父上、母上

 東屋を出た俺たちはユズさんという女性の後をついて山裾に沿ってさらに西に歩いていく。見える範囲に村らしきものはない。リンネは俺の頭の上に乗って首を持ち上げている様だ。


「もうすぐですよ」


 彼女はそう言うがどう見ても山裾と森だよ。

 山裾を歩いていた彼女は裾にある大きな岩の裏側に周った。後を付いていく俺たちも同じ様に大きな岩の裏側に回るとそこにはまた大きな岩があったが、彼女の姿が岩の中に吸い込まれていった。自分から大きな岩に向かって歩いていったかと思うとその姿が消えた。


 どう言う事だと思いながら同じ様に恐る恐る岩に近づいて手を伸ばしてみると岩の中にスッと手が入っていく。足を突き出せば足が入る。最後に体を入れると全身が岩の中に入っていった。タロウもびっくりしながらも付いてくる


 岩を抜けるとそこは坑道の様な通路になっていた。その通路の入り口のところでユズさんが俺たちを待っていてくれた。


「あの岩はダミーなのか」


「ダミーというか普段は本当の岩なんですよ。特別な時に岩をダミーに変えるんです」


 普段は本当の岩で何かあったらダミーに変えると言われても何のことやらさっぱり分からない。あとで説明があるかも知れないのでとりあえずついていくことにしよう。


 坑道の中には両側の壁に灯りが灯っていて明るい。少し歩くと坑道の出口が見えてきた。出口に着いてそこから前を見ると目の前は渓谷になっていてその渓谷の底、そこに確かに村があった。


「隠れ里にようこそ。村の長のところに案内しましょう」


 全部で40戸ほどの木造で茅葺き屋根の家が見える。綺麗に整地されている土の道を歩いて村に入っていくと、あちこちに狐の置物が置かれていた。そしてそれぞれ家の庭には今まで見たことがない大きな木が生えている。


「主。リンネのお仲間がたくさんいるのです」


「本当だな、全部九尾狐だぞ、これ」


 道端には地蔵ならぬ九尾狐の置物があちこちに置かれている。村の中央の通りを歩いていると住民達にも会うが皆俺達を見ては頭を下げてくる。最初は俺に下げているのかと思ったらどうやら頭に乗っているリンネに下げているみたいだ。しかもだ、この里というか村では従魔を連れて村の中を歩くことができる。


 通りの一番奥に一際大きい茅葺き屋根の家があった。門は開いていてユズさんに続いて中に入ると玄関の横にある庭に1人の老人が立っていた。


「大主様の言った通りだったの」


 そう言う老人。


「村の長のクルスです。私の父でもあります」


 ユズさんが言った。自分の父親が村長なんだ。


「プレイヤー殿、よくきてくれた。今ユズが言ったがこの村を見ているクルスという者です」


「初めまして、忍者をやっていますプレイヤーのタクです。頭に乗っているのが従魔で九尾狐のリンネ、そして隣にいるのが霊狼のフェンリルのタロウです」


「主の従魔のリンネなのです。よろしくなのです」


「ガウガウ」


 クルス村長はリンネとタロウをしばらく見ていたがその表情を緩めると言った。


「2体ともよく懐いておる様だ」


「タロウもリンネも主が大好きなのです。良い主なのです」


 リンネが言うとそうかそうかと破顔するクルス。とりあえず中に入りなさいと言われて俺たちは庭から家の中にあがる。タロウも上がって構わないというので一緒に家に上がった。タロウは縁側に腰をおろす。


 広い和室に座るとユズさんがお茶を持ってきてくれて、配り終えるとそのまま村長の隣に座った。


「ユズから聞いておるかもしれぬがここは隠れ里。昔から人との接触をできるだけ避けてひっそりと生きてきた村です。幸いに村の周辺に魔獣はおりません。渓谷ですので川があり、その周囲で野菜や果物も取れる、たまに野生動物も狩ることができる。生活するには困らないのですよ」


「人との接触を避けているこの村の人が俺たちの前に姿を現したその理由は何でしょうか?」


 人との関わりを避けるのであれば俺が来た時に隠れていたらよかったはずだ。俺たちにはあの岩のカラクリは見破れないし、あれが普段岩だと言うのならここに来ることができない。


「坑道を抜けてここに来るまでの通りに九尾狐の置物があったでしょう。九尾狐は我らが守り神。この村にある祠に住んでおって長きにわたって我らを守って下さっている。我らはその九尾狐の夫婦を大主(おおぬし)様と呼んでおるんです」


 九尾狐を守神とする村か。ん?そういえば俺がリンネをテイマーギルドからもらったのもこのエリアだ。何か関係があるのかな。そう考えているとクルスが再び話しだした。


「娘のユズは村の代表として普段から大主様の世話をしていましてな。そして今日大主様の祠を掃除していた時に大主様から我らの娘が来る。迎えに出よ。と言われたので彼女はあそこで待っておったんですよ」


