わらしべ長者 その2

 期せずして物見の術と遁甲の術の忍術をゲットした。レアな忍術なのは間違いないだろうがどれくらいレアなのか。俺は山裾の街に飛ぶとくノ一忍具店に顔を出した。話をしているとヤヨイさんの表情が変わった。


「その2つはどちらもすごい忍術よ。というか幻の忍術って言われているの。昔はあったけどいつの間にかその巻物がなくなったのよね。私も名前だけ聞いたことがあるのよ」


 想像以上のレア物だったらしい。俺は端末に収納している2つの巻物を取り出して彼女に渡す。


「どうぞ。これ書写したら使えるんでしょ?」


「いいの?」


「いいも悪いも忍者ならあった方が良い忍術だしね。俺1人だけってのも何だか納得できないし、それに元々貰ったものだし」


「ありがとう。書写するけど販売価格は高めに設定するわ」


 彼女によればその効果を考えると簡単に買える価格に設定してはいけない位に価値がある忍術らしい。いくらにしようかなと独り言を言っていたのはいいがその後に500万とか1,000万とかぶつぶつ言っているのを聞いてびっくりしたよ。


「そんなにするものなの?」


「もちろん。効果を考えるとそれくらいの価値は普通にあるわね」


 どうやら俺の想像以上に希少な忍術だったらしい。ヤヨイさんはお金を払うと言ったけど俺は頑なに拒否をする。だってほとんど只で貰い受けたものだから。受け取って、受け取れないのやり取りを数回した後、


「じゃあちょっと待ってて」


 そう言って店の奥に行ったヤヨイさんがしばらくして木箱を持って戻ってきた。テーブルに置いた箱を開けると中には腕輪が入っていた。


「これは素早さを上げる腕輪なの。これを差し上げるから受け取って」


 アイテム屋で売っているのを見たことがある。結構いい値段がしていてそのうちに買おうと思っていたアイテムだ。そう思って見ていると、


「しかもこれはHQなのよ」


「えっ!」


 HQとなるとさらに効果が上がる。値段は倍どころじゃなくて何倍も下手すりゃ何十倍も高くなる。プロの合成職人がトライしてもNQはできるがHQはまだできたことがないという話は聞いたことがあるぞ。


(NQ=Normal Quality 、HQ=High Quality)


「HQだと貴重品だし相当高いよ」


「平気平気、知り合いの錬金術師が持ってきてくれたのよ。頼めばまた作ってくれるし」


「いや、そう簡単にできないって聞いてるけど?」


「大丈夫だって。タクが譲ってくれた2つの術の巻物に見合うて言ったらこれくらいしかないのよ。ごめんね」


 ごめんねってHQだよ。滅多に出ないレア中のレアだよ。しかも素早さが上がるんだよ。どう考えてもこっちが貰いすぎじゃないのか?


 そう言うがヤヨイさんはこれを貰ってくれと押し付けてきた。


「彼に言えばまた頑張って作ってくれるし」


 なるほど。ヤヨイさんの彼氏が錬金術士なのか。彼女に言わせると彼氏は若いがこの世界ではそこそこ名前の知れた錬金術士なのだという。最後は押し切られる形で腕輪を貰った俺は早速右手首に腕輪をはめた。


「いいわね。しっかり効果が出てる。これでまた忍者が強くなるわよ」


「ありがとうございました。彼氏にもお礼を言っておいてください」


 ヤヨイさんにお礼を言って店を出るとそのまま街の外に出てタロウとリンネを呼び出した。HQの腕輪がどれくらい効果があるのか早速検証だ。


「タロウ、俺とリンネを乗せて山裾の柵で囲まれているセーフゾーンまでいけるか?」


「ガウガウ」


 当たり前だという声でタロウが答える。


「楽勝なのです」


 しゃがんだタロウにまたがり、リンネを自分の前に座らせると立ち上がったタロウが草原を駆け出した。魔獣を避けながらひたすらに北を目指す俺たち。魔獣が俺たちを見つけたとしてもタロウには追いつけないんだけどね。


「爽快なのです」


「本当だな」


「ガウ、ガウ」


 風を浴びながら30分も走るとセーフゾーンが見えてきた。数名のプレイヤーがそこで休んでいたがフェンリルに乗っている俺たちが近づくと驚いた表情をして立ち上がった。


「お邪魔しますね」


「お邪魔しますなのです」


「ガウガウ」


 タロウから降りた俺たちが柵に入ると、そこにいた1人のヒューマンのプレイヤーが声をかけてきた。


「フェンリル忍者さん?」


「ばか、それは名前じゃないだろう」


 隣にいた同じパーティだろう、別のプレイヤーが言った。フェンリル忍者って俺のことだよな。


「タクはタロウとリンネの主なのです。よろしくなのです」


 リンネがビシッと言った。えらいぞ。

 その後は皆挨拶をした。彼らは男性5名で同じパーティを組んで活動をしているという。情報クランと攻略クランが組んだツアーに参加して開拓者の街には行っているがレベルがまだ追いつかないのでこちら側で魔獣を相手に経験値を稼いでいるそうだ。


