主に任せるのです
素早さの腕輪のHQをスタンリーに貸した翌日、俺は盆地側の山道で丸1日経験値稼ぎをして忍者を66に上げた。自宅に戻って2体の従魔を撫でて労わってやる。NQの腕輪をつけていたがやっぱりHQと比べると少し落ちるのかなと思っていた。もちろん腕輪をつけているので何も付けていない時よりは素早さは上がっていた。
「タロウもリンネも今日は頑張ったな」
「ガウ」
「タロウは平気だと言っているのです。リンネはちょっとだけ、ほんのちょっとだけ疲れたのです」
丸1日魔法を撃っていたのだ。疲れていない訳がない。ご苦労さんとリンネを抱っこして撫でてやると5本の尾をフリフリしてくる。
「主が撫でてくれたら元気になるのです」
「タロウもリンネも明日は外に出ないからな。畑仕事をするぞ」
そう言うとタロウもリンネもそれぞれの尾っぽを振って応えてくれた。
畑で作っているニンジン、キュウリ、白菜、そしてりんごとイチゴ。どれも農業ギルドでは高く買い取って貰っている。ギルマスのネリーさんからは専業農家にならないかと言われているがそれは丁重にお断りしている。ゲームでもこんなことを言ってくるんだな。
隠れ里で貰った精霊の木のおかげだな。
その精霊の木も知らない間に一段と大きくなっていた。
(ミント、精霊の木の高さはわかるかな)
(はい。今の高さは15メートルですね)
毎日見ているから分からなかったが結構大きくなったな。木が大きくなれば幹は太くなり、枝も太くなる。タロウは木の根元、木陰でゴロンと横になっていて、リンネは太くなった枝の上でこれまたゴロンとしている。外から戻ってきて夕方のリラックスタイムだ。
俺は2人のリラックスタイムを邪魔しない様にそっと工房に移動して錬金の合成をする。畑で取れる薬草からポーションを作っては作り置きをしている。次に隠れ里に行く時にたっぷりと持っていくつもりだ。ログアウトするまでポーション合成だ。
作り貯めをしているとミントの声がした。
(タクが許可を与えているプレイヤーが4人敷地内に入ってきました)
4人?例の4人かな。合成をやめて工房から出ると予想通りの4人が庭に入ってきたところだった。4人を見てタロウとリンネが縁側にやってきた。リンネはすぐに俺の頭の上に乗ってくる。
「今日1日HQの素早さの腕輪を使ってみたが、今までとは段違いに素早く動けたよ」
使った腕輪を俺に返しながらスタンリーが言った。こっちもNQの腕輪を彼に渡す。マリアは近づいてきたタロウを撫でながら顔をこちらに向ける。
「周りからも今日のマスターは動きが全然違うって言われていましたよね」
「タクもNQを使ったのでしょう?違いは実感できた?」
クラリアが聞いてきた。
「確かにHQの方が動きやすいな。と感じたよ」
俺は聞いてきたクラリアに思ったまま言った。やっぱり全然違うのよねという彼女。
「正直言うとタクがソロプレイヤーでよかったというのが我々の認識なんだ。この装備品のHQについてはここの4人以外口外しないことにした」
そう言ったトミー。NQとHQとで明らかに大きな差があるとわかった以上。合成職人を守る意味でもこの件は内密にする方針だという。もし合成職人が装備品のHQの合成に成功したら隠す必要もなくなるのだがそう簡単じゃないだろうと見ている。いずれにしてもそれまでは開示しない。
情報クラン、そして攻略クランもクランメンバー、あるいは知り合いの合成職人に話を聞いたが装備品や武器のHQについてはそのHQ判定がどうなっているのかが全く想像できないらしい。例えばスキルが50の人がスキル5の商品を作ればHQが出やすくなるのは薬品や料理品などで証明されているらしいがこれが武器やアイテムになるとその法則が適用されないみたいだというのが職人さん達の意見だ。
「もちろん、俺は誰にも言うつもりはないよ」
「そうしてくれると助かるわ」
「リンネも黙っているのです」
話を聞いていたリンネが俺の頭の上でそう言うとお願いしますねと4人がリンネに言った。まかせるのですと答えるリンネ。
それにしても相変わらずマスクデータの多いゲームだ。俺がそう言うと頷く4人。
