農業仲間ができました
丸1日のメンテナンス明けにログインすると、バージョンアップが無事に終了しましたとの通知がウィンドウに現れた。
更にこの日から2次募集の受付を開始したという通知も表示される。
情報クランや攻略クランは暫く多忙になるだろうな。印章を集めたり、V.UP後の合成の様子を調べたりと。それに加えて新エリアの探索もやるだろうし。俺は彼らには連絡を取らずに開拓者の街の自宅で毎日のルーティーンである畑のお世話をしている。従魔2体ももちろん一緒だ。
タロウの背中に鞍をかけ、その左右に籠を付けて収穫した野菜をその籠に入れていく。タロウはこれが嬉しいのか尻尾をブンブンと振りながら俺の後ろを付いて畑を歩いている。リンネはそのタロウの背に乗って見ているだけだ。リンネはビニールハウスでの水やりという大事なミッションがある。畑と果樹園は俺に任せろ。
「美味しそうな野菜なのです」
俺が手に掴んでいる野菜を見ながらリンネが言う。
「実際美味しいぞ。農業ギルドの人がいい野菜だと言ってくれているからな」
そう答えてから収穫した野菜を籠にいれる。
「主は戦闘も農業も凄いのです」
「ガウガウ」
タロウもそうだと言っているがどうも俺の従魔達は俺を過大評価する傾向がある。まぁ嫌われるよりはずっといいのでそうかもしれないなと相槌を打っているが。
畑が終わってビニールハウスに入ると今度はリンネが活躍する番だ。タロウの背中に乗って高設栽培のいちごの鉢に水魔法で水を撒いていく。これは自分達の仕事だとタロウもリンネも頑として俺にはさせない。俺は彼らの後ろをついて歩くだけだ。
一通り農業が終わると2体に留守番を頼んで俺は収穫した野菜をもって農業ギルドに顔を出した。
「いいねぇ、安定してるよ」
ギルマスのネリーさんがそう言って検品している。検品が終わると職員が買い取り金額を計算している間に彼女と雑談をするのもいつもの事だ。
「新しいプレイヤーさんが沢山この世界に来るみたいだよ」
「聞いてるよ。この街に来るのはもうちょっと先だろうけど、この街に来たらうちのギルドにも加入してくれると嬉しいね」
こんなやり取りをしていると俺に続いて最近畑を買った2人目のプレイヤーさんがいるとネリーさんが言った。数日前に畑と家を買ってここに登録したのだという。2人目という事で仲良くしてくれと頼まれた。もちろん俺も農業の仲間が増えるのは歓迎だよ。それにしても畑と家を買うことができる人が現れたんだ。
「彼女にはタクの名前と家の場所を教えて、一度は挨拶に行っておいでって言ってあるよ」
「ありがとう。お仲間が増えるのは歓迎だし、何も問題ないな」
まだ農業区は十分に土地が余っているしね。農業やる人が増えるのは良いことだよ。
ギルドが買い取ったお金を端末に入金して農業ギルドを出た俺は市内を抜けて農業区に入る。お仲間さんの畑がどこにあるのかなと周囲を見てみると、農業区の真ん中に通っている道を挟んで俺の反対側に植木で囲った柵が見えた。恐らくあれがそうだろう。柵越しにこじんまりとしている家の屋根も見えていた。
俺の場合は割引券で定価より安く買う事が出来たが、あの人はきちんとお金を払ったんだろうな。凄いよ。
自宅に戻って合成をしていると脳内にミントの声がした。
(自宅に入る許可を求めているプレイヤーが1名います)
工房から出て門に向かって歩いていくと、門の所に1人の人族の女性が立っていた。
「こんにちは。農業区に畑を買ったエミリーです。ご挨拶に来ましたー」
ローブを着ているので僧侶なのかな。ミントに許可を出すと門の鍵が開いて庭に入ってきた。タロウは俺の後ろで入って来た女性を見ている。リンネは俺の頭の上だ。
「こんにちは。道の向こうに畑を買った人?農業ギルドのネリーさんから聞いてますよ」
「そうなんです。これが噂の和風の家と畑ですか。それにしてもここは凄いですね。私の家よりも大きいし、畑もずっと広い」
噂の?おそらく掲示板の事だろうか。そう言えば以前セーフゾーンで会った時に彼らが言ってたな。彼女とのやり取りで俺の仲間だと思ったのだろう。タロウはガウガウと尻尾を振りながら挨拶をし、リンネは俺の頭の上に乗ったまま挨拶をする。
「いらっしゃいませなのです。主のお家と畑は立派なのです。好きなだけ見てもいいのです」
「本当に話してるんだ。そうだね。タクさんのお家も畑も立派だね」
自分の家を褒められて嬉しいのか5本の尾を振っているリンネ。後頭部がくすぐったいんだよな。
「俺はタク、こっちのフェンリルがタロウ、頭に乗ってるのがリンネだよ」
エミリーは縁側に座った。広いですねと目の前の畑を見ている。彼女は忍者のタクが開拓者の街で最初に広い自宅と畑も買ったのは有名なんですよと教えてくれた。
畑では何を作っているのですかと聞かれたので畑を指さして答える。
「こっちの畑は野菜を育てているんだ。ニンジン、キュウリ、白菜を作ってる。畑の隅では薬草を育てているんだよ。ポーションが作れるからね。その右が果樹園、リンゴを育てている。そしてあのビニールハウスではイチゴを作ってるんだ。基本は作った野菜や果物は農業ギルドで買い取って貰ってる」
「そうなんですね。私は農業と言っても果樹園がやりたくて。なので今は畑にミカンとリンゴの苗木を植えたところです」
エミリーが言うにはリアルでの祖父母が田舎で果樹園をやっているらしい。休みで田舎に帰った時に果樹園の手伝いをしたことがあり、結構好きだったと言う。それでゲームでは自分で果樹園をやってみようと思い立って金策を続けて念願が叶って畑を家を持てたらしい。お金は自分で貯めたのと、足りないのは固定パーティを組んでいる仲間から借りたのだと笑いながら教えてくれた。
ちなみに彼女は僧侶でレベルが68、一緒に組んでいるメンバーも皆68だという。
俺ははとりあえず果樹園であれば苗木を植えたら5日程で収穫できること、品質については肥料をやると品質が向上し、安定することを教えてあげる。あとはマメに水をやったりすることぐらいしかない。ゲームだから凝り過ぎても駄目だろうし俺はこれくらいがちょうど良いと思ってる。朝から晩まで畑にかかりっきりとなると結局面倒を見切れなくなるんだよな。
そう言うとエミリーも四六時中畑にいる訳じゃないからそれくらいが丁度いいですよねと言う。
俺の畑を見てみたいというので案内した。当然タロウとリンネもついて来る。果樹園のリンゴを見ると成っている実が大きい事に驚いたが、ビニールハウスに入った時はさらににびっくりした様だ。
「地面に植えずに高設栽培でしたっけ?こうしているんだ」
綺麗に並んだ棚の上に置かれているイチゴの鉢を見て言った。彼女は地面に植えているのだと思っていたらしい。
「こっちの方が収穫が楽だろう?それにこうすると棚の下を従魔達が好きに動けるからね」
「これは憧れますね。お金を貯めて私もやりたいですよ」
ハウスの中をきょろきょろと見ながらエミリーが言う。
「イチゴは高く売れるんだ。初期の投資はお金がかかるけど間違いなく短期間で元が取れる。ビニールハウスのイチゴ栽培、お勧めだよ」
「なるほど。検討する価値がありますね。金策にもなるというのもいいですね」
その後でタロウの背中に乗ったリンネに水やりの実演をさせた。見ていた彼女は高さがあるから水やりが楽だと感心していた。ゲームだから屈み続けて腰を痛めることはないけどね。
「あの木は?」
「あれは精霊の木と言ってね。植えるとその家が幸せになるらしいんだよ。ちょっとした伝手があってもらってきたんだ」
詳しく言わなかったが彼女もそれ以上聞いてこなかった。
その後お互いにフレンド登録をした。これでこっちからもエミリーの畑や家を訪ねることが出来る。
またお邪魔しますね、と言って彼女が家から出ていった。農業仲間が増えるのはいいね。
結局この日は市内から出ず、農業ギルドに出向いた以外は終日自宅でのんびりと過ごした。その時にこの家にくるフレンドは大抵縁側に座って話をするけど今まではお茶も出さずに話をしていたがお茶くらいは出した方が良いだろうと気がついたんだよ。いや気がつくのが遅いというのは自分でも分かってるんだって。
俺は農業ギルドに出向いてお茶の苗木を買って畑の一部に植えた。もちろんお茶といえば緑茶でしょう。
「主、それは何なのです?」
お茶の苗木を植えているのを珍しそうな目で見ているリンネとタロウ。
「これはお茶の苗木だよ。お客様が来たときにお茶を出す習慣があるんだよ。今までは何も出さなかっただろう?これからはお茶を出そうと思ってね」
「タロウとリンネも飲めるのです?」
「飲めるんじゃないかな。少し苦いけど」
苦いと聞いてタロウとリンネが同時に顔を横に向けた。どうやら苦いのは苦手らしい。収穫できたら一度飲ませてみよう。何事も経験だよ。
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