精霊の木

 祠への参拝を終えて村に戻ってくるとお茶でも飲んでいきなさいと言われて、俺は今、村長の家の和室でお茶を飲みながら雑談をしているところだ。


 村長のクルスによると隠れ里と言いながら完全に外との付き合いを遮断している訳ではないらしい。開拓者の街が出来てからはそこから商人がやってきて生活に必要なものと村の野菜や果物を交換しているのだと教えてくれた。


「この辺りは土や木の精霊様がいらっしゃると言われているエリアにあるせいで、野菜も果物も大きくて美味しく育つんだよ」


 農業ギルドのギルマスのネリーさんも言っていたな。西の方には妖精が住んでいると言われていると。ただこの村の誰もがまだ妖精を見たことがないらしい。見たことは無いがこの場所で採れる野菜や果物を見るとこのあたりに妖精がいるのは間違いないのだと信じているという。


「僕たちは山の南側からこの村にやってきましたが。開拓者の街の人が馬車でやって来るってことは北にも同じ様な坑道か道があるということですか?」


「どうだろうか。あるかもしれんし、無いかもしれん」


 知らないのか、あるいは知っていてまだ教える事ができないのか。判断が難しい回答だな。


 俺が村長と話をしている間タロウとリンネは縁側でのんびりと休んでいる。ユズさんが2体の従魔の間に座ってその身体を撫でていた。


 そろそろお暇しますと言って立ち上がるとクルスさんがちょっと待っておれと言ってユズにあれを持って来いと言った。ユズさんが家の奥から持ってきたのは鉢植えの木だった。結構大きいが軽々と持ってるな。鉢植えと言いながら土から出ている木の部分だけで1メートル程の高さがあるぞ。


「大主様の娘さんを村に連れて来てくれたお礼にこれを差し上げよう」


「これは?」


 この世界ではまだ見たことが無い木だ。葉の形がひし形だという特徴的な形をしている。


「精霊の木と言われており、これを地面に植えるとその家には幸せが来るという言い伝えがある。この村では全ての家の庭にこの木が植えてある。木の精霊と土の精霊様がこの地に最初に植えたと言われている木だよ」


 来た時に見えた民家の庭に生えている木はこれだったのか。


「いいんですか?そんな貴重なものを貰っても」


「大丈夫だ。その代わり大事に育ててくれよ」


「もちろんです」


 端末をかざすと無事に収納できた。



「お世話になりました」


「お世話になったのです」


「ガウガウ」


 村の出口まで見送りに来てくれた村長とユズさんにお礼を言って俺達は村を後にして来るときに通った坑道に入った。そこで転移の腕輪を使う。転移先は開拓者の街の自宅だ。


 

「主、精霊の木を植えるのです」


「もちろんだ。それでどこに植えたらいいんだ?」


 自宅に戻ってくるとタロウとリンネが早く植えろと俺を急かしてきた。2体の従魔は庭を流れている小川の近くに移動するとここが良い場所だと言う。タロウは既に前足でその辺りの地面を掘り始めていた。本気モードだな。


「タロウ、そこが良い場所なのか?」


 そうだと尻尾を大きく振るとまた掘り出した。


「タロウの言う通りなのです。ここが一番良い場所なのです」


 リンネもタロウを支持しているな。優秀な2体の従魔が同じ場所を指し示している。これは間違いない。


「分かった。じゃあ植えるぞ」


 鉢から出した木をタロウが掘ってくれた穴にゆっくりと落としてから周囲の土を埋めて踏み固める。タロウとリンネもお手伝いとばかりに前足と後ろ足で地面をトントンと叩いていた。


「これくらいでいいかな」


「大丈夫なのです。これでこの木は立派に育つのです。タロウが決めた場所に間違いはないのです」


「ガウガウ」


 川の水で足を綺麗にしたタロウとリンネの足を拭いてやるとタロウは早速植えた木の傍に腰を下ろした。フェンリルは霊狼だから精霊とは相性が良いのかな?木の傍でゴロンと横になっているタロウを俺とリンネは縁側に座って暫く見ていたが、俺が立ち上がるとタロウも起き上がった。


「タロウとリンネはちょっと留守番をしておいてくれるかな。情報クランに顔をだしてくる」


「ガウ」


「分かったのです。タロウとリンネがしっかりとお留守番をするのです」


 頼むぞと言って門を出ると市内の情報クランが買った家に足を向ける。フレンドリストでクラリアとトミーが街にいるのは分かっていた。



 情報クランに顔を出すと、知り合いになっているメンバーが中に案内してくれた。山裾の街のオフィスも立派だったがここのオフィスは自分達で買ったこともありしっかりと手が加えられている。


 応接セット見ても金がかかってると一目見て分かる程だ。


「お待たせ」


 その声と一緒にクランマスターのクラリアとサブマスのトミーが部屋に入ってきた。彼らは今日は外に出ていないのか、それとも戻ってきて一休みしたのか。2人とも私服だった。