 リンネは黙って村長の話を聞いている。タロウも座ってはいるが耳をピンと立てて話を聞いていた。


「娘?つまりリンネはその大主様の娘ということですか?」


「いかにも。私も詳しい事は分からぬ。これから祠に出向くとよいだろう。私とユズも一緒に参るとしよう」


 隠れ里があったとは。どうやらリンネがこの村を見つけるトリガーになっている。

 俺たちは立ち上がって村長の家を出るとその家の裏側に周った。そこは参道になっていて参道の左右に松明が灯されている。その参道を歩くと奥に赤い鳥居、その先に祠というよりは小さな神殿の様な建物が見えてきた。


 鳥居の左右、そして神殿の左右に九尾狐の置物が置かれてある。


 鳥居をくぐると頭の上に乗っているリンネが言った。


「リンネと同じ匂いがするのです。父上と母上がここにいるのです」


 リンネがそう言うと神殿の奥から2匹の九尾狐が姿を現した。九尾狐を見たクルスとユズが頭を下げる。


「父上なのです、母上なのです」


「そうか、行ってきていいぞ」


「はいなのです」

 

 リンネはジャンプして俺の頭から降りると一目散に神殿に現れた2匹の九尾狐の元に走っていった。


「そうか、リンネという名を貰ったか。元気そうで何よりだ」


「いい名前ね。それに良い子に育ってるわよ。いい人に仕えているわね」


「主のタクはいい人なのです。リンネは主が大好きなのです」


 隣にいるタロウは何も言わないが今のタロウの気持ちはわかる。俺はタロウの頭を撫でながらやり取りを聞いていた。タロウも体をグイグイと押し付けてくる。そのうちにお前の父さんや母さんにも会えるかもしれないぞ。


 リンネは両親の間に挟まれて体をすりすりしている。両親も久しぶりに自分の娘に会って嬉しいのだろう尻尾をブンブンと振っていた。その両親の尻尾は2匹とも9本だ。


「タクと言ったか。リンネを正しく育ててくれている事、礼を言う」


「リンネは素直で良い子ですよ。リンネとこのタロウには普段から随分と助けてもらっています」


 俺の言葉に大きく頷く両親の九尾狐。


「クルスにユズ、この度は迷惑をかけた。本来ならひっそりと人を避けて暮らすところだ。我々の我が儘を許してくれ」


「滅相もございません。九尾狐の大主様よりは常日頃から村の安寧を授かっております。その大主様のお子様が来られるとなれば村を隠して黙っていることなどできませぬ」


 九尾狐の父親の方が俺を見た。


「タクと言ったか。我が娘を引き続きよろしく頼むぞ。この子はいずれ我々の後にこの村で守護神として働かねばならないがそれはまだまだずっと先の話だ。それまではこの世界で見聞を広げることが将来のためになる」


「わかりました」


 しばらくはリンネと一緒に行動ができそうだと知って安心する。


「それはそれとして1つだけお願いがあるのだが」


「なんでしょうか?」


「これから月に1度はこの里に来て娘に合わせてくれないかの。我々はこの里を離れることはできぬ」


「それくらいならお安いご用ですよ。月に1度、リンネをこの里に連れてきましょう」


「リンネもそれがいいのです。普段は主と一緒にいて月に1度父上と母上に挨拶をするのです」


 俺とリンネの言葉を聞いて安心した表情になる2匹の両親。これからもよろしく頼むと言った後2人がリンネに向かって何かを言うとリンネの体が光った。


「リンネに少し力を授けた。これで今以上に役に立ってくれるだろう」


 それは助かる。ありがとうとお礼を言うとリンネが両親の元から俺のところに戻ってきて頭の上に乗っかった。尾が5本になっている。


「リンネは主のために頑張るのです」


「そうか。頼むぞ」


 参拝が終わった。俺達は最後に九尾狐の両親に頭を下げて祠を後にすると最初に顔を出した村長の家に戻ってきた。


「これからも月に1度のお参り、よろしく頼みますぞ」


 さっきと同じ畳の部屋に座ると村長が言った。


「分かりました。リンネも両親に会いたいでしょうから間違いなく顔を出します」


 俺はこの村のことは言わない方が良いだろうと感じていた。それを言うとそれは気にしなくても良いという。


「あのカラクリだが普段は本当の岩になっておるんだ。だから場所が分かっても無闇に里に入ってくることはできない。今日は大主様があの岩をカラクリ岩に変えて下さったから入ってこられた。今後もリンネ殿があの岩に近づけば大主様が通れる様に岩をカラクリ岩に変えてくださるだろう」



 この村に入るためにはリンネがいる事が条件になるということか。それなら安心だな。さらに村長は、タクが認めた友人なら俺以外のプレイヤーを4人までなら連れて里に来ても構わないという。もちろんリンネが一緒にいることが条件だけど。


「タクの友人なら悪い人はおるまいて」


 そう言ってくれた。なんだか嬉しい。

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