隠れ里

 家を買って5日程でやっと家の中が落ち着いた。細々としたものを結構買っちゃったよ。その間に最初の野菜を収穫して農業ギルドに売ったりもした。このゲームでは野菜は3日、果物は5日で収穫できる。サイクルが早くて良いね。


 最初の野菜を持ち込んだ時は農業ギルドのギルマスのエリーさんも立ち会ってくれて

俺が持ち込んだニンジン、きゅうり、白菜を職員と一緒に検品してくれた。


「最初ならこんなもんだろう。悪かないが良くもない。普通だね」


 ギルドとして買取を終えたエリーさん曰く肥料を撒いた方が良いとアドバイスをくれた。確かに土を耕して種を植えただけだからな。野菜と果樹園の両方の肥料を買って持ち帰って新しい野菜の種を一緒に土に肥料を撒いた。これで品質がどうなるのか、楽しみだ。


 市内を歩くとプレイヤーの数もどんどん増えてきている。情報クランと攻略クランが主催するツアーは大盛況らしい。人が増えると街が賑やかになるからいいよね。



 この日俺はタロウとリンネに留守番を頼んで1人で山裾の街に飛んだ。

 忍術を売っているくノ一忍具店の扉を開けると奥から店長のヤヨイさんが出てきた。


「あら、久しぶりね」


「ようやく開拓者の街に行く事が出来たんでね。その報告とお店の情報を知っていたら教えて貰おうと思って」


「えっとね、残念だけど開拓者の街に忍者関連の装備や術を売っているお店はないの」


 やっぱりそうか。彼女によると元々需要が多くないので店舗が少ないのだという。この新エリア(彼女は第2エリアと言っていた)で忍者関連の店はここだけらしい。


「噂だと次のエリアのどこかにはあるらしいわよ」


 噂ね。現時点ではこれ以上開示できないのだろう。俺の装備は武器、防具は今の所は最高レベルのものなので当面買い替える必要は無いらしい。あとはレベルが60になったら新しい術を買って覚えるだけでいいと教えてくれた。


 今の所はこのお店はプレイヤーとしては自分だけしか使っていないんだろうけど第2陣とかが参入してきたらこの店も賑やかになるかもしれないな。


 お礼を言って店を出た俺は山裾の街から外に出るとタロウとリンネを呼び出した。

外で呼び出されたので久しぶりに魔獣退治だと喜んでいる2体。


「北の山に向かいながらレベル上げするぞ」


「はいなのです」


「ガウガウ」


「タロウ、お前に乗って山裾まで行くぞ、そこでレベル上げだ」


 そう言うとタロウがその場で腰を下ろした。俺がタロウに跨ると俺の前、広げた足の間にリンネが乗って背中を俺に預けてきた。


「レッツゴー」


「ゴーなのです」


 タロウの背中に乗って走っていくがこれが快適すぎる。風が心地よい。フィールドを駆けているとプレイヤーが戦闘をしているがそれを横目に北を目指して行く。魔獣を避けながらあっという間に俺達は山裾に着いた。


「凄いな、タロウ」


 尻尾を振って撫でろポーズをしてくるタロウをしっかりと撫でてやる。

 タロウが満足したら戦闘開始だ。開拓者の街の周辺の敵ではレベル差がありすぎるのでまずは山裾で60まで上げてから狩場を開拓者の街の周辺に変更するのが俺の作戦だ。


 リンネの魔法、空蝉の術、そしてタロウの警戒でサクサク倒しながら山裾に沿って西に進んでいく俺達。途中で忍者のレベルが58になった。タロウも58でリンネは57だった。途中で休憩を挟みながら60、61レベルの敵を倒して西に進んでいくと開拓者の街に通じる坑道の前にやってきた。坑道の入り口付近が安全なのは知っていたのでそこで休憩を取る。地面に腰を下ろして背中を坑道の壁に預けるとその隣にタロウが体を下ろし、リンネは俺の伸ばした足の間に体を入れるとと俺の太ももに顔を乗せた。2体ともそれぞれの尻尾をゆっくり左右に振っている。これはリラックスしている時の振り方だな。


 2体との付き合いが長くなったおかげで彼らの仕草でどういう状態なのかが分かる様になっていた。水を飲みながらリラックスしていると坑道の入り口に顔を向けていたタロウが両耳をピンと立てる。ただ身体は緊張していない。


 暫くするとトミーを先頭にして情報クランと攻略クランのメンバー達に囲まれたプレイヤーが20名程洞窟に近づいてくるのが目に入ってきた。


「よお、タクは経験値稼ぎかい?」


 片手をあげながらトミーが聞いてくる。タロウは知り合いを見たので尻尾の振りが早くなっていた。


「そうなのです。タロウとリンネは主と一緒に経験値を稼いでいるのです。今は休憩タイムなのです」


 俺の代わりに顔を俺の太腿に乗せたままリンネが答える。すると一般プレイヤーの間から声が上がった。


「本当に話をしてるな」


「2体とも凄く可愛いいわね」


 俺は苦笑するしかない。そこに最後尾を歩いていたマリアがタロウの姿を見つけると一目散に走ってきてタロウの横にしゃがんで背中を撫で始めた。


「タロウがいたなんて超ラッキーよ」


 タロウは好きに撫でさせている。もう慣れているのだろう。


「ラッキーはいいけどそっちは仕事中だろう?」


「大丈夫、皆さんが登録してる間は私は暇だし」


「当人がそう言うのならまぁいいんだけど」


 そうは言いながらも次々と転送盤に乗って登録しているメンバーを見ているマリア。仕事はきっちりしている様だ。そうでないとこのPWLのトップクランの1つである攻略組のサブリーダーは務まらない。


「タクは今日はずっとこちら側?」


「そうなるかな。今日に限らず60まではこっちで上げようかと思ってる。60になったら開拓者の街の周辺で上げる予定」


「そうね。それがいいかもね」


 あまりに強い相手、レベル差が大きい敵を相手にすると得られる経験値は増えるものの、討伐に時間がかかることで効率が良くない。それよりは自分達よりも少し上の敵を相手にした方がトータルで得られる経験値が多いのだ。


 のんびりやるというポリシーだがそれでもある程度の効率は考えるし、何よりレベル差が大きい相手と戦闘すると事故が起こる確率が上がる。ゲームでも事故は避けたいところだ。


「じゃあタロウ、またね。リンネもね」


 全員の登録が終わるとマリアが立ち上がった。タロウは起き上がって尻尾をぶんぶん振り回し、リンネは、


「またよろしくなのです」


 と4本の尻尾を振りながら言っている。マリアは従魔達の名前は言ったが俺の名前は言わなかった。まあいいけど。


 ツアーに参加している男女のプレイヤーが洞窟の奥に進んでいき、姿が消えたのを見てから俺は立ち上がった。


「戦闘再開なのです」


「その通りだな。洞窟を出たら右に進んでいこう」


「はいなのです」


 その後山裾を西に向かって進んでいくがこのエリアは相当に広い。前方を見ても右手には山が続き、左手には森が続いている。とりあえず行けるところまで行って最後は転移の腕輪で戻ってこよう。セーフゾーンの有無に関係なく思い切って奥に進めるのはいいな。


 敵のレベルがあまり変わらない中で西に進んでいく事4時間ほど。山裾がえぐれている奥の場所に東屋の様な建物があった。よく見ればその東屋の屋根の下にあるベンチに1人の女性が座っている。プレイヤーの恰好をしていないなと思って近づいていくと彼女はNPCだった。


 東屋は予想通りセーフゾーンだった。床は木の板が敷かれ四隅には4本の太い柱、そして屋根。2人掛けのベンチが4つ置かれている。結構大きな東屋だ。10人は余裕で入れる広さがある。



「こんにちは」


「こんにちはなのです」


「ガウガウ」


 挨拶をして俺達も東屋の屋根の下に入る。


「こんにちは。よく懐いていますね」


 20代後半に見える女性が話かけてきた。NPCとは言えこの辺りに1人で?


「ありがとうございます」


「タロウとリンネは主が大好きなのです」


 ありがとうなと言ってベンチに座ると俺の足元にタロウが腰を下ろし、リンネは俺の膝の上に腰を下ろした。


 俺は彼女を見た時から思っていたことを聞いてみる。


「この時間にこの場所に1人でいるってことは近くに街か村があるんですか?」


「はい。この近くに小さな村があるんです。隠れ里って知っていますか?」


「えっ!?この近くに隠れ里があるんですか?」


 村があるなんて知らなかった。

 

 隠れ里とは日本の民話、伝説にみられる一種の仙郷で、山奥や洞窟を抜けた先などにあると言われている。この程度の知識は以前何かの本で読んでいたので知っていた。確かにここは辺鄙な場所だし隠れ里としてはふさわしいかもしれない。でも本当にあるんだ。


「普段は見えない様に隠しているんですけどね。貴方が従魔にされている九尾狐さんの故郷ですからね。良かったら村にご案内しましょうか」


 リンネの故郷?そうなのか?と隣を見るとリンネもびっくりして俺の膝の上でミーアキャットポーズで起き上がっていた。


「リンネのおうちがあるのです?」


「お家はないわね。でもよく知っている方々がいますよ」


「行くのです。主、今からその隠れ里に行くのです」


 そりゃそうだ。当然だよ。今から案内してもいいですよと言ってくれたお姉さん、名前はユズと言うらしい。


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