「いいオフィスだね」


「ありがとう。タクの自宅程じゃないけどね」


 それからひとしきり家の話をした後で実は、と俺は東屋で有った女性から隠れ里に行ってきたという話をする。


 時間を掛けて説明をしたがその話が終わっても2人は言葉を発しない。あれ?聞いていなかったのかな?もう一度話せと言われたら面倒くさいな。


「えっと、俺の話を聞いてくれていたよね?」


 俺のその言葉で2人が顔を見合わせてからクラリアが言った。


「聞いてたわよ。びっくりして言葉が無いという状態なの」


「クラリアが言った通りだ。驚きを通り越して言葉が出ないんだよ」


 情報クランと攻略クランは当然ながらこの第2エリアを探索していた。まだ全てを探索しきれていない。その前に開拓者の街の情報が入ったので方針を変更して山を攻略したのだという。


「山裾の街の西方面は手つかずだったのよ。この前の盆地に抜ける坑道の辺りも未調査のエリアだったのよね」


 そんな中、山の向こうにある盆地に街があるとなればそちらを目指すのは当然だ。俺だってそうするだろう。


「そして今は主に盆地の中を調査中。ただあの盆地も広いでしょう?そして敵のレベルも高い、暫く時間が掛かりそうだと見ているの」


 情報クランではあの盆地のどこかに次のエリアに進める場所があり、エリアボスがいるのではないかと予想を立てているらしい。これは攻略クランも同じ意見だそうだ。


「そんな中、隠れ里だっけ?それがあるって話を聞いたら驚くのは当然だろう?」


 いやまぁそうなんだけどさ。


「たださっきも言ったけど特殊な里というか村でね。俺の従魔の九尾狐がキーになっていてあいつがいないと行けないみたいなんだよ。大きなイベントとは外れている特殊クエストみたいな扱いになってるのかなと思っているんだ」


「タクの言う通りでしょうね。プレイヤー全てに平等になっている訳じゃなさそうだし、特定の条件を満たす人が受けることが出来る特殊クエストという位置づけで良いでしょう」


「リンネに関係するクエストの内の1つという可能性があるな。ひょっとしたらそこがクエストのスタート場所かもしれん」


 スタートかどうかは分からないがリンネに関するクエストの場所の1つだろう。つまり俺以外には影響のない情報になるのかな。と言うとそうじゃないという2人。従魔のクエストが個別にあるということはそれ以外のクエストも個別にある可能性があるんだと言う。


「タクも他のゲームしてたから分かると思うけど、他のゲームだと剣とか武器、特殊攻撃のクエストって個別にあったじゃない?PWLにもそれがある可能性が出てきたってことなのよ」


 言われてみればそうだよな。それにしても伊達に情報クランと名乗っているんじゃない。少しの情報から大きな流れを推測してくる。


 俺は彼らから聞かれるままに村の様子を話した。全部を見ていないが小さな里で宿はなさそうだということと、道のあちこちに九尾狐の置物が置いてある。あとは九尾狐の夫婦が住んでいる祠くらいだ。妖精の話もした。村人も会ったことが無く過去からの言い伝えだと言っていたよと。


「リンネがいれば村に入れる。タクたち以外で同行できるのは一度に4名。月に1度リンネを連れていくんだよね?次の時に私とトミーを連れて行ってくれるかしら」


「分かった。次に行くときは事前に声をかけるよ」


 その後は俺の前でクラリアとトミーが2人で話をしているのを聞いていた。隠れ里の件はとりあえず開示しない方向らしい。自分達で確認してから最終判断をするそうだ。妖精についてはそれらしい情報は彼らも掴んでいるが俺と同じ程度のレベルで西のどこかにいるが滅多に人前に姿を見せないという雲をつかむような話のままらしい。


 自分は情報を渡す立場だ。受け取った彼ら情報クランがそれをどう処理するかは発表するしないの判断も含めてこっちが口を出すべきじゃない。


「それにしてもやっぱりタクだな」


 2人での打ち合わせが終わるとトミーが俺に顔を向けて言った。


「第3の街のテイマーギルドで九尾狐の子供を貰ったけど、それがちゃんと話として繋がってくるなんてよくできたゲームだよね」


「常にタクがきっかけを見つけてくるわよね」


 偶然でしょうが。と言うが2人はそうじゃない、ひょっとして大当たりのID?なんて言ってる。

 

 当たりIDとかは他のゲームでもよく言われる話だが都市伝説の類のレベルの話だ。


「テイマー系の特殊クエストがあるのなら間違い無く武器の特殊技のクエストなんかもどこかにある筈よね。このエリアとは限らないけどさ」


「それは十分にあり得る話だよな」


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