「ところでさっきのフェンリル忍者って何?」


 挨拶が終わったところで聞いた。どこでそう言う名前がついたんだろう。


「タクさんは掲示板を見ない人なんですか?」

 

 リーダー格の戦士の男性が聞いてきた。ケンという名前らしい。戦士58だと言う。他のメンバーも皆同じレベルらしい。58だと確かに盆地の敵は厳しいかもしれないな。


「タクでいいよ。俺は掲示板は意識して見ない様にしている。ゲームを始めてからは全く見ていないね」


「実は掲示板でタクのことがちょくちょく話題になってるんですよ。まずはそのジョブ。忍者のプレイヤーっていないでしょ。それと従魔、フェンリルと九尾狐。羨ましいって声があって、最初にテイマーギルドでフェンリルを従魔したということでフェンリル忍者って掲示板では言われているんですよ」


 そう言うことか。変なことを言われていなければ何を言われても構わない。


「本当にソロでやってるんだ」


 大きな盾を持っている狼人のナイトジョブの人が言った。彼はシンヤという名前だ。


「ソロって言っても2体の従魔がいるから厳密にはソロじゃないよな」


「タロウとリンネは主と一緒に頑張っているのです」


 リンネが言った。彼らはすごいなと言っているが何がすごいのか俺にはわからない。従魔がすごいのか、普通に話をするリンネがすごいのか。実際はどっちもすごいんだけどね。


「開拓者の街で最初に家を買ったのもタクでしょ?」


「そう。まさかワールドアナウンスになるとは思ってなかったよ。たまたまだよ」


 お金はどうしたのかと聞かれてイベントのNM戦で出た割引券が使えたので定価よりも安く買えたんだよと言うとそういうことだったのかと納得する5人。それも掲示板で話題になっていたらしい。流石に9割引で買えたとは言わなかったけど。


 しばらく話をすると彼らがお先にとセーフゾーンから出ていった。残っているのは俺たちだけだ。


「タロウ、大丈夫か?」


「大丈夫だと言っているのです。リンネも大丈夫なのです」


 うん、リンネが疲れていないのは知ってるぞ。

 じゃあ行くかと俺たちもセーフゾーンを出ると山裾に徘徊する魔獣を相手に鍛錬を始めた。すぐに腕輪の効果が実感できた。今までとは自分の体の動きが全然違う。体が軽くなったと感じるのと同時に魔獣の動きが今までよりもゆっくりに見えるきがする。

 

 HQの腕輪の効果ってすごいな。

 魔獣を倒しながら山裾を移動していると山の中に続く細い道の場所に来た。スタンリーやクラリアによると道は細くて敵のレベルが高いということだが実際どうなのか体験してみよう。


 空蝉の術2を唱えると俺たちは細い道を山の中に入っていく。道は山の斜面に作ってあり、片側が山、反対側は崖になっている。道幅も狭い、なんとか3人が並べる幅しかない。当然武器を振り回すことはできなくて縦に1列しかなれない。トップクランの連中が苦労したのもわかる。実質1人しか対応できないのだから。


 そんな細い山道を歩き始めるとすぐに道を塞ぐ様に大きな魔獣が1体俺たちを待ち構えていた。


(ゴーレムです。レベル64です)


 なるほどいきなり64が出てきた。今の俺はLV62。だが俺たちは普通のパーティじゃない。タロウとリンネがいる。ゴーレムを見るとタロウが威圧をしてから山の斜面を駆け上がった。ゴーレムは山を登れないので斜面にいるタロウに攻撃ができない。そこを俺が片手刀で、リンネが魔法で攻撃する。ゴーレムが俺の方を向けばタロウが斜面から勢いをつけて降りてきては蹴りを入れる。


 短時間でゴーレムの討伐に成功した俺たち。素早さの腕輪は格上が相手でも有効だった。相手の動きがよく見える。


「やったのです。タロウはすごいのです」


「リンネもすごかったぞ」


「もっと褒めるのです」


 戦闘が終わると俺に寄ってくる2体を撫でまわして褒めてやる。撫でながらこれは俺たち向きの狩場じゃないかと思っていた。ライバルはいない。そして敵はこの細い道の前からしかこない。一方でタロウは斜面を駆けられる。やばくなったら転移の腕輪で逃げられる。


 その後山道を進んでいくと幾度かゴーレムに遭遇した。レベルは64、65だったが危なげなく倒して経験値を稼いでいるとレベルが63になった。タロウとリンネも同じだ。ちょうど良い時間になったのでレベルが上がったのを機に俺たちは転移の腕輪で開拓者の街に戻ってきた。


 いい腕輪を手に入れて、いい狩場を見つけた。今日も中身の濃い1日だった。

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