彼らによると掲示板などでは次の第2陣の募集に応募予定の人たちが当選した時にどのジョブでどの種族がいいのか聞いているらしい。
「数値が公表されていないから誰もこれだって言えないのよ。もっともだからこそこのゲームが面白いとも言えるんだけどね」
人に聞かずに自分が気に入った種族とジョブでやればいいと思っているが、そう思っている俺も以前はそうじゃなかったから聞いてくる人の気持ちもわかる。
「人よりも早く強くなりたい、人よりもいい装備を持って自慢したい。これはゲームにつきものだからな。これはいつまで経ってもなくならないだろう。PWLはその部分をできるだけ見せない様にしている点も人気があるんだと思う」
トミーの言う通りだ。
「そう言いいながらも、タクだけはなんだかんだ人が持っていない従魔や装備を持ってるのよね」
「マリア、それはたまたまだっていつも言ってるじゃない。ところで探索は進んでいるの?」
このまま俺が言われるのは嫌なので話題を無理やり変えたが、スタンリーからは唐突すぎるぞと笑いながら言われた。まぁいいじゃない。
「正直探索はしているが上手くいっていないというのが正しいだろう。かなり奥まで探索しているが依然として次のエリアに進む手がかりが全く見つかっていない」
顔を情報クランに向けると彼らも同じだという。4人は隠れ里経由で行けるのかとも考えたらしいがリンネがいないといけない村でそれはないだろうという結論になったらしい。俺もそう思うぞ。機会平等というのが基本だろうし。
「となるとまだどこか探索漏れがあるってことなのね。この盆地の中の探索が一通り終わったら今度は盆地の北の山を見てみようかという話になっているの」
開拓者の街はこの盆地の南東部にある。その南側の山は山裾の街との間に聳えている。普通に考えるなら北の山か西の山になるんだろうな。
「ヴァージョンアップが終わったあとで情報クランと合同で本格的に北の山の探索をすることにしている」
「探索している途中で敵を倒せば印章が落ちるかもしれないでしょ?一石二鳥なのよ」
なるほど。
彼らから俺はどうするのかと聞かれたがこっちはやることは変わらない。
「まだまだレベルが低いからね。70近くまであげるつもりだよ。その合間に農業をして金策をする。まぁ今までと同じかな。俺にはV.UPもそれほど関係ないね」
「タクがまた何かやらかしてくれる気がするんだよね」
「そうそう。期待してるわよ」
クラリアとマリアは無責任なことを言ってくるが、俺の頭の上に乗っかっている九尾狐はそうじゃないみたいだ。
「主に任せるのです。主にできないことはないのです」
「リンネ、それは言い過ぎだろう?」
「主はすごいのです。リンネもタロウも主の凄さを知っているのです」
頑として譲らないリンネ。タロウもその通りだと尻尾を降りながらガウガウと唸っている。勘弁してくれよ。
「ほらっ、従魔たちもそう言ってるじゃない」
なんでそこでクラリアがドヤ顔するんだよ。こっちはレベル66のソロの忍者だぜ。
「タクは持っているプレイヤーだからな。攻略クランとしては大いに期待しているんだ」
「情報クランも同じだぜ、頑張ってくれよ」
スタンリーとトミーが言ってそうじゃないだろうと言おうとする前に、
「主に期待していいのです。朗報を待つのです」
とリンネが言った。おいおい、プレッシャーかけすぎだろうが。
朗報を待ってるわよと言って4人が庭から門の外に出ていった。そばに座っているタロウと頭の上に乗っているリンネに俺は言った。
「お前達の方が俺よりもずっと凄いんだぞ」
「主はやる時はやる人なのです。タロウもリンネもよく知っているのです」
そう言って頭から降りたリンネは俺の膝の上に乗ってきた。タロウも縁側に上がると俺の横に体を擦り付けてくる。俺はタロウとリンネを撫でながら言った。
「わかった、わかった。俺も頑張る。だからお前達も頑張ってくれよな」
「ガウ」
「もちろんなのです。頑張るのです」
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