるのよ。30枚印章もあるのこれは山裾の街から北にいったセーフゾーンの東側、10枚の時と同じ様に山裾の草原に小屋が建っていてその中から転移する様になってるわ。そしてこの30枚の制限時間は30分」


 情報クランでは今のところは30枚までだがこれはこれらエリア開放が進めば増えていくだろうと見ている。ただいずれも5名の戦闘を前提にしているということで俺は当面単独での挑戦は厳しそうだ。


 情報クラン、攻略クランともにこの10枚、20枚、30枚の印章NM戦は経験しており、30枚の戦闘は最初は負けたらしい。


「時間切れしたのよ。2度目は勝利したけどね」


 NMは10枚がサイ、20枚が蝙蝠、30枚はゴーレムだったらしい。当然フィールドのそれらよりも強い設定にしているが、数度戦闘して毎回同じNMだったので固定されているのではないかという。そうであれば何度か戦闘を経験すれば攻略法が確立されるだろう。ドロップ品は30枚だとそれなりに使える装備が出るらしい。それよりもベニーがドロップするので金策でそっち狙いのプレイヤーも多いという。ドロップ品を店売りしてさらにベニーを稼ぐというやり方だ。


 魔獣が落とす印章のドロップ率についてはだいたい自分のドロップの感覚と同じだった。


「タクは今何枚持ってるの?」


「15枚」


「挑戦する時にヘルプがいるのならいつでも声かけてくれて構わないからな」


「ありがとう。その時は頼むよ」


 その後レベルの話になるとこの第2エリアの上限は70らしく、全員がそこから上がっていないらしい。俺が69だからもうそろそろ頭打ちになるのか。


「つまりそろそろエリアボスが見つかる頃だと見ているの」


 情報クランも攻略クランも今はNM戦をしているがそろそろ落ち着いてくるので再びエリア探索に軸足を置くつもりだという。


 一方、新規の第2陣は来週からインしてくるらしい。募集の1万IDに対して10倍以上の応募があったのだと教えてくれた。PWLは大人気だな。


「ある意味当然なんだよな。他のVRMMOと比べて緩いと言われているのは戦闘だけだ。ゲームの攻略が命、ガチ勢なんて奴らはVRMMOをやっている中でも多くはいない。ほとんどがゲームを楽しもうというライト層だ。そのライト層を狙って作られたPWLが人気が出ない訳がないんだよ」


 PWLではエリアボスなど一部の戦闘はシビアだがそれ以外はレベルに応じた敵を探して経験値を稼ぐことができる。また経験値稼ぎ以外の合成なども充実している。


「他のゲームのガチ勢って課金パワーで攻略している人たちが多いでしょ。PWLはそれができない仕様だから。しかもステータス等のデータを隠している。その結果プレイヤーの個性が出やすくなっているのよね」


 確かに街を歩いてもいろんな格好をしているプレイヤーばかりだ。戦士はこれ、精霊士はこれ。と決めつけてそれ以外を否定する風潮はない。


 情報クランも最初は細かいデータ取りをやっていたが、これはプレイヤーの選別につながりかねないと途中からは大雑把な評価に切り替えたのだという。それでもプレイヤーから不満は出ていないらしい。


 むしろ攻略情報やクエスト情報及びその他情報でプレイヤーへの貢献度が高いという評価を得ているのだとトミーが言った。個人的には全てを数値化して検証するのは俺もどうかと思っていたので良いんじゃないのと頷きながら言う。


「なのでこれからは、情報クランとしては攻略クランと一緒に次のエリアを見つけることに注力するつもりだ。タクにも期待してるよ」


「だから俺に期待すんなって。活動範囲の狭いソロプレイヤーなんだからさ